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3話
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翌朝、レオが安宿の硬いベッドで目を覚ますと、視界の端に巨大な影が座っていた。
「わっ……!? ガ、ガウル……?」
飛び起きると、そこには昨晩助けたはずの戦士、ガウルが椅子に深く腰掛けていた。
朝日を浴びて、彫刻のような筋肉の陰影がより一層際立っている。
彼はレオが起きたことに気づくと、鋭い視線をゆっくりと向けた。
「……起きたか。随分と無防備な寝顔だったな」
「えっ、いつからそこに……? というか、どうして僕の部屋に」
「扉の鍵が甘かった。お前のような無警戒な男が、一人で寝ているなど不用心すぎる」
ガウルは立ち上がり、レオのベッドのすぐ傍まで歩み寄る。
床を揺らすような足音に、レオは思わず布団を握りしめた。
見上げれば、逆光の中にガウルの強靭な体躯がそびえ立ち、圧倒的な威圧感に気圧される。
「昨日も言ったはずだ。俺は、あんたの護衛になると」
「でも、それはお礼のつもりで言ってくれたんだと思ってたから……。ガウルみたいな凄い戦士が、僕みたいなFランクに付きっきりなんて、勿体ないよ」
レオが困ったように笑うと、ガウルの眉間に深い皺が刻まれた。
彼は無言のまま、レオの頬を大きな手で包み込んだ。
ごつごつとした節くれだった指。けれど、その感触は驚くほど優しく、熱い。
「勿体ないかどうかは、俺が決める。……いいか、レオ。俺は一度決めたことは曲げない」
至近距離で見つめ合う。
ガウルの瞳の中に、レオを射抜くような執念の色が混じっていることに、レオは気づいていなかった。
ただ、その熱い体温に、心臓がトクトクと早鐘を打つのを感じるだけだ。
「……分かった。それじゃあ、今日もよろしくね。ガウル」
レオが気恥ずかしそうに頷くと、ガウルは満足げに手を離した。
その大きな背中を追いながら、レオは急いで身支度を整える。
ギルドに足を運ぶと、昨日とは打って変わって、建物全体に緊張感が漂っていた。
冒険者たちが武器を磨く音や、低い相談声がそこかしこから聞こえてくる。
受付のミリーも、どこか顔色が悪い。
「あ、レオ! ガウルさんも……。今日は悪いことは言わないから、街の外には出ないで」
「どうしたんですか、ミリーさん。何かあったの?」
レオが身を乗り出すと、ミリーは周囲を警戒するように声を潜めた。
「『魔の森』に異変が起きているのよ。普段は入り口付近には出ないはずの強力な魔物が、次々と姿を現しているって報告が入ってるわ。既に何人か、負傷者が出てるの」
レオの胸に、嫌な予感がよぎった。
昨日、自分がガウルを見つけた場所。あそこは入り口からそう遠くないはずだ。
もし自分がもう少し遅れていたら、あるいは他の誰かだったら……。
「……森の奥で、何かが起きているのか」
ガウルが低く呟く。その手は、腰に下げた大剣の柄を固く握りしめていた。
するとそこへ、一人の若い冒険者が血相を変えて飛び込んできた。
「た、助けてくれ! 薬草採取に向かった仲間が、大猿の魔物に襲われて……まだ森の中なんだ!」
ギルド内が騒然とする。
大猿の魔物――コボルト・キング。本来なら中級以上のパーティでなければ太刀打ちできない相手だ。
しかし、高ランクの冒険者たちは、割に合わない危険な仕事を嫌って互いの顔を見合わせるばかり。
「……僕、行きます」
静かな、けれど決然とした声が響いた。
声を上げたのは、誰あろうレオだった。
「馬鹿言わないでレオ! あんた、Fランクなのよ!? 死にに行くようなものだわ!」
ミリーが悲鳴のような声を上げるが、レオはもう止まらなかった。
お人好し。無鉄砲。
村で散々言われてきたその性質が、彼を突き動かす。
仲間を見捨てて、自分だけが安全な場所にいることなど、レオには耐えられなかった。
「僕、森の地理には詳しいんです。昨日摘んだ薬草も、怪我人の治療に使えるかもしれない」
「レオ、一人で行かせるわけがないだろう」
ガウルの低い声が、レオの背中を叩いた。
彼はレオの隣に並び立ち、周囲を威圧するようなオーラを放つ。
「俺が行く。このお節介な主(あるじ)の盾としてな」
ガウルの言葉に、レオは目を見開いた。
「主」なんて呼ばれるほどの大層なことはしていない。
けれど、ガウルの力強い眼差しに見つめられると、不思議と勇気が湧いてくる。
「ガウル……。ありがとう」
「礼を言うのは、全員救い出してからにしろ。……行くぞ、レオ」
二人はギルドを飛び出し、再び『魔の森』へと向かった。
