1 / 8
1.【子供だからと許されてきた婚約者】
しおりを挟む
待ち合わせの時間を大幅に過ぎても、婚約者であるエリックは来ませんでした。
待ち続けている間、公園で幸せそうなカップルが私の前をどれだけ素通りしていったでしょう。
予想通りの結果に私はため息をつきました。
呼び出したのはエリックの方なのに、基本的にエリックは待ち合わせに来る事はありません。
王都の公園にも夕暮れが迫り、冷たい風が吹き始めました。
約束は確かに昼食を一緒にだったのに、今は既に我が家の夕食の時間の方が迫っています。
どうせ私を待たせる事なんて何とも思っていないのでしょうね。
これまで幾度もエリックは約束を破って来ました。
なのにエリックは誰からもまともに責められた事がありません。
いつでも私の方が妥協を求められ、私が折れる事を強いられてきました。
エリックが来ないと分かっていても行かざるを得ない婚約者の立場の私は、これが今後何度繰り返すのだろうと途方に暮れました。
「ヒルダ様……」
「そろそろ帰ります」
私の一言に護衛の騎士達がほっとした顔をしました。
日が落ち始め、よからぬ輩が増え始める前に帰宅して欲しかったのだという彼らの心情が漏れ出たのは仕方ないでしょう。
本来既に一般的な令嬢は家に帰っている時間です。
遅刻でもエリックの顔を立てて待たないといけない事は、貴族籍にある騎士達も理解してはいるでしょうが、流石に約束を破る事にしてもエリックの行いは論外でした。
不機嫌さを全く隠す気のない私の専属である侍女のナーシャは虫が飛ぶ音くらいの小声で、
「おのれ……婿に来る分際で何を考えている……巫山戯るな、もぐぞ……」
すっかり人気もなくなっているので、私にも騎士にも聞こえました。
誰も注意はしません。
よく護衛騎士達を纏める団長は「可能なら切って捨てたい」とエリックについて話しています。
エリックは我が家の騎士を始めとした使用人からの評判はとても悪いです。
良くなる行いなど一切していないのですから、当然でしょう。
これでも行く行くはエリックはディアーモ公爵家の一人娘である私と結婚する予定であります。
ただし、次期公爵は私です。
エリックなど所詮種馬としての婿入りで、世間一般からすれば将来実権を握る私を軽んじて良い立場ではありません。
それを全然理解出来ないエリックは、私を軽んじているを超えて嫌がらせを繰り返しているのが現状です。
待ち合わせに来ないのは基本で、勝手に人の名前を使って買い物したり、着る予定で出していたドレスを汚されたり、大事なアクセサリーをなくされたり……。
他の人から聞く婚約者同士の姿からほど遠い扱いを受けてまいりました。
親同士が友人だったとしても、どうして私がこれを許さなくてはいけないのか、今もって理解に苦しんでおります。
一際冷たい風が吹き抜けて、私達は慌てて馬車に乗り込みました。
こんな秋の日に私を長時間待たせるなんて、エリックは私を風邪で寝込ませたかったとしか思えません。
これまでも付き合ってくれていたナーシャが機転をきかせて用意してくれていた上着がなければ、エリックの思惑通り私達は風邪をひいたでしょう。
昼だってナーシャが屋台に買いに行ってくれたから食べる事が出来たのです。
この時、エリックの行動は徐々に度が過ぎてきたと私は思い始めておりました。
そんな中、帰ったら帰ったで更に腹立たしい事に、
「何やっていたの? エリックは帰ったわよ」
「全く。折角尋ねてきてくれたから食事会をと思ったのに、お前は何処に行っていたんだ。もう終わったじゃないか」
帰宅した私を責める両親の言葉で、エリックは公爵家で早い食事を楽しんで帰った後だと知りました。
流石にエリックには殺意を感じましたよ。
寒い中わざと私を外で待たせていた挙げ句に、自分は自宅で食べられない豪華な食事を温かい部屋でとっていたなんて本当に信じられないし、許せない事です。
「私は出かける前にエリックに呼び出されたと申し上げましたよね」
私は睨まないよう気を付けながら、私を責める目をしている父に言いました。
「でも、エリックはうちに来たぞ?」
「旦那様。確かにズローク伯爵令息から手紙でお嬢様に『公園で待ち合わせて昼食を一緒に』と連絡がございました。私はきちんと旦那様にもお伝え申し上げた事です」
私達一家のそれぞれのスケジュールを知る、長年我が家に勤めている家令は苦々しい顔をしておりました。
それでようやく父は思い出したのか、「ああ……」と呟きました。
私はきちんと婚約者との約束を守ったので、父から責められる謂れは全くもってありません。
腹立たしい事に、両親は遅くなった私を一切心配する素振りもなく、恐らくエリックが強請るままに食事を先に終えたのでしょう。
そして、両親は揃って私にこんな会話よりも食事をとる事をすすめる事もありません。
私よりエリックの方が両親にとって優先順位が高いのです。
明らかにエリックは公爵家の婿どころか貴族の子弟としても不適格な人間です。
そのエリックが私の婚約者であり続けているのは、ひとえに私の両親がエリックにとんでもなく甘いからです。
「なら……きっと忘れたんだろうね」
「そうね。エリックったら子供だから仕方ないわね」
「あの子も悪気があったわけではないから、仕方ないんだよ」
仕方なくなんかない!
