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第1章 テンセズにて
第1話 発端
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時はその2日前に遡る。
アティアスは冒険者ギルドに併設されている酒場で、乾いた喉をビールで潤していた。
「ああー‼︎ 冷えたヤツはたまらないな!」
ようやく酒が飲める年齢になったばかりの彼は、概ね見た目と年齢が一致する青年だった。少し青みがかった短めの黒髪をかき上げながらビールの余韻に浸っていた。
その正面にもう一人、金色の短髪の男——少し歳は上だろうか——が、その言葉に呼応するように頷く。
「そうだろ? アティアスもようやく分かるようになったか」
「前は苦いだけだったけどな。ノードは最初どうだったんだ?」
「俺だって初めて飲んだときは苦くて、なんだこれって思ったよ」
「ははは、だよなぁ」
「我慢して飲んでたら突然うめぇ!ってなったんだよな」
ノードと呼ばれた男は、親しげに話す。
「旅に出てからもう4年になるけど、ようやく大っぴらに酒が飲めるのはありがたい」
「ゼバーシュ伯爵のご子息が16の頃から放浪旅するって聞いた時は驚いたぜ。しかも護衛が俺一人って正気かと」
「そりゃ小さい頃からよく知っていて、信頼できるのはお前だけだったからな」
「ははっ、長男だったらそうはいかなかっただろうがな」
「俺は四男だからな。そもそも長男なら旅なんて許されないさ」
二人は同時にジョッキを空にしつつ、笑った。すぐにお代わりを注文する。つまみはシンプルに芋を揚げて塩をふっただけのものだ。
と、アティアスは少し真顔になり、小声でノードに話しかける。
「それはそうと……昼間の話、どう思う?」
街を歩いているとき、子供が人攫いに遭った、という噂を道ゆく人が話しているのを聞いたのだ。
ノードは少し考え答える。
「……もしかして人身売買かもな?」
この国、メラドニアでは数百年も前から人身売買は禁止されている。
しかし需要がある限り、犯罪を犯してでも奴隷を欲する人たちはいなくならない。
それは時に爵位を持つような貴族からの依頼すらもあるためだった。
「だけどあくまで噂だろ? 俺たちが首を突っ込む問題か?」
ノードはアティアスを諭す。
彼が不正を嫌う、真っ直ぐな性格なのをよく知っているからだ。
「そうかもしれないが、気になるだろ?」
それを聞いて、ノードはため息をついた。
アティアスは言い出したら聞かない。それで大変なことになったのも、過去一度や二度ではなかった。
そもそも旅に出ていることだって、父親に無理を言って出てきているにもかかわらず、だ。
「今度ばかりは首突っ込むのやめないか?」
こうなったら言っても聞かないのはわかっているが、一応止めてみる。
「もし本当なら、後々問題になる。無視はできない」
本人は四男のため後継をしないといつも言っているが、真っすぐな性格は兄弟の中で最も領主に相応しいと、ノードは思っていた。
だから自分が常に守っている。
ただ、問題事を自分で片付けようとするのと、人の話をあまり聞かない所はマイナス点だ。
「……仕方ないな。でも慌てて動くなよ。もし裏にいるのが奴隷商なら相当危険だぞ?」
「わかってる。いつも助かるよ」
そう言って、早くも二杯目のビールを飲み干した。
◆
翌朝、まずはこの町テンセズの町長へ挨拶に行くこととした。無論、事が大きくなった時のために、先手を打って協力を取り付けておくためだ。
メラドニアでは、地域ごとに爵位を持った領主が治めており、その中の小さな町の酋長は領主によって任命されている。
このテンセズの町長はシオスンと言い、アティアスの父であるゼバーシュ伯爵から任命されていた。とはいえ、地方まで目は行き届かないことも多い。
よって、問題が起こらない限り、今回のように領主家の者が直接出向くことは滅多になく、ある程度の自治が認められていた。
町長の屋敷に出向き、門の前で門兵に面会を申し込む。
「俺は領主ゼバーシュ伯爵の息子アティアスだ。こっちは従者のノード。町長と面会したい」
「はっ、少々お待ちください」
門兵はそう言ってアティアス達を待たせたまま、そのうちのひとりが屋敷の中に入って行く。
