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26話
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リィエルの肩に飛び乗ったその物体は、ひんやりとした熱伝導率の低いゼリーのような質感だった。
純白の体は内側から淡い光を放っており、リィエルの首筋に体を擦りつけるたびに、チリチリとした心地よい魔力の火花が弾ける。
「……リィエル、大丈夫か? そいつ、お前を食べているわけではないよな?」
ガイアスが心配そうに、だがどこか腰が引けた様子で問いかけてきた。
無理もない。騎士団長として数々の魔物と対峙してきた彼にとっても、ポストから飛び出してきた発光する不定形生物というのは、戦闘教本には載っていない未知の事象だろう。
「いえ。むしろ逆ですね。俺の魔力を媒介に、自身のバイタルを同期させようとしているみたいだ。……おい、くすぐったいぞ。あまり深く潜り込もうとするな」
リィエルは指先でスライムをつまみ上げ、目の高さまで持ち上げた。
スライムは不満そうに体を揺らしたが、すぐにリィエルの手のひらの上で丸くなり、満足げに小さな気泡を吐き出した。
「きゅうっ! きゅううう!」
そこでようやく、事態の深刻さに気づいたのがシロだった。
シロは馬車から飛び降りると、リィエルの足元で必死に背伸びをし、主人の手の上の「新入り」に向かって猛烈な抗議の声を上げた。
主人の特等席である肩や膝は、自分だけの専用領域のはずだ。
そこに現れた、自分よりも発光強度の高い未知のライバル。シロの尻尾は、かつてないほどの勢いで左右に振られ、芝生を叩いている。
「シロ、落ち着け。お前の優先順位を下げたわけじゃない。……やれやれ、静寂を求めて帰宅したはずが、かえってマルチタスクを要求される状況になるとはな」
リィエルは苦笑し、スライムをとりあえず空いた方の手で抱え直した。
その時、様子を窺っていた精霊の長老が、ひらひらとリィエルの耳元まで飛んできた。
「リィエル、そいつを邪険にしちゃいけないよ。それは星降る森の雫といってね、星祭の夜に最も清浄な魔力が集まる場所にだけ生まれる、極めて稀な精霊の幼体なんだ。まさかポストを揺り籠にするなんて、よほど君の家の魔力回線が快適だったんだろうね」
「……清浄な魔力、ですか。俺が不在の間もシステムが正常に稼働していた証拠としては、これ以上ないログですが。それにしても、これはどうやって処理すればいいんだ?」
「処理だなんて。そいつは幸運の象徴だよ。……まあ、君のその真っ白な友達とは、しばらくリソースの奪い合いになるだろうけどね!」
精霊は愉快そうに笑いながら、再び森の奥へと消えていった。
「星の雫、か。……リィエル、お前が王都で星を眺めていた間に、お前の家にも星が降っていたということだな」
ガイアスがようやく警戒を解き、微笑みながらリィエルの肩に手を置いた。
「ロマンチックな解釈は不要です。俺にとっては、管理コストが二倍になっただけですから。……とりあえず、家の中に入りましょう。ガイアスさん、荷物の運び込みを手伝ってください。この新入りの解析もしなければなりませんし」
「ああ、分かっている。今日はお前の助手として、存分にこき使ってくれて構わないぞ」
ガイアスはリィエルの重い魔導書の箱を軽々と持ち上げ、ログハウスの扉を開けた。
懐かしい木の香りと、煮詰まったジャムの残り香が、一行を優しく迎える。
主人の肩を占拠する光るスライムと、その背後で隙を狙うシロ。
リィエルの望んでいた静かなスローライフは、また一段と賑やかな方向へアップデートされようとしていた。
純白の体は内側から淡い光を放っており、リィエルの首筋に体を擦りつけるたびに、チリチリとした心地よい魔力の火花が弾ける。
「……リィエル、大丈夫か? そいつ、お前を食べているわけではないよな?」
ガイアスが心配そうに、だがどこか腰が引けた様子で問いかけてきた。
無理もない。騎士団長として数々の魔物と対峙してきた彼にとっても、ポストから飛び出してきた発光する不定形生物というのは、戦闘教本には載っていない未知の事象だろう。
「いえ。むしろ逆ですね。俺の魔力を媒介に、自身のバイタルを同期させようとしているみたいだ。……おい、くすぐったいぞ。あまり深く潜り込もうとするな」
リィエルは指先でスライムをつまみ上げ、目の高さまで持ち上げた。
スライムは不満そうに体を揺らしたが、すぐにリィエルの手のひらの上で丸くなり、満足げに小さな気泡を吐き出した。
「きゅうっ! きゅううう!」
そこでようやく、事態の深刻さに気づいたのがシロだった。
シロは馬車から飛び降りると、リィエルの足元で必死に背伸びをし、主人の手の上の「新入り」に向かって猛烈な抗議の声を上げた。
主人の特等席である肩や膝は、自分だけの専用領域のはずだ。
そこに現れた、自分よりも発光強度の高い未知のライバル。シロの尻尾は、かつてないほどの勢いで左右に振られ、芝生を叩いている。
「シロ、落ち着け。お前の優先順位を下げたわけじゃない。……やれやれ、静寂を求めて帰宅したはずが、かえってマルチタスクを要求される状況になるとはな」
リィエルは苦笑し、スライムをとりあえず空いた方の手で抱え直した。
その時、様子を窺っていた精霊の長老が、ひらひらとリィエルの耳元まで飛んできた。
「リィエル、そいつを邪険にしちゃいけないよ。それは星降る森の雫といってね、星祭の夜に最も清浄な魔力が集まる場所にだけ生まれる、極めて稀な精霊の幼体なんだ。まさかポストを揺り籠にするなんて、よほど君の家の魔力回線が快適だったんだろうね」
「……清浄な魔力、ですか。俺が不在の間もシステムが正常に稼働していた証拠としては、これ以上ないログですが。それにしても、これはどうやって処理すればいいんだ?」
「処理だなんて。そいつは幸運の象徴だよ。……まあ、君のその真っ白な友達とは、しばらくリソースの奪い合いになるだろうけどね!」
精霊は愉快そうに笑いながら、再び森の奥へと消えていった。
「星の雫、か。……リィエル、お前が王都で星を眺めていた間に、お前の家にも星が降っていたということだな」
ガイアスがようやく警戒を解き、微笑みながらリィエルの肩に手を置いた。
「ロマンチックな解釈は不要です。俺にとっては、管理コストが二倍になっただけですから。……とりあえず、家の中に入りましょう。ガイアスさん、荷物の運び込みを手伝ってください。この新入りの解析もしなければなりませんし」
「ああ、分かっている。今日はお前の助手として、存分にこき使ってくれて構わないぞ」
ガイアスはリィエルの重い魔導書の箱を軽々と持ち上げ、ログハウスの扉を開けた。
懐かしい木の香りと、煮詰まったジャムの残り香が、一行を優しく迎える。
主人の肩を占拠する光るスライムと、その背後で隙を狙うシロ。
リィエルの望んでいた静かなスローライフは、また一段と賑やかな方向へアップデートされようとしていた。
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