転生エルフの天才エンジニア、静かに暮らしたいのに騎士団長に捕まる〜俺の鉄壁理論は彼の溺愛パッチでバグだらけです〜

たら昆布

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16話

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 出来立てのジャムを小さな瓶に詰め終えると、キッチンにはまだ甘酸っぱい残り香が漂っていた。
 俺とガイアスは、その瓶と、軽く炙ったパン、そして例の最高級の茶葉を淹れたポットを持ってテラスへと移動した。

 霧が晴れた後の森は、洗いたての布のように清々しい。
 シロは既にテラスの特等席で、尻尾をパタパタと振りながらこちらの様子を伺っている。

「……よし。味の最終チェックといきましょう」

 俺はパンの上に、深い紫色をしたジャムをたっぷりと乗せた。
 光を透かして宝石のように輝くそれは、俺が魔力で温度管理を徹底したおかげで、果実の形を絶妙に残したまま、とろりとした光沢を放っている。

 一口噛みしめると、弾けるような果汁の甘みと、わずかな酸味が口いっぱいに広がった。

「……素晴らしい。糖度のバランスが計算通りです。茶の苦みが、この甘さをさらに引き立てていますね」

「そうか。俺も……。ほう、これは確かに。王都の宮廷料理人が作るものより、ずっと素材の味が生きている」

 ガイアスはパンを口に運び、目を細めて頷いた。
 大きな体で小さくカットされたパンを食べる姿は相変わらずシュールだが、その表情は心底楽しそうだ。

「リィエル。お前とこうして収穫から加工まで共に行うと、ただの食事が特別な儀式のように感じられるな。……一人で食べていた頃にはなかった感覚だ」

「それは、他者の評価というフィードバックがあるからですよ。自己完結したシステムには、驚きがありませんから」

 俺が淡々と答えると、ガイアスはふっと視線を遠くの山並みへと向けた。

「……なあ、リィエル。来月、王都で大きな星祭があるんだ。国を挙げての祝祭で、夜空が魔法の光で埋め尽くされる。……一度だけでいい、見に来ないか?」

 俺はカップを口に運ぶ手を止めた。
 またスカウトか、と身構えそうになったが、ガイアスの瞳には打算の色がなかった。

「……仕事のお誘いなら、既に仕様書でお断りしたはずですが」

「違う。仕事ではない。ただ、お前にあの光を見せてやりたいと思っただけだ。……お前がこの森を愛しているのは分かっている。だが、たまには外部のサーバー……お前の言うところの、外の世界の景色を見るのも、悪くないのではないか?」

 ガイアスは、俺が以前使った言葉を不器用に使って誘ってきた。
 
「……星祭、ですか」

「ああ。お前が嫌うような騒がしい場所には連れて行かない。俺の私邸の、一番静かなバルコニーから眺めるだけでいい。……お前が昨日作った、そのペンダント。それを着けて、一度だけ外の空気を吸いに来ないか」

 俺は、胸元で静かに揺れる虹光石のペンダントに触れた。
 
 転生してから、俺はこの森の外に出ることを一度も考えなかった。
 外の世界はエラーとノイズに満ち、俺の平穏を乱すものだと思い込んでいたからだ。
 けれど、目の前でジャムを頬張るこの男が守っている街ならば、ほんの少しだけ覗いてみてもいいかもしれないという、奇妙な好奇心が芽生えていることに気づく。

「きゅう?」

 シロが、行きたいのか、それともお留守番が嫌なのか、俺の顔を覗き込んで鳴いた。

「……シロも一緒なら、考えてもいいですよ。ただし、あくまで観光です。誰かに見つかってスカウト合戦になるような事態は、全力で回避(エスケープ)しますからね」

 俺がそう告げると、ガイアスは一瞬呆気に取られた後、パッと顔を輝かせた。

「……本当か! ああ、約束する。お前の身の安全と静寂は、この俺が命に代えても守り抜こう」

「命まではいりませんよ。重すぎます」

 俺は苦笑し、二杯目のお茶を彼のカップに注いだ。
 
 予定外のイベント。
 俺のスローライフという名のプログラムに、初めて「遠征」という名の新しい項目が書き込まれた瞬間だった。
 
 秋の風が、テラスを優しく吹き抜けていく。
 次回のアップデートは、どうやら少しばかり賑やかになりそうだった。
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