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レーディング15(R15)・表現深化バージョン~刺激的な表現を含みます
第169話 まほら ~旧校舎の蠢動~
しおりを挟む校舎に風が迷い込んだ。
黒板の前。
ノートのページが、一枚めくれた。
そこには、見覚えのない文字が並んでいた。
「64階層:旧校舎・西棟」
「63階層:旧校舎・地下倉庫」
「62階層:旧校舎・屋上迷路」
『ナニカ』は、首をかしげる。
そんな企画、書いた覚えはない。
でも、文字は確かに『自分の癖』で書かれていた。
——誰かが、夢を覗いている。
廊下の軋みが、少しだけ重くなった。
階段の数が、昨日と違う。
窓の外に見える空が、少しだけ深い。
『ナニカ』は、校舎の空気に『異質な層』が混ざっていることに気づいた。
普通ではない気配を感じたのだ。
旧校舎の見回りが始まる。
◇
旧校舎の一室。
夕方の光が、曇った窓を通して、教室の隅に届いていた。
埃が積もった机の下。
そこに、誰かがいた。
制服姿の女の子。
膝を抱えて、顔を伏せて、声もなく泣いている。
幻影だ。
でも、確かにそこにいる。
誰も声をかけない。
誰も気づかない。
でも、床には、涙の跡が残っていた。
ぽつり、ぽつり。
埃を濡らして、形を変えて、その涙は、まるで『記憶のしずく』のようだった。
『ナニカ』は、教室の外からそれを見ていた。
その姿に、見覚えはない。
でも、泣いている理由だけは、なんとなくわかる気がした。
——誰にも言えなかったこと。
——誰にも見られたくなかった気持ち。
——それでも、誰かに気づいてほしかった願い。
幻影の女の子は、ふと顔を上げる。
でも、目は虚ろで、誰も見ていない。
ただ、教室の隅を見つめている。
『ナニカ』は、そっと近づく。
でも、声はかけない。
この涙は、誰かの『日常』だった。
誰かが、ここで泣いたことがある。
それだけで、旧校舎は、今日も生きている。
幻影は、やがて立ち上がる。
机の上に、何かを置いて、静かに消える。
残されたのは、小さな紙切れ。
そこには、震える文字でこう書かれていた。
「ごめんなさい」
『ナニカ』は、それを拾わず、ただ見つめていた。
そして、ノートの隅に一行だけ書き足す。
「謝罪の教室(旧2年3組)」
それは、誰かが泣いた記憶。
そして、誰かが許されたかった願い。
旧校舎は、それを忘れていない。
◇
旧校舎の理科準備室。
棚の薬品は干からび、窓は曇っている。
でも、空気が、少しだけ揺れていた。
教室の中央。
制服姿の少年が立っていた。
右手に、細い杖。
左手は、空を掴むように伸ばされている。
幻影だ。
でも、確かにそこにいる。
「風よ、集え」
少年の声は、かすれていた。
でも、その言葉に応えるように、棚の紙がふわりと浮いた。
風が、動いた。
幻影なのに、風が吹いた。
埃が舞い、窓のカーテンが揺れた。
誰もいないはずの教室に、風の魔法が再現された。
少年は、何度も失敗していた。
杖が震え、魔法陣が崩れ、風が止まる。
でも、何度も立ち上がる。
何度も、風を呼ぶ。
『ナニカ』は、扉の外からそれを見ていた。
その姿に、見覚えはない。
でも、努力の形だけは、なんとなく知っていた。
——誰にも見られない場所で、——誰にも褒められない時間に、——それでも、誰かになりたかった願い。
少年の幻影は、最後に一度だけ、風を成功させる。
教室の空気が、静かに渦を巻く。
その風が、ナニカの髪を揺らした。
幻影は、満足そうに微笑む。
そして、静かに消える。
残されたのは、床に描かれた魔法陣の跡。
チョークで描かれたそれは、まだ消えていなかった。
『ナニカ』は、そっとノートに書き足す。
「風の練習室(旧理科準備室)」
