2 / 5
【彼女の運命】
しおりを挟む「お話があります」
貴族家の若い後継が集う交流会の途中、私は見知らぬ青年に声をかけられた。
「なんだろうか?」
見たところ高位貴族の子弟ではなかったが、今回の交流会は見聞を広めるために爵位を限定しておらず、下位貴族の子弟が高位貴族の子弟に話しかける事を了承している。
だが、まず彼が本当に貴族かどうかが疑わしい。
「私は貴方の……婚約者の運命の番なのです!」
まず出会える筈もないと言われる運命の番を名乗るとは……これはますます疑わしい。
先日も私は自分の運命の番と名乗る女性と会ったが、やはりとても疑わしく運命とは到底信じられず……目の前の男に対しても同様の胡散臭さを感じた。
「どうか婚約者を解放して、私に運命をお返しください!」
なる程。
「疑わしいな」
青年が酷く絶望した顔をした事など特に疑わしい。
急に知り合いでもない者に、まして上の身分の者に不躾に頼み事をすれば断られるのも当然であろうに、さも望みが叶えられて当然との態度は甚だ疑わしいと言わざるを得ない。
「私と彼女は運命なのです! 運命を引き裂かないでください!」
「ではその根拠を出して頂こう」
私の言葉に困惑した青年の様子に確信した。
やはりこの青年は婚約者の運命の番とは違うのだと。
「根拠って……番がどうかなんて他の人に分かるものではないですよね。根拠なんて出せっこないですよ!」
「それは一理あるが、私も彼女に対しては責任のある身。おいそれと不審な人物を彼女に近付けるわけには行くまい」
「それは貴方の事情でしょう! 彼女と僕には何の関係もない!」
「で、違っていたらどうするんだ? 一族郎党処刑されるのは覚悟しているな?」
相手はいわゆる、鳩が豆鉄砲を食らったような顔をした。しかし俊敏な鳩が豆の鉄砲を受けるだろうか?
もしや、この青年は鳩……そもそも獣人ではないのか?
その可能性を見逃してしまった自分の迂闊さを大いに反省した。
「え……でも、僕達は運命ですし……」
「本当に運命の番であったならいいが、違っていたら偽称で処刑されるのは当然であろう」
戸惑う青年は……外国の者だったのかも知れない。
少なくとも高位貴族では運命の番を詐称したら処刑など常識的な話も分からないので、青年は高位貴族ではない事だけは確かだ。
「互いに不幸にならないためにも、きちんとした根拠を求めるのは非常な事だろうか?」
「いえ……それは……」
運命と言っておきながら煮え切らない態度を取るとは、ますます疑わしい。
いや、待て。これはひょっとすると……。
「大事な事を聞こう。まず君は男だろうか?」
「……………………獣人なら雄かどうか分かりますよね?」
「私の鼻があっているとは限らないのでな」
「男です。書類も友人家族も全員証言してくれますよ」
これは……一族郎党だけでなく友人知人も使って偽称をしようと目論んでいるかもしれない。
あまりの青年の疑わしさに私は目眩を覚えた。
ここまで疑わし過ぎる青年をどうしたらいいのか、いつもなら婚約者に相談するところだが、異常なまでに不審な男を婚約者に近付けて良い訳がない。
「僕と彼女が運命だってどうやったら信じて頂けるんです? 僕は今も彼女を思うと胸が苦しいのに」
それは恐らく心臓に持病があるのだろう。
そうか。彼女を見かけたときにタイミング良く発作が起こったので青年は誤認したのかも知れない。
後で良い医師を薦めるべきであろう。
「これでも僕は以前建国祭で見かけたときから愛しているのです!」
建国祭など国中から大量に人が集まっているのに、そこでたった1人の女性を見分けるなど気の迷いに他ならないだろう。
顔見知りで付き合いの長い私ならともかく、公式に一度も会った事がない青年は人間違いをしている疑いが強い。
だが、相手の否定ばかりしているのは、高位貴族の子弟としてみっともない気もした。
「……その気持ちは本物なのか?」
「はい! 一目見たときから運命を感じました!」
