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4話
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「……レオ、大丈夫か。顔色が悪いぞ」
ガウルの太い腕が、崩れそうになったレオの身体をがっしりと支えた。
魔物を退けた安堵感と、無意識に放った不可思議な力の反動か。
レオの視界は細かな火花が散ったように明滅し、足元がおぼつかない。
「ごめん……。ちょっと、疲れちゃったみたい……」
「無理もない。あんな無茶な力の使い方をして……。おい、しっかりしろ」
ガウルは膝をつき、レオを自分の胸板に預けるようにして抱き寄せた。
革鎧越しに伝わるガウルの激しい鼓動。
戦いの余韻で昂った彼の体温が、レオの冷えた肌をじりじりと焼くようだ。
「……暖かいね、ガウル」
レオが意識を朦朧とさせながら呟くと、ガウルは喉の奥で言葉にならない呻きを漏らした。
彼は、腕の中に収まるレオのあまりの細さに、胸が締め付けられるような感覚を覚えていた。
守らなければならない。
この無垢で、危うい光を放つ少年を。
ガウルの指先が、レオの頬に流れた汗を拭う。その手付きは、先程までの猛々しい戦士のものとは思えないほど繊細だった。
「……ふん。野蛮な戦士が、随分と甘ったるいことをしているね」
頭上から降ってきたのは、冷ややかで、けれど鈴の音のように美しい声だった。
ガウルが瞬時に殺気を放ち、大剣の柄に手をかける。
レオも驚いて顔を上げると、木漏れ日の中に一人の男が立っていた。
流れるような銀髪。
冷徹な理知を感じさせる、鋭くも美しい青い瞳。
身に纏う魔導師の法衣は一分の隙もなく、その佇まいは森の静寂を擬人化したかのようだった。
「貴様……いつからそこにいた」
ガウルが低く威嚇するが、銀髪の男は気にした風もなく、優雅な所作で二人へと近づいてくる。
その視線は、ガウルを素通りし、真っ直ぐにレオへと向けられた。
「……ほう」
男の瞳が、一瞬だけ驚愕に揺れた。
彼は数歩の距離まで近づくと、レオの顔を覗き込むようにして足を止めた。
至近距離で見つめられる。
吸い込まれそうなほど深い青。
レオは、まるで見透かされているような心地になり、思わず息を呑んだ。
「君……名前は?」
「え、あ……レオ、です」
「レオ、か。良い名だ。君の瞳に免じて、さっきの無作法な発言は取り消してあげよう」
男は、レオの顎を細長い指先でクイと持ち上げた。
冷たい指先。
ガウルの熱とは対照的なその温度に、レオの首筋がゾクリと震える。
「なっ……何をする!」
ガウルが男の手を乱暴に振り払おうとするが、男はひらりと蝶のように身をかわした。
「おっと、触らないでくれるかな。筋肉だるまに触れられると、魔力の回路が汚れそうだ」
「貴様……!」
「ガウル、待って! 喧嘩はやめて!」
レオが慌てて二人の間に割って入る。
ガウルは不機嫌そうに鼻を鳴らし、それでもレオの言葉に従って剣を引いた。
レオは改めて銀髪の男に向き直り、丁寧にお辞儀をした。
「すみません。助けていただいた……わけではないかもしれませんが、この辺りは危険ですよ。早く街へ戻ったほうがいいです」
「ふふ、お人好しなことだ。自分の心配をしたらどうだい? 君の魔力は、今にも枯渇しそうなのに」
男は皮肉げに唇を歪めたが、その瞳にはレオに対する隠しきれない興味が宿っていた。
彼はシリウスと名乗った。
この地域の魔力の歪みを調査するために派遣された、王立魔導院の調査員だという。
「調査……。やっぱり、この森で何かが起きてるんですね?」
「ああ。本来、あのような下級の魔物が王化(キング化)することなどありえない。何者かが意図的に魔力を流し込み、変異させた跡がある」
