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レーディング15(R15)・表現深化バージョン~刺激的な表現を含みます
第172話 宴(教師陣視点) ~酔わせる苦さ~ 前編
しおりを挟むこの時、本校の教師陣は『ダンジョン』の25と50階層にいた。
自校の生徒たちが『レイド』中に、他校の者に入られては困るから監視するという名目で、実質は俗世間を離れて羽目を外そうということだ。
全校生徒がダンジョンにいる。
校内にいてもやることがないというのも理由に挙げられるだろう。
彼ら、彼女らのほとんどは『元探索者』。
残りは座学を教える科目教師となる。
子供時代にダンジョンがなかった世代の者たちだ。
旧時代の遺物、などと謗られつつも役立てられている。
『ダンジョン探索』を旨として育てられる子供たちといえども、一般的な学問も教えないわけにはいかないからだ。
一割が卒業前に死に、五割が卒業後に死ぬとしても。
もう一つ、彼らが『ダンジョン』内にいる理由はある。
通信の中継だ。
『ダンジョン』内でも、スマホは使える。
ただし、通信圏は最大でも30階層まで。
それ以上は断絶する。
このため、中継器の持ち込みが必須となるのだ。
つまり、安定して利用しようと考えれば、25階層ごとに中継器を設置。
維持・管理しなければならない。
25階層ごとに中継器と、それを維持する人員が必要となる。
これは、『ダンジョン利用にかかわる安全基準』という国際ルールに則ったものなので例外はありえなかった。
同時に、通信の監視も行っている。
不用意に刺激の強すぎるライブ映像の配信などされては困るのだ。
学校側の検閲を受けないと、外部へは接続できなくする意図もある。
通常は、それも含めて生徒に行わせるものなのだが、今回は全生徒を上げて最深層攻略に出ている。
生徒から人員を割くわけにはいかなかったため、教員が請け負っているのだった。
ちなみにだが、教職員は『探索者』を引退したということになるので、『ダンジョン内』での狩りは許可されていない。
『レイド』への参加などもってのほかだ。
参加できるとしても、するつもりはないだろう。
彼ら、彼女らの能力は押し並べて低いのだ。
『ダンジョン』主体の世の中にあって、教師という職業を選択するしかなかったくらいに。
この『ダンジョン』は64が最深とされていたので、25と50の2か所に14人ずつ28人が逗留している。
その逗留地で、本来は禁止されているアルコール飲料の栓が抜かれていた。
『レイド』の失敗が確定した頃、25と50階層では『宴』が宴もたけなわだった。
前日に『ダンジョンマスター』討伐成功の連絡が入っていたのだ。
「世界初に乾杯だ!」
浮かれた調子で誰かが叫べば、すぐに全員が唱和して杯が傾けられる。
教師たちはすっかり出来上がっていた。
『レイド』の成功。
『ダンジョンマスター』討伐という快挙。
彼らにも恩恵がもたらされるはずだった。
指導者として。作戦の立案者として。
高く評価されることになるからだ。
片田舎の教師という立場から、世界に名を知らしめる立場になれる。
だからこそ、多少無理目の『レイド』を企画し実行させようという校長の話に乗ったのだ。
そして、それは成功しつつある。
今朝の定期報告によれば、『あとは、ダンジョンマスターのドロップアイテムを回収するだけ』とのことだった。
それなら、今日中にケリがつく。
じきに、回収成功の一報が届くはずだった。
「少し遅くないですか?」
赤いアルコールを、ちびちびと舐めるように飲んでいた女性教師がポツリと呟いた。
回収するだけなら、もう一報が届いていいはずだ。
そもそも、朝の定期連絡以降、通信が全く入っていない。
「奴らも『これで英雄だ!』ってんではしゃいでいるのだろうよ」
「もしくは、人間爆弾にビビったかだな」
どちらだろうと構いやしない。
どっちもくだらない。
そう突き放している。
そう突き放す声に、誰も反論しなかった。
だが、沈黙が長引くほどに、その『くだらない』が、現実味を帯びていく。
教師たちの多くもまた、多感な十代を、死と隣り合わせで生きた者たちだった。
同期の六割を、失った。
名前も、顔も、声も、記憶の中でしか生きていない。
人の生き死にに、感情を向ける余裕などなかった。
そうでなければ、正気ではいられなかった。
だから、彼らは変わった。
感情を切り離し、死を数値で測るようになった。
そして今、 同じ生き方を、子どもたちにまで求めている。
それが正しいのか?
そんな問いは、持たない。
持てない。
持とうとしない。
「そうだとしても……」
女性教師の呟きは、喧騒に紛れて、泡のように消えていった。
『ダンジョン内での宴』——それは、教師たちにとって『苦さ』の象徴。
かつて探索者だった頃。
仲間を失い、命を削りながら進んだ日々。
討伐の成功や生還の報告が届くたびに、誰かが「祝おう」と言った。
だが——
誰も乾杯しなかった。
誰も笑わなかった。
誰も、口を開かなかった。
酒はあった。
火もあった。
だが、言葉はなかった。
沈黙だけが、杯の中で揺れていた。
その記憶は、今となっては口にするのも、思い出すのも嫌なものだった。
だから、教師たちは語らない。
語れない。
ただ、忘れたふりをする。
それでも、記憶と感情は、泡のように酔いの隙間から浮かび上がる。
誰かの笑い声に重なるように、誰かの泣き声が、耳の奥で響く。
だからこそ、今の宴は——『無責任』でなければならなかった。
酔いしれることでしか、あの記憶から逃れられない。
笑うことでしか、あの沈黙を塗りつぶせない。
「世界初に乾杯だ!」
誰かが叫び、誰かが杯を傾ける。
その声は、かつての沈黙を押し流すように響いた。
——そして、誰も気づかない。
その沈黙が、今また『戻ってきている』ことに。
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