「それは単なる一目惚れではないのか?」
青年は驚いた顔をした。
これほどくるくる表情が変わるとは、やはり貴族かどうか疑わしいと……思い出したのだが、この青年は一度も自分が貴族とは名乗ってないな。
勝手に貴族か疑ってしまった私は自分の暴走を反省した。
「え?」
「時に君は恋愛をした事があるだろうか?」
「はい、あります……」
「恋の気持ちは相手によって変わるものだ。穏やかな愛を感じていたのに、次の相手には燃えるような気持ちを抱く。運命と感じても、それは番からではなく、恋の気持ちであったのではないか?」
「えっと……え……?」
「で、君はどっちだと思う? 番かどうかは君にしか分からないのだろう?」
私は十分譲歩したつもりであったが、
「……屁理屈で誤魔化さないでください! 僕は彼女と運命なんです! 僕達は結ばれるのが一番幸福なんです!」
感情で押してくるとはいやはや。
都合が悪くなったので怒鳴るなど、本当に運命なのか疑うしかない。
「君の爵位は何だ? 当然金は持っているだろうな?」
「は? 何なんですか? さっきから疑問ばかりで無茶苦茶ですよ!」
「要求ばかりの君の方が無茶苦茶だな。で、今の彼女の生活を維持できる程度には金は持っているのだろうか?」
ぐっと言葉に詰まった青年はしばらく俯いて黙り込み、
「下位貴族なので裕福ではありません……。けど、運命同士が結ばれる事以上の幸福ってありますか?」
「私としては彼女には幸福になって欲しい。その幸福には金が必要なんだよ」
「金、金って……そんなもの運命より大事なんですか!」
「彼女は生粋の高位貴族の子女であるから、家事など何一つ出来ない事を分かっているのか? 慣れない生活で美しい手が荒れ、顔はやつれ、高位貴族の子女として覚えた事も何一つ生かせない……そんな生活を送ることが愛だけで幸せと言い切れるのか?」
「何言っているんですか! 運命の番なんですよ。互いに乗り越えていけるのもでしょう!」
やれやれ……。
運命と小綺麗に語られるものの真実を知らないとは、青年を彼女の運命の番と絶対に認めることは出来ない。
「愛だけで何が乗り越えられる? か弱い彼女に苦労を強いる事が君の愛なのか」
「違う! 苦労では……」
「私は彼女には幸せになって欲しい。何度も言うが、君は彼女の幸福のためにどれだけのものを犠牲に出来る? 彼女にだけ犠牲を強いるなんて、私は絶対に許さないよ」
愛を語れば何でも許されるなんて、夢物語だ。
愛して幸せを願ってこそ、私は愛と認める。
「もし君に運命の番が現れたらどうする?」
あらあら、私の運命だなんて……。
婚約者は先日の自分の運命の番の事はまだ疑っておられるのね。
全くもって疑い深い。
「殺害するでしょうね」
私の答えなど決まってます。
即答すると、疑い深い癖に運命の番の存在を信じているロマンチストの婚約者は驚いております。
「運命なんだよ?」
「運命で貴方を捨てられる程、私は薄情ではありません。……と、言いたいところですが、貴方が心配で運命どころではありませんわ」
どちらかを選ぶならば婚約者を取る。
どうせ現れる筈もない運命でしょうけど、運命と結ばれたってどうせこの婚約者が心配で居ても立ってもいられないでしょう。
ならば、もし出会っても出会わなかったことにすればいいだけよ。
「……殺るの? そこまでしなくても」
「生憎、私の手は貴方で一杯……って、突然何よ。振り回さないでー!」
私を抱きしめてぐるぐる回った婚約者は上機嫌で。
つい私は許してしまうのだ。
67
あなたにおすすめの小説
貴方は私の番です、結婚してください!
ましろ
恋愛
ようやく見つけたっ!
それはまるで夜空に輝く真珠星のように、彼女だけが眩しく浮かび上がった。
その輝きに手を伸ばし、
「貴方は私の番ですっ、結婚して下さい!」
「は?お断りしますけど」
まさか断られるとは思わず、更には伸ばした腕をむんずと掴まれ、こちらの勢いを利用して投げ飛ばされたのだ!
