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2話
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「……おい。いつまでそうしているつもりだ」
低く、地響きのような声が森の静寂を破った。
レオはびくんと肩を揺らし、男――ガウルの胸元に添えていた手を慌てて引っ込める。
「あ、ごめんなさい! まだ熱があるみたいだったから、つい……」
レオが赤くなって俯くと、ガウルは重い身体をゆっくりと起こした。
傷口はポーションの力で塞がっているものの、失った血の多さが彼の顔色を土色に変えている。
それでも、立ち上がったガウルの威圧感は凄まじかった。
百九十センチを超える巨躯は、レオを見下ろす巨大な壁のようだ。
「……なぜ、助けた。あの中級ポーション、お前のような新米には全財産だったはずだろう」
ガウルの鋭い眼光がレオを射抜く。
裏切りが日常茶飯事の冒険者の世界で、見ず知らずの他人に、しかも自分より明らかに強そうな者に高価な薬を使うなど、正気の沙汰ではない。
だが、レオは困ったように眉を下げて笑った。
「理由なんて、そんな……。死にそうな人が目の前にいて、助ける手段があるのに素通りなんて、僕にはできなかっただけだよ」
「……馬鹿か、貴様は」
吐き捨てられた言葉とは裏腹に、ガウルの瞳には複雑な色が混じっていた。
レオの琥珀色の瞳は、濁り一つなく澄んでいる。
その純粋さに、ガウルは毒気を抜かれたように息を吐いた。
「立て。いつまでもこんな場所にいたら、魔物の餌食になるぞ」
ガウルは大きな手でレオの腕を掴み、強引に立ち上がらせた。
触れられた箇所から、熱い体温が伝わってくる。
レオはその逞しい指の力強さに、心臓が跳ねるのを感じた。
「わっ、ちょっと待って! 薬草、まだ全部摘めてないんだ」
「……この期に及んで薬草だと?」
ガウルは呆れたように天を仰いだが、レオが「これを納品しないと、今日の宿代も出ないんだ」と情けなく笑うのを見て、舌打ちを一つした。
「……あっちだ。あっちの崖の下に、質のいい『青星草』が群生している。案内してやる」
「えっ、本当? ありがとう!」
ぱあっと顔を輝かせたレオに、ガウルは一瞬だけ視線を泳がせた。
そのまま無言で歩き出すガウルの背中は、鉄の鎧のように堅牢だ。
けれど、時折レオが遅れていないか確認するように歩調を緩めるその仕草に、レオは彼が根っからの悪人ではないことを悟る。
二人は並んで森の中を進んだ。
ガウルが道を塞ぐ蔦や枝をその剛腕で払い除け、レオがその横を小走りでついていく。
ふとした拍子に二人の肩が触れ合うと、レオは自分の小ささを改めて実感した。
ガウルの腕はレオの太腿ほどもあり、放たれる雄臭い香りに頭がクラクラする。
「……レオと言ったな」
「あ、うん。そうだよ」
「俺はガウルだ。……お前のことは、俺が街まで送り届けてやる」
それは、不器用な彼なりの感謝の示し方だったのだろう。
レオは嬉しくなって、ガウルの顔を覗き込んだ。
「いいの? ガウルだって怪我人なのに、悪いよ」
「黙れ。お前のような弱そうな奴が一人で歩いている方が、見ていて腹が立つ」
ガウルはぶっきらぼうに言い捨てたが、その耳たぶが微かに赤くなっているのをレオは見逃さなかった。
意外と可愛いところがあるんだな、なんて思っていると、ガウルの視線が不意にこちらに向けられる。
視線が絡み合い、火花が散るような熱がレオの頬を撫でた。
無事に薬草を採取し終えた二人がギルドに戻ると、酒場にいた冒険者たちが一斉に静まり返った。
無理もない。
ひょろりとした新米のレオが、死神のような威圧感を放つ巨漢の戦士を連れて歩いているのだ。
受付のミリーも、目を見開いて固まっている。
「ちょ、ちょっとレオ! その男、まさか……あの『孤高の狂戦士』ガウルじゃないの!?」
「え、そんな有名な人なの?」
レオが首を傾げると、ガウルは不機嫌そうに鼻を鳴らした。
