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8話
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帝都皇宮の大広間は、煌びやかなシャンデリアの光と、着飾った貴族たちの虚栄心で満たされていた。
今日は、遠征から帰還した皇帝ゼノスの祝勝会。そして、彼が連れ帰った「正妃候補」が初めて社交界に姿を現す夜でもある。
「……ゼノス、やっぱり僕、戻ったほうがいいんじゃ……」
控え室の大きな鏡の前で、エリュシオンは不安げに自分の姿を見つめた。
纏っているのは、夜空を切り取ったような深い紺色の礼服。胸元には、ゼノスの瞳の色と同じ金色のブローチが輝いている。
銀髪を美しく整えられたエリュシオンは、地下牢にいた頃が嘘のように、人目を引く美貌を放っていた。
「何を言う。これほど美しいものを、俺だけのものにしておきたい気持ちを必死に抑えて連れて行くのだ。お前はただ、俺の隣で笑っていればいい」
背後からゼノスが、エリュシオンの細い腰を抱き寄せる。
ゼノス自身も漆黒の軍礼服に身を包み、その圧倒的な覇気でエリュシオンを包み込んだ。
大広間の扉が開かれ、二人が姿を現すと、会場は一瞬で静まり返った。
美しすぎる「氷の聖子」と、彼を片時も離さず抱く「野獣皇帝」。
その異様なまでの密着ぶりに、貴族たちの間に動揺が走る。
エリュシオンがゼノスにエスコートされ、会場の中央へと進むと、一人の年配の公爵が不遜な態度で近づいてきた。
「陛下、祝勝の宴にお招きいただき光栄です。……しかし、その隣にいらっしゃるのは、噂の『無能』と捨てられた隣国の私生児ですかな? 陛下を惑わす呪いの類でなければ良いのですが」
公爵の言葉に、周囲の貴族たちがクスクスと意地の悪い笑い声を漏らす。
エリュシオンは身を竦め、思わずゼノスの腕を強く掴んだ。
かつてのトラウマが蘇り、心臓が早鐘を打つ。
だが、その笑い声は、ゼノスが放った「殺気」によって一瞬で凍りついた。
「呪い、か。……なるほど、確かにお前たちの目にはそう映るのかもしれんな」
ゼノスはエリュシオンの肩を抱いたまま、公爵の喉元に手を伸ばした。
触れるか触れないかの距離で、ゼノスの指先から黒い魔力がパチパチと音を立てる。
「だが、このエリュシオンが呪いだと言うのなら、俺は喜んでその呪いに狂おう。……公爵、お前の家門が明日には存在しなくなっていても、それを呪いのせいにできるかな?」
「……っ、ひ、陛下……冗談を……」
「俺が冗談を言う男に見えるか?」
ゼノスの金の瞳が冷酷に光り、公爵はあまりの恐怖にその場に膝をついた。
ゼノスは興味を失ったように視線を外すと、怯えるエリュシオンを安心させるように、衆人環視の中で彼の腰を引き寄せた。
「皆に告ぐ。このエリュシオンは俺の命であり、魂だ。彼を侮辱することは、この俺を、そしてこのヴォルガード帝国そのものを侮辱することと同義とみなす。……文句がある者は、今ここで俺の首を狙ってみろ」
誰も、呼吸すらできなかった。
皇帝の言葉は絶対であり、その愛は狂気に等しい。
ゼノスは震えるエリュシオンの耳元に唇を寄せ、周囲に聞こえるような音を立てて吸い付いた。
「怖いか? ならば、もっと俺に依存しろ。お前を否定する世界など、俺がすべて塗り替えてやる」
「……ゼノス……っ」
エリュシオンは、ゼノスの強引な口づけを受け入れながら、確信していた。
自分はこの男の熱から、一生逃れることはできないのだと。
周囲の嫉妬や蔑みの視線さえも、ゼノスの熱い愛撫にかき消されていく。
だが、会場の隅で、その光景を苦々しく見つめる一団があった。
