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第1章 テンセズにて
はじまり
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早朝、エミリスはいつものようにぴったりの時間に目を覚ました。
そしてベッドからゆっくり身体を起こし、軽く頭を振り眠気を飛ばす。
周りを見渡せば、自分と同じように使用人として住み込んでいる少女達が未だすやすやと寝息を立てていた。
彼女たちは自分と違い、ぎりぎりまで休息を取るのが常だった。
ふぅ……。
ひとつため息をついて、エミリスは思いを巡らす。
この何も変わらない毎日。辛い日々が嫌で嫌でたまらなかった。
ただ、自分からは何もできない。変えることができない。
そのことが重くのしかかる。
――いっそのこと死んでしまえば楽になるのだろうか。
そう思うが、そんな勇気もない。
「ふうーーぅ……」
しばらくして、彼女は大きく息を吸い込み、肺の中が空になるまでゆっくりと深呼吸した。
そして、先ほどまでの憂いを帯びた表情から一転して、自らに仮面を作る。
本当の自分を守るために、彼女は仮の自分を盾にする。
他力本願だとは思うが、いつか誰かがこんな日々を変えてくれることだけを願って、また変わらぬ一日に向かう。
――その日が、まさに今日であることなど知らぬまま。
◆◆◆
その日の深夜——。
アティアスは泊まっている宿で、一人寝ていた。
そのとき、ふと部屋に侵入してくる何者かの気配を感じ取り、目を覚ます。
侵入者に気取られないようにしつつ、手元に忍ばせてあった護身用のナイフをそっと握る。
相手は素人のようで気配を隠せておらず、拙い忍び足でゆっくりと彼の近くまで近づいてきた。
そして、アティアスはタイミングを見計らって勢いよくベッドから滑り出ると、すかさず侵入者の背後に回って首筋にピタッとナイフを当てた。
「――っ‼︎」
驚きの声を小さく上げ、侵入者は動きを止める。
「灯せ……」
すぐにアティアスは魔法で周囲を照らした。
照らし出された侵入者――少女は左手にナイフを持ち、まっすぐ立っていた。無表情なまま。
「……エミー。どういうことか説明してくれると嬉しい」
彼の問いに、エミーと呼ばれた少女――エミリスはぽつりと呟く。
「……申し訳ありません」
手放されたナイフが、足元に転がる乾いた音がカランと響く。
それを確認したアティアスは、彼女の首元から自らのナイフを離し、落ちたナイフを拾った。
少女は糸が切れた人形のように崩れ落ち、床に膝をついた。まだ顔に感情は感じられない。
「もう一度聞くぞ。これはどういうことだ? ……あいつの命令だな?」
「……それは、お答えできません……」
「そうか……」
アティアスはひとつため息をついた。
彼女が答えなくても、理由などそれしかあり得ないことは分かっていた。
――しばらく無言の時間が過ぎる。
その沈黙を破るように、不意に彼女が呟いた。
「……ここで……私を殺してください」
その言葉を紡いだ瞬間、それまでずっと表情を崩さなかった少女の頬に、すっと一筋の涙が伝う。
それをきっかけにして、堰を切ったように顔をくしゃくしゃにして泣き始めた。
「うっ……うっ……」
しばらく何もできず、見ていることしかできなかった。
やがて、アティアスはそっと泣き止む気配のない彼女の側に膝をつき、その頭に手を伸ばす。
髪に手が触れた瞬間、一瞬ビクッと怯えたのがわかったが、構わずそのまま優しく撫でると、彼女は目をゆっくりと閉じた。
そしてそっと彼女の頭を包み込むように胸に抱き、優しく撫で続けた。
しばらくそのままの時が過ぎると、少し落ち着いたように見えた。
しゃがんだままのエミリスを解放し、アティアスは彼女と向き合うように座る。
彼女の目はまだ腫れているが、涙は頬に跡を残して止まっていた。
「……少しは落ち着いたか?」
「はい……」
そう応えた彼女は、ほんの少しだけ表情が緩んでいるように見えた。
それを見て、アティアスの意志はもう固まっていた。
一呼吸おいて、ゆっくり彼女に伝える。
