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24話
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ルード帝国の朝は、冬の足音が近づくにつれて、より一層その透明度を増していく。
窓の外には、薄く霜の降りた美しい庭園が広がっている。あの日、僕を拾ってくれた雪山の冷たさを思い出すけれど、今の僕が身を置いているのは、それとは対照的な、あまりに温かくて贅沢な「檻」の中だった。
僕は今、寝室の大きな姿見の前に立っていた。
映っているのは、上質な絹のシャツに身を包んだ、どこからどう見ても「高貴な身分の誰か」に見える僕自身の姿だ。肌の艶も良くなり、目の下に刻まれていた社畜時代のクマも、アルヴィス様の執拗なまでの「安眠管理(添い寝)」のおかげで綺麗に消え去っている。
(……なんだか、自分じゃないみたいだ)
ふと、指先で鏡の中の自分の頬に触れてみる。
僕は元々、日本のブラック企業でエナジードリンクを飲みながらキーボードを叩いていた、ただの事務員だ。それがどうして、異世界の王太子に膝の上でご飯を食べさせられるようなことになっているんだろう。
隣国の王子や聖女との一件が片付き、平和が戻れば戻るほど、ふとした瞬間に「これは全部夢なんじゃないか」という不安が胸をかすめる。もし、ある日突然、この世界の魔力が僕を「異物」として排出し、元の会社のデスクに戻されたら――。
そんな思考に陥りそうになった瞬間、背後から音もなく伸びてきた逞しい腕が、僕の腰をがっしりと拘束した。
「……また、遠い目をしているな。何を考えている」
耳元で響く、低くて少し不機嫌そうな声。鏡の中に、プラチナシルバーの瞳が割り込んでくる。
アルヴィス様だ。彼は僕の肩に顎を乗せ、鏡越しに僕の瞳をじっと射抜いた。その瞳は、僕がほんの数ミリでも心の距離を置こうとするのを決して許さない、鋭い光を帯びている。
「あ、アルヴィス様。……いえ、ちょっと自分の格好が見慣れないなって思って。僕、本当にここにいていいのかなって」
「まだそんな愚かなことを。……貴様をこの世界に繋ぎ止めているのは、他ならぬ私だと言っただろう。貴様が消えようとするなら、私は世界の理(ことわり)をねじ曲げてでも貴様を捕らえ続ける」
彼はそう言うと、僕の左手を取り、その薬指に「何か」を滑り込ませた。
ひんやりとした感触。見れば、そこには大粒の、見たこともないほど深い青色をした魔石が嵌め込まれた指輪が輝いていた。
「これ……なんですか? 宝石……にしては、なんだか脈動しているような……」
「私の心臓の一部……と言いたいところだが、私の魔力を結晶化させた特製の魔導具だ。それをつけている限り、貴様の居場所は常に私に共有される。そして、万が一貴様がこの世界から消えようとしても、私の魔力が錨となって貴様をここに留めるだろう」
「い、錨……!? つまり、GPS兼・次元固定装置ってことですか?」
「GPSという言葉は知らんが、要するに『お前は一生私のものだ』という呪いだ」
アルヴィス様はさらりと言ってのけると、指輪を嵌めた僕の手の甲に、重々しく、そして熱い口づけを落とした。
……重い。物理的にも、情緒的にも、あまりに愛が重すぎる。
けれど、その重さが、先ほどまでの「消えてしまうかもしれない」という不安を、心地よい安心感へと塗り替えていくのを僕は否定できなかった。
「……逃げませんよ。こんなに高い指輪をもらっちゃったら、もう退職届も出せませんし」
「退職? 貴様に引退などない。死が二人を分かつまで、いや、死して魂になっても、私のそばで魔力を供給し続けるのだ」
相変わらずの極端な物言いに、僕は苦笑いしながらも、鏡の中で僕を抱きしめる「呪い」の主に、そっと身を委ねるのだった。
窓の外には、薄く霜の降りた美しい庭園が広がっている。あの日、僕を拾ってくれた雪山の冷たさを思い出すけれど、今の僕が身を置いているのは、それとは対照的な、あまりに温かくて贅沢な「檻」の中だった。
僕は今、寝室の大きな姿見の前に立っていた。
映っているのは、上質な絹のシャツに身を包んだ、どこからどう見ても「高貴な身分の誰か」に見える僕自身の姿だ。肌の艶も良くなり、目の下に刻まれていた社畜時代のクマも、アルヴィス様の執拗なまでの「安眠管理(添い寝)」のおかげで綺麗に消え去っている。
(……なんだか、自分じゃないみたいだ)
ふと、指先で鏡の中の自分の頬に触れてみる。
僕は元々、日本のブラック企業でエナジードリンクを飲みながらキーボードを叩いていた、ただの事務員だ。それがどうして、異世界の王太子に膝の上でご飯を食べさせられるようなことになっているんだろう。
隣国の王子や聖女との一件が片付き、平和が戻れば戻るほど、ふとした瞬間に「これは全部夢なんじゃないか」という不安が胸をかすめる。もし、ある日突然、この世界の魔力が僕を「異物」として排出し、元の会社のデスクに戻されたら――。
そんな思考に陥りそうになった瞬間、背後から音もなく伸びてきた逞しい腕が、僕の腰をがっしりと拘束した。
「……また、遠い目をしているな。何を考えている」
耳元で響く、低くて少し不機嫌そうな声。鏡の中に、プラチナシルバーの瞳が割り込んでくる。
アルヴィス様だ。彼は僕の肩に顎を乗せ、鏡越しに僕の瞳をじっと射抜いた。その瞳は、僕がほんの数ミリでも心の距離を置こうとするのを決して許さない、鋭い光を帯びている。
「あ、アルヴィス様。……いえ、ちょっと自分の格好が見慣れないなって思って。僕、本当にここにいていいのかなって」
「まだそんな愚かなことを。……貴様をこの世界に繋ぎ止めているのは、他ならぬ私だと言っただろう。貴様が消えようとするなら、私は世界の理(ことわり)をねじ曲げてでも貴様を捕らえ続ける」
彼はそう言うと、僕の左手を取り、その薬指に「何か」を滑り込ませた。
ひんやりとした感触。見れば、そこには大粒の、見たこともないほど深い青色をした魔石が嵌め込まれた指輪が輝いていた。
「これ……なんですか? 宝石……にしては、なんだか脈動しているような……」
「私の心臓の一部……と言いたいところだが、私の魔力を結晶化させた特製の魔導具だ。それをつけている限り、貴様の居場所は常に私に共有される。そして、万が一貴様がこの世界から消えようとしても、私の魔力が錨となって貴様をここに留めるだろう」
「い、錨……!? つまり、GPS兼・次元固定装置ってことですか?」
「GPSという言葉は知らんが、要するに『お前は一生私のものだ』という呪いだ」
アルヴィス様はさらりと言ってのけると、指輪を嵌めた僕の手の甲に、重々しく、そして熱い口づけを落とした。
……重い。物理的にも、情緒的にも、あまりに愛が重すぎる。
けれど、その重さが、先ほどまでの「消えてしまうかもしれない」という不安を、心地よい安心感へと塗り替えていくのを僕は否定できなかった。
「……逃げませんよ。こんなに高い指輪をもらっちゃったら、もう退職届も出せませんし」
「退職? 貴様に引退などない。死が二人を分かつまで、いや、死して魂になっても、私のそばで魔力を供給し続けるのだ」
相変わらずの極端な物言いに、僕は苦笑いしながらも、鏡の中で僕を抱きしめる「呪い」の主に、そっと身を委ねるのだった。
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