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第一章 親友と剣を交わす日々
3.武技大会
――剣を交えるたびに、思う。
もし俺が、ただの学生だったなら。
ただの没落貴族の息子でいられたなら。
レオンとこうして、勝ち負けを笑い合うだけの未来も、あったのだろうか。
顔が見たくて、とレオンから伸ばされた手を、心のままに受け入れることが出来たのだろうか。
……いや。
それは最初から選ばなかった。
血は、俺に選択肢を与えなかった。
あの日から俺は、この血のために生きている。
名を捨て、国を偽り、友の隣に立つことすら、期限付きの許しだ。
それでも。
「……レオン」
剣の柄に手をかけ、雲一つない空を目を細めて見上げる。
せめてこの舞台では、心のままに剣を振るおう。
***
王立エルド学園・武技大会。
年に一度、学園中の、いや、世界中の視線が一か所に集まる日。
剣術、槍術、魔法、体術。
個々の研鑽の成果を示す場であり、同時に王国に、未来の力を見せる儀式でもある。
観客席には貴族の紋章が並び、軍服の肩章が光る。
王族席には父と母、そして重臣たち。
その視線の先に立つのは、俺達だ。
――エルド王国第一王子、レオン・エルド・ヴァレンティス。
そして。
俺の唯一の親友、ノア・エルド・フォルティス。
開会式、剣の柄を握る手に、いつもより力が入る。
勝たなければならない。
それは王子としての義務であり、期待されていることでもある。
ノアは、いつも通り静かだった。
表情も、呼吸も、普段と変わらない。
なのに。
何故だろう。
今日に限ってノアがこの舞台に立っていることが、どこか間違っているような気がした。
武技大会は、予選からすでに異様な熱気に包まれていた。
剣が折れ、魔法が掻き消され、担架が何度も運ばれる。
王立エルド学園は実力者揃い、しかし次々と脱落していく。
俺とノアは、当然のように勝ち進んだ。
ノアは、相手を圧倒することはしない。
しかし気付けば、必ず立っている。
無駄がなく、焦りもない。
勝つための最短だけを選び続けている剣だった。
視線を上げ、観客席上段を見やる。
見慣れぬ軍装の一団が、静かに試合を見下ろしていた。
――ヴァルガ帝国使節団。
表情は笑顔だが、視線は獲物を見るそれだった。
さらにその背後。
規律監査官のリヒトが、壁際に立っている。
彼の視線は王族である俺ではない。
最初からずっと、ノアだけを追っていた。
そんな視線の中、俺たちは更に順調に勝ち進み。
決勝の名が告げられた瞬間、闘技場の空気が変わった。
歓声も、高まりきった熱もある。
だが、それ以上に。
静まり返った緊張が、場を支配していた。
中央に立つのは、俺とノア。
闘技場の誰もが、きっとこの試合を渇望していた。
そして誰よりも、この俺が。
何度も剣を交えた相手。
訓練所で、朝焼けの下で、夕暮れの影の中で。
互いの呼吸も、癖も、剣筋も、嫌になるほど知っている。
「ようやくここまで来たな、お互い」
そう言うと、ノアは小さく笑った。
「順当だろ。いつもの訓練と変わらない、今日は少し、観客が多いだけだ」
その軽口を叩く声色は、本当にいつもと変わらない。
だからこそ、何故か。
胸の奥がざわついた。
いつもと同じはずなのに、いつもより、距離があるような。
ノア、と思わず呼んだ声が、開始の合図に掻き消される。
次の瞬間、俺たちは同時に踏み込んだ。
――剣が、ぶつかる。
いつもの乾いた音ではなく、金属音が闘技場に高く響いた。
一撃、二撃、三撃と、打ち合いは速い。
観客の目には、剣が重なって見えるほどだろう。
「っ……!」
俺が斬り上げる。
ノアは最小限の動きで受け流し、すぐに返す。
「動きが固いぞレオン、緊張してるのか?」
「お前、こそ!」
言葉と剣が、同時に飛ぶ。
ふっ、と一瞬の間に、息を吐く。
間合い、呼吸、体重移動。
まるで決められた型をなぞるように、全てが噛み合う。
くそ、全部読まれてる。
訓練所で積み上げた研鑽、俺の癖なんて完全に把握しているだろう。
一歩退けば追撃、一歩踏み込めば迎撃。
しかし。
「ッそんなん、お互い様だろうがよ!」
俺だって、ノアの癖は完全に把握している。
あとは俺の動きが、ノアを上回るだけで良い。
それが難しいことは理解しているが、止まるつもりはない。
俺は強引に踏み込んだ。
剣を振り抜く。
その瞬間。
ノアの身体が、わずかに沈んだ。
来る……ッ!