屋敷は別棟もあるようで、かなり大きい。また手入れも行き届いているようだ。
5分ほど経った頃だろうか、門兵が戻ってきた。
「お待たせしました。申し訳ないのですが、シオスン様は本日ご体調が優れず、明朝にしていただきたいとのことです」
申し訳なさそうに門兵が言う。
「なんだと……?」
「大変申し訳ありません」
アティアスはしばし思案する。
立場上、強引に入ることもできたが、協力を取り付けるのが目的だ。あまり事を急ぐのは良くないと考えた。
「……わかった。明日9時に改めて出直そう。そう伝えておいてくれ」
「かしこまりました」
門兵は深々と頭を下げる。
「仕方ないな。町でも見回っておくか」
そう呟き、アティアスは町を散歩することにした。
しばらく歩いたあと、ギルドで聞いてみるか、と思い情報収集のために足を向けた。
ギルドはどこの街にもあり、会員費を払い登録すれば身分証が発行され、様々な特典が受けられる。
依頼の斡旋もしており、主には商人のボディガードや傭兵などが多い。ひとつの街に定住して稼いでいる冒険者もいるが、依頼が偏ることもあり、稼ぎの良い依頼を求めて噂を聞き旅をする冒険者も少なくない。
アティアスの場合はお金に困ることはないが、世界を見て回るのが主な目的だったため、冒険者という肩書きはありがたい。
「いらっしゃい」
ギルドに入ると体格のいい受付の男——冒険者上がりの四十代半ばだろうか——が応対してくれる。
胸の名札にはグランツと書かれてあった。
「急にすまない、ひとつ聞きたい事があるんだが……」
そう言いつつ、アティアスは小声で耳打ちする。
「この町で子供が消えるって噂を聞いたんだが……何か耳に入ってることはあるか?」
「……時々その話は聞きますがね、詳しくはわかりません」
グランツは首を振って答える。
「そうか……」
アティアスは考える。
ここは内陸の街であり、人身売買のやり取りをするなら馬車が必要だ。
それなら町を出るときに目立つだろう。
やはりただの噂なのか……?
ギルドの中を見渡すと、夜は酒場になるエリアがカフェ兼休憩スペースになっていた。たまたまそこに居た三人組のパーティに近づく。
「……あまり目立つのはどうかと?」
ノードが耳打ちしてくるが、その方が手っ取り早いとばかりに、アティアスは答える。
「なに、こちらが堂々と調査すれば、向こうからやってくるかもしれない」
「そのまま暗殺されてからだと遅いぞ……」
ノードの呟きを気にせず、アティアスは三人に声をかけた。
「はじめまして……かな。突然声をかけてすまない。この町に来て長いのか?」
談笑していた三人はアティアスに顔を向ける。
三十歳くらいの男が二人と、彼らよりもう少し若そうな女が一人。男の一人は珍しく魔導士のようだ。あとの二人は剣を帯剣していた。
魔導士とは、その名の通り魔力を使って魔法と呼ばれる特殊な現象を起こす事ができる者達である。
魔力は純粋に遺伝で受け継がれ、どちらかの親に魔力が無ければ魔法は使えない。それに特殊な訓練を必要とするため、自由に魔法を扱える者はそれほど多くない。
パーティに一人いると非常に有効なので、冒険者からは重宝されていた。
ノードには魔力がなかったが、アティアスには専門の魔導士ほどではないものの、魔力があった。
周囲を照らしたり、火を点けたりもできるし、当然戦いの時には魔法を有効に使っていた。
「ああ、ここに来て二ヶ月になる。お前ら見ない顔だな。来たばっかりか?」
リーダーと思われる剣士が答える。
「ありがとう。俺はアティアス、こっちはノード。テンセズには3日前に来たところだ」
「俺はナハトだ。こいつらと組んで流しの傭兵をしている。なにか俺たちに用か?」
ナハトと名乗った男は、少し手入れ不足のボサッとした黒髪だが、いい体格をしている。
傭兵としての経験も長そうだ。
「ああ、すまないが知っていたら教えてほしい。昨日、この町で子供が居なくなるって噂を聞いてね。何か聞いたことはないか?」
アティアスの質問に、ふむ……と少し考えてナハトは答える。
「その話自体は知っている。と言うのも、居なくなった子供を探して欲しいって依頼を先週受けたところなんだ」
アティアスはその偶然に驚きつつ、声を上げた。
「それは本当か⁉︎ もし構わないなら、俺たちと協力しないか? もちろん報酬などは要らない」