子供のように叫ぶ事は、私には許されておりません。
ぎゅっと拳を握りしめるだけ。
家令が一方的に我慢を強いられている私に痛ましげな目を向けております。
子供だから。
エリックだけはいつまでも私の両親にも自分の親からも、子供だからと何でも許されております。
現実にはエリックは22才ですよ?
何で成人済みの年上が子供だからと許されるのか、私には理解出来ません。
「お嬢様、食事の準備が整いました……って」
ノックもなしに見習いの侍従であるセラトが入ってきて、主人である公爵夫妻も部屋にいる事に気が付き顔を青くさせました。
曲がりなりにもセラトも貴族階級の生まれなのですが、こちらもいつまで経っても礼儀を覚えないのが困りものです。
「ありがとう。グリュー、セラトをお願い」
家令としてグリューは見習いの総監督の立場でもあります。
両親よりも私の指示が早かったので、グリューはミスを犯したセラトをすっと回収して私と共に部屋を出ました。
血の気が引いて倒れそうなセラトに、
「行いとしては不合格だけど、良いタイミングだったわよ」
私がにっこり笑うと、セラトは今度は赤くなって小さく悲鳴を上げた。
あれ以上続いたら、空腹もあって両親に怒りだしてしまったかも知れません。
理解している家令もセラトをこの場では責める事はありませんでした。
この先、エリックとやっていく事を考えると、私は暗澹たる思いに囚われます。
「それくらい」
「子供だから」
私はずっといつまでも大人にならない無責任なエリックを許容していかなくてはいけないのでしょうか?
「子供が出来たんだ」
私の暗かった未来予想は、その時点で突然消え去りました。
待ち続けている間、公園で幸せそうなカップルが私の前をどれだけ素通りしていったでしょう。
予想通りの結果に私はため息をつきました。
呼び出したのはエリックの方なのに、基本的にエリックは待ち合わせに来る事はありません。
王都の公園にも夕暮れが迫り、冷たい風が吹き始めました。
約束は確かに昼食を一緒にだったのに、今は既に我が家の夕食の時間の方が迫っています。
どうせ私を待たせる事なんて何とも思っていないのでしょうね。
これまで幾度もエリックは約束を破って来ました。
なのにエリックは誰からもまともに責められた事がありません。
いつでも私の方が妥協を求められ、私が折れる事を強いられてきました。
エリックが来ないと分かっていても行かざるを得ない婚約者の立場の私は、これが今後何度繰り返すのだろうと途方に暮れました。
「ヒルダ様……」
「そろそろ帰ります」
私の一言に護衛の騎士達がほっとした顔をしました。
日が落ち始め、よからぬ輩が増え始める前に帰宅して欲しかったのだという彼らの心情が漏れ出たのは仕方ないでしょう。
本来既に一般的な令嬢は家に帰っている時間です。
遅刻でもエリックの顔を立てて待たないといけない事は、貴族籍にある騎士達も理解してはいるでしょうが、流石に約束を破る事にしてもエリックの行いは論外でした。
不機嫌さを全く隠す気のない私の専属である侍女のナーシャは虫が飛ぶ音くらいの小声で、
「おのれ……婿に来る分際で何を考えている……巫山戯るな、もぐぞ……」
すっかり人気もなくなっているので、私にも騎士にも聞こえました。
誰も注意はしません。
よく護衛騎士達を纏める団長は「可能なら切って捨てたい」とエリックについて話しています。
エリックは我が家の騎士を始めとした使用人からの評判はとても悪いです。
良くなる行いなど一切していないのですから、当然でしょう。
これでも行く行くはエリックはディアーモ公爵家の一人娘である私と結婚する予定であります。
ただし、次期公爵は私です。
エリックなど所詮種馬としての婿入りで、世間一般からすれば将来実権を握る私を軽んじて良い立場ではありません。
それを全然理解出来ないエリックは、私を軽んじているを超えて嫌がらせを繰り返しているのが現状です。
待ち合わせに来ないのは基本で、勝手に人の名前を使って買い物したり、着る予定で出していたドレスを汚されたり、大事なアクセサリーをなくされたり……。
他の人から聞く婚約者同士の姿からほど遠い扱いを受けてまいりました。
親同士が友人だったとしても、どうして私がこれを許さなくてはいけないのか、今もって理解に苦しんでおります。
一際冷たい風が吹き抜けて、私達は慌てて馬車に乗り込みました。
こんな秋の日に私を長時間待たせるなんて、エリックは私を風邪で寝込ませたかったとしか思えません。
これまでも付き合ってくれていたナーシャが機転をきかせて用意してくれていた上着がなければ、エリックの思惑通り私達は風邪をひいたでしょう。
昼だってナーシャが屋台に買いに行ってくれたから食べる事が出来たのです。
この時、エリックの行動は徐々に度が過ぎてきたと私は思い始めておりました。
そんな中、帰ったら帰ったで更に腹立たしい事に、
「何やっていたの? エリックは帰ったわよ」
「全く。折角尋ねてきてくれたから食事会をと思ったのに、お前は何処に行っていたんだ。もう終わったじゃないか」
帰宅した私を責める両親の言葉で、エリックは公爵家で早い食事を楽しんで帰った後だと知りました。
流石にエリックには殺意を感じましたよ。
寒い中わざと私を外で待たせていた挙げ句に、自分は自宅で食べられない豪華な食事を温かい部屋でとっていたなんて本当に信じられないし、許せない事です。
「私は出かける前にエリックに呼び出されたと申し上げましたよね」
私は睨まないよう気を付けながら、私を責める目をしている父に言いました。
「でも、エリックはうちに来たぞ?」
「旦那様。確かにズローク伯爵令息から手紙でお嬢様に『公園で待ち合わせて昼食を一緒に』と連絡がございました。私はきちんと旦那様にもお伝え申し上げた事です」
私達一家のそれぞれのスケジュールを知る、長年我が家に勤めている家令は苦々しい顔をしておりました。
それでようやく父は思い出したのか、「ああ……」と呟きました。
私はきちんと婚約者との約束を守ったので、父から責められる謂れは全くもってありません。
腹立たしい事に、両親は遅くなった私を一切心配する素振りもなく、恐らくエリックが強請るままに食事を先に終えたのでしょう。
そして、両親は揃って私にこんな会話よりも食事をとる事をすすめる事もありません。
私よりエリックの方が両親にとって優先順位が高いのです。
明らかにエリックは公爵家の婿どころか貴族の子弟としても不適格な人間です。
そのエリックが私の婚約者であり続けているのは、ひとえに私の両親がエリックにとんでもなく甘いからです。
「なら……きっと忘れたんだろうね」
「そうね。エリックったら子供だから仕方ないわね」
「あの子も悪気があったわけではないから、仕方ないんだよ」
仕方なくなんかない!
子供のように叫ぶ事は、私には許されておりません。
ぎゅっと拳を握りしめるだけ。
家令が一方的に我慢を強いられている私に痛ましげな目を向けております。
子供だから。
エリックだけはいつまでも私の両親にも自分の親からも、子供だからと何でも許されております。
現実にはエリックは22才ですよ?
何で成人済みの年上が子供だからと許されるのか、私には理解出来ません。
「お嬢様、食事の準備が整いました……って」
ノックもなしに見習いの侍従であるセラトが入ってきて、主人である公爵夫妻も部屋にいる事に気が付き顔を青くさせました。
曲がりなりにもセラトも貴族階級の生まれなのですが、こちらもいつまで経っても礼儀を覚えないのが困りものです。
「ありがとう。グリュー、セラトをお願い」
家令としてグリューは見習いの総監督の立場でもあります。
両親よりも私の指示が早かったので、グリューはミスを犯したセラトをすっと回収して私と共に部屋を出ました。
血の気が引いて倒れそうなセラトに、
「行いとしては不合格だけど、良いタイミングだったわよ」
私がにっこり笑うと、セラトは今度は赤くなって小さく悲鳴を上げた。
あれ以上続いたら、空腹もあって両親に怒りだしてしまったかも知れません。
理解している家令もセラトをこの場では責める事はありませんでした。
この先、エリックとやっていく事を考えると、私は暗澹たる思いに囚われます。
「それくらい」
「子供だから」
私はずっといつまでも大人にならない無責任なエリックを許容していかなくてはいけないのでしょうか?
「子供が出来たんだ」
私の暗かった未来予想は、その時点で突然消え去りました。
109
あなたにおすすめの小説
愛する女性を側室に望むのなら、いっそ私との婚約は解消してほしいのですが?
四折 柊
恋愛
公爵令嬢ジョゼフィーヌには好きな人がいた。その人は隣国の王子様リック。ジョゼフィーヌはリックと結婚したくて努力をしてきた。そして十六歳になり立派な淑女になれたと自信を得たジョゼフィーヌは、リックにプロポーズをしようとした。ところが彼に婚約者がいたことが発覚し悲しみに暮れる。今まで確認しなかった自分も悪いが、なぜかリックも家族もそのことを教えてくれなかった。そんなときジョゼフィーヌに婚約の打診が来た。その相手は自国のアルバン王太子殿下。断りたいが王命が下り仕方なく受け入れた。それなのに、ある日夜会でアルバンが可憐な令嬢に一目惚れをした。その後、アルバンはその令嬢を側室にしたいと望んだので、お互いのために婚約を解消したいと申し出たが拒絶されて……。ジョゼフィーヌの未来はどうなるのか?!
元婚約者のあなたへ どうか幸せに
石里 唯
恋愛
公爵令嬢ローラは王太子ケネスの婚約者だったが、家が困窮したことから、婚約破棄をされることになる。破棄だけでなく、相愛と信じていたケネスの冷酷な態度に傷つき、最後の挨拶もできず別れる。失意を抱いたローラは、国を出て隣国の大学の奨学生となることを決意する。
隣国は3年前、疫病が広がり大打撃を受け、国全体が復興への熱意に満ち、ローラもその熱意に染まり勉学に勤しむ日々を送っていたところ、ある日、一人の「学生」がローラに声をかけてきて―――。
【完結】あなた方は信用できません
玲羅
恋愛
第一王子から婚約破棄されてしまったラスナンド侯爵家の長女、ファシスディーテ。第一王子に寄り添うはジプソフィル子爵家のトレニア。
第一王子はひどい言いがかりをつけ、ファシスディーテをなじり、断罪する。そこに救いの手がさしのべられて……?
婚約者の幼馴染って、つまりは赤の他人でしょう?そんなにその人が大切なら、自分のお金で養えよ。貴方との婚約、破棄してあげるから、他
猿喰 森繁
恋愛
完結した短編まとめました。
大体1万文字以内なので、空いた時間に気楽に読んでもらえると嬉しいです。
あなたの絶望のカウントダウン
nanahi
恋愛
親同士の密約によりローラン王国の王太子に嫁いだクラウディア。
王太子は密約の内容を知らされないまま、妃のクラウディアを冷遇する。
しかも男爵令嬢ダイアナをそばに置き、面倒な公務はいつもクラウディアに押しつけていた。
ついにダイアナにそそのかされた王太子は、ある日クラウディアに離縁を突きつける。
「本当にいいのですね?」
クラウディアは暗い目で王太子に告げる。
「これからあなたの絶望のカウントダウンが始まりますわ」
嘘の誓いは、あなたの隣で
柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢ミッシェルは、公爵カルバンと穏やかに愛を育んでいた。
けれど聖女アリアの来訪をきっかけに、彼の心が揺らぎ始める。
噂、沈黙、そして冷たい背中。
そんな折、父の命で見合いをさせられた皇太子ルシアンは、
一目で彼女に惹かれ、静かに手を差し伸べる。
――愛を信じたのは、誰だったのか。
カルバンが本当の想いに気づいた時には、
もうミッシェルは別の光のもとにいた。
──いいえ。わたしがあなたとの婚約を破棄したいのは、あなたに愛する人がいるからではありません。
ふまさ
恋愛
伯爵令息のパットは、婚約者であるオーレリアからの突然の別れ話に、困惑していた。
「確かにぼくには、きみの他に愛する人がいる。でもその人は平民で、ぼくはその人と結婚はできない。だから、きみと──こんな言い方は卑怯かもしれないが、きみの家にお金を援助することと引き換えに、きみはそれを受け入れたうえで、ぼくと婚約してくれたんじゃなかったのか?!」
正面に座るオーレリアは、膝のうえに置いたこぶしを強く握った。
「……あなたの言う通りです。元より貴族の結婚など、政略的なものの方が多い。そんな中、没落寸前の我がヴェッター伯爵家に援助してくれたうえ、あなたのような優しいお方が我が家に婿養子としてきてくれるなど、まるで夢のようなお話でした」
「──なら、どうして? ぼくがきみを一番に愛せないから? けれどきみは、それでもいいと言ってくれたよね?」
オーレリアは答えないどころか、顔すらあげてくれない。
けれどその場にいる、両家の親たちは、その理由を理解していた。
──そう。
何もわかっていないのは、パットだけだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる