『使い捨てられた補助スキル持ち、迷宮の主になって制服妖怪と学園祭を始める』

葉月奈津・男

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レーディング15(R15)・表現深化バージョン~刺激的な表現を含みます

第173話 宴(教師陣視点) ~酔わせる苦さ~ 後編

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 盃を片手に、彼はまだ『職務中』だった。
 宴の喧騒から少し離れた場所。
 仄暗い通路の端に設置された中継器の前。

 酔いの回った足取りで、彼は機器のランプを確認し、軽く端末を叩いた。

 通信は、沈黙していた。
 受信は、ないに等しい。

 だが——『ないに等しい』は、『ない』とは違う。

 ログの片隅に、奇妙な断片が浮かんでいた。
 まるで、井戸の底から泡が一つ、また一つと浮かび上がるように。

 ノイズ混じりの信号。
 送信されなかったデータ。
 受信されることなく、ただ『待機』している何か。

 内容までは覗けない。
 文字化けしたコードの断片が、画面の端で瞬いては消える。

 それでも——彼の背筋を、一瞬だけ冷たいものが撫でた。

「……気のせいだ」

 そう呟いて、彼は端末の蓋を閉じた。
 背を向け、宴の明かりの方へと歩き出す。

 手にしたボトルを、ぐいとあおる。
 喉を焼く液体の熱が、さっきの違和感を押し流していく。

 背後の中継器が、かすかに“ピッ”と鳴った。

 誰も、それを聞いていなかった。

    ◇

 宴の片隅。
 女教師は、スマホの画面をじっと見つめていた。
 そこに映るのは、ダンジョンを進む生徒たちの、少し前の映像。

 その中の一人。
 緊張で引きつりながらも、前を向いて歩く男子生徒の姿に、彼女は目を細めた。

「きっと、心にも体にも浅くはない痛みを残して帰ってくるわね」

 囁くように呟いた声は、どこか甘く、どこか冷たい。
 まるで、怯える小動物を撫でるような優しさ。
 けれどその手は、檻の鍵でもあった。

「どう慰めてあげようかしら」

 その言葉には、慈しみのような響きと、観察者のような距離感が同居していた。

 癒すというより、導く。
 導くというより、仕上げる。
 仕上げるというより、支配する。

 そんな『手入れ』のような響き。

 彼女の口元が、ゆっくりと歪む。
 笑っているのか、ほくそ笑んでいるのか、判別のつかない表情。

「おい、少しは隠せ。よだれを垂らしそうな顔になっているぞ」

 隣から声が飛ぶ。
 男性教師が苦笑しながら、グラスを押し付けてきた。

 女教師は不満そうに眉をひそめたが、すぐに『優雅な仮面』をかぶりなおす。
 グラスを受け取り、涼やかな仕草で酒を口に含む。

 その目は、もう一度スマホの画面へと戻っていた。

「……あの子、どこまで形を整えてあげられるかしらね」

 その声は、誰にも聞こえないように、泡のように消えていった。

 宴の片隅。
 女教師は静かに笑っていた。
 グラスの中で揺れる琥珀色の液体を見つめながら、彼女の思考は遠く、校舎の奥へと沈んでいく。

 彼女の家には、記憶が積もっていた。

 几帳面に書かれたノート。
 丁寧に畳まれた制服。
 決して破られることのない誓約書のコピー。

 それらはすべて、 かつて彼女の『指導』を受けた生徒たちの痕跡。

 彼らは、よく言うことを聞いた。
 目を伏せ、声を潜め、彼女の言葉に頷いた。
 まるで、彼女の望む通りに動く人形のように。

「教育って、素晴らしいわよね」

 誰にともなく呟いたその声は、静かで、少し寂しげだった。
 けれど、その奥には、確かな熱があった。

 彼女にとって『教える』とは、『整える』ことだった。

 心を削り、形を揃え、余計な感情を削ぎ落とす。
 そうして初めて、『完成』に近づく。

 尊敬は、従順の種。
 信頼は、支配の鎖。
 依存は、育成の果実。

 アルコールが喉を通り過ぎるたび、 胸の奥に達成感が灯る。
 それは酔いのせいではない。

 彼女の中にある、静かな高揚。
 誰かの未来を、自分の手で『整えて』いく充足感。

「……あの子も、きっと素直になるわ」

 スマホの画面に映る生徒の顔を見つめながら、彼女は静かに微笑んだ。

 その笑みは、優しさの仮面を被っていた。
 けれど、仮面の下では、支配の悦びが、じわじわと滲み出していた。

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