【エルド学園】俺はこの『親友』が、ただの学生だと思っていた

西園 いつき

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第一章 親友と剣を交わす日々

2.規律監査官 リヒト

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剣と剣が交わし合う、乾いた音が訓練所に響く。
今日もいつも通り、俺とノアは訓練所で剣の打ち合いをしていた。

互いに踏み込み、引き、呼吸を合わせるように刃を交える。
先日の打ち合いで得た学びを活かしながら応戦する。
しかしやはり、ノアは強い。
王国剣術を幼い頃より学んできた俺でも、五分五分。
いや、知略が優れている分、向こうの方が上手だ。

最後の打ち合いが終わり、俺が一歩引いたその瞬間。


「そこまでだ」


低く、よく通る声が、訓練所の空気を断ち切った。
その存在に気付いていたのか、俺が振り返るより先にノアの視線がそちらに向く。
訓練所の柱の影から、一人の男が歩み出てきた。

規律監査官の黒い外套。胸元に刻まれた見慣れた王国章。
――リヒト・エルド・ヴェルナー。


「王国の規律監査官が、こんな訓練所に何の用だ」
「丁寧なご挨拶痛み入ります、レオン・エルド・ヴァレンティス殿下」


嫌味かよ。
思わず俺は、苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべる。
俺たちより十ほど上の、暗灰色のきっちり整えられた短髪は一切遊びがなく。
細身だが無駄のない筋肉、その体格はまるで看守や処刑人のような雰囲気を纏っていた。
幼い頃からコイツの淡い金色の瞳と目が合うと、どうにも動悸がして苦手だった。

そんな視線は一瞬だけ俺を掠め、すぐにノアへと突き刺さる。


「私の用事は勿論君だ、ノア・エルド・フォルティス」


名を呼ばれたノアは剣を納めながら、あの金色を瞳を真っ直ぐに見つめた。


「……何か御用ですか、規律監査官殿」
「王城図書室で、ルベド王統の原史料に当たっていたそうだな」


空気がわずかに張り詰める。
誰だ規律監査官の耳まで話を届けたのは。司書か。
……司書もこうなるとは思っていなかったのだろうが、利用者の情報を喋るとは。
あとで一言言ってやらねばならないと決めながら、俺は眉根を寄せる。


「ただの学生が読むには、随分踏み込んだ内容だ」
「……」
「ルベド王統の承血儀、血命けつめい、血統魔法の変遷。ルベド王統を巡るエルド王国とヴァルガ帝国との軋轢。あのフォルティス家が閲覧出来るような文献ではない」


地方へ飛ばされたフォルティス家を侮辱するような発言。
しかしノアは淡々と返す。


「学園の課題のためだったのですが、学ぶことに身分の制限があるとは知りませんでした」
「制限など、当然存在する」


即答だった。この世の真理を紡ぐように。


「王国には規律がある、秩序がある。秩序は、無知によって守られることもある」
「……」
「さて、フォルティス家のノア。君は秩序を守る側か? それとも、壊す側か?」
「おい、待てよ」


俺はあの金色の瞳から庇うように、規律監査官の前に立つ。
何故ノアが、俺の親友が、ここまで侮辱されなければならない。


「王城の図書室では俺と、第一王子と共にいた。閲覧制限なんて掛かるわけがない」
「そこは殿下に、制止して頂きたいところでした」
「馬鹿言うな。血統魔法史のことなんてロクに知らねぇ俺が、内容把握してるわけないだろ」


きっぱりとそう告げた俺に、規律監査官は目を一つ瞬かせ、一拍沈黙する。


「……そう、でしたね」
「納得するの早すぎるだろ、お前らが従う王家の人間だぞ俺は。もっと弁護しろ」
「レオン殿下、私は、規律監査官は、貴方を疑っているわけではないのです」


しかし、と規律監査官は目を細め俺の後ろのノアに再び視線を向けた。


「ただの学生、それならばまだ良かった。しかし、殿下の”唯一の親友”ともなれば話は別」
「ノアは俺の親友なだけで、ただの学生には変わりないだろ」
「王権強化派。フォルティス家は、そういう家だ」


フォルティス家が何をしたって言うんだ。
建国時代の功臣貴族で、あまりにも強い忠誠心と王権強化派であることに他の派閥が不満を抱いて、バランスを取るために地方に行かせただけだろう。


「地方に下った功臣が、次期国王と目される殿下が通う学園へ息子を送り込み、閲覧制限のある王統の情報を収集する。――まるで、ルベド王統の力を我が物とし、中央復権の足掛かりにでもするかのような行動だ」
「――ッリヒト・エルド・ヴェルナー!」


ノアは沈黙を通すつもりだったのか、否定するつもりだったのか、もしかしたら肯定するつもりだったのか。
分からない。
それが判断出来る前に、俺は目の前の規律監査官の名を呼んだ。


