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10話
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「……ここが、聖都ラピスラズリか」
レオは目の前に広がる光景に、思わず息を呑んだ。
高い城壁に囲まれたその街は、建物全体が白銀の石で造られ、太陽の光を反射してキラキラと輝いている。
『魔の森』の薄暗さとは対照的な、あまりにも眩い光の世界。
「レオ、離れるな。……ここは人が多い。迷子になったら、見つけ出すのに苦労する」
ガウルがレオの細い手首を、大きな掌で包み込むようにして引き寄せた。
相変わらずの過保護ぶりだが、その熱い体温に、レオは不思議と落ち着きを感じるようになっていた。
ガウルの隣は、もう彼にとって『定位置』になりつつある。
「大丈夫だよ、ガウル。……わっ、見て! あそこ、魔法道具の屋台かな?」
レオが子供のように瞳を輝かせて駆け出したその時。
角を曲がった先で、一人の男と正面からぶつかりそうになった。
「あ、すみません! 前を見てなくて……っ」
レオが慌てて足を止め、謝罪の言葉を口にする。
目の前に立っていたのは、流れるような銀髪を風に靡かせた、一人の美青年だった。
細身だが背は高く、身に纏うのは最高級の魔力を帯びた紺碧の法衣。
切れ長の青い瞳は、冷徹な氷のようでありながら、どこか吸い込まれるような深淵を湛えている。
レオはその美貌に圧倒され、言葉を失って立ち尽くした。
「……っ」
銀髪の男――シリウスは、謝ろうとした言葉を飲み込み、そのまま石像のように固まった。
彼の視線は、レオの琥珀色の瞳に、そしてその無垢な唇に釘付けになっている。
(なんだ……この、澄んだ魔力の波動は……?)
シリウスは、王立魔導院でも「氷の天才」と恐れられるほど感情に乏しい男だった。
他人を「研究対象」か「羽虫」としか見てこなかった彼にとって、目の前の少年から放たれる輝きは、あまりにも暴力的で、あまりにも美しかった。
雷に打たれたような衝撃。
心臓が不快なほど激しく脈打ち、体温が一気に上昇する。
彼が長年追い求めていた「至純の理」が、今、目の前で人型をとって微笑んでいるような錯覚さえ覚えた。
「……あ、あの? 大丈夫ですか?」
レオが心配そうに首を傾げ、シリウスの顔を覗き込む。
その瞬間、シリウスの理性が音を立てて崩れ去った。
「……見つけた」
掠れた声で呟くと、シリウスはレオの両肩をがっしりと掴んだ。
長い指先がレオの肩に食い込み、その強引さにレオは微かに身を竦める。
「え……?」
「君……名前は? どこの所属だ? いや、そんなことはどうでもいい。今すぐ、僕と一緒に来てもらう」
「ひゃっ!? ちょっと、何を……っ!」
シリウスの瞳には、先程までの冷徹さは微塵もなかった。
そこにあるのは、飢えた猛獣のようなギラついた独占欲と、狂おしいほどの情熱だ。
彼はレオの返事も待たず、その細い腰に腕を回して自分の方へと引き寄せた。
「おい。その汚らわしい手を離せと言っている」
地響きのような低音が響き、レオの視界がガウルの巨大な背中で覆われた。
ガウルは大剣の柄に手をかけ、シリウスに向けて剥き出しの殺気を放つ。
シリウスは忌々しげに目を細め、ガウルを一瞥した。
「……野蛮な戦士か。この至宝に触れていい器じゃないな。消えてくれないか、僕の視界から」
「抜かせ。レオは俺の主だ。……貴様のような得体の知れない魔法使いに渡すわけがないだろう」
二人の男の間で、火花が散るどころではない、物理的な魔力と殺気の激突が起きる。
