α主人公の友人モブαのはずが、なぜか俺が迫られている。

宵のうさぎ

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青年期編

許諾

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 父に昏倒させられた後、俺が目を覚ましたのは翌日の早朝だった。
 すぐさま自分の傍にレオンがいないことがわかり、不安と焦りに心が乱れる。
 呼応するように落ち着いていたフェロモンもじわりと揺らぎ始めた。

「カイル坊ちゃま、荒れておられますなぁ」
 一人のはずの室内から、聞き慣れた父の侍従の声が聞こえて視線をそちらに向ける。
 やれやれと言わんばかりに肩をすくめる壮年の男を見つけ、俺はハァとため息をついた。

「……ノイマン。坊ちゃまはやめろ」
「ははぁ。つがいのひとりすら自分で手に入れられない坊ちゃまには最適かと思いますが?」
「お前……、父上の侍従だからってあまりにも俺に不敬じゃない?」
「はぁ。お仕えしております家がこんなところですからなぁ」
「なんでだ、最高の環境だろうが。他の家でそんな言葉遣いを後継者にしてみろ。首が飛ぶぞ?」
「はぁ。ですがここはラジェルドですからなぁ」

 父上はこんな男が侍従でいいんだろうか。
 でもまぁ、これで優秀なので首にはならないんだろうけど。

 ノイマンの相手をするのも馬鹿らしくなり、気づけば乱れていたフェロモンも落ち着いていた。

「それで、坊ちゃまはエルヴェール公子を諦めるのですかな?」

 傷を抉るような発言に、ノイマンを睨みつけるがどこ吹く風だ。
 
「どうだろう。父上がわざわざオメガへの転化の話を俺にしたってことは、アルファがそうなる可能性も大いにあるってことだろ。つまり、俺が大手を振ってエルヴェール公爵家に入ることもできるようになるってことだ。それでレオンと一緒にいられるなら、俺は……多分そうするよ」

 レオンはオメガになったとしても俺のことも愛してくれるだろうか。
 浅ましくフェロモンでレオンを襲おうとしたオメガと同じ存在になった俺を。

 子を産むのは、怖い。成長するにつれ薄れつつある前世の記憶。
 今の俺の価値観は、そのほとんどがこちらで培ったものだ。
 しかし、出産に関しては今も昔も変わらない。
 こちらの世界でも子を産めるのは女かオメガだ。
 男でアルファの俺が、急にそうなることへの恐怖はなくならない。

 でも、そんな恐怖を押したとしても、俺はレオンと一緒にいたい。


 俺のつがい。俺の心臓。
 きっと俺は、今後レオン以外を受け付けられない。
 義務の為だとしても、たぶんそもそも息子が勃たない。
 父上には悪いが、我がラジェルド侯爵家は遠縁から養子をもらう他ないだろう。
 もしくは、父上がもう一人弟か妹をこさえてくれたらいいのに。

「ははぁ。でしたらカイル坊ちゃまはいずれエルヴェール公爵家に行かれるのですなぁ。寂しゅうなりますなぁ」
「エルヴェール公爵閣下からの許可が無かったら無理だけどな」
「それでしたら問題ないかと」
「ハァ?」

 なんなら、一番の難関がエルヴェール公爵閣下だ。
 レオンの様子を見るに、どう考えても俺の存在は歓迎されていないはずだ。
 それなのに、ノイマンはいったい何を根拠にそんなことを言っているんだろう。
 説明を促すようにノイマンを見つめるが、どうやら話すつもりはないようだ。
 俺の視線などどこ吹く風でカーテンを開け始めた。

「あぁ、ご主人様からの言伝です。本日の昼過ぎにエルヴェール公爵様がいらっしゃいますので、その時に応接間まで来るようにとのことです」

 では。と部屋を出て行ったノイマンを見送ってから、俺は再びベッドに寝転んだ。

「レオン……」

 俺の唯一を呼ぶ声は、誰にも届かず、ただ空に消えていった





 昼過ぎ。父上に言われ訪れた応接間。
 昨日、衝動のままにレオンを襲いかけたから、もう二度と合わせてはもらえないだろうと思っていた。
 それなのに、応接間の扉を開けた目の前にレオンがいるとは思っておらず目を見開く。

 この美しい顔ももう今日で見納めかもしれない。
 ノイマンはああいっていたものの、その思いがぬぐえずに胸が締め付けられる思いがする。
 俺と目が合うと、クシャリとゆがめられたレオンの顔に思わず手を伸ばしたが、応接間の中にエルヴェール公爵の姿があるのを見て寸前で止めた。

 
 レオン、レオン。レオン……。俺の心臓。俺のつがい。
 アルファ同士だなんて関係ない。
 ただ一人、俺が求める愛しい人。


 父に促されしぶしぶ座ったソファでは、腕半本分の隙間を開けて座る。
 この距離がもどかしい。


 父の話は、やはり昨日ちらりとこぼしていたオメガへの転化の話だ。
 その話をともに聞いていたレオンは勢いよく立ち上がり、そのままテーブルに乗り上げてまで俺の父に掴みかかって問いただす。

「ほ、んとうに!?ぼくが……ッ、アルファでもオメガになれるんですか!?」
「お、落ち着いて!今その話をするから!」
「レオンハルト、落ち着かんか。貴様それでも公爵子息か」
「うるっさいですよ!僕のことなんてどうでもいいくせに!父上は黙っててください、この冷血漢!!」
「な、ちがっ」
「僕は今!ラジェルド侯爵閣下と話してるんです!そんなに暇ならカイルとおしゃべりしてなさい!!」