「報酬が要らないなんて、変わったヤツだな。まぁ良いさ、俺たちも情報が無くて困ってんだ。話くらいならしてやっても良い」
「そうか、ありがたい。早速で申し訳ないが、先週攫われたという子供について教えてほしい」
「攫われたのは、まだ5歳の男の子でな。この町の兵士をしている魔導士の子なんだ。母親と公園で遊んでいるとき、少し目を離した隙に居なくなったらしい」
ナハトの話に続いて、魔導士の男が補足する。
「その子の父親と私は馴染みがあってね。その縁でこの仕事をすることになったんだ」
その男はサラッとした金髪で前髪が目に掛かるかどうか、というくらいの長さに伸ばしていた。
「私はトーレスと言う。以前にここで兵士をしていてね。この町には詳しいと思う」
トーレスと名乗った魔導士は、もしかすると彼は攫われた子の父親と同僚だったのかもしれない。
アティアスは自分の考えを聞いてみた。
「5歳か……。人攫いだと思うか?」
「可能性はあると思う。ただの迷子かもしれないが……」
トーレスは頷き、続けて言う。
「もし人攫いなら、事前にターゲットを調べていたのか、たまたま目についた子だったのか……。私は前者だと思っている。高く売れそうな子を狙ったのではないのかと」
魔導士の子は魔法の素養がある。
手間をかけてでも、わざわざ狙ったとも考えられた。
「そうだな。となると、次に狙われそうな子もわかるかもな。……とはいえ、それは別の話か」
アティアスは頷きながら呟いた。
人身売買は捕まると例外なく死罪である。すぐに目立つような動きがあると思わない方がいいと考えた。
トーレスがそれに対して答えた。
「ああ、まずは子供を探すのが先だ。まだ町の中に居るかもしれないと思って探してるんだ」
それならば、町の中に子供を捕らえておく場所が必要だ。つまり拠点が町にあることを意味する。
いつまでも町に置いておけず、いずれは街を出るだろう。
ただ、攫われたのが兵士の子ということを考えれば、門での警備も厳重になることが予想され、そのための時間稼ぎも必要となる。
「……とは言っても、まだ何の手掛かりも無くて困ってるんだけどな」
トーレスの言葉に、アティアスはため息を吐いた。
しかし、いきなりここまでの情報が得られたことを前向きに考え直し、三人に礼を言う。
「時間を取らせてすまなかった。俺たちも調べてみるよ。……またな」
アティアス達は礼を言って酒場から帰ろうとする。
それにナハトが返した。
「ああ、頼む。俺たちは休憩の時、だいたいこの酒場にいると思うから、なにか情報があればここに来てくれ」
アティアスは冒険者ギルドに併設されている酒場で、乾いた喉をビールで潤していた。
「ああー‼︎ 冷えたヤツはたまらないな!」
ようやく酒が飲める年齢になったばかりの彼は、概ね見た目と年齢が一致する青年だった。少し青みがかった短めの黒髪をかき上げながらビールの余韻に浸っていた。
その正面にもう一人、金色の短髪の男——少し歳は上だろうか——が、その言葉に呼応するように頷く。
「そうだろ? アティアスもようやく分かるようになったか」
「前は苦いだけだったけどな。ノードは最初どうだったんだ?」
「俺だって初めて飲んだときは苦くて、なんだこれって思ったよ」
「ははは、だよなぁ」
「我慢して飲んでたら突然うめぇ!ってなったんだよな」
ノードと呼ばれた男は、親しげに話す。
「旅に出てからもう4年になるけど、ようやく大っぴらに酒が飲めるのはありがたい」
「ゼバーシュ伯爵のご子息が16の頃から放浪旅するって聞いた時は驚いたぜ。しかも護衛が俺一人って正気かと」
「そりゃ小さい頃からよく知っていて、信頼できるのはお前だけだったからな」
「ははっ、長男だったらそうはいかなかっただろうがな」
「俺は四男だからな。そもそも長男なら旅なんて許されないさ」
二人は同時にジョッキを空にしつつ、笑った。すぐにお代わりを注文する。つまみはシンプルに芋を揚げて塩をふっただけのものだ。
と、アティアスは少し真顔になり、小声でノードに話しかける。
「それはそうと……昼間の話、どう思う?」
街を歩いているとき、子供が人攫いに遭った、という噂を道ゆく人が話しているのを聞いたのだ。
ノードは少し考え答える。
「……もしかして人身売買かもな?」
