【エルド学園】俺はこの『親友』が、ただの学生だと思っていた

西園 いつき

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第一章 親友と剣を交わす日々

1.第一王子レオンと親友ノア

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王立エルド学園。
十八から二十二までの青年が通う、エルド王国が誇る最高学府だ。

王族や貴族だけでなく、才能を認められた平民も門を叩くことを許され、政治、軍事、剣術、魔法、外交――この国を動かすためのあらゆるものを、ここで学ぶ。
つまりここは、未来の王や将軍、宰相、英雄など、国を担う者たちを育てる場所だ。

そんな学園に通う俺は、エルド王国第一王子、レオン・エルド・ヴァレンティス。
周囲曰く、端正な顔立ちに、蒼い瞳、肩より少し短いくらいの金髪、平均より少し高めの身長と武芸で鍛えられた体格、まさしく王子らしい、と。
自分の外見評価なんてどうでも良い、とは言わない。
いずれ俺は王になる人間だ、なんであろうと評価が高くて悪いことはない。


今日もいつも通り、学園の訓練所へと向かっていた。
廊下を歩けば、生徒たちの視線が自然と集まる。畏敬、遠慮、好奇、あるいは無遠慮な憧れ。
王子である以上、慣れたものだ。
視線を気にも留めず、訓練所の重い扉を押し開く。
中にいたのは、見慣れた背中。


「ようやく来たか、レオン」


先に木剣を手にしていた自分と同じ年の男が、振り返りもせずに俺の名前を呼び捨てにする。


「悪い、少し遅れたな」
「いや、俺が早かっただけだ」


そう言って、ようやくその男はこちらを向いた。
ノア――ノア・エルド・フォルティス。
ノアの髪は一見黒く見えるが、光の加減によって一部が赤く、まるで炎が揺れるように輝く瞬間がある。
前髪から覗く赤褐色の瞳にも、思わず目を奪われる。
…と、べた褒めしているようではあるが、正直その外見には興味がない。
ノアがノアであれば、俺の親友であることに変わりはないのだから。


「じゃあ、早速始めるか。息を整える時間をやっても良いがどうする、殿下?」
「息を整えるまでもなく勝ってやるよ。行くぞ、ノア!」


軽口を叩くノアを俺もまた軽口で返し、俺たちは互いに距離を取る。
木剣を構えた瞬間、余計な思考はすべて消える。
ここでは身分も関係ない、ただの剣を振るうもの同士だ。

軽口の隙をついてノアが一歩踏み込み木剣を振るう。刹那、俺は体をひねり、剣を受け止める。
だが衝撃が手首に走る。筋肉が痺れるほどの、力。


「……っ」


俺の息が上がってくる。だがノアの剣先は、まるで炎のように柔軟に動き捉えどころがなく、攻撃の隙を一切与えない。
華々しい技はない。ただ最短で最適な角度とタイミングで叩き込まれる。
一合、二合、三合と、木剣のぶつかり合う乾いた音が、訓練所に響いた。
ノアが間合いを詰め、また離す。俺が踏み込めば、必ず先に剣を交わされる。


「く……ッ」


俺の剣先を弾き、ノアが半歩踏み込んだ。
咄嗟に防ぐが、手首が痺れ、剣が手から滑り落ちる。
息を呑むと、ノアの剣先がそっと離れた。


「今日も俺の勝ちということで」
「くっそ、負けたー! でも明日は俺が勝つからな!」


悔し紛れにそう返すが、内心舌を巻く。
やはり強い。
ノアの実家、フォルティス家はその強い忠誠心と王権強化派であることが他の派閥に警戒され、主要人物は地方や遠方の行政・領地に飛ばされたと聞く。
そんなノアが、今やエルド第一王子の俺と親友なんて、皮肉が効いているというか何というか。

先ほどの打ち合いを振り返りお互い意見を出し、それをもとに再度何回か打ち合った後訓練所を出る。
訓練所を出れば、俺もノアもすっかりいつもの調子に戻っていた。
廊下ですれ違う生徒たちの視線を受け流し、挨拶をされればそれに返し、そんな中で会話しながら時に小さく笑いを交わす。
王子としての俺に憧れもなく変な期待もせず、ただ俺を俺として扱ってくれるノア。
些細な日常、けれど俺にとってはかけがえのない日々だった。


「そう言えば血統魔法史の課題、文献整理だったな。もうやったか?」
「レポートの書き出しくらいは。お前は?」
「ゼロ。王子様は忙しくってなー」
「はっ、言ってろ」


と言うことで図書室行かねぇ? 王城の、と誘うと、ノアは城の文献が読めるなら付き合ってやると頷いてくれた。
そうして学園から俺の家とも言える王城にノアと共に戻り、図書室へと向かう。
学園の図書よりも多く、珍しい文献も多く並んでいた。


「血統魔法史……この辺か、レオン?」
「そうそう。血統魔法史概論とか、国の成り立ち、血を継ぐ儀式について、とかここら辺をまとめれば良いんじゃないか?」


王族や名門に関する記録は、単なる歴史や魔法の知識というだけでなく、王国の政治や派閥にも深く関わる重要な情報だ。
俺は書棚を眺めながら本を何冊か取り出し、ノアも何冊か選び二人で図書室の席に着いた。
王城図書室の司書も俺たちのこの姿には慣れたもので、好きにさせてくれている。