シリウスの言葉に、レオとガウルは顔を見合わせた。
ただの偶然ではなかったのだ。
「……君、レオと言ったね。君の持つ『資質』、自分でも気づいていないのかい?」
シリウスが再びレオに詰め寄る。
彼はレオの首筋に鼻を近づけ、深く息を吸い込んだ。
「ひゃっ!? な、何……っ?」
「……澄んでいる。淀み一つない、純粋な魔力の香りだ。君のような『器』は、一生に一度出会えるかどうか……」
シリウスの瞳が、熱を帯びてレオを捉える。
それは、研究者が珍しい標本を見るような好奇心と、そして男が魅力的な獲物を見るような独占欲が混ざり合った視線だった。
「決めたよ。僕は、君たちに同行することにする」
「はあ!? ふざけるな。誰が貴様など……!」
ガウルが激昂するが、シリウスは涼しい顔でレオの手を取った。
その手の甲に、彼は恭しく、けれど挑発的なキスを落とす。
「君を守るには、剣だけでは足りない。これからは僕の知識と魔術が、君の助けになるだろう。……ねえ、レオ。僕を拒まないよね?」
潤んだ瞳で見つめられ、レオは「ええっと……」と困り果てる。
お人好しのレオには、これほど美しい男に懇願されて、断る術など持ち合わせていなかった。
「……あ、あの、ガウル。シリウスさんも詳しいみたいだし、一緒に来てもらったほうがいいんじゃ……」
「……っ。レオ、あんたは本当に……!」
ガウルは悔しげに顔を歪めたが、レオの頼みを無下にはできなかった。
ガウルの殺気立つ視線と、シリウスの粘りつくような熱視線。
二つの強烈な個性に挟まれ、レオの心臓はいつになく騒がしく跳ねていた。
「(なんだか……すごく大変なことになりそう)」
レオの予感は的中する。
この日から、不器用な戦士と傲慢な魔導師による、レオを巡る静かな、けれど苛烈な奪い合いが幕を開けたのだった。
三人は、夕闇に染まり始めた森を抜け、街へと戻り始める。
レオを真ん中に挟み、左右から向けられる「熱」と「視線」。
物語は、さらなる波乱を孕んで加速していく。
ガウルの太い腕が、崩れそうになったレオの身体をがっしりと支えた。
魔物を退けた安堵感と、無意識に放った不可思議な力の反動か。
レオの視界は細かな火花が散ったように明滅し、足元がおぼつかない。
「ごめん……。ちょっと、疲れちゃったみたい……」
「無理もない。あんな無茶な力の使い方をして……。おい、しっかりしろ」
ガウルは膝をつき、レオを自分の胸板に預けるようにして抱き寄せた。
革鎧越しに伝わるガウルの激しい鼓動。
戦いの余韻で昂った彼の体温が、レオの冷えた肌をじりじりと焼くようだ。
「……暖かいね、ガウル」
レオが意識を朦朧とさせながら呟くと、ガウルは喉の奥で言葉にならない呻きを漏らした。
彼は、腕の中に収まるレオのあまりの細さに、胸が締め付けられるような感覚を覚えていた。
守らなければならない。
この無垢で、危うい光を放つ少年を。
ガウルの指先が、レオの頬に流れた汗を拭う。その手付きは、先程までの猛々しい戦士のものとは思えないほど繊細だった。
「……ふん。野蛮な戦士が、随分と甘ったるいことをしているね」
頭上から降ってきたのは、冷ややかで、けれど鈴の音のように美しい声だった。
ガウルが瞬時に殺気を放ち、大剣の柄に手をかける。
レオも驚いて顔を上げると、木漏れ日の中に一人の男が立っていた。
流れるような銀髪。
冷徹な理知を感じさせる、鋭くも美しい青い瞳。
身に纏う魔導師の法衣は一分の隙もなく、その佇まいは森の静寂を擬人化したかのようだった。
「貴様……いつからそこにいた」
ガウルが低く威嚇するが、銀髪の男は気にした風もなく、優雅な所作で二人へと近づいてくる。
その視線は、ガウルを素通りし、真っ直ぐにレオへと向けられた。
「……ほう」
男の瞳が、一瞬だけ驚愕に揺れた。
