3 / 13
第一章 親友と剣を交わす日々
3.武技大会
しおりを挟む
――剣を交えるたびに、思う。
もし俺が、ただの学生だったなら。
ただの没落貴族の息子でいられたなら。
レオンとこうして、勝ち負けを笑い合うだけの未来も、あったのだろうか。
顔が見たくて、とレオンから伸ばされた手を、心のままに受け入れることが出来たのだろうか。
……いや。
それは最初から選ばなかった。
血は、俺に選択肢を与えなかった。
あの日から俺は、この血のために生きている。
名を捨て、国を偽り、友の隣に立つことすら、期限付きの許しだ。
それでも。
「……レオン」
剣の柄に手をかけ、雲一つない空を目を細めて見上げる。
せめてこの舞台では、心のままに剣を振るおう。
***
王立エルド学園・武技大会。
年に一度、学園中の、いや、世界中の視線が一か所に集まる日。
剣術、槍術、魔法、体術。
個々の研鑽の成果を示す場であり、同時に王国に、未来の力を見せる儀式でもある。
観客席には貴族の紋章が並び、軍服の肩章が光る。
王族席には父と母、そして重臣たち。
その視線の先に立つのは、俺達だ。
――エルド王国第一王子、レオン・エルド・ヴァレンティス。
そして。
俺の唯一の親友、ノア・エルド・フォルティス。
開会式、剣の柄を握る手に、いつもより力が入る。
勝たなければならない。
それは王子としての義務であり、期待されていることでもある。
ノアは、いつも通り静かだった。
表情も、呼吸も、普段と変わらない。
なのに。
何故だろう。
今日に限ってノアがこの舞台に立っていることが、どこか間違っているような気がした。
武技大会は、予選からすでに異様な熱気に包まれていた。
剣が折れ、魔法が掻き消され、担架が何度も運ばれる。
王立エルド学園は実力者揃い、しかし次々と脱落していく。
俺とノアは、当然のように勝ち進んだ。
ノアは、相手を圧倒することはしない。
しかし気付けば、必ず立っている。
無駄がなく、焦りもない。
勝つための最短だけを選び続けている剣だった。
視線を上げ、観客席上段を見やる。
見慣れぬ軍装の一団が、静かに試合を見下ろしていた。
――ヴァルガ帝国使節団。
表情は笑顔だが、視線は獲物を見るそれだった。
さらにその背後。
規律監査官のリヒトが、壁際に立っている。
彼の視線は王族である俺ではない。
最初からずっと、ノアだけを追っていた。
そんな視線の中、俺たちは更に順調に勝ち進み。
決勝の名が告げられた瞬間、闘技場の空気が変わった。
歓声も、高まりきった熱もある。
だが、それ以上に。
静まり返った緊張が、場を支配していた。
中央に立つのは、俺とノア。
闘技場の誰もが、きっとこの試合を渇望していた。
そして誰よりも、この俺が。
何度も剣を交えた相手。
訓練所で、朝焼けの下で、夕暮れの影の中で。
互いの呼吸も、癖も、剣筋も、嫌になるほど知っている。
「ようやくここまで来たな、お互い」
そう言うと、ノアは小さく笑った。
「順当だろ。いつもの訓練と変わらない、今日は少し、観客が多いだけだ」
その軽口を叩く声色は、本当にいつもと変わらない。
だからこそ、何故か。
胸の奥がざわついた。
いつもと同じはずなのに、いつもより、距離があるような。
ノア、と思わず呼んだ声が、開始の合図に掻き消される。
次の瞬間、俺たちは同時に踏み込んだ。
――剣が、ぶつかる。
いつもの乾いた音ではなく、金属音が闘技場に高く響いた。
一撃、二撃、三撃と、打ち合いは速い。
観客の目には、剣が重なって見えるほどだろう。
「っ……!」
俺が斬り上げる。
ノアは最小限の動きで受け流し、すぐに返す。
「動きが固いぞレオン、緊張してるのか?」
「お前、こそ!」
言葉と剣が、同時に飛ぶ。
ふっ、と一瞬の間に、息を吐く。
間合い、呼吸、体重移動。
まるで決められた型をなぞるように、全てが噛み合う。
くそ、全部読まれてる。
訓練所で積み上げた研鑽、俺の癖なんて完全に把握しているだろう。
一歩退けば追撃、一歩踏み込めば迎撃。
しかし。
「ッそんなん、お互い様だろうがよ!」
俺だって、ノアの癖は完全に把握している。
あとは俺の動きが、ノアを上回るだけで良い。
それが難しいことは理解しているが、止まるつもりはない。
俺は強引に踏み込んだ。
剣を振り抜く。
その瞬間。
ノアの身体が、わずかに沈んだ。
来る……ッ!