それは、誰かが努力した記憶。
そして、誰かが風を起こした証。
旧校舎は、それを忘れていない。
◇
旧校舎の体育館裏。
夕暮れの光が、壁の影を長く伸ばしていた。
風は止まり、空気は静か。
でも、そこに、二人の姿があった。
制服姿の男女。
幻影だ。
でも、確かにそこにいる。
男の子は、ポケットから何かを取り出そうとしていた。
小さな箱。
リボンがついている。
女の子は、ほんの少しだけ顔を伏せて、笑っていた。
その笑い声は、壁に染み込んでいた。
まるで、校舎が覚えているかのように。
『ナニカ』は、遠くからそれを見ていた。
その空気に、懐かしさを感じていた。
でも、次の瞬間——
男の子の姿が、ふっと消えた。
女の子は、驚いたように顔を上げる。
そして、周囲を見回す。
誰もいない。
何もない。
「・・・まさし?」
小さな声が、体育館の壁に響いた。
「まさし・・・どこ・・・?」
幻影なのに、声が震えていた。
幻影なのに、涙がこぼれそうだった。
女の子は、壁に手をついて、立ち尽くす。
その手の跡が、ほんのり温かく残った。
『ナニカ』は、近づかない。
この記憶は、誰かの『約束』だった。
誰かが、ここで待っていた。
誰かが、来なかった。
幻影の女の子は、やがて静かに消える。
でも、壁には、手の跡が残っていた。
そして、地面には、小さな箱が落ちていた。
『ナニカ』は、それを拾わず、ただ見つめていた。
そして、ノートの隅に一行だけ書き足す。
「待ち合わせの場所(体育館裏)」
それは、誰かが待っていた記憶。
そして、誰かが呼びかけた名前。
旧校舎は、それを忘れていない。
◇
旧校舎の美術室。
石膏像は、静かに佇んでいた。
棚の絵具は乾き、筆は固まっている。
でも、空気だけが、少しだけざわついていた。
『ナニカ』は、部屋の隅に立っていた。
何かが、動いている気配。
でも、誰もいない。
何もいない。
机の下。
小さな虫が、ゆっくりと這い出してきた。
それは、ただの虫だったはず。
でも、背中に、校章のような模様が浮かんでいた。
虫は、机の脚に触れる。
その瞬間——
机が、わずかに震えた。
『ナニカ』は、目を細める。
机の脚が、ほんの少しだけ、曲がった。
まるで、関節のように。
虫が、再び触れる。
今度は、机の引き出しが開いた。
中から、古いノートが飛び出す。
ページが、風もないのにめくれる。
「ここにだって、誰かいた」
そんな声が、ノートから聞こえた気がした。
『ナニカ』は、机に近づく。
待っていたかのように、机の脚が、ゆっくりと動いた。
まるで、立ち上がろうとしているように。
石膏像の目が、わずかに揺れた。
棚の絵具が、ひとりでに蓋を開けた。
筆が、空中に浮かび、何かを描こうとしていた。
——記憶が、思いが、命に——モンスターに、なろうとしている。
『ナニカ』は、後ずさる。
これは、祭りじゃない。
これは、演出じゃない。
これは、ダンジョンの始まりだ。
ノートのページが、最後までめくられた。
そこには、震える文字でこう書かれていた。
「展示妖怪:机の精・ノートの声・筆の舞」
『ナニカ』は、ノートを閉じる。
でも、机はまだ動いていた。
虫は、壁の隙間へと消えていった。
旧校舎が、記憶を超えて、命を生み出してしまった。
『ナニカ』は、静かに呟く。
「・・・そうくるか」
そして、ノートの隅に一行だけ書き足す。
「展示室(妖怪化進行中)」
それは、旧校舎が『迷宮』になった証。
そして、誰かが『夢を借り続けた』代償。
◇
この少し前、体育館裏で、『供物』が捧げられたことを『ナニカ』は知らなかった。
ただ、知った時、驚きと、悲しみ、そして喜びで、我を忘れることとなる。
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