今までの全ての経験が直感となり、叫びだす。
ノアの剣が、最短の軌道で突きに来る。
避け切れない、防げば体勢を崩す。
それかいつかの訓練のように、手首が痺れて剣を落とす。
そう、分かってしまった。
だが。
向かってくるその切っ先が、僅かに遅れた。
一拍、ほんの一つの呼吸分。
そして俺の剣が、ノアの剣を弾き。
そのまま胸元へ。
鈍い音、ノアの身体が後ろへと弾かれた。
完全なる静寂。
次の瞬間、審判の声が響く。
「――勝者、レオン・エルド・ヴァレンティスッ!」
歓声が爆発する。
闘技場全体が壊れるのではないかという程の、名を呼ぶ声。
しかし俺の視界には、ノアしかいなかった。
肩で息をしながら、ノアを見詰める。
倒れたノアは、ゆっくりと起き上がった。
そして――俺を見て、笑った。
「……参った。まさか俺が、負けるなんて」
その笑みは、悔しさでも怒りでもなく。
清々しいまでの、覚悟を終えた人間の顔。
「ノア、なんで……」
俺が呆然と呟くと、ノアは肩をすくめた。
「俺の剣筋を完璧に読みきった、お前の勝ちだ」
「違う!」
思わず声を荒げる。
なんだそれ、なんだそれ、なんだそれ!!
「今のは……ッなんで剣を止めたノア!!」
ノアは一瞬だけ、目を細めた。
「止めてない、と言っても無駄か?」
「お前……ッ」
ノアの胸倉を掴み上げる。
なんで、どうして。
「俺が王子だからか? 俺がお前より弱いからか? 答えろノア!!」
掴み上げられた胸倉をそのままに、ノアは黙っている。
そして、呟くように声を出す。
「……なんでだろうな」
「な、に……?」
「心のままに剣を振るおうと決めて……その選択が、これだったんだ」
意味が分からない、分かりたくもない。
それでも、胸の奥に残ったざらつきは、決して消えなかった。
俺はノアを掴んでいた手を離し、思わずたたらを踏む。
コイツはただの学生で……俺の、親友のはずだろ?