周囲の通行人たちが異変に気づき、悲鳴を上げて遠巻きに逃げ出していく。
「二人とも、やめて! 街の中で喧嘩なんてしちゃダメだよ!」
レオが必死に二人の間に割って入る。
ガウルはレオを傷つけないよう咄嗟に殺気を抑えたが、シリウスは逆に、レオの手を強引に取って自分の胸元へと導いた。
「いいかい、レオ。君はまだ、自分の価値を理解していない。……君のその魔力、その瞳、その存在すべてが、僕のために用意されたものだということを」
シリウスはレオの指先に、恭しく、けれど粘りつくようなキスを落とした。
シリウスの熱い唇が肌に触れ、レオの全身にゾクゾクとした戦慄が走る。
「……僕はシリウス。王立魔導院の主席調査官だ。今日から、君のすべてを僕が管理する」
「管理なんて、そんな……! 僕はただの冒険者で……」
「冒険者? ふふ、面白いね。なら、僕もそのパーティに加わろう。君を独占するためなら、栄誉も地位も、喜んで捨ててあげるよ」
シリウスの瞳は、本気だった。
出会って数分。一目惚れという言葉では片付けられないほどの、執着の炎が彼の中で燃え盛っている。
ガウルはシリウスの言葉に、これまでにない危機感を覚えていた。
この男、危険だ。
自分と同じ、レオという光に魅入られ、二度と手放そうとしない「捕食者」の瞳をしている。
「……レオ、行くぞ。こんな狂った奴の相手をする必要はない」
「逃がさないよ。……君が僕を選ばざるを得ないように、じっくりと分からせてあげるからね」
シリウスは優雅に杖を振り、二人の行く手を阻むように華麗な魔術の壁を築いて見せた。
それは、彼がこれからレオに向けるであろう、逃げ場のない愛の牢獄の序章に過ぎなかった。
お人好しな少年レオを巡る、最強の戦士と天才魔導師の、本格的な奪い合い。
聖都の白い街並みを舞台に、レオの日常はさらに激しく、甘く、かき乱されていく。
レオは目の前に広がる光景に、思わず息を呑んだ。
高い城壁に囲まれたその街は、建物全体が白銀の石で造られ、太陽の光を反射してキラキラと輝いている。
『魔の森』の薄暗さとは対照的な、あまりにも眩い光の世界。
「レオ、離れるな。……ここは人が多い。迷子になったら、見つけ出すのに苦労する」
ガウルがレオの細い手首を、大きな掌で包み込むようにして引き寄せた。
相変わらずの過保護ぶりだが、その熱い体温に、レオは不思議と落ち着きを感じるようになっていた。
ガウルの隣は、もう彼にとって『定位置』になりつつある。
「大丈夫だよ、ガウル。……わっ、見て! あそこ、魔法道具の屋台かな?」
レオが子供のように瞳を輝かせて駆け出したその時。
角を曲がった先で、一人の男と正面からぶつかりそうになった。
「あ、すみません! 前を見てなくて……っ」
レオが慌てて足を止め、謝罪の言葉を口にする。
目の前に立っていたのは、流れるような銀髪を風に靡かせた、一人の美青年だった。
細身だが背は高く、身に纏うのは最高級の魔力を帯びた紺碧の法衣。
切れ長の青い瞳は、冷徹な氷のようでありながら、どこか吸い込まれるような深淵を湛えている。
レオはその美貌に圧倒され、言葉を失って立ち尽くした。
「……っ」
銀髪の男――シリウスは、謝ろうとした言葉を飲み込み、そのまま石像のように固まった。
彼の視線は、レオの琥珀色の瞳に、そしてその無垢な唇に釘付けになっている。
(なんだ……この、澄んだ魔力の波動は……?)
シリウスは、王立魔導院でも「氷の天才」と恐れられるほど感情に乏しい男だった。
他人を「研究対象」か「羽虫」としか見てこなかった彼にとって、目の前の少年から放たれる輝きは、あまりにも暴力的で、あまりにも美しかった。
雷に打たