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15話
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翌朝、森は深い霧に包まれていた。
湿り気を帯びた空気が、庭のハーブの香りをより一層濃く引き立てている。
俺がリビングへ降りていくと、そこには既にエプロン姿でキッチンに立つガイアスの姿があった。テーブルの上には、彼が朝一番で森の外縁から採取してきたという、大粒の紫色の果実が山積みになっている。
「おはよう、リィエル。ちょうど今、下準備を始めようと思っていたところだ」
「おはようございます。……それは紫光の実ですね。そのまま食べても甘みが強いですが、保存性は低い。効率的に消費するなら、加工は必須です」
「ああ。王都の料理番に教わったレシピがあるんだ。お前の魔法で火加減を調整してくれれば、最高のジャムができると思うのだが、手伝ってくれるか?」
ガイアスは、大きなボウルに入った実を洗いながら、期待のこもった瞳で俺を見た。
俺は肩をすくめ、彼の隣に並んだ。
「仕様書の通りに動くなら、問題ありません。……シロ、お前はつまみ食い禁止ですよ」
「きゅう!」
足元で待機していたシロは、了解したと言わんばかりに尻尾を振り、キッチンの隅にある専用の特等席へ飛び乗った。
作業は、実に平穏に進んだ。
ガイアスが果実のヘタを器用に指先で取り除き、俺がその横で、魔導鍋の温度を一定に保つための回路を起動させる。
「リィエル。お前は昨夜、何か考え事をしていたな。精霊の気配がしたが、何か問題でも起きたか?」
ガイアスが手を動かしながら、ふいに問いかけてきた。
騎士団長としての勘なのか、あるいは単に俺をよく見ているからなのか。彼の洞察力は、時として俺のログを正確に読み取ってくる。
「……大したことではありません。古い知り合いが、少し冷やかしに来ただけです。この森のシステムに外部からのアクセスが増えたのが珍しかったんでしょう」
「外部アクセス……。俺たちのことか」
ガイアスは苦笑し、鍋に砂糖を投入した。
果実が熱で崩れ、甘酸っぱい、濃厚な香りが一気にキッチンに広がる。
「精霊にしてみれば、俺のような無骨な人間が、この繊細な聖域をうろついているのは異様に見えるのだろうな」
「異様、というよりは……新鮮だと言っていましたよ。俺の魔力の質が変わったとまで、お節介な指摘をされました」
「ほう。どう変わったんだ?」
ガイアスが顔を覗き込んでくる。
その距離が近く、鍋から立ち上る蒸気のせいか、俺の頬がわずかに熱を帯びる。
「……出力が安定したと言いたいんでしょう。一人でいた頃よりも、余計な摩擦が減ったというか。まあ、あなたの薪割りと食事の提供のおかげで、俺の演算リソースに余裕が生まれた結果ですね」
「……ははは。お前らしい評価だな。だが、俺はお前のその、何でも理屈で説明しようとするところが嫌いじゃないぞ」
ガイアスは大きな木べらで鍋をゆっくりとかき混ぜる。
ジャムは次第に深い紫色へと煮詰まり、宝石のような光沢を帯びてきた。
煮詰まっていく果実を見つめながら、俺は精霊の言葉を思い出していた。
人間の時間は、速い。
けれど、こうして一つの鍋を囲み、同じ香りを共有している瞬間、俺たちの時間の進み方は完全に同期しているように思えた。
「……ガイアスさん。このジャムが完成したら、あなたが持ってきたあの茶葉と一緒に食べましょう。きっと、相性がいいはずです」
「ああ。それがいいな。最高の午後のひとときになりそうだ」
外の霧が晴れ、窓から明るい日差しが差し込んできた。
鍋の中のジャムが、とろりとした最適な粘度へと至る。
俺の世界は、かつては静寂という名の完成形だった。
だが、今のこの、甘い香りと話し声に満ちた未完成な日常の方が、ずっと心地よいアップデートのように感じられた。
湿り気を帯びた空気が、庭のハーブの香りをより一層濃く引き立てている。
俺がリビングへ降りていくと、そこには既にエプロン姿でキッチンに立つガイアスの姿があった。テーブルの上には、彼が朝一番で森の外縁から採取してきたという、大粒の紫色の果実が山積みになっている。
「おはよう、リィエル。ちょうど今、下準備を始めようと思っていたところだ」
「おはようございます。……それは紫光の実ですね。そのまま食べても甘みが強いですが、保存性は低い。効率的に消費するなら、加工は必須です」
「ああ。王都の料理番に教わったレシピがあるんだ。お前の魔法で火加減を調整してくれれば、最高のジャムができると思うのだが、手伝ってくれるか?」
ガイアスは、大きなボウルに入った実を洗いながら、期待のこもった瞳で俺を見た。
俺は肩をすくめ、彼の隣に並んだ。
「仕様書の通りに動くなら、問題ありません。……シロ、お前はつまみ食い禁止ですよ」
「きゅう!」
足元で待機していたシロは、了解したと言わんばかりに尻尾を振り、キッチンの隅にある専用の特等席へ飛び乗った。
作業は、実に平穏に進んだ。
ガイアスが果実のヘタを器用に指先で取り除き、俺がその横で、魔導鍋の温度を一定に保つための回路を起動させる。
「リィエル。お前は昨夜、何か考え事をしていたな。精霊の気配がしたが、何か問題でも起きたか?」
ガイアスが手を動かしながら、ふいに問いかけてきた。
騎士団長としての勘なのか、あるいは単に俺をよく見ているからなのか。彼の洞察力は、時として俺のログを正確に読み取ってくる。
「……大したことではありません。古い知り合いが、少し冷やかしに来ただけです。この森のシステムに外部からのアクセスが増えたのが珍しかったんでしょう」
「外部アクセス……。俺たちのことか」
ガイアスは苦笑し、鍋に砂糖を投入した。
果実が熱で崩れ、甘酸っぱい、濃厚な香りが一気にキッチンに広がる。
「精霊にしてみれば、俺のような無骨な人間が、この繊細な聖域をうろついているのは異様に見えるのだろうな」
「異様、というよりは……新鮮だと言っていましたよ。俺の魔力の質が変わったとまで、お節介な指摘をされました」
「ほう。どう変わったんだ?」
ガイアスが顔を覗き込んでくる。
その距離が近く、鍋から立ち上る蒸気のせいか、俺の頬がわずかに熱を帯びる。
「……出力が安定したと言いたいんでしょう。一人でいた頃よりも、余計な摩擦が減ったというか。まあ、あなたの薪割りと食事の提供のおかげで、俺の演算リソースに余裕が生まれた結果ですね」
「……ははは。お前らしい評価だな。だが、俺はお前のその、何でも理屈で説明しようとするところが嫌いじゃないぞ」
ガイアスは大きな木べらで鍋をゆっくりとかき混ぜる。
ジャムは次第に深い紫色へと煮詰まり、宝石のような光沢を帯びてきた。
煮詰まっていく果実を見つめながら、俺は精霊の言葉を思い出していた。
人間の時間は、速い。
けれど、こうして一つの鍋を囲み、同じ香りを共有している瞬間、俺たちの時間の進み方は完全に同期しているように思えた。
「……ガイアスさん。このジャムが完成したら、あなたが持ってきたあの茶葉と一緒に食べましょう。きっと、相性がいいはずです」
「ああ。それがいいな。最高の午後のひとときになりそうだ」
外の霧が晴れ、窓から明るい日差しが差し込んできた。
鍋の中のジャムが、とろりとした最適な粘度へと至る。
俺の世界は、かつては静寂という名の完成形だった。
だが、今のこの、甘い香りと話し声に満ちた未完成な日常の方が、ずっと心地よいアップデートのように感じられた。
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