「お前……何の覚悟を決めた……? 今、何を置いていった……?」
その言葉を聞いた瞬間、ノアは。
――別れを告げるかのように、微笑んだ。
勝利の歓声の中で、それに反して俺の身体から血の気が抜ける感覚。
審判が近付き、優勝者としての表彰が始まろうとしていた、その時だった。
ゴォンッッッ―――
重く、腹の底を打つような音。
次いで、闘技場全体が、微かに揺れる。
ざわめきが波紋のように広がった。
空気が変わる。
武技大会の熱気とは違う。
冷えた、嫌な緊張。
「なんだ、あれは……」
呟いたのは、誰だったのか。
空を見上げる。
――空が、裂けている。
違う、空が裂けているように見えるのだ。
黒鉄の艦影が、一直線に並んでいた。
一隻、二隻、否、十を超える。
空を行く巨大な戦艦。
その戦艦に刻まれた、見覚えのある紋章。
「……ヴァルガ、帝国……?」
誰かが震えた声で呟いた。
その瞬間、確信する。
これは訓練でも、事故でもない。
――侵攻だ。
もし俺が、ただの学生だったなら。
ただの没落貴族の息子でいられたなら。
レオンとこうして、勝ち負けを笑い合うだけの未来も、あったのだろうか。
顔が見たくて、とレオンから伸ばされた手を、心のままに受け入れることが出来たのだろうか。
……いや。
それは最初から選ばなかった。
血は、俺に選択肢を与えなかった。
あの日から俺は、この血のために生きている。
名を捨て、国を偽り、友の隣に立つことすら、期限付きの許しだ。
それでも。
「……レオン」
剣の柄に手をかけ、雲一つない空を目を細めて見上げる。
せめてこの舞台では、心のままに剣を振るおう。
***
王立エルド学園・武技大会。
年に一度、学園中の、いや、世界中の視線が一か所に集まる日。
剣術、槍術、魔法、体術。
個々の研鑽の成果を示す場であり、同時に王国に、未来の力を見せる儀式でもある。
観客席には貴族の紋章が並び、軍服の肩章が光る。
王族席には父と母、そして重臣たち。
その視線の先に立つのは、俺達だ。
――エルド王国第一王子、レオン・エルド・ヴァレンティス。
そして。
俺の唯一の親友、ノア・エルド・フォルティス。
開会式、剣の柄を握る手に、いつもより力が入る。
勝たなければならない。
それは王子としての義務であり、期待されていることでもある。
ノアは、いつも通り静かだった。
表情も、呼吸も、普段と変わらない。
なのに。
何故だろう。
今日に限ってノアがこの舞台に立っていることが、どこか間違っているような気がした。
武技大会は、予選からすでに異様な熱気に包まれていた。
剣が折れ、魔法が掻き消され、担架が何度も運ばれる。
王立エルド学園は実力者揃い、しかし次々と脱落していく。
俺とノアは、当然のように勝ち進んだ。
ノアは、相手を圧倒することはしない。
しかし気付けば、必ず立っている。
無駄がなく、焦りもない。
勝つための最短だけを選び続けている剣だった。
視線を上げ、観客席上段を見やる。
見慣れぬ軍装の一団が、静かに試合を見下ろしていた。
――ヴァルガ帝国使節団。
表情は笑顔だが、視線は獲物を見るそれだった。
さらにその背後。
規律監査官のリヒトが、壁際に立っている。
彼の視線は王族である俺ではない。
最初からずっと、ノアだけを追っていた。
そんな視線の中、俺たちは更に順調に勝ち進み。
決勝の名が告げられた瞬間、闘技場の空気が変わった。
歓声も、高まりきった熱もある。
だが、それ以上に。
静まり返った緊張が、場を支配していた。
中央に立つのは、俺とノア。
闘技場の誰もが、きっとこの試合を渇望していた。
そして誰よりも、この俺が。
何度も剣を交えた相手。
訓練所で、朝焼けの下で、夕暮れの影の中で。
互いの呼吸も、癖も、剣筋も、嫌になるほど知っている。
「ようやくここまで来たな、お互い」
そう言うと、ノアは小さく笑った。
「順当だろ。いつもの訓練と変わらない、今日は少し、観客が多いだけだ」
その軽口を叩く声色は、本当にいつもと変わらない。
だからこそ、何故か。
胸の奥がざわついた。
いつもと同じはずなのに、いつもより、距離があるような。
ノア、と思わず呼んだ声が、開始の合図に掻き消される。
次の瞬間、俺たちは同時に踏み込んだ。
――剣が、ぶつかる。
いつもの乾いた音ではなく、金属音が闘技場に高く響いた。
一撃、二撃、三撃と、打ち合いは速い。
観客の目には、剣が重なって見えるほどだろう。
「っ……!」
俺が斬り上げる。
ノアは最小限の動きで受け流し、すぐに返す。
「動きが固いぞレオン、緊張してるのか?」
「お前、こそ!」
言葉と剣が、同時に飛ぶ。
ふっ、と一瞬の間に、息を吐く。
間合い、呼吸、体重移動。
まるで決められた型をなぞるように、全てが噛み合う。
くそ、全部読まれてる。
訓練所で積み上げた研鑽、俺の癖なんて完全に把握しているだろう。
一歩退けば追撃、一歩踏み込めば迎撃。
しかし。
「ッそんなん、お互い様だろうがよ!」
俺だって、ノアの癖は完全に把握している。
あとは俺の動きが、ノアを上回るだけで良い。
それが難しいことは理解しているが、止まるつもりはない。
俺は強引に踏み込んだ。
剣を振り抜く。
その瞬間。
ノアの身体が、わずかに沈んだ。
来る……ッ!
