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5話
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「……待て。なぜ貴様が当然のように、レオと同じ部屋に入ろうとしている」
宿屋の二階、廊下にガウルの低い地鳴りのような声が響いた。
レオが借りている安宿の一室。その扉の前で、ガウルがシリウスの行く手を遮るように立ち塞がっている。
巨躯のガウルが威嚇すると、狭い廊下がいっそう窮屈に感じられた。
「やれやれ、筋肉で脳まで凝り固まっているのかい? 言っただろう、僕は彼の魔力のバイオリズムを監視する必要があるんだ」
シリウスは薄く笑いながら、手にした銀の杖を軽く弄ぶ。
その青い瞳には、ガウルに対する露骨な蔑みと、背後にいるレオへの執着が混在していた。
「レオの『資質』は不安定だ。いつ暴走するか分からない。専門家である僕が傍にいるのが一番安全だと思わないか?」
「……詭弁を。貴様のその薄ら寒い視線が、一番の危険物だ」
二人の間にバチバチと火花が散る。
レオは二人の背中を見上げながら、おろおろと手を振った。
「あの、二人とも……。僕の部屋、そんなに広くないし、ベッドも一つしかないから……」
「問題ない。俺は床で寝る。あんたの寝顔を拝めるなら、石畳の上でも構わん」
「僕は君のベッドの端を少し借りるだけで十分だよ、レオ。……それとも、あんな汗臭い男と密室で二人きりになりたいのかい?」
シリウスがレオの耳元で低く囁く。
ひんやりとした吐息が耳朶を掠め、レオは首を竦めて顔を赤くした。
どちらも一歩も引く気配がない。結局、折れたのはレオの方だった。
「……分かったよ。三人で、この部屋を使おう。でも、喧嘩は絶対にしないでね?」
レオの言葉に、ガウルは不満げに鼻を鳴らし、シリウスは勝利の微笑を浮かべた。
部屋に入ると、レオはさっそく準備に取り掛かった。
ギルドからの報酬は少なかったが、ガウルが獲ってきた野兎の肉と、道中で摘んだ香草がある。
部屋の隅にある小さな竈で、レオは手際よくスープを作り始めた。
「……いい匂いだ。レオ、あんたはこんなこともできるのか」
ガウルが感心したように、レオの背後から鍋を覗き込む。
至近距離にガウルの逞しい胸板があり、レオは包丁を持つ手が少し震えた。
ガウルから放たれる、戦いの後の高揚した熱。それがレオの背中をじりじりと焼く。
「村にいた頃、家事は全部僕がやってたから……。はい、ガウル。味見してみて」
レオが木のスプーンでスープを掬い、ガウルの口元へ運ぶ。
ガウルは一瞬驚いたように目を見開いたが、そのままレオの手首をそっと掴み、スプーンを口に含んだ。
「……ああ。……旨い。今まで食ったどんな飯よりも、ずっと」
ガウルの視線が熱くレオを射抜く。
その瞳には、単なる空腹以上の「飢え」が宿っているようで、レオは慌てて視線を逸らした。
「ふん。野蛮な味覚だね。……どれ、僕にも毒味をさせてくれないか?」
いつの間にか背後に忍び寄っていたシリウスが、レオの空いた方の手を絡めとる。
シリウスはレオが持っていたスプーンを奪うと、ガウルが口にしたのと同じ場所をわざとなぞるようにしてスープを飲んだ。
「……悪くない。君の魔力が混ざっているせいか、非常に奥行きのある味だ。……気に入ったよ、レオ」
「も、もう! 二人とも、座って待ってて! すぐ準備するから!」
レオは顔を真っ赤にして、二人をテーブルへと追いやった。
三人の夕食は、沈黙と視線の応酬という、奇妙な緊張感の中で進んだ。
食後、さらに大きな問題が浮上した。