今までの全ての経験が直感となり、叫びだす。
ノアの剣が、最短の軌道で突きに来る。
避け切れない、防げば体勢を崩す。
それかいつかの訓練のように、手首が痺れて剣を落とす。
そう、分かってしまった。
だが。
向かってくるその切っ先が、僅かに遅れた。
一拍、ほんの一つの呼吸分。
そして俺の剣が、ノアの剣を弾き。
そのまま胸元へ。
鈍い音、ノアの身体が後ろへと弾かれた。
完全なる静寂。
次の瞬間、審判の声が響く。
「――勝者、レオン・エルド・ヴァレンティスッ!」
歓声が爆発する。
闘技場全体が壊れるのではないかという程の、名を呼ぶ声。
しかし俺の視界には、ノアしかいなかった。
肩で息をしながら、ノアを見詰める。
倒れたノアは、ゆっくりと起き上がった。
そして――俺を見て、笑った。
「……参った。まさか俺が、負けるなんて」
その笑みは、悔しさでも怒りでもなく。
清々しいまでの、覚悟を終えた人間の顔。
「ノア、なんで……」
俺が呆然と呟くと、ノアは肩をすくめた。
「俺の剣筋を完璧に読みきった、お前の勝ちだ」
「違う!」
思わず声を荒げる。
なんだそれ、なんだそれ、なんだそれ!!
「今のは……ッなんで剣を止めたノア!!」
ノアは一瞬だけ、目を細めた。
「止めてない、と言っても無駄か?」
「お前……ッ」
ノアの胸倉を掴み上げる。
なんで、どうして。
「俺が王子だからか? 俺がお前より弱いからか? 答えろノア!!」
掴み上げられた胸倉をそのままに、ノアは黙っている。
そして、呟くように声を出す。
「……なんでだろうな」
「な、に……?」
「心のままに剣を振るおうと決めて……その選択が、これだったんだ」
意味が分からない、分かりたくもない。
それでも、胸の奥に残ったざらつきは、決して消えなかった。
俺はノアを掴んでいた手を離し、思わずたたらを踏む。
コイツはただの学生で……俺の、親友のはずだろ?
「お前……何の覚悟を決めた……? 今、何を置いていった……?」
その言葉を聞いた瞬間、ノアは。
――別れを告げるかのように、微笑んだ。
勝利の歓声の中で、それに反して俺の身体から血の気が抜ける感覚。
審判が近付き、優勝者としての表彰が始まろうとしていた、その時だった。
ゴォンッッッ―――
重く、腹の底を打つような音。
次いで、闘技場全体が、微かに揺れる。
ざわめきが波紋のように広がった。
空気が変わる。
武技大会の熱気とは違う。
冷えた、嫌な緊張。
「なんだ、あれは……」
呟いたのは、誰だったのか。
空を見上げる。
――空が、裂けている。
違う、空が裂けているように見えるのだ。
黒鉄の艦影が、一直線に並んでいた。
一隻、二隻、否、十を超える。
空を行く巨大な戦艦。
その戦艦に刻まれた、見覚えのある紋章。
「……ヴァルガ、帝国……?」
誰かが震えた声で呟いた。
その瞬間、確信する。
これは訓練でも、事故でもない。
――侵攻だ。
もし俺が、ただの学生だったなら。
ただの没落貴族の息子でいられたなら。
レオンとこうして、勝ち負けを笑い合うだけの未来も、あったのだろうか。
顔が見たくて、とレオンから伸ばされた手を、心のままに受け入れることが出来たのだろうか。
……いや。
それは最初から選ばなかった。
血は、俺に選択肢を与えなかった。
あの日から俺は、この血のために生きている。
名を捨て、国を偽り、友の隣に立つことすら、期限付きの許しだ。
それでも。
「……レオン」
剣の柄に手をかけ、雲一つない空を目を細めて見上げる。
せめてこの舞台では、心のままに剣を振るおう。
***
王立エルド学園・武技大会。
年に一度、学園中の、いや、世界中の視線が一か所に集まる日。
剣術、槍術、魔法、体術。
個々の研鑽の成果を示す場であり、同時に王国に、未来の力を見せる儀式でもある。
観客席には貴族の紋章が並び、軍服の肩章が光る。
王族席には父と母、そして重臣たち。
その視線の先に立つのは、俺達だ。
――エルド王国第一王子、レオン・エルド・ヴァレンティス。
そして。
俺の唯一の親友、ノア・エルド・フォルティス。
開会式、剣の柄を握る手に、いつもより力が入る。
勝たなければならない。