「規律監査官、貴殿は確かに、王国のために疑わしきを問い質し、規律を正しているのだろう」
「……」
「しかしこのノア・エルド・フォルティスはこのエルド王国第一王子の、最も信頼の置ける友である。証拠もなく、無遠慮に疑い侮辱するその言動、決して許されるものではない」


分かっている、俺がここまで信頼を置いているからこそ、俺が出来ない『ノアを疑う』という役目を担っているのだと。
しかし、それでも。
大事な奴が侮辱されて黙っていられるほど、俺は人間が出来てねぇんだよ。

じっ、と。
俺と規律監査官の瞳が交錯する。
そして彼は一拍置き、深く息を吐き、殿下、と声を出す。
その声色は、わずかに和らいでいた。


「規律監査官が王国の犬と呼ばれているのは知っています。犬は主人のためならば、なにものにでも吠えるでしょう。しかし」


一瞬ノアへと視線を移したが、すぐに俺へ視線を戻す。


「疑いの段階ならば、噛みつく相手は、王家の意思に従いましょう」


今回はここまでだ、とリヒトは身を翻す。
そして最後にノアの名を呼んだ。


「ノア・エルド・フォルティス。君の血が、秩序を乱すものではないことを願う。――血とは本来、背くためのものではなく、守るためにあるのだから」


そう言って、規律監査官は訓練所を去っていく。
姿が見えなくなって、ようやく息を吐いた。
……やっぱりあの金色の瞳を見ると、まだ動悸がする。
拍動を落ちつけながら、俺はノアを振り返った。


「ノア、うちの規律監査官が悪かった。大丈夫か?」
「……あぁ。最後の最後に激励されてしまったし、それで相殺してやるさ」
「激励って……明らかに、今後も調子乗んなよって釘刺されてたじゃねぇか」
「釘を刺され……あぁ、そうか、そうだな、そういう意味だ」


ノアは珍しく、くつくつと笑う。
コイツ、前向きに考えすぎなのか、それともそもそも興味がないのか。


「まぁ、リヒト、規律監査官殿は正しいことをしているだけだ。自国の王族に近い怪しい奴なんて、警戒するに越したことはない」
「お前は怪しくねぇし」
「……でも、そこまで信じてくれてありがとう、レオン」


庇ってくれたことも、嬉しかった。
そうやって本当に嬉しそうに、目を柔らかく細めて言うものだから。


「……ッ」
「……? レオン?」
「な、っんでも、ない、なんでもない、ほんとうになんでもない、だいじょうぶだ」


この胸の衝動は、きっと規律監査官の瞳を見た時のトラウマが再発しただけ。
絶対そうに違いない。
だって。
親友に対してこんな、綺麗で、――可愛い、なんて。
この想いの先なんて、考えつきもしないのだから。



***


重厚な扉が、音もなく閉じた。
王城の回廊に残ったのは、規律監査官リヒト・エルド・ヴェルナーただ一人だった。

王座の間では、すでに報告は終えている。
第一王子レオンの近況、学園の交友関係。
そして――ノア・エルド・フォルティスという、危うい学生の存在。

国王は頷き、王妃は静かに目を伏せた。
そこには不安も焦りもなく、それ以上の言葉はなかった。

それでいい、それでこそ、エルド王国の主だ。
必要なことは、全て伝えた。
必要でないことは、一つも口にしていない。

リヒトは歩みを止め、回廊の窓から夜の王都を見下ろした。
灯りは整然と並び、秩序正しく、いつもと変わらぬ顔で輝いている。


「主のためならば、なにものにでも吠える……か」


リヒトは昼間の己の言動を思い返し、自嘲するように息を吐く。
それでも言葉は続いた。


「私は主に仕える者。正当なる血と、秩序の安定のために動く」


回廊に、その声が静かに溶ける。


「例え秩序を正すその過程で、剣を向けられることになろうとも」


窓に反射する己の淡く輝く金色の瞳を見詰める。
リヒトは己に流れるその血が、この瞳を見た者に威圧をもたらすことを知っていた。
彼が幼い頃は怯えた目で見られていたのに、今日は真っ直ぐに見据えられていた。


「血は偽れない。名を変え、立場を変え、仮面を被っても……赤は、赤だ」


月明かりが窓から差し込む。
白い石床に、淡く影が落ちる。


「どうか、我が主。宿願を。そのためならばこの命、血と誇りの名の下に差し出します」


それは祈りにも、命令にも似ていた。
微笑みはない、迷いもない。
リヒトは踵を返す。


「覚悟はすでに、出来ている」


その背中は、忠臣のそれだった。
リヒトは歩みを進める。
もうすぐ来たる、”その時”へ。
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