彼は以前組んでいたパーティに裏切られ、罠に嵌められて一人で魔物の巣に置き去りにされたという噂があった。
人間不信の塊のような彼が、あろうことかFランクの新米の後ろを、忠実な番犬のように付いて歩いている。
その光景は、ギルドの面々にとって奇妙極を通り越して恐怖ですらあった。
「ミリーさん、薬草の納品をお願いします」
「あ、ああ、はい……。確認するわね」
ミリーが震える手で薬草を受け取る間も、ガウルはレオの背後にぴたりと寄り添い、周囲を威嚇するような鋭い視線を配っている。
レオを嘲笑おうとしていた荒くれ者たちも、ガウルと目が合った瞬間に震え上がり、一斉に目を逸らした。
「……あ、あの、ガウル。もう大丈夫だよ。ここなら安全だし」
レオが困り顔で振り返ると、ガウルはレオの腰に大きな手を回し、自分の方へと引き寄せた。
「……安全だと? 貴様を狙うような下卑た視線が、これだけあるというのにか」
「えっ……?」
至近距離で囁かれた低音に、レオの首筋が粟立つ。
ガウルの逞しい腕に抱き込まれるような形になり、背中に彼の硬い胸板が押し付けられた。
逃げ場のない密着感。
レオの心臓は、壊れた鐘のように激しく脈打ち始める。
「ガ、ガウル……近いよ……っ」
「……このまま宿まで送る。お前が一人でいるのは、見ていられない」
その瞳に宿るのは、恩義だけではない。
一度失いかけた命を繋ぎ止めてくれた、柔らかな光への渇望。
ガウル自身も自覚のないままに、その執着の炎を燃やし始めていた。
レオは戸惑いながらも、自分を守るように包み込むガウルの体温に、不思議と嫌な気はしなかった。
むしろ、冷え切っていた心が、じわりと温まっていくような。
これがレオにとっての「冒険」の本当の始まりだった。
自分を価値のない人間だと思い込んでいた少年が、一人の最強の戦士によって「絶対的な守護対象」として選別された瞬間。
「……分かった。じゃあ、宿までお願いしようかな」
レオが恥ずかしそうに笑うと、ガウルは満足げに目を細めた。
その視線は、まるで獲物を逃さない獣のように、深く、執拗にレオを追い続けていた。
低く、地響きのような声が森の静寂を破った。
レオはびくんと肩を揺らし、男――ガウルの胸元に添えていた手を慌てて引っ込める。
「あ、ごめんなさい! まだ熱があるみたいだったから、つい……」
レオが赤くなって俯くと、ガウルは重い身体をゆっくりと起こした。
傷口はポーションの力で塞がっているものの、失った血の多さが彼の顔色を土色に変えている。
それでも、立ち上がったガウルの威圧感は凄まじかった。
百九十センチを超える巨躯は、レオを見下ろす巨大な壁のようだ。
「……なぜ、助けた。あの中級ポーション、お前のような新米には全財産だったはずだろう」
ガウルの鋭い眼光がレオを射抜く。
裏切りが日常茶飯事の冒険者の世界で、見ず知らずの他人に、しかも自分より明らかに強そうな者に高価な薬を使うなど、正気の沙汰ではない。
だが、レオは困ったように眉を下げて笑った。
「理由なんて、そんな……。死にそうな人が目の前にいて、助ける手段があるのに素通りなんて、僕にはできなかっただけだよ」
「……馬鹿か、貴様は」
吐き捨てられた言葉とは裏腹に、ガウルの瞳には複雑な色が混じっていた。
レオの琥珀色の瞳は、濁り一つなく澄んでいる。
その純粋さに、ガウルは毒気を抜かれたように息を吐いた。
「立て。いつまでもこんな場所にいたら、魔物の餌食になるぞ」
ガウルは大きな手でレオの腕を掴み、強引に立ち上がらせた。
触れられた箇所から、熱い体温が伝わってくる。
レオはその逞しい指の力強さに、心臓が跳ねるのを感じた。
「わっ、ちょっと待って! 薬草、まだ全部摘めてないんだ」
「……この期に及んで薬草だと?」
ガウルは呆れたように天を仰いだが、レオが「これを納品しないと、今日の宿代も出ないんだ」と情けなく笑うのを見て、舌打ちを一つした。
「……あっちだ。あっちの崖の下に、質のいい『青星草』が群生している。案内してやる」
「えっ、本当? ありがとう!」
