転生エルフの天才エンジニア、静かに暮らしたいのに騎士団長に捕まる〜俺の鉄壁理論は彼の溺愛パッチでバグだらけです〜

たら昆布

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9話

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「……ほう、これが王都で最高級とされる茶葉ですか」

 俺はガイアスが広げた小袋の中身を覗き込み、わずかに眉を上げた。
 深い緑色をした茶葉は、乾燥しているにもかかわらず、驚くほど瑞々しい香りを放っている。前世の記憶にある高級な玉露や、あるいは最高品質のハーブにも似た、清涼感と甘みが混ざり合った芳香だ。

 ガイアスは、シロを膝の上に乗せたまま、どこか誇らしげに頷いた。

「ああ。東方の属州でしか採れない貴重な品だ。お前なら、この価値を正確に評価してくれると思ってな」

「価値の評価ね……。とりあえず、抽出プロセスを開始します」

 俺は台所に立ち、使い慣れた魔導式ケトルを起動させた。
 お湯を沸かすだけなら一瞬だが、このレベルの茶葉となれば話は別だ。温度が高すぎれば香りが飛び、低すぎれば旨味が抽出されない。俺は指先から魔力を微調整し、お湯の温度を完璧な適温へと固定する。

 その間、ガイアスはリビングのソファで、シロとすっかり打ち解けていた。
 正確には、ガイアスが一方的にシロを愛でている状態だ。

「きゅう? きゅうん」

「そうか、リィエルに美味いものを貰っているのか。良かったな、お前」

 帝国騎士団を束ねる男が、小さな毛玉に向かって相好を崩している。その不器用なほど優しい手つきで、シロの喉元を優しく撫でていた。
 シロもシロだ。昨夜までは俺以外の生物を警戒していたくせに、ガイアスの放つ安定した魔力波長が心地いいのか、今では彼の膝の上で、とろけた餅のように平べったくなっている。

「……はい、お待たせしました。少し蒸らし時間を長めに取っています」

 俺はトレイに乗せた二つのカップをテーブルに置いた。
 透き通った黄金色の液体から、さらに豊かな香りが立ち上る。

 ガイアスは姿勢を正し、大きな手でゆっくりとカップを包み込んだ。そして一口、慎重にその茶を啜る。

「…………素晴らしいな」

「ええ。苦みの後に来る甘みが、計算し尽くされたかのようなバランスです。俺が適当に庭で摘んできた雑草とは、根本的な設計が違いますね」

「お前の淹れる茶も好きだが……こうして二人で、いや、二名と一匹で静かに茶を飲む時間は、やはり格別だ」

 ガイアスは満足げに目を細め、ソファの背もたれに体を預けた。
 鎧を脱ぎ、動きやすい上着だけになった彼は、以前よりもずっとこのログハウスの風景に馴染んでいるように見えた。

「ところで、リィエル。茶の他に、もう一つ渡したいものがあったんだ」

 ガイアスは足元の荷物から、古びた、しかし丁寧な装丁が施された一冊の本を取り出した。
 その表紙を見た瞬間、俺の「研究者としての回路」が激しく火花を散らした。

「それは……古代エルフ語の魔導回路集……?」

「ああ。王都の書庫を整理していた際に見つけた。誰も解読できずに放置されていたものだが、お前なら、新しいライフハックのヒントにでもできるのではないかと思ってな」

 俺は思わず、身を乗り出してその本を受け取った。
 ページをめくれば、そこには現代の魔法体系とは明らかに異なる、高効率で、それでいて複雑な数式のような回路図が並んでいた。

「……これは、凄い。この部分の魔力分配、現行のシステムの三分の一のリソースで回せる計算になりますよ。なんて無駄のない仕様なんだ……」

「お前がそう言うなら、持ってきた甲斐があった」

 俺が夢中で本を読み耽っていると、不意に視線を感じた。
 顔を上げると、ガイアスが温かな、どこか慈しむような眼差しで俺を見つめていた。

「……なんですか。俺の顔に、何かエラーでも出ていますか?」

「いや。お前がそうやって、楽しそうに新しい知識を吸収している姿を見るのが、俺は好きなのだと気づいただけだ」

「……っ」

 不意打ちのような言葉に、心臓が変なリズムを刻む。
 俺は慌てて視線を本に戻し、努めて平静を装った。

「……ただの、知的好奇心です。解析が進めば、庭の自動潅水システムをさらにアップグレードできますから。効率化は、終わりのない旅なんですよ」

「そうだな。お前のその旅に、時折こうして俺が新しい地図を運んでくる。……そんな関係も、悪くないだろう?」

「…………。まあ、お茶代としては、十分すぎます」

 外では、森の木々が風に吹かれて、心地よいノイズを奏でている。
 一人でいた頃は、本を読んでいる最中に誰かの気配があることなど、ストレス以外の何物でもなかった。
 それなのに、今の俺は、隣で静かに茶を飲む男の存在を、まるで以前からそこにある暖炉の火のように、自然に受け入れてしまっていた。

 シロが「きゅう」と小さく欠伸をして、ガイアスの膝の上で眠りに落ちる。
 俺たちの時間は、急ぐ必要など何もない。
 ただ、このゆっくりと流れるプロセスの心地よさを、俺は静かにログに刻んでいた。
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