「エミーはこのまま俺の近くに居ろ。なんとしても守ってやる」
エミリスはしばし呆然としていたが、ゆっくり深く頷いた。
そしてベッドからゆっくり身体を起こし、軽く頭を振り眠気を飛ばす。
周りを見渡せば、自分と同じように使用人として住み込んでいる少女達が未だすやすやと寝息を立てていた。
彼女たちは自分と違い、ぎりぎりまで休息を取るのが常だった。
ふぅ……。
ひとつため息をついて、エミリスは思いを巡らす。
この何も変わらない毎日。辛い日々が嫌で嫌でたまらなかった。
ただ、自分からは何もできない。変えることができない。
そのことが重くのしかかる。
――いっそのこと死んでしまえば楽になるのだろうか。
そう思うが、そんな勇気もない。
「ふうーーぅ……」
しばらくして、彼女は大きく息を吸い込み、肺の中が空になるまでゆっくりと深呼吸した。
そして、先ほどまでの憂いを帯びた表情から一転して、自らに仮面を作る。
本当の自分を守るために、彼女は仮の自分を盾にする。
他力本願だとは思うが、いつか誰かがこんな日々を変えてくれることだけを願って、また変わらぬ一日に向かう。
――その日が、まさに今日であることなど知らぬまま。
◆◆◆
その日の深夜——。
アティアスは泊まっている宿で、一人寝ていた。
そのとき、ふと部屋に侵入してくる何者かの気配を感じ取り、目を覚ます。
侵入者に気取られないようにしつつ、手元に忍ばせてあった護身用のナイフをそっと握る。
相手は素人のようで気配を隠せておらず、拙い忍び足でゆっくりと彼の近くまで近づいてきた。
そして、アティアスはタイミングを見計らって勢いよくベッドから滑り出ると、すかさず侵入者の背後に回って首筋にピタッとナイフを当てた。
「――っ‼︎」
驚きの声を小さく上げ、侵入者は動きを止める。
「灯せ……」
すぐにアティアスは魔法で周囲を照らした。
照らし出された侵入者――少女は左手にナイフを持ち、まっすぐ立っていた。無表情なまま。
「……エミー。どういうことか説明してくれると嬉しい」
彼の問いに、エミーと呼ばれた少女――エミリスはぽつりと呟く。
「……申し訳ありません」
手放されたナイフが、足元に転がる乾いた音がカランと響く。
それを確認したアティアスは、彼女の首元から自らのナイフを離し、落ちたナイフを拾った。
少女は糸が切れた人形のように崩れ落ち、床に膝をついた。まだ顔に感情は感じられない。
「もう一度聞くぞ。これはどういうことだ? ……あいつの命令だな?」
「……それは、お答えできません……」
「そうか……」
アティアスはひとつため息をついた。
彼女が答えなくても、理由などそれしかあり得ないことは分かっていた。
――しばらく無言の時間が過ぎる。
その沈黙を破るように、不意に彼女が呟いた。
「……ここで……私を殺してください」
その言葉を紡いだ瞬間、それまでずっと表情を崩さなかった少女の頬に、すっと一筋の涙が伝う。
それをきっかけにして、堰を切ったように顔をくしゃくしゃにして泣き始めた。
「うっ……うっ……」
しばらく何もできず、見ていることしかできなかった。
やがて、アティアスはそっと泣き止む気配のない彼女の側に膝をつき、その頭に手を伸ばす。
髪に手が触れた瞬間、一瞬ビクッと怯えたのがわかったが、構わずそのまま優しく撫でると、彼女は目をゆっくりと閉じた。
そしてそっと彼女の頭を包み込むように胸に抱き、優しく撫で続けた。
しばらくそのままの時が過ぎると、少し落ち着いたように見えた。
しゃがんだままのエミリスを解放し、アティアスは彼女と向き合うように座る。
彼女の目はまだ腫れているが、涙は頬に跡を残して止まっていた。
「……少しは落ち着いたか?」
「はい……」
そう応えた彼女は、ほんの少しだけ表情が緩んでいるように見えた。
それを見て、アティアスの意志はもう固まっていた。
一呼吸おいて、ゆっくり彼女に伝える。
「エミーはこのまま俺の近くに居ろ。なんとしても守ってやる」
エミリスはしばし呆然としていたが、ゆっくり深く頷いた。
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