森の入り口は、昨日とは空気が一変していた。
どろりと濁ったような魔力の残滓が漂い、鳥の声一つ聞こえない。
レオはガウルの影に隠れるようにしながら、必死に周囲を索敵する。
「あっちだ……。争う音が聞こえる」
ガウルが走り出した。
その速さは巨体に似合わず、風を斬るような鋭さだった。
レオも必死についていくと、開けた広場で数人の若者が追い詰められているのが見えた。
目の前には、身長三メートルを超える巨躯を誇るコボルト・キング。
鋭い爪が、まさに動けなくなった少年に振り下ろされようとした、その瞬間――。
「下がっていろ、レオ!」
閃光が走った。
ガウルの大剣が、魔物の爪を真っ向から受け止める。
凄まじい衝撃音が響き、火花が散った。
「ぐ……っ!」
ガウルが低い唸り声を上げる。
まだ昨日の傷が完治していない体には、その一撃は重すぎた。
膝が微かに震える。
「ガウル!」
レオは反射的に駆け寄り、ガウルの背中に手を添えた。
その瞬間、レオの掌から柔らかな光が溢れ出した。
レオ自身も無自覚な、癒やしと加護の力。
「……これは……力が……?」
ガウルは驚愕した。
レオが触れた場所から、熱を帯びた活力が全身に駆け巡るのを感じたからだ。
疲労が消え、筋肉に爆発的な力が宿る。
「おおおおおおおっ!」
ガウルは吼えた。
大剣を一閃し、魔物の巨大な腕を斬り飛ばす。
圧倒的な武の力。
それは、レオの献身的な支えがあって初めて発揮された、真の「最強」の姿だった。
魔物はたまらず絶叫し、森の奥へと逃げ去っていく。
助けられた少年たちが腰を抜かして座り込む中、ガウルは大剣を地面に突き立て、荒い息を吐いた。
「大丈夫!? ガウル、怪我はない?」
レオが駆け寄り、心配そうにガウルの顔を覗き込む。
ガウルはしばらく無言だったが、やがて乱暴にレオの髪を掻き回した。
「……あんた、本当に何者だ。俺の力をこれほど引き出すなんて」
「え? 僕、何もしてないよ……?」
不思議そうに小首を傾げるレオ。
その無自覚な表情が、ガウルの胸を熱く焦がす。
ガウルはレオをぐいと引き寄せ、その細い肩を抱きしめた。
「……放さないと言ったはずだ。あんたを、誰にも渡したくない」
耳元で囁かれた熱い独白。
レオは驚きで固まり、ガウルの腕の中で激しく動揺する。
その視線の先には、二人の戦いを見つめる怪しげな銀髪の男の影があった。
それが、二人目の「攻め」となるシリウスとの、最初の邂逅だった。
「わっ……!? ガ、ガウル……?」
飛び起きると、そこには昨晩助けたはずの戦士、ガウルが椅子に深く腰掛けていた。
朝日を浴びて、彫刻のような筋肉の陰影がより一層際立っている。
彼はレオが起きたことに気づくと、鋭い視線をゆっくりと向けた。
「……起きたか。随分と無防備な寝顔だったな」
「えっ、いつからそこに……? というか、どうして僕の部屋に」
「扉の鍵が甘かった。お前のような無警戒な男が、一人で寝ているなど不用心すぎる」
ガウルは立ち上がり、レオのベッドのすぐ傍まで歩み寄る。
床を揺らすような足音に、レオは思わず布団を握りしめた。
見上げれば、逆光の中にガウルの強靭な体躯がそびえ立ち、圧倒的な威圧感に気圧される。
「昨日も言ったはずだ。俺は、あんたの護衛になると」
「でも、それはお礼のつもりで言ってくれたんだと思ってたから……。ガウルみたいな凄い戦士が、僕みたいなFランクに付きっきりなんて、勿体ないよ」
レオが困ったように笑うと、ガウルの眉間に深い皺が刻まれた。
彼は無言のまま、レオの頬を大きな手で包み込んだ。
ごつごつとした節くれだった指。けれど、その感触は驚くほど優しく、熱い。
「勿体ないかどうかは、俺が決める。……いいか、レオ。俺は一度決めたことは曲げない」
至近距離で見つめ合う。
ガウルの瞳の中に、レオを射抜くような執念の色が混じっていることに、レオは気づいていなかった。
ただ、その熱い体温に、心臓がトクトクと早鐘を打つのを感じるだけだ。
「……分かった。それじゃあ、今日もよろしくね。ガウル」
レオが気恥ずかしそうに頷くと、ガウルは満足げに手を離した。
その大きな背中を追いながら、レオは急いで身支度を整える。
ギルドに足を運ぶと、昨日とは打って変わって、建物全体に緊張感が漂っていた。
冒険者たちが武器を磨く音や、低い相談声がそこかしこから聞こえてくる。
受付のミリーも、どこか顔色が悪い。
「あ、レオ! ガウルさんも……。今日は悪いことは言わないから、街の外には出ないで」
「どうしたんですか、ミリーさん。何かあったの?」
レオが身を乗り出すと、ミリーは周囲を警戒するように声を潜めた。