彼らはエリュシオンの持つ「氷の魔力」を、帝国の繁栄ではなく「兵器」として利用しようと画策する、軍部の過激派だった。
今日は、遠征から帰還した皇帝ゼノスの祝勝会。そして、彼が連れ帰った「正妃候補」が初めて社交界に姿を現す夜でもある。
「……ゼノス、やっぱり僕、戻ったほうがいいんじゃ……」
控え室の大きな鏡の前で、エリュシオンは不安げに自分の姿を見つめた。
纏っているのは、夜空を切り取ったような深い紺色の礼服。胸元には、ゼノスの瞳の色と同じ金色のブローチが輝いている。
銀髪を美しく整えられたエリュシオンは、地下牢にいた頃が嘘のように、人目を引く美貌を放っていた。
「何を言う。これほど美しいものを、俺だけのものにしておきたい気持ちを必死に抑えて連れて行くのだ。お前はただ、俺の隣で笑っていればいい」
背後からゼノスが、エリュシオンの細い腰を抱き寄せる。
ゼノス自身も漆黒の軍礼服に身を包み、その圧倒的な覇気でエリュシオンを包み込んだ。
大広間の扉が開かれ、二人が姿を現すと、会場は一瞬で静まり返った。
美しすぎる「氷の聖子」と、彼を片時も離さず抱く「野獣皇帝」。
その異様なまでの密着ぶりに、貴族たちの間に動揺が走る。
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「陛下、祝勝の宴にお招きいただき光栄です。……しかし、その隣にいらっしゃるのは、噂の『無能』と捨てられた隣国の私生児ですかな? 陛下を惑わす呪いの類でなければ良いのですが」
公爵の言葉に、周囲の貴族たちがクスクスと意地の悪い笑い声を漏らす。
エリュシオンは身を竦め、思わずゼノスの腕を強く掴んだ。
かつてのトラウマが蘇り、心臓が早鐘を打つ。
だが、その笑い声は、ゼノスが放った「殺気」によって一瞬で凍りついた。
「呪い、か。……なるほど、確かにお前たちの目にはそう映るのかもしれんな」
ゼノスはエリュシオンの肩を抱いたまま、公爵の喉元に手を伸ばした。
触れるか触れないかの距離で、ゼノスの指先から黒い魔力がパチパチと音を立てる。
「だが、このエリュシオンが呪いだと言うのなら、俺は喜んでその呪いに狂おう。……公爵、お前の家門が明日には存在しなくなっていても、それを呪いのせいにできるかな?」
「……っ、ひ、陛下……冗談を……」
「俺が冗談を言う男に見えるか?」
ゼノスの金の瞳が冷酷に光り、公爵はあまりの恐怖にその場に膝をついた。
ゼノスは興味を失ったように視線を外すと、怯えるエリュシオンを安心させるように、衆人環視の中で彼の腰を引き寄せた。
「皆に告ぐ。このエリュシオンは俺の命であり、魂だ。彼を侮辱することは、この俺を、そしてこのヴォルガード帝国そのものを侮辱することと同義とみなす。……文句がある者は、今ここで俺の首を狙ってみろ」
誰も、呼吸すらできなかった。
皇帝の言葉は絶対であり、その愛は狂気に等しい。
ゼノスは震えるエリュシオンの耳元に唇を寄せ、周囲に聞こえるような音を立てて吸い付いた。
「怖いか? ならば、もっと俺に依存しろ。お前を否定する世界など、俺がすべて塗り替えてやる」
「……ゼノス……っ」
エリュシオンは、ゼノスの強引な口づけを受け入れながら、確信していた。
自分はこの男の熱から、一生逃れることはできないのだと。
周囲の嫉妬や蔑みの視線さえも、ゼノスの熱い愛撫にかき消されていく。
だが、会場の隅で、その光景を苦々しく見つめる一団があった。
彼らはエリュシオンの持つ「氷の魔力」を、帝国の繁栄ではなく「兵器」として利用しようと画策する、軍部の過激派だった。
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