それは王子としての義務であり、期待されていることでもある。
ノアは、いつも通り静かだった。
表情も、呼吸も、普段と変わらない。
なのに。
何故だろう。
今日に限ってノアがこの舞台に立っていることが、どこか間違っているような気がした。
武技大会は、予選からすでに異様な熱気に包まれていた。
剣が折れ、魔法が掻き消され、担架が何度も運ばれる。
王立エルド学園は実力者揃い、しかし次々と脱落していく。
俺とノアは、当然のように勝ち進んだ。
ノアは、相手を圧倒することはしない。
しかし気付けば、必ず立っている。
無駄がなく、焦りもない。
勝つための最短だけを選び続けている剣だった。
視線を上げ、観客席上段を見やる。
見慣れぬ軍装の一団が、静かに試合を見下ろしていた。
――ヴァルガ帝国使節団。
表情は笑顔だが、視線は獲物を見るそれだった。
さらにその背後。
規律監査官のリヒトが、壁際に立っている。
彼の視線は王族である俺ではない。
最初からずっと、ノアだけを追っていた。
そんな視線の中、俺たちは更に順調に勝ち進み。
決勝の名が告げられた瞬間、闘技場の空気が変わった。
歓声も、高まりきった熱もある。
だが、それ以上に。
静まり返った緊張が、場を支配していた。
中央に立つのは、俺とノア。
闘技場の誰もが、きっとこの試合を渇望していた。
そして誰よりも、この俺が。
何度も剣を交えた相手。
訓練所で、朝焼けの下で、夕暮れの影の中で。
互いの呼吸も、癖も、剣筋も、嫌になるほど知っている。
「ようやくここまで来たな、お互い」
そう言うと、ノアは小さく笑った。
「順当だろ。いつもの訓練と変わらない、今日は少し、観客が多いだけだ」
その軽口を叩く声色は、本当にいつもと変わらない。
だからこそ、何故か。
胸の奥がざわついた。
いつもと同じはずなのに、いつもより、距離があるような。
ノア、と思わず呼んだ声が、開始の合図に掻き消される。
次の瞬間、俺たちは同時に踏み込んだ。
――剣が、ぶつかる。
いつもの乾いた音ではなく、金属音が闘技場に高く響いた。
一撃、二撃、三撃と、打ち合いは速い。
観客の目には、剣が重なって見えるほどだろう。
「っ……!」
俺が斬り上げる。
ノアは最小限の動きで受け流し、すぐに返す。
「動きが固いぞレオン、緊張してるのか?」
「お前、こそ!」
言葉と剣が、同時に飛ぶ。
ふっ、と一瞬の間に、息を吐く。
間合い、呼吸、体重移動。
まるで決められた型をなぞるように、全てが噛み合う。
くそ、全部読まれてる。
訓練所で積み上げた研鑽、俺の癖なんて完全に把握しているだろう。
一歩退けば追撃、一歩踏み込めば迎撃。
しかし。
「ッそんなん、お互い様だろうがよ!」
俺だって、ノアの癖は完全に把握している。
あとは俺の動きが、ノアを上回るだけで良い。
それが難しいことは理解しているが、止まるつもりはない。
俺は強引に踏み込んだ。
剣を振り抜く。
その瞬間。
ノアの身体が、わずかに沈んだ。
来る……ッ!
今までの全ての経験が直感となり、叫びだす。
ノアの剣が、最短の軌道で突きに来る。
避け切れない、防げば体勢を崩す。
それかいつかの訓練のように、手首が痺れて剣を落とす。
そう、分かってしまった。
だが。
向かってくるその切っ先が、僅かに遅れた。
一拍、ほんの一つの呼吸分。
そして俺の剣が、ノアの剣を弾き。
そのまま胸元へ。
鈍い音、ノアの身体が後ろへと弾かれた。
完全なる静寂。
次の瞬間、審判の声が響く。
「――勝者、レオン・エルド・ヴァレンティスッ!」
歓声が爆発する。
闘技場全体が壊れるのではないかという程の、名を呼ぶ声。
しかし俺の視界には、ノアしかいなかった。
肩で息をしながら、ノアを見詰める。
倒れたノアは、ゆっくりと起き上がった。
そして――俺を見て、笑った。
「……参った。まさか俺が、負けるなんて」
その笑みは、悔しさでも怒りでもなく。
清々しいまでの、覚悟を終えた人間の顔。
「ノア、なんで……」
俺が呆然と呟くと、ノアは肩をすくめた。
「俺の剣筋を完璧に読みきった、お前の勝ちだ」
「違う!」
思わず声を荒げる。
なんだそれ、なんだそれ、なんだそれ!!