そう、就寝位置である。
「当然、俺がレオの隣だ。盾として、外敵から守る必要がある」
「寝相の悪い戦士に押し潰されたらどうするんだい? レオを守るのは、僕の障壁魔法で十分だ。彼は僕の隣で眠るべきだね」
二人の言い争いを無視して、レオは部屋の隅に毛布を敷いた。
「僕はここで寝るから、二人がベッドを使ってよ。ガウルもシリウスさんも、体が大きいし……」
「「ダメだ」」
二人の声が重なった。
結局、狭いベッドに三人で川の字になって寝るという、レオにとっては拷問のような状況に落ち着いた。
真ん中に挟まれたレオは、左右から押し寄せる異なる二つの「熱」に翻弄されていた。
右側からは、ガウルの岩のように硬く、力強い体温。
左側からは、シリウスのしなやかで、どこか芳醇な香りを纏った体温。
「……レオ、眠れないのか?」
ガウルの太い腕が、レオの腰を抱きしめるように回される。
大きな掌がレオの腹部に触れ、その重厚な熱に腰の辺りが痺れるような感覚に襲われる。
「あ、いや……。ちょっと、狭いかなって……」
「なら、僕の方へおいで。君を魔法のゆりかごで包んであげよう」
シリウスがレオの肩を抱き寄せ、自分の胸元へと引き込む。
シリウスの細いがしなやかな筋肉の感触。耳元で聞こえる落ち着いた鼓動。
「……っ、二人とも、くっつきすぎだよ……!」
レオの抗議も虚しく、左右からの独占欲は強まるばかりだ。
ガウルがレオの項に顔を埋め、深く呼吸を繰り返す。
シリウスがレオの指先を弄り、その魔力の流れを確かめるように愛撫する。
挟まれたレオの心臓は、もう限界だった。
こんなに誰かに求められたことなんて、今までの人生で一度もなかった。
怖いはずなのに、不思議と安心感も覚えている自分に戸惑う。
「(……明日から、本当に大丈夫なのかな、僕)」
レオのそんな不安をよそに、夜は深く更けていく。
最強の戦士と、美貌の魔導師。
二人の男の視線は、暗闇の中でも眠る少年の唇へと、熱く注がれ続けていた。
宿屋の二階、廊下にガウルの低い地鳴りのような声が響いた。
レオが借りている安宿の一室。その扉の前で、ガウルがシリウスの行く手を遮るように立ち塞がっている。
巨躯のガウルが威嚇すると、狭い廊下がいっそう窮屈に感じられた。
「やれやれ、筋肉で脳まで凝り固まっているのかい? 言っただろう、僕は彼の魔力のバイオリズムを監視する必要があるんだ」
シリウスは薄く笑いながら、手にした銀の杖を軽く弄ぶ。
その青い瞳には、ガウルに対する露骨な蔑みと、背後にいるレオへの執着が混在していた。
「レオの『資質』は不安定だ。いつ暴走するか分からない。専門家である僕が傍にいるのが一番安全だと思わないか?」
「……詭弁を。貴様のその薄ら寒い視線が、一番の危険物だ」
二人の間にバチバチと火花が散る。
レオは二人の背中を見上げながら、おろおろと手を振った。
「あの、二人とも……。僕の部屋、そんなに広くないし、ベッドも一つしかないから……」
「問題ない。俺は床で寝る。あんたの寝顔を拝めるなら、石畳の上でも構わん」
「僕は君のベッドの端を少し借りるだけで十分だよ、レオ。……それとも、あんな汗臭い男と密室で二人きりになりたいのかい?」
シリウスがレオの耳元で低く囁く。
ひんやりとした吐息が耳朶を掠め、レオは首を竦めて顔を赤くした。
どちらも一歩も引く気配がない。結局、折れたのはレオの方だった。
「……分かったよ。三人で、この部屋を使おう。でも、喧嘩は絶対にしないでね?」
レオの言葉に、ガウルは不満げに鼻を鳴らし、シリウスは勝利の微笑を浮かべた。
部屋に入ると、レオはさっそく準備に取り掛かった。
