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【彼の運命】
しおりを挟む私には婚約者がおります。
その婚約者である公爵令息は私の幼馴染みでもあり、私達はほとんど生まれたときからの付き合いがあります。
月一回と決められた婚約者同士のお茶会も、あまりに一緒にいる時間が長すぎて今更な……事はございません。
色々な意味で、いつまで経っても慣れる事はありません。
「今日、私は運命の番を見付けたと思うのだが、果たして本物なのだろうか?」
婚約者にそう言われた私は動揺して、手にしていたカップの紅茶を零してしまいました。
運命の、番。
竜人である私達にとっての、特別。
一生に会えるかどうか分からない存在に婚約者は会ってしまった……。
………………かもしれない?
「本物なのだろうかって……普通他の人には分かりませんよ?」
「でも一生に会えるかどうかも分からない存在なんだよ? 本物かどうか分からないじゃないか」
この婚約者、疑い深くて物事を中々信じません。
仕事上は大変に注意深いと言われておりますが、私には過大評価な気もしております。
本当にただただ疑い深いだけで、何でもかんでも疑ってかかる。
「番に会ったのなら……心から沸き立つ衝動とかなかったの?」
よく話で聞く番と会った時の状態を聞いてみました。
「だから、その気持ちが本物か分からないんだよ。沸き立つ衝動って言っても、単に急病を誤認しただけかも知れないだろう?」
……一概に否定できない事を言うわね。
でも、私は婚約者としては一応本当の番かどうかはっきりさせておく必要があります。
「向こうはどうだったの?」
「あっちは私を『運命の番』と言って近付いて来たんだ」
互いに感じられるものがあった。
それを聞いた私は、この子供時代から変わらず続いていたゆったりとした穏やかな時間が終わるのだろうと思いました。
「……では、確実ではなくて?」
「それは私じゃなくて近くにいた別の人の番だったかもしれない」
……そうね。周囲に人がいるのが貴族よね。
まして公爵家の跡取り息子ならいつでも周りにたくさん人が集まっているわね。
私は彼の主張を否定出来ませんでした。
「第一、向こうも急病だったかも知れないよ?」
突然起きる発作のような症状なら可能性はゼロではない。
ゼロではないのでしょうけど。
「番であったのではなくて?」
「番なのかもしれないけど、違うかも知れないって話なんだよ」
そうね。
最初から本物の番かどうか分からないって話だったわね。
でも、貴方小さいときからそうだけど、『かもしれない』ばかりね。
私はちょっとだけ頭痛を感じました。
「竜人なのに番かどうか分からないってなかなかの強烈な話ね」
「他人の主観込みの情報が自分にも当て嵌まるなんて、実は難しい話だろう? 所詮は他人の感覚なんだ。他の人が抗いきれない衝動に襲われたかと言って、私の時には違う感覚が沸き起こっても不思議ではないさ」
確かに不思議ではないのでしょうけど。
私には言葉遊びに聞こえました。
「なら、違うと言う事なの?」
「違うかも知れないし、本物かも知れない、と言う事なんだ」
話が元の位置に戻ったわね。
いつも彼との話はこんな感じになるのです。
「相手の方を好きとか愛しいとか思わなかったの?」
「この性格の私が一目見ただけで好きとか愛しいとかって、まずその段階でおかしい事だろう」
そうね、貴方がそもそも色々おかしいから否定できないわね。
口では直接言わなくとも私は胡乱な目を婚約者に向けていたかもしれません。
「で、これはもしかしたら呪いなんじゃないかって」
その可能性も入れてしまったのね。
私は疑い深過ぎる婚約者のことを遠い目で見てしまいました。
「番は呪いと仰る方もいらしてよ?」
「だが、この世に呪いなんて存在するんだろうか?」
自分で疑ってかかった事を更に疑うなんて、婚約者の頭の中はかなりの末期のよう。
自分を信じるという行為はそこまで難しいことだったとは知りませんでした。
私も婚約者の疑い深さを信じられないので、仕方ないことなのでしょうか?
「番と感じるのは本能的なものだと聞くわ」
「何を言うんだか。いいかい。本能の定義は自己の生命に関わる衝動に限定されているんだから本能の訳がないんだよ」
やれやれと面倒な生徒に向かって講義するように私に婚約者は説明するけれど……。
お前が面倒なんだよ。
婚約者の態度にかなりイラッとしましたが、私は淑女。顔は平静。
良くしてくださる婚約者のご両親に泣きつかれて成立した婚約なので、最後は張り倒せばいいと許可も得ておりますから何とか頑張ります。
「相手に対しての欲求や渇望はあったでしょう?」
「急にそんなものが出て来るなんて、薬でも盛られたのかも知れない」
「……盛られたの?」
「竜人に並大抵の薬なんて効かないだろう?」
色々成り立たねぇな。
私は心底お相手の方に同情いたしました。
本当に運命の番だったのか分かりませんが、本物だったとしても彼が相手では起こるものも起こりませんね。
婚約者が消えずに済んだとは言え、私もとても複雑な気分です。
「貴方、疑ってばかりで結局いつも判断がつかないわね」
「だから君以外とは付き合えない」
それの何処が良い台詞なのでしょうか。
そのどや顔は止めてくださいませ。張り倒しますよ。
このお茶会から数日後、婚約者の家に運命の番と名乗る女性が乗り込んできたらしいのですが、
「気の迷いか、急病だろう」
と平然とした婚約者が言って帰したので、彼の家では相手の妄想と考えて何度来ても拒絶し、遂にはその方のご両親にその手の病院に入れて貰ったそうです。
私にとっても本当に彼の運命の番であったのか、結局は分からないまま終わってしまいました。
彼が違うと言って対処したのですから、私は運命の番ではなかったと信じることにいたします。
まあ、私以外に婚約者と結婚出来る神経の持ち主などおりませんしね。
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