 息子であるレオンに怒鳴られ、しょんもりとした様子のエルヴェール公爵閣下が律儀に俺の方を窺う。
 いや、別に話はする必要ないんじゃないかな?と、いうか。エルヴェール公爵閣下ってもしかしてレオンのこと割と好きなんじゃないか?
 レオンにはこれっぽっちも伝わってないけど。



 しかし、この様子だと本当にどうやら話は悪い方向に行かないらしい。
 仕方がないのでレオンを後ろから抱き寄せて父上から離す。
 たとえ話を聞くためとはいえ、あんまり俺以外に引っ付かれるのは気分がよくないので。

「カイル!放せ!僕は、いま閣下とお話を!」
「どうどう」
「僕は馬じゃない!!」

 いや、どう見ても今のレオンは暴れ馬だ。
 そのまま、ひょいと膝に抱えるような形で抱きしめた状態でソファに腰掛ける。
 レオンを抱えたお腹の前でがっちりと指を組んで逃げ出せないようにして抱き寄せた。

 昨日ぶりのレオンだ。
 その首筋。ちょうど耳の後ろあたりに鼻をよせて息を吸うと、ふわりとフェロモンの匂いがする。
 
 頭が馬鹿になっている自覚はある。
 絶対にレオンに二度と会えなくなると思っていた反動だ。一時たりとも離れたくない。



「カイル。エルヴェール公爵閣下の前だってわかってるか?」
「はぁ。でもどうやら別れさせるつもりはないみたいなんでいいかなと」
「お前ね。本当に不敬だぞ」
「ハァ。すみません。本能的なことなんで勘弁してください」

 父が額に手を当て、呆れている様子。公爵閣下を窺うと、すごく眉間にしわを寄せていた。面白い顔だね。

 そうこうしているうちに、俺の組んだ手の上にレオンが同じように手を添えた。
 そして、そのまま後ろにいる俺の首元に頭を摺り寄せてくれたので俺からもフェロモンが漏れる。

「それで?どちらがオメガになるかは置いといて、どういう理屈で転化するかはわかってるんですか?」
「おっまえねぇ……。はぁ……、もう少し父上を労わってくれてもいいんだぞ?昨日の晩から寝ずに文献ひっくり返して調べたんだぞ?」
「お疲れ様で。それで?」

 もうやだこの息子。とぶつぶつぼやきつつ、父は話をしてくれた。



 曰く、昔から戦時中を中心に、長い戦いの後にバース性がオメガに転化する事例が国境軍では稀によく観測されていたらしい。
 その時の条件は大きく四つある。

 ひとつ、戦いが長期であること。
 ひとつ、味方もしくは敵軍に強いアルファがいること。
 ひとつ、そのアルファの威嚇フェロモンにさらされていたこと。
 ひとつ、そのアルファへ心身ともに屈服すること。

 国境軍に従事する医者曰く、優秀なアルファの子孫を残そうとする動物的な本能ではないか、とのことだ。
 実際に転化した事例はベータだけだが、中には弱いアルファが戦いの最中に発現熱のような症状を発症した例はある。
 その後、前線から離され後方で療養したところ何事もなくもとに戻ったらしいが。

 さすがにその原理を調べるためだけに人のバース性を転化させることは倫理的観点から見てアウトだろうと研究はされていないらしいが。
 ともかく。以上のことから、父はアルファがオメガに転化することは可能だと考えたそうだ。



「私は、レオンハルト公子とカイル。どちらがオメガになるかはわからないが、どちらかが本当にオメガになり、我が家とエルヴェール公爵家の血を後世に繋げるのであれば、二人の関係を否定するつもりはないよ」
 
 そう言った後、父上はエルヴェール公爵の肩に手を添えた。
 それを受け、公爵閣下は数度咳ばらいをしてからしぶしぶ口を開く。

「ラジェルド侯爵子息。貴様が我がエルヴェール公爵家に入るのが条件だ。……恋女房をつがいにしたい気持ちは、私にも痛いほどわかるのでな」

 それだけを言うと公爵閣下は立ち上がり、足早に応接間から出て行った。
 その背中を、信じられないと言わんばかりに呆然と見送っていたレオンに、父上は少し声を潜めて声をかけた。


「私は君のお父上とお母上と十は歳が離れているんだけれどね。彼らの仲を取り持ったのが私なのだよ。公爵閣下も、オメガの婚約者を蹴っての恋愛結婚だからね。尤も、お母上にはなかなか子供が生まれなくて、随分苦労されたようだけれど。それでも離縁しなかった公爵閣下には愛を貫き通したい公子の気持ちがよくわかるのさ」


 そう言って、気障にぱちりとウィンクをした父も部屋を出ていった。


 二人きりになった応接間。
 レオンが膝の上でもぞりと動いてこちらを振り向く。
 白い頬をピンクに染め、蕩けるような魅惑的な笑みを浮かべたレオンが、そのまま俺の首元へと抱き着いた。


「カイル……。僕は君を愛してる!」
「レオン、俺も。君を愛してる」


 一寸の隙間もできないほどに、ギュウとお互い抱きしめ合って、満干の想いを込めて愛を囁き合うのだ。
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