「血統魔法史とは、王族や一族に伝わる魔法の仕組みや代々の記録、血の結びつきがどのように力に変わるかを学ぶ学問である、と。あとは血統魔法史らしい単語の説明と考察でも書いておけば良いだろ」
「次期国王がその程度の認識じゃ、エルド王国民の未来も怪しいな」
「そう言うお前はどの程度書くんだよ」


課題をとりあえずさっさと済ませようとした俺に、軽口ながらも少し本気の苦言を呈するノアに尋ねる。
ノアは走らせていたペンを止めて、パラパラと本を捲った。


「俺は、……王統おうとうの血統魔法史から切り込んで行こうと思っている」
「王統? 代表的なのは……ルベド王統とかか?」
「へぇ。よく知ってたな」
「そりゃ、うちの国にとって同盟候補…中立共同体だしな」


ルベド王統。王家の血筋やその家系が王統の全てを継承していく一族で、決まった土地を持たない。
しかしルベド王統は特殊な力を持っており、少数であろうと一国の軍事力を遥かに凌ぐと言われている。
その力を求め、多くの国はルベド王統を兵器として取り込もうとしたり、属国化を試みたりと国家として併呑しようとしている。
代表的な国なら、ヴァルガ帝国だろうか。表向きは穏健派のつもりだろうが。
しかしエルド王国はその流れを拒み、王統の自治と掟を最優先する、代わりにルベド王統はエルド王国への不干渉を約束している。
同盟、協力関係とまでは言わないが、お互い良い距離感を保てている、はず。

そう言うと、ノアは目を少し伏せて微笑んだ。
珍しいその表情に思わず目を瞬かせる。


「そうだな、この国は良い国だ」
「だろ? そんな国の国民であることを誇りに思って良いぞ」


王子としてこの国が褒められたことが嬉しくて、ついそんなことを言う。
ノアはそうだな、と一言だけ返して続けた。


「ルベド王統、通称《あかの一族》と呼ばれることから分かるように、特殊な血統魔法の伝承に関わる古い一族だ」
「そこまで言うくらい、特殊なのか?」
「あぁ。例えば、承血儀しょうけつぎって分かるか」
「それが分からなかったら王子としてマズいだろ。王位継承者の決定儀式のことだ」


承血儀、俺も数年後、学園の卒業前後に行うことになるだろう。
エルド王国第一王子として。
分かってくれてて安心した、とノアは冗談のように小さく笑った。


「エルドを含む王国や帝国にとってはそう、政治的意味合いの方が大きい。でも、ルベド王統にとっては、ただの王位継承の儀式じゃない」
「と言うと?」
「王統の存続に関わるもの、血の盟約……とか何とか囁かれてるな」
「そこは曖昧なのかよ」
「仕方ないだろ、ルベド王統についての公的文書はほぼ無いんだ」


秘密主義なんだよ、とノアは再びペンを走らせる。
ルベド王統か、と俺は内心呟く。秘密主義、公的文書がほぼ無い。
正直各国、ルベド王統の動向をどこまで把握しているのか。
ここ十年ほど、特にその動向が分からないと王城の誰かが言っていたような。


「それにしてもノア」
「ん」
「資料がほぼない状態でそこまでの知識や考察力があるなら、将来王城で研究者として働いてみたらどうだ」
「将来……」
「あー、でもお前、剣術も魔法の腕も立つし、魔法騎士……いやでも知識が……そもそも俺の右腕として……」


ぶつぶつと、俺たちの将来に思いを馳せる。
ノアは文武両道、そして俺の親友だ。
出来ることなら、俺の、王の近くにずっといてほしい、隣に立っていてほしい。
……思っていた以上に、どうやら俺はノアのことを、離したくないと思っているらしい。
その考えに何だか照れ臭くなって、目の前のノアを盗み見る。

ノアはレポートの紙に視線を落とし、何を考えているのかこちらを見ない。
その頬に、長い睫毛が作る繊細な影が落ちている。
ほんのり赤みを帯びた前髪が、表情を隠していた。

思わず、俺は手を伸ばして前髪を掬い上げようとする。
軽く触れただけ、のつもりだった。

しかしその瞬間、ノアの手が俺の手首を強くつかんだ。
思わず息が詰まる。ノアの瞳が一瞬見開かれ、赤褐色の瞳の奥に鋭い光が走った。


「……なんだ、いったい」
「い、や、悪い、……なんか、お前の顔が見たく、て……?」


しどろもどろに答えながら手を引こうとするが、俺の手は握られたまま動かない。
その力強く握られたその感触に、胸がざわつく。
触れるな、と。
異常なまでの、拒絶、のような。

そんな俺を見て、ノアはパッと何事もなかったように手を離した。


「なんだそれ、いつも見てるだろ」
「それは、そうだが……」
「レポートを順調に進める俺に嫉妬して、目潰ししてくるのかと思った」
「しねぇーよ! その発想が怖ぇーわ」


ノアの軽口に便乗して、俺も息を整えて座りなおす。
散り散りになった思考を元に戻そうとしていると、ノアは少し黙って、静かに口を開いた。


「……でも、そうだな。研究者には、なれないけど」
「……?」
「このレポートが完成したら、お前にやるよ」


コピーだけどな、とノアは笑う。
ルベド王統についての、ただの学生のレポート。
それでも何故か、それがまるで想いの籠った、手紙のように思えて。


「……楽しみにしとく」
「それよりお前、とっととレポート進めろよ」
「分かってるっつーの」


そう答えながら、俺はノアに気付かれないように手首を擦る。
離れたはずの感触が、まだ手首に残っている。
いつまでも、熱を帯びたまま。

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