「『魔の森』に異変が起きているのよ。普段は入り口付近には出ないはずの強力な魔物が、次々と姿を現しているって報告が入ってるわ。既に何人か、負傷者が出てるの」
レオの胸に、嫌な予感がよぎった。
昨日、自分がガウルを見つけた場所。あそこは入り口からそう遠くないはずだ。
もし自分がもう少し遅れていたら、あるいは他の誰かだったら……。
「……森の奥で、何かが起きているのか」
ガウルが低く呟く。その手は、腰に下げた大剣の柄を固く握りしめていた。
するとそこへ、一人の若い冒険者が血相を変えて飛び込んできた。
「た、助けてくれ! 薬草採取に向かった仲間が、大猿の魔物に襲われて……まだ森の中なんだ!」
ギルド内が騒然とする。
大猿の魔物――コボルト・キング。本来なら中級以上のパーティでなければ太刀打ちできない相手だ。
しかし、高ランクの冒険者たちは、割に合わない危険な仕事を嫌って互いの顔を見合わせるばかり。
「……僕、行きます」
静かな、けれど決然とした声が響いた。
声を上げたのは、誰あろうレオだった。
「馬鹿言わないでレオ! あんた、Fランクなのよ!? 死にに行くようなものだわ!」
ミリーが悲鳴のような声を上げるが、レオはもう止まらなかった。
お人好し。無鉄砲。
村で散々言われてきたその性質が、彼を突き動かす。
仲間を見捨てて、自分だけが安全な場所にいることなど、レオには耐えられなかった。
「僕、森の地理には詳しいんです。昨日摘んだ薬草も、怪我人の治療に使えるかもしれない」
「レオ、一人で行かせるわけがないだろう」
ガウルの低い声が、レオの背中を叩いた。
彼はレオの隣に並び立ち、周囲を威圧するようなオーラを放つ。
「俺が行く。このお節介な主(あるじ)の盾としてな」
ガウルの言葉に、レオは目を見開いた。
「主」なんて呼ばれるほどの大層なことはしていない。
けれど、ガウルの力強い眼差しに見つめられると、不思議と勇気が湧いてくる。
「ガウル……。ありがとう」
「礼を言うのは、全員救い出してからにしろ。……行くぞ、レオ」
二人はギルドを飛び出し、再び『魔の森』へと向かった。
森の入り口は、昨日とは空気が一変していた。
どろりと濁ったような魔力の残滓が漂い、鳥の声一つ聞こえない。
レオはガウルの影に隠れるようにしながら、必死に周囲を索敵する。
「あっちだ……。争う音が聞こえる」
ガウルが走り出した。
その速さは巨体に似合わず、風を斬るような鋭さだった。
レオも必死についていくと、開けた広場で数人の若者が追い詰められているのが見えた。
目の前には、身長三メートルを超える巨躯を誇るコボルト・キング。
鋭い爪が、まさに動けなくなった少年に振り下ろされようとした、その瞬間――。
「下がっていろ、レオ!」
閃光が走った。
ガウルの大剣が、魔物の爪を真っ向から受け止める。
凄まじい衝撃音が響き、火花が散った。
「ぐ……っ!」
ガウルが低い唸り声を上げる。
まだ昨日の傷が完治していない体には、その一撃は重すぎた。
膝が微かに震える。
「ガウル!」
レオは反射的に駆け寄り、ガウルの背中に手を添えた。
その瞬間、レオの掌から柔らかな光が溢れ出した。
レオ自身も無自覚な、癒やしと加護の力。
「……これは……力が……?」
ガウルは驚愕した。
レオが触れた場所から、熱を帯びた活力が全身に駆け巡るのを感じたからだ。
疲労が消え、筋肉に爆発的な力が宿る。
「おおおおおおおっ!」
ガウルは吼えた。
大剣を一閃し、魔物の巨大な腕を斬り飛ばす。
圧倒的な武の力。
それは、レオの献身的な支えがあって初めて発揮された、真の「最強」の姿だった。
魔物はたまらず絶叫し、森の奥へと逃げ去っていく。
助けられた少年たちが腰を抜かして座り込む中、ガウルは大剣を地面に突き立て、荒い息を吐いた。
「大丈夫!? ガウル、怪我はない?」
レオが駆け寄り、心配そうにガウルの顔を覗き込む。
ガウルはしばらく無言だったが、やがて乱暴にレオの髪を掻き回した。
「……あんた、本当に何者だ。俺の力をこれほど引き出すなんて」
「え? 僕、何もしてないよ……?」
不思議そうに小首を傾げるレオ。
その無自覚な表情が、ガウルの胸を熱く焦がす。
ガウルはレオをぐいと引き寄せ、その細い肩を抱きしめた。
「……放さないと言ったはずだ。あんたを、誰にも渡したくない」
耳元で囁かれた熱い独白。
レオは驚きで固まり、ガウルの腕の中で激しく動揺する。
その視線の先には、二人の戦いを見つめる怪しげな銀髪の男の影があった。
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