番を見つけた獣人の男と、番の本能皆無の人間の女の求婚劇。
✻ゆるふわ設定です。
気を付けていますが、誤字脱字などがある為、あとからこっそり修正することがあります。
【完結】おしどり夫婦と呼ばれる二人
通木遼平
恋愛
アルディモア王国国王の孫娘、隣国の王女でもあるアルティナはアルディモアの騎士で公爵子息であるギディオンと結婚した。政略結婚の多いアルディモアで、二人は仲睦まじく、おしどり夫婦と呼ばれている。
が、二人の心の内はそうでもなく……。
※他サイトでも掲載しています
異母姉の身代わりにされて大国の公妾へと堕とされた姫は王太子を愛してしまったので逃げます。えっ?番?番ってなんですか?執着番は逃さない
降魔 鬼灯
恋愛
やかな異母姉ジュリアンナが大国エスメラルダ留学から帰って来た。どうも留学中にやらかしたらしく、罪人として修道女になるか、隠居したエスメラルダの先代王の公妾として生きるかを迫られていた。
しかし、ジュリアンナに弱い父王と側妃は、亡くなった正妃の娘アリアを替え玉として差し出すことにした。
粗末な馬車に乗って罪人としてエスメラルダに向かうアリアは道中ジュリアンナに恨みを持つものに襲われそうになる。
危機一髪、助けに来た王太子に番として攫われ溺愛されるのだか、番の単語の意味をわからないアリアは公妾として抱かれていると誤解していて……。
すれ違う2人の想いは?
私を大切にしなかった貴方が、なぜ今さら許されると思ったの?
佐藤 美奈
恋愛
財力に乏しい貴族の家柄の娘エリザベート・フェルナンドは、ハリントン伯爵家の嫡男ヴィクトルとの婚約に胸をときめかせていた。
母シャーロット・フェルナンドの微笑みに祝福を感じながらも、その奥に隠された思惑を理解することはできなかった。
やがて訪れるフェルナンド家とハリントン家の正式な顔合わせの席。その場で起こる残酷な出来事を、エリザベートはまだ知る由もなかった。
魔法とファンタジーの要素が少し漂う日常の中で、周りはほのぼのとした雰囲気に包まれていた。
腹が立つ相手はみんなざまぁ!
上流階級の名家が没落。皇帝、皇后、イケメン皇太子、生意気な態度の皇女に仕返しだ! 貧乏な男爵家の力を思い知れ!
真の姿はクロイツベルク陛下、神聖なる至高の存在。
私が誰だか、分かってますか?
美麗
恋愛
アスターテ皇国
時の皇太子は、皇太子妃とその侍女を妾妃とし他の妃を娶ることはなかった
出産時の出血により一時病床にあったもののゆっくり回復した。
皇太子は皇帝となり、皇太子妃は皇后となった。
そして、皇后との間に産まれた男児を皇太子とした。
以降の子は妾妃との娘のみであった。
表向きは皇帝と皇后の仲は睦まじく、皇后は妾妃を受け入れていた。
ただ、皇帝と皇后より、皇后と妾妃の仲はより睦まじくあったとの話もあるようだ。
残念ながら、この妾妃は産まれも育ちも定かではなかった。
また、後ろ盾も何もないために何故皇后の侍女となったかも不明であった。
そして、この妾妃の娘マリアーナははたしてどのような娘なのか…
『番』という存在
彗
恋愛
義母とその娘に虐げられているリアリーと狼獣人のカインが番として結ばれる物語。
*基本的に1日1話ずつの投稿です。
(カイン視点だけ2話投稿となります。)
書き終えているお話なのでブクマやしおりなどつけていただければ幸いです。
***2022.7.9 HOTランキング11位!!はじめての投稿でこんなにたくさんの方に読んでいただけてとても嬉しいです!ありがとうございます!
全てから捨てられた伯爵令嬢は。
毒島醜女
恋愛
姉ルヴィが「あんたの婚約者、寝取ったから!」と職場に押し込んできたユークレース・エーデルシュタイン。
更に職場のお局には強引にクビを言い渡されてしまう。
結婚する気がなかったとは言え、これからどうすればいいのかと途方に暮れる彼女の前に帝国人の迷子の子供が現れる。
彼を助けたことで、薄幸なユークレースの人生は大きく変わり始める。
通常の王国語は「」
帝国語=外国語は『』
愛しの第一王子殿下
みつまめ つぼみ
恋愛
公爵令嬢アリシアは15歳。三年前に魔王討伐に出かけたゴルテンファル王国の第一王子クラウス一行の帰りを待ちわびていた。
そして帰ってきたクラウス王子は、仲間の訃報を口にし、それと同時に同行していた聖女との婚姻を告げる。
クラウスとの婚約を破棄されたアリシアは、言い寄ってくる第二王子マティアスの手から逃れようと、国外脱出を図るのだった。
そんなアリシアを手助けするフードを目深に被った旅の戦士エドガー。彼とアリシアの逃避行が、今始まる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる