転生エルフの天才エンジニア、静かに暮らしたいのに騎士団長に捕まる〜俺の鉄壁理論は彼の溺愛パッチでバグだらけです〜

たら昆布

文字の大きさ
18 / 45

18話

しおりを挟む
 翌朝、森の境界線には、朝霧を切り裂くように一台の馬車が停まっていた。
 帝国騎士団が用意したというその車両は、外見こそ質実剛健だが、内装にはリィエルの好みに合わせた柔らかなクッションと、温度を一定に保つ魔導具が完備されている。

「……さて、出発するか。リィエル、忘れ物はないか?」

 御者台に座り、手綱を握ったガイアスが振り返って声をかけてくる。
 彼は今日、騎士の甲冑ではなく、動きやすい革のジャケットを羽織っていた。その姿は、一国の騎士団長というよりは、旅慣れた冒険者のようだ。

「ええ、バックアップ……いえ、留守中の備えは万全です。シロ、お前も準備はいいか?」

「きゅう!」

 俺の膝の上で、シロが短く鳴いた。
 こいつは先ほどから、窓の外に見える森の風景を食い入るように見つめている。森の外に出るのは、おそらくこいつにとっても初めての経験なのだろう。

 ガイアスが手綱を軽く引くと、馬車は驚くほど滑らかに動き出した。
 俺の家に続く一本道は、昨日までに騎士たちが整備したおかげで、不快な振動が一切ない。車輪が地面を転がる規則正しい音だけが、心地よいリズムとなって車内に響く。

「……森の結界を抜けますね」

 窓の外、空間がわずかに歪んだように見えた次の瞬間。
 三年間、俺を包み込んでいた森の魔力の密度が、ふっと薄くなった。
 代わりに流れ込んできたのは、草原を吹き抜ける乾いた風の匂いと、どこまでも続く地平線の光景だ。

「どうだ、リィエル。森の外も、そう悪いものではないだろう?」

 御者台からガイアスの楽しげな声が聞こえる。

「……ええ。視界の解像度が高いですね。森の中では常に木々に遮られていた遠景が、こうもはっきりと見えるのは新鮮です」

 俺は窓枠に肘をつき、流れていく景色を眺めた。
 街道の脇には、見たこともない色鮮やかな野花が咲き、遠くの丘では羊の群れがのんびりと草を食んでいる。
 前世のデジタルな世界とは違う、アナログで膨大な情報量が、俺の網膜を刺激していく。

「きゅう、きゅうん!」

 シロが窓から身を乗り出そうとしたので、俺は慌ててその丸い体を抱き寄せた。

「おい、危ないぞシロ。はしゃぐのはいいが、転落エラーは勘弁してくれ。……ほら、お前のカゴに入れたおやつでも食べて落ち着け」

 俺はシロの口に、乾燥させた木の実を放り込んだ。
 シロはそれをカリカリと器用に食べながら、それでも瞳をキラキラと輝かせて外の世界を見つめ続けている。

 昼過ぎ、馬車は街道沿いの見晴らしの良い丘で一度停止した。
 ガイアスが馬を休ませる間、俺たちは車外に出て、軽い昼食を摂ることにした。

「リィエル、顔色が良くなったな。長旅でお前が疲弊していないか心配だったが、杞憂だったようだ」

 ガイアスは水筒を俺に手渡し、隣の岩に腰を下ろした。

「……空気の組成が違うからでしょうか。森の中よりも、少しだけ肺が軽くなる気がします。ガイアスさんの用意した馬車の衝撃吸収システムも、期待以上のパフォーマンスでしたしね」

「それは良かった。王都まではあと数日だが、この調子なら予定通り、星祭の前に到着できそうだ。……リィエル、王都に着いたら、まずはお前に見せたい店があるんだ」

「店、ですか」

「ああ。お前が喜びそうな、古い羊皮紙を専門に扱う文具屋だ。そこには、他では手に入らない特殊なインクも置いてある」

 ガイアスはそう言って、俺の横顔を穏やかに見つめた。
 彼は、俺が何を欲し、何を好むかを、この短い共同生活の中で驚くほど正確にログに刻んでいたらしい。

「……それは、興味深いですね。俺の研究ノートを新調するのも悪くない」

 俺は微笑み、遠くに見える王都のシルエットを眺めた。
 
 かつては拒絶していた外の世界。
 けれど、信頼できる御者が導くこの旅路ならば、どのような予期せぬイベントが起きても、それはきっと面白いデータになるはずだ。

 風に乗って、秋の草花の香りが鼻腔をくすぐる。
 俺たちは再び馬車に乗り込み、新しい景色を求めて、ゆっくりと車輪を回し始めた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

逃げた弟のかわりに溺愛アルファに差し出されました。初夜で抱かれたら身代わりがばれてしまいます💦

雪代鞠絵/15分で萌えるBL小説
BL
逃げた弟の身代わりとなり、 隣国の国王である溺愛アルファに嫁いだオメガ。 しかし実は、我儘で結婚から逃げ出した双子の弟の身代わりなのです… オメガだからと王宮で冷遇されていたので、身代わり結婚にも拒否権が なかたのでした。 本当の花嫁じゃない。 だから何としても初夜は回避しなければと思うのですが、 だんだん王様に惹かれてしまい、苦しくなる…という お話です。よろしくお願いします<(_ _)>

【完結】偏屈司書は黒犬将軍の溺愛を受ける

アザトースト
BL
ブランは自他ともに認める偏屈である。 他人にとっての自分とは無関心と嫌悪の狭間に位置していることを良く良く知っていたし、こんな自分に恋人なんて出来るわけがないと思っていた。そもそも作りたくもない。 司書として本に溺れるような日々を送る中、ブランに転機が訪れる。 幼馴染のオニキスがとある契約を持ちかけてきたのだ。 ブランとオニキス、それぞれの利害が一致した契約関係。 二人の関係はどのように変化するのか。 短編です。すぐに終わる予定です。 毎日投稿します。 ♡や感想、大変励みになりますので宜しければ片手間に♡押してって下さい!

【完結】悪役に転生したので、皇太子を推して生き延びる

ざっしゅ
BL
気づけば、男の婚約者がいる悪役として転生してしまったソウタ。 この小説は、主人公である皇太子ルースが、悪役たちの陰謀によって記憶を失い、最終的に復讐を遂げるという残酷な物語だった。ソウタは、自分の命を守るため、原作の悪役としての行動を改め、記憶を失ったルースを友人として大切にする。 ソウタの献身的な行動は周囲に「ルースへの深い愛」だと噂され、ルース自身もその噂に満更でもない様子を見せ始める。

声なき王子は素性不明の猟師に恋をする

石月煤子
BL
第一王子である腹違いの兄から命を狙われた、妾の子である庶子のロスティア。 毒薬によって声を失った彼は城から逃げ延び、雪原に倒れていたところを、猟師と狼によって助けられた。 「王冠はあんたに相応しい。王子」 貴方のそばで生きられたら。 それ以上の幸福なんて、きっと、ない。

おしまいのそのあとは

makase
BL
悪役令息として転生してしまった神楽坂龍一郎は、心を入れ替え、主人公のよき友人になるよう努力していた。ところがこの選択肢が、神楽坂の大切な人を傷つける可能性が浮上する。困った神楽坂は、自分を犠牲にする道を歩みかけるが……

きっと、君は知らない

mahiro
BL
前世、というのだろうか。 俺は前、日本という国で暮らしていて、あの日は中学時代にお世話になった先輩の結婚式に参列していた。 大人になった先輩と綺麗な女性の幸せそうな姿に胸を痛めながら見つめていると二人の間に産まれたという女の子がひとりで車道に向かい歩いている姿が目に入った。 皆が主役の二人に夢中で子供の存在に気付いておらず、俺は慌ててその子供のもとへと向かった。 あと少しで追い付くというタイミングで大型の車がこちらに向かってくるのが見え、慌ててその子供の手を掴み、彼らのいる方へと突き飛ばした。 次の瞬間、俺は驚く先輩の目と合ったような気がするが、俺の意識はそこで途絶えてしまった。 次に目が覚めたのは見知らぬ世界で、聞いたことのない言葉が行き交っていた。 それから暫く様子を見ていたが、どうやら俺は異世界に転生したらしく………?

転生したようだけど?流れに身を任せていたら悪役令息?として断罪されていた――分からないまま生きる。

星乃シキ
BL
発作の後に目覚めたら、公爵家嫡男の身体だった。 前世の記憶だけを抱えたまま生きるレイは、ある夜、男の聖女への嫌がらせの罪で断罪される。 だが図書室の記録が冤罪を覆す。 そしてレイは知る。 聖女ディーンの本当の名はアキラ。 同じ日本から来た存在だった。 帰りたい聖女と、この身体で生きるレイ。 秘密を共有した二人は、友達になる。 人との関わりを避けてきたレイの人間関係が、少しずつ動き始める。

処理中です...