ギルドからの報酬は少なかったが、ガウルが獲ってきた野兎の肉と、道中で摘んだ香草がある。
部屋の隅にある小さな竈で、レオは手際よくスープを作り始めた。
「……いい匂いだ。レオ、あんたはこんなこともできるのか」
ガウルが感心したように、レオの背後から鍋を覗き込む。
至近距離にガウルの逞しい胸板があり、レオは包丁を持つ手が少し震えた。
ガウルから放たれる、戦いの後の高揚した熱。それがレオの背中をじりじりと焼く。
「村にいた頃、家事は全部僕がやってたから……。はい、ガウル。味見してみて」
レオが木のスプーンでスープを掬い、ガウルの口元へ運ぶ。
ガウルは一瞬驚いたように目を見開いたが、そのままレオの手首をそっと掴み、スプーンを口に含んだ。
「……ああ。……旨い。今まで食ったどんな飯よりも、ずっと」
ガウルの視線が熱くレオを射抜く。
その瞳には、単なる空腹以上の「飢え」が宿っているようで、レオは慌てて視線を逸らした。
「ふん。野蛮な味覚だね。……どれ、僕にも毒味をさせてくれないか?」
いつの間にか背後に忍び寄っていたシリウスが、レオの空いた方の手を絡めとる。
シリウスはレオが持っていたスプーンを奪うと、ガウルが口にしたのと同じ場所をわざとなぞるようにしてスープを飲んだ。
「……悪くない。君の魔力が混ざっているせいか、非常に奥行きのある味だ。……気に入ったよ、レオ」
「も、もう! 二人とも、座って待ってて! すぐ準備するから!」
レオは顔を真っ赤にして、二人をテーブルへと追いやった。
三人の夕食は、沈黙と視線の応酬という、奇妙な緊張感の中で進んだ。
食後、さらに大きな問題が浮上した。
そう、就寝位置である。
「当然、俺がレオの隣だ。盾として、外敵から守る必要がある」
「寝相の悪い戦士に押し潰されたらどうするんだい? レオを守るのは、僕の障壁魔法で十分だ。彼は僕の隣で眠るべきだね」
二人の言い争いを無視して、レオは部屋の隅に毛布を敷いた。
「僕はここで寝るから、二人がベッドを使ってよ。ガウルもシリウスさんも、体が大きいし……」
「「ダメだ」」
二人の声が重なった。
結局、狭いベッドに三人で川の字になって寝るという、レオにとっては拷問のような状況に落ち着いた。
真ん中に挟まれたレオは、左右から押し寄せる異なる二つの「熱」に翻弄されていた。
右側からは、ガウルの岩のように硬く、力強い体温。
左側からは、シリウスのしなやかで、どこか芳醇な香りを纏った体温。
「……レオ、眠れないのか?」
ガウルの太い腕が、レオの腰を抱きしめるように回される。
大きな掌がレオの腹部に触れ、その重厚な熱に腰の辺りが痺れるような感覚に襲われる。
「あ、いや……。ちょっと、狭いかなって……」
「なら、僕の方へおいで。君を魔法のゆりかごで包んであげよう」
シリウスがレオの肩を抱き寄せ、自分の胸元へと引き込む。
シリウスの細いがしなやかな筋肉の感触。耳元で聞こえる落ち着いた鼓動。
「……っ、二人とも、くっつきすぎだよ……!」
レオの抗議も虚しく、左右からの独占欲は強まるばかりだ。
ガウルがレオの項に顔を埋め、深く呼吸を繰り返す。
シリウスがレオの指先を弄り、その魔力の流れを確かめるように愛撫する。
挟まれたレオの心臓は、もう限界だった。
こんなに誰かに求められたことなんて、今までの人生で一度もなかった。
怖いはずなのに、不思議と安心感も覚えている自分に戸惑う。
「(……明日から、本当に大丈夫なのかな、僕)」
レオのそんな不安をよそに、夜は深く更けていく。
最強の戦士と、美貌の魔導師。
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