この国、メラドニアでは数百年も前から人身売買は禁止されている。
しかし需要がある限り、犯罪を犯してでも奴隷を欲する人たちはいなくならない。
それは時に爵位を持つような貴族からの依頼すらもあるためだった。
「だけどあくまで噂だろ? 俺たちが首を突っ込む問題か?」
ノードはアティアスを諭す。
彼が不正を嫌う、真っ直ぐな性格なのをよく知っているからだ。
「そうかもしれないが、気になるだろ?」
それを聞いて、ノードはため息をついた。
アティアスは言い出したら聞かない。それで大変なことになったのも、過去一度や二度ではなかった。
そもそも旅に出ていることだって、父親に無理を言って出てきているにもかかわらず、だ。
「今度ばかりは首突っ込むのやめないか?」
こうなったら言っても聞かないのはわかっているが、一応止めてみる。
「もし本当なら、後々問題になる。無視はできない」
本人は四男のため後継をしないといつも言っているが、真っすぐな性格は兄弟の中で最も領主に相応しいと、ノードは思っていた。
だから自分が常に守っている。
ただ、問題事を自分で片付けようとするのと、人の話をあまり聞かない所はマイナス点だ。
「……仕方ないな。でも慌てて動くなよ。もし裏にいるのが奴隷商なら相当危険だぞ?」
「わかってる。いつも助かるよ」
そう言って、早くも二杯目のビールを飲み干した。
◆
翌朝、まずはこの町テンセズの町長へ挨拶に行くこととした。無論、事が大きくなった時のために、先手を打って協力を取り付けておくためだ。
メラドニアでは、地域ごとに爵位を持った領主が治めており、その中の小さな町の酋長は領主によって任命されている。
このテンセズの町長はシオスンと言い、アティアスの父であるゼバーシュ伯爵から任命されていた。とはいえ、地方まで目は行き届かないことも多い。
よって、問題が起こらない限り、今回のように領主家の者が直接出向くことは滅多になく、ある程度の自治が認められていた。
町長の屋敷に出向き、門の前で門兵に面会を申し込む。
「俺は領主ゼバーシュ伯爵の息子アティアスだ。こっちは従者のノード。町長と面会したい」
「はっ、少々お待ちください」
門兵はそう言ってアティアス達を待たせたまま、そのうちのひとりが屋敷の中に入って行く。
屋敷は別棟もあるようで、かなり大きい。また手入れも行き届いているようだ。
5分ほど経った頃だろうか、門兵が戻ってきた。
「お待たせしました。申し訳ないのですが、シオスン様は本日ご体調が優れず、明朝にしていただきたいとのことです」
申し訳なさそうに門兵が言う。
「なんだと……?」
「大変申し訳ありません」
アティアスはしばし思案する。
立場上、強引に入ることもできたが、協力を取り付けるのが目的だ。あまり事を急ぐのは良くないと考えた。
「……わかった。明日9時に改めて出直そう。そう伝えておいてくれ」
「かしこまりました」
門兵は深々と頭を下げる。
「仕方ないな。町でも見回っておくか」
そう呟き、アティアスは町を散歩することにした。
しばらく歩いたあと、ギルドで聞いてみるか、と思い情報収集のために足を向けた。
ギルドはどこの街にもあり、会員費を払い登録すれば身分証が発行され、様々な特典が受けられる。
依頼の斡旋もしており、主には商人のボディガードや傭兵などが多い。ひとつの街に定住して稼いでいる冒険者もいるが、依頼が偏ることもあり、稼ぎの良い依頼を求めて噂を聞き旅をする冒険者も少なくない。
アティアスの場合はお金に困ることはないが、世界を見て回るのが主な目的だったため、冒険者という肩書きはありがたい。
「いらっしゃい」
ギルドに入ると体格のいい受付の男——冒険者上がりの四十代半ばだろうか——が応対してくれる。
胸の名札にはグランツと書かれてあった。
「急にすまない、ひとつ聞きたい事があるんだが……」
そう言いつつ、アティアスは小声で耳打ちする。
「この町で子供が消えるって噂を聞いたんだが……何か耳に入ってることはあるか?」
「……時々その話は聞きますがね、詳しくはわかりません」
グランツは首を振って答える。
「そうか……」
アティアスは考える。
ここは内陸の街であり、人身売買のやり取りをするなら馬車が必要だ。
それなら町を出るときに目立つだろう。
やはりただの噂なのか……?