今までの全ての経験が直感となり、叫びだす。
ノアの剣が、最短の軌道で突きに来る。
避け切れない、防げば体勢を崩す。
それかいつかの訓練のように、手首が痺れて剣を落とす。
そう、分かってしまった。
だが。
向かってくるその切っ先が、僅かに遅れた。
一拍、ほんの一つの呼吸分。
そして俺の剣が、ノアの剣を弾き。
そのまま胸元へ。
鈍い音、ノアの身体が後ろへと弾かれた。
完全なる静寂。
次の瞬間、審判の声が響く。
「――勝者、レオン・エルド・ヴァレンティスッ!」
歓声が爆発する。
闘技場全体が壊れるのではないかという程の、名を呼ぶ声。
しかし俺の視界には、ノアしかいなかった。
肩で息をしながら、ノアを見詰める。
倒れたノアは、ゆっくりと起き上がった。
そして――俺を見て、笑った。
「……参った。まさか俺が、負けるなんて」
その笑みは、悔しさでも怒りでもなく。
清々しいまでの、覚悟を終えた人間の顔。
「ノア、なんで……」
俺が呆然と呟くと、ノアは肩をすくめた。
「俺の剣筋を完璧に読みきった、お前の勝ちだ」
「違う!」
思わず声を荒げる。
なんだそれ、なんだそれ、なんだそれ!!
「今のは……ッなんで剣を止めたノア!!」
ノアは一瞬だけ、目を細めた。
「止めてない、と言っても無駄か?」
「お前……ッ」
ノアの胸倉を掴み上げる。
なんで、どうして。
「俺が王子だからか? 俺がお前より弱いからか? 答えろノア!!」
掴み上げられた胸倉をそのままに、ノアは黙っている。
そして、呟くように声を出す。
「……なんでだろうな」
「な、に……?」
「心のままに剣を振るおうと決めて……その選択が、これだったんだ」
意味が分からない、分かりたくもない。
それでも、胸の奥に残ったざらつきは、決して消えなかった。
俺はノアを掴んでいた手を離し、思わずたたらを踏む。
コイツはただの学生で……俺の、親友のはずだろ?
「お前……何の覚悟を決めた……? 今、何を置いていった……?」
その言葉を聞いた瞬間、ノアは。
――別れを告げるかのように、微笑んだ。
勝利の歓声の中で、それに反して俺の身体から血の気が抜ける感覚。
審判が近付き、優勝者としての表彰が始まろうとしていた、その時だった。
ゴォンッッッ―――
重く、腹の底を打つような音。
次いで、闘技場全体が、微かに揺れる。
ざわめきが波紋のように広がった。
空気が変わる。
武技大会の熱気とは違う。
冷えた、嫌な緊張。
「なんだ、あれは……」
呟いたのは、誰だったのか。
空を見上げる。
――空が、裂けている。
違う、空が裂けているように見えるのだ。
黒鉄の艦影が、一直線に並んでいた。
一隻、二隻、否、十を超える。
空を行く巨大な戦艦。
その戦艦に刻まれた、見覚えのある紋章。
「……ヴァルガ、帝国……?」
誰かが震えた声で呟いた。
その瞬間、確信する。
これは訓練でも、事故でもない。
――侵攻だ。
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