彼は数歩の距離まで近づくと、レオの顔を覗き込むようにして足を止めた。
至近距離で見つめられる。
吸い込まれそうなほど深い青。
レオは、まるで見透かされているような心地になり、思わず息を呑んだ。
「君……名前は?」
「え、あ……レオ、です」
「レオ、か。良い名だ。君の瞳に免じて、さっきの無作法な発言は取り消してあげよう」
男は、レオの顎を細長い指先でクイと持ち上げた。
冷たい指先。
ガウルの熱とは対照的なその温度に、レオの首筋がゾクリと震える。
「なっ……何をする!」
ガウルが男の手を乱暴に振り払おうとするが、男はひらりと蝶のように身をかわした。
「おっと、触らないでくれるかな。筋肉だるまに触れられると、魔力の回路が汚れそうだ」
「貴様……!」
「ガウル、待って! 喧嘩はやめて!」
レオが慌てて二人の間に割って入る。
ガウルは不機嫌そうに鼻を鳴らし、それでもレオの言葉に従って剣を引いた。
レオは改めて銀髪の男に向き直り、丁寧にお辞儀をした。
「すみません。助けていただいた……わけではないかもしれませんが、この辺りは危険ですよ。早く街へ戻ったほうがいいです」
「ふふ、お人好しなことだ。自分の心配をしたらどうだい? 君の魔力は、今にも枯渇しそうなのに」
男は皮肉げに唇を歪めたが、その瞳にはレオに対する隠しきれない興味が宿っていた。
彼はシリウスと名乗った。
この地域の魔力の歪みを調査するために派遣された、王立魔導院の調査員だという。
「調査……。やっぱり、この森で何かが起きてるんですね?」
「ああ。本来、あのような下級の魔物が王化(キング化)することなどありえない。何者かが意図的に魔力を流し込み、変異させた跡がある」
シリウスの言葉に、レオとガウルは顔を見合わせた。
ただの偶然ではなかったのだ。
「……君、レオと言ったね。君の持つ『資質』、自分でも気づいていないのかい?」
シリウスが再びレオに詰め寄る。
彼はレオの首筋に鼻を近づけ、深く息を吸い込んだ。
「ひゃっ!? な、何……っ?」
「……澄んでいる。淀み一つない、純粋な魔力の香りだ。君のような『器』は、一生に一度出会えるかどうか……」
シリウスの瞳が、熱を帯びてレオを捉える。
それは、研究者が珍しい標本を見るような好奇心と、そして男が魅力的な獲物を見るような独占欲が混ざり合った視線だった。
「決めたよ。僕は、君たちに同行することにする」
「はあ!? ふざけるな。誰が貴様など……!」
ガウルが激昂するが、シリウスは涼しい顔でレオの手を取った。
その手の甲に、彼は恭しく、けれど挑発的なキスを落とす。
「君を守るには、剣だけでは足りない。これからは僕の知識と魔術が、君の助けになるだろう。……ねえ、レオ。僕を拒まないよね?」
潤んだ瞳で見つめられ、レオは「ええっと……」と困り果てる。
お人好しのレオには、これほど美しい男に懇願されて、断る術など持ち合わせていなかった。
「……あ、あの、ガウル。シリウスさんも詳しいみたいだし、一緒に来てもらったほうがいいんじゃ……」
「……っ。レオ、あんたは本当に……!」
ガウルは悔しげに顔を歪めたが、レオの頼みを無下にはできなかった。
ガウルの殺気立つ視線と、シリウスの粘りつくような熱視線。
二つの強烈な個性に挟まれ、レオの心臓はいつになく騒がしく跳ねていた。
「(なんだか……すごく大変なことになりそう)」
レオの予感は的中する。
この日から、不器用な戦士と傲慢な魔導師による、レオを巡る静かな、けれど苛烈な奪い合いが幕を開けたのだった。
三人は、夕闇に染まり始めた森を抜け、街へと戻り始める。
レオを真ん中に挟み、左右から向けられる「熱」と「視線」。
物語は、さらなる波乱を孕んで加速していく。
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