ギルドの中を見渡すと、夜は酒場になるエリアがカフェ兼休憩スペースになっていた。たまたまそこに居た三人組のパーティに近づく。
「……あまり目立つのはどうかと?」
ノードが耳打ちしてくるが、その方が手っ取り早いとばかりに、アティアスは答える。
「なに、こちらが堂々と調査すれば、向こうからやってくるかもしれない」
「そのまま暗殺されてからだと遅いぞ……」
ノードの呟きを気にせず、アティアスは三人に声をかけた。
「はじめまして……かな。突然声をかけてすまない。この町に来て長いのか?」
談笑していた三人はアティアスに顔を向ける。
三十歳くらいの男が二人と、彼らよりもう少し若そうな女が一人。男の一人は珍しく魔導士のようだ。あとの二人は剣を帯剣していた。
魔導士とは、その名の通り魔力を使って魔法と呼ばれる特殊な現象を起こす事ができる者達である。
魔力は純粋に遺伝で受け継がれ、どちらかの親に魔力が無ければ魔法は使えない。それに特殊な訓練を必要とするため、自由に魔法を扱える者はそれほど多くない。
パーティに一人いると非常に有効なので、冒険者からは重宝されていた。
ノードには魔力がなかったが、アティアスには専門の魔導士ほどではないものの、魔力があった。
周囲を照らしたり、火を点けたりもできるし、当然戦いの時には魔法を有効に使っていた。
「ああ、ここに来て二ヶ月になる。お前ら見ない顔だな。来たばっかりか?」
リーダーと思われる剣士が答える。
「ありがとう。俺はアティアス、こっちはノード。テンセズには3日前に来たところだ」
「俺はナハトだ。こいつらと組んで流しの傭兵をしている。なにか俺たちに用か?」
ナハトと名乗った男は、少し手入れ不足のボサッとした黒髪だが、いい体格をしている。
傭兵としての経験も長そうだ。
「ああ、すまないが知っていたら教えてほしい。昨日、この町で子供が居なくなるって噂を聞いてね。何か聞いたことはないか?」
アティアスの質問に、ふむ……と少し考えてナハトは答える。
「その話自体は知っている。と言うのも、居なくなった子供を探して欲しいって依頼を先週受けたところなんだ」
アティアスはその偶然に驚きつつ、声を上げた。
「それは本当か⁉︎ もし構わないなら、俺たちと協力しないか? もちろん報酬などは要らない」
「報酬が要らないなんて、変わったヤツだな。まぁ良いさ、俺たちも情報が無くて困ってんだ。話くらいならしてやっても良い」
「そうか、ありがたい。早速で申し訳ないが、先週攫われたという子供について教えてほしい」
「攫われたのは、まだ5歳の男の子でな。この町の兵士をしている魔導士の子なんだ。母親と公園で遊んでいるとき、少し目を離した隙に居なくなったらしい」
ナハトの話に続いて、魔導士の男が補足する。
「その子の父親と私は馴染みがあってね。その縁でこの仕事をすることになったんだ」
その男はサラッとした金髪で前髪が目に掛かるかどうか、というくらいの長さに伸ばしていた。
「私はトーレスと言う。以前にここで兵士をしていてね。この町には詳しいと思う」
トーレスと名乗った魔導士は、もしかすると彼は攫われた子の父親と同僚だったのかもしれない。
アティアスは自分の考えを聞いてみた。
「5歳か……。人攫いだと思うか?」
「可能性はあると思う。ただの迷子かもしれないが……」
トーレスは頷き、続けて言う。
「もし人攫いなら、事前にターゲットを調べていたのか、たまたま目についた子だったのか……。私は前者だと思っている。高く売れそうな子を狙ったのではないのかと」
魔導士の子は魔法の素養がある。
手間をかけてでも、わざわざ狙ったとも考えられた。
「そうだな。となると、次に狙われそうな子もわかるかもな。……とはいえ、それは別の話か」
アティアスは頷きながら呟いた。
人身売買は捕まると例外なく死罪である。すぐに目立つような動きがあると思わない方がいいと考えた。
トーレスがそれに対して答えた。
「ああ、まずは子供を探すのが先だ。まだ町の中に居るかもしれないと思って探してるんだ」
それならば、町の中に子供を捕らえておく場所が必要だ。つまり拠点が町にあることを意味する。
いつまでも町に置いておけず、いずれは街を出るだろう。
ただ、攫われたのが兵士の子ということを考えれば、門での警備も厳重になることが予想され、そのための時間稼ぎも必要となる。
「……とは言っても、まだ何の手掛かりも無くて困ってるんだけどな」
トーレスの言葉に、アティアスはため息を吐いた。
しかし、いきなりここまでの情報が得られたことを前向きに考え直し、三人に礼を言う。
「時間を取らせてすまなかった。俺たちも調べてみるよ。……またな」
アティアス達は礼を言って酒場から帰ろうとする。
それにナハトが返した。
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