ぱあっと顔を輝かせたレオに、ガウルは一瞬だけ視線を泳がせた。
そのまま無言で歩き出すガウルの背中は、鉄の鎧のように堅牢だ。
けれど、時折レオが遅れていないか確認するように歩調を緩めるその仕草に、レオは彼が根っからの悪人ではないことを悟る。
二人は並んで森の中を進んだ。
ガウルが道を塞ぐ蔦や枝をその剛腕で払い除け、レオがその横を小走りでついていく。
ふとした拍子に二人の肩が触れ合うと、レオは自分の小ささを改めて実感した。
ガウルの腕はレオの太腿ほどもあり、放たれる雄臭い香りに頭がクラクラする。
「……レオと言ったな」
「あ、うん。そうだよ」
「俺はガウルだ。……お前のことは、俺が街まで送り届けてやる」
それは、不器用な彼なりの感謝の示し方だったのだろう。
レオは嬉しくなって、ガウルの顔を覗き込んだ。
「いいの? ガウルだって怪我人なのに、悪いよ」
「黙れ。お前のような弱そうな奴が一人で歩いている方が、見ていて腹が立つ」
ガウルはぶっきらぼうに言い捨てたが、その耳たぶが微かに赤くなっているのをレオは見逃さなかった。
意外と可愛いところがあるんだな、なんて思っていると、ガウルの視線が不意にこちらに向けられる。
視線が絡み合い、火花が散るような熱がレオの頬を撫でた。
無事に薬草を採取し終えた二人がギルドに戻ると、酒場にいた冒険者たちが一斉に静まり返った。
無理もない。
ひょろりとした新米のレオが、死神のような威圧感を放つ巨漢の戦士を連れて歩いているのだ。
受付のミリーも、目を見開いて固まっている。
「ちょ、ちょっとレオ! その男、まさか……あの『孤高の狂戦士』ガウルじゃないの!?」
「え、そんな有名な人なの?」
レオが首を傾げると、ガウルは不機嫌そうに鼻を鳴らした。
彼は以前組んでいたパーティに裏切られ、罠に嵌められて一人で魔物の巣に置き去りにされたという噂があった。
人間不信の塊のような彼が、あろうことかFランクの新米の後ろを、忠実な番犬のように付いて歩いている。
その光景は、ギルドの面々にとって奇妙極を通り越して恐怖ですらあった。
「ミリーさん、薬草の納品をお願いします」
「あ、ああ、はい……。確認するわね」
ミリーが震える手で薬草を受け取る間も、ガウルはレオの背後にぴたりと寄り添い、周囲を威嚇するような鋭い視線を配っている。
レオを嘲笑おうとしていた荒くれ者たちも、ガウルと目が合った瞬間に震え上がり、一斉に目を逸らした。
「……あ、あの、ガウル。もう大丈夫だよ。ここなら安全だし」
レオが困り顔で振り返ると、ガウルはレオの腰に大きな手を回し、自分の方へと引き寄せた。
「……安全だと? 貴様を狙うような下卑た視線が、これだけあるというのにか」
「えっ……?」
至近距離で囁かれた低音に、レオの首筋が粟立つ。
ガウルの逞しい腕に抱き込まれるような形になり、背中に彼の硬い胸板が押し付けられた。
逃げ場のない密着感。
レオの心臓は、壊れた鐘のように激しく脈打ち始める。
「ガ、ガウル……近いよ……っ」
「……このまま宿まで送る。お前が一人でいるのは、見ていられない」
その瞳に宿るのは、恩義だけではない。
一度失いかけた命を繋ぎ止めてくれた、柔らかな光への渇望。
ガウル自身も自覚のないままに、その執着の炎を燃やし始めていた。
レオは戸惑いながらも、自分を守るように包み込むガウルの体温に、不思議と嫌な気はしなかった。
むしろ、冷え切っていた心が、じわりと温まっていくような。
これがレオにとっての「冒険」の本当の始まりだった。
自分を価値のない人間だと思い込んでいた少年が、一人の最強の戦士によって「絶対的な守護対象」として選別された瞬間。
「……分かった。じゃあ、宿までお願いしようかな」
レオが恥ずかしそうに笑うと、ガウルは満足げに目を細めた。
その視線は、まるで獲物を逃さない獣のように、深く、執拗にレオを追い続けていた。
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