「今のは……ッなんで剣を止めたノア!!」
ノアは一瞬だけ、目を細めた。
「止めてない、と言っても無駄か?」
「お前……ッ」
ノアの胸倉を掴み上げる。
なんで、どうして。
「俺が王子だからか? 俺がお前より弱いからか? 答えろノア!!」
掴み上げられた胸倉をそのままに、ノアは黙っている。
そして、呟くように声を出す。
「……なんでだろうな」
「な、に……?」
「心のままに剣を振るおうと決めて……その選択が、これだったんだ」
意味が分からない、分かりたくもない。
それでも、胸の奥に残ったざらつきは、決して消えなかった。
俺はノアを掴んでいた手を離し、思わずたたらを踏む。
コイツはただの学生で……俺の、親友のはずだろ?
「お前……何の覚悟を決めた……? 今、何を置いていった……?」
その言葉を聞いた瞬間、ノアは。
――別れを告げるかのように、微笑んだ。
勝利の歓声の中で、それに反して俺の身体から血の気が抜ける感覚。
審判が近付き、優勝者としての表彰が始まろうとしていた、その時だった。
ゴォンッッッ―――
重く、腹の底を打つような音。
次いで、闘技場全体が、微かに揺れる。
ざわめきが波紋のように広がった。
空気が変わる。
武技大会の熱気とは違う。
冷えた、嫌な緊張。
「なんだ、あれは……」
呟いたのは、誰だったのか。
空を見上げる。
――空が、裂けている。
違う、空が裂けているように見えるのだ。
黒鉄の艦影が、一直線に並んでいた。
一隻、二隻、否、十を超える。
空を行く巨大な戦艦。
その戦艦に刻まれた、見覚えのある紋章。
「……ヴァルガ、帝国……?」
誰かが震えた声で呟いた。
その瞬間、確信する。
これは訓練でも、事故でもない。
――侵攻だ。
0
あなたにおすすめの小説
悪役令息に転生したのに、ヒーローもヒロインも不在で、拾って育てた執事が最強なんだが……なんで?!
はぴねこ
BL
前世の弟が好きだったゲームの世界に、悪役令息として転生してしまった俺。
本来なら、ヒロインをいじめ、ヒーローが活躍するための踏み台になる……
そんな役割のはずなのに、ヒーローともヒロインとも出会えない。
いじめる対象すら見つけられない新米悪役令息とか、ポンコツすぎないだろうか?
そんな俺に反して、子供の頃に拾って育てた執事は超優秀で、なぜか「悪役執事スキル」を着実に磨いている。
……いや、違う!
そうじゃない!!
悪役にならなきゃいけないのは俺なんだってば!!!
王子のこと大好きでした。僕が居なくてもこの国の平和、守ってくださいますよね?
人生2929回血迷った人
BL
Ωにしか見えない一途なαが婚約破棄され失恋する話。聖女となり、国を豊かにする為に一人苦しみと戦ってきた彼は性格の悪さを理由に婚約破棄を言い渡される。しかしそれは歴代最年少で聖女になった弊害で仕方のないことだった。
・五話完結予定です。
※オメガバースでαが受けっぽいです。
妹に奪われた婚約者は、外れの王子でした。婚約破棄された僕は真実の愛を見つけます
こたま
BL
侯爵家に産まれたオメガのミシェルは、王子と婚約していた。しかしオメガとわかった妹が、お兄様ずるいわと言って婚約者を奪ってしまう。家族にないがしろにされたことで悲嘆するミシェルであったが、辺境に匿われていたアルファの落胤王子と出会い真実の愛を育む。ハッピーエンドオメガバースです。
【8話完結】僕の大切な人はBLゲームの主人公でした。〜モブは主人公の幸せのためなら、この恋も諦められます〜
キノア9g
BL
転生先は、まさかのBLゲームの世界。
モブであるリセルは、恋を自覚した瞬間、幼馴染・セスがこの世界の“主人公”だと気づいてしまう。
このまま一緒にいても、いつか彼は攻略対象に惹かれていく運命——それでも、今だけは傍にいたい。
「諦める覚悟をしたのに、どうしてこんなにも君が愛おしいんだろう」
恋の終わりを知っているモブと、想いを自覚していく主人公。
甘さと切なさが胸を締めつける、すれ違いから始まる運命の物語。
全8話。
狂わせたのは君なのに
一寸光陰
BL
ガベラは10歳の時に前世の記憶を思い出した。ここはゲームの世界で自分は悪役令息だということを。ゲームではガベラは主人公ランを悪漢を雇って襲わせ、そして断罪される。しかし、ガベラはそんなこと望んでいないし、罰せられるのも嫌である。なんとかしてこの運命を変えたい。その行動が彼を狂わすことになるとは知らずに。
完結保証
番外編あり
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる