子供のままの婚約者が子供を作ったようです

夏見颯一

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1.【子供だからと許されてきた婚約者】

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 待ち合わせの時間を大幅に過ぎても、婚約者であるエリックは来ませんでした。

 待ち続けている間、公園で幸せそうなカップルが私の前をどれだけ素通りしていったでしょう。
 予想通りの結果に私はため息をつきました。
 呼び出したのはエリックの方なのに、基本的にエリックは待ち合わせに来る事はありません。
 
 王都の公園にも夕暮れが迫り、冷たい風が吹き始めました。
 約束は確かに昼食を一緒にだったのに、今は既に我が家の夕食の時間の方が迫っています。

 どうせ私を待たせる事なんて何とも思っていないのでしょうね。

 これまで幾度もエリックは約束を破って来ました。
 なのにエリックは誰からもまともに責められた事がありません。
 いつでも私の方が妥協を求められ、私が折れる事を強いられてきました。

 エリックが来ないと分かっていても行かざるを得ない婚約者の立場の私は、これが今後何度繰り返すのだろうと途方に暮れました。

「ヒルダ様……」
「そろそろ帰ります」

 私の一言に護衛の騎士達がほっとした顔をしました。
 日が落ち始め、よからぬ輩が増え始める前に帰宅して欲しかったのだという彼らの心情が漏れ出たのは仕方ないでしょう。
 本来既に一般的な令嬢は家に帰っている時間です。
 遅刻でもエリックの顔を立てて待たないといけない事は、貴族籍にある騎士達も理解してはいるでしょうが、流石に約束を破る事にしてもエリックの行いは論外でした。

 不機嫌さを全く隠す気のない私の専属である侍女のナーシャは虫が飛ぶ音くらいの小声で、
「おのれ……婿に来る分際で何を考えている……巫山戯るな、もぐぞ……」
 すっかり人気もなくなっているので、私にも騎士にも聞こえました。
 誰も注意はしません。
 よく護衛騎士達を纏める団長は「可能なら切って捨てたい」とエリックについて話しています。
 エリックは我が家の騎士を始めとした使用人からの評判はとても悪いです。
 良くなる行いなど一切していないのですから、当然でしょう。

 これでも行く行くはエリックはディアーモ公爵家の一人娘である私と結婚する予定であります。
 ただし、次期公爵は私です。
 エリックなど所詮種馬としての婿入りで、世間一般からすれば将来実権を握る私を軽んじて良い立場ではありません。

 それを全然理解出来ないエリックは、私を軽んじているを超えて嫌がらせを繰り返しているのが現状です。

 待ち合わせに来ないのは基本で、勝手に人の名前を使って買い物したり、着る予定で出していたドレスを汚されたり、大事なアクセサリーをなくされたり……。
 他の人から聞く婚約者同士の姿からほど遠い扱いを受けてまいりました。
 親同士が友人だったとしても、どうして私がこれを許さなくてはいけないのか、今もって理解に苦しんでおります。

 一際冷たい風が吹き抜けて、私達は慌てて馬車に乗り込みました。
 こんな秋の日に私を長時間待たせるなんて、エリックは私を風邪で寝込ませたかったとしか思えません。
 これまでも付き合ってくれていたナーシャが機転をきかせて用意してくれていた上着がなければ、エリックの思惑通り私達は風邪をひいたでしょう。
 昼だってナーシャが屋台に買いに行ってくれたから食べる事が出来たのです。

 この時、エリックの行動は徐々に度が過ぎてきたと私は思い始めておりました。


 そんな中、帰ったら帰ったで更に腹立たしい事に、
「何やっていたの? エリックは帰ったわよ」
「全く。折角尋ねてきてくれたから食事会をと思ったのに、お前は何処に行っていたんだ。もう終わったじゃないか」

 帰宅した私を責める両親の言葉で、エリックは公爵家で早い食事を楽しんで帰った後だと知りました。
 流石にエリックには殺意を感じましたよ。
 寒い中わざと私を外で待たせていた挙げ句に、自分は自宅で食べられない豪華な食事を温かい部屋でとっていたなんて本当に信じられないし、許せない事です。

「私は出かける前にエリックに呼び出されたと申し上げましたよね」

 私は睨まないよう気を付けながら、私を責める目をしている父に言いました。

「でも、エリックはうちに来たぞ?」
「旦那様。確かにズローク伯爵令息から手紙でお嬢様に『公園で待ち合わせて昼食を一緒に』と連絡がございました。私はきちんと旦那様にもお伝え申し上げた事です」

 私達一家のそれぞれのスケジュールを知る、長年我が家に勤めている家令は苦々しい顔をしておりました。
 それでようやく父は思い出したのか、「ああ……」と呟きました。

 私はきちんと婚約者との約束を守ったので、父から責められる謂れは全くもってありません。
 腹立たしい事に、両親は遅くなった私を一切心配する素振りもなく、恐らくエリックが強請るままに食事を先に終えたのでしょう。
 そして、両親は揃って私にこんな会話よりも食事をとる事をすすめる事もありません。

 私よりエリックの方が両親にとって優先順位が高いのです。

 明らかにエリックは公爵家の婿どころか貴族の子弟としても不適格な人間です。
 そのエリックが私の婚約者であり続けているのは、ひとえに私の両親がエリックにとんでもなく甘いからです。

「なら……きっと忘れたんだろうね」
「そうね。エリックったら子供だから仕方ないわね」
「あの子も悪気があったわけではないから、仕方ないんだよ」

 仕方なくなんかない!

 子供のように叫ぶ事は、私には許されておりません。
 ぎゅっと拳を握りしめるだけ。
 家令が一方的に我慢を強いられている私に痛ましげな目を向けております。

 子供だから。

 エリックだけはいつまでも私の両親にも自分の親からも、子供だからと何でも許されております。
 現実にはエリックは22才ですよ?
 何で成人済みの年上が子供だからと許されるのか、私には理解出来ません。


「お嬢様、食事の準備が整いました……って」

 ノックもなしに見習いの侍従であるセラトが入ってきて、主人である公爵夫妻も部屋にいる事に気が付き顔を青くさせました。
 曲がりなりにもセラトも貴族階級の生まれなのですが、こちらもいつまで経っても礼儀を覚えないのが困りものです。

「ありがとう。グリュー、セラトをお願い」

 家令としてグリューは見習いの総監督の立場でもあります。
 両親よりも私の指示が早かったので、グリューはミスを犯したセラトをすっと回収して私と共に部屋を出ました。

 血の気が引いて倒れそうなセラトに、
「行いとしては不合格だけど、良いタイミングだったわよ」
 私がにっこり笑うと、セラトは今度は赤くなって小さく悲鳴を上げた。

 あれ以上続いたら、空腹もあって両親に怒りだしてしまったかも知れません。
 理解している家令もセラトをこの場では責める事はありませんでした。


 この先、エリックとやっていく事を考えると、私は暗澹たる思いに囚われます。

「それくらい」
「子供だから」

 私はずっといつまでも大人にならない無責任なエリックを許容していかなくてはいけないのでしょうか?


「子供が出来たんだ」

 私の暗かった未来予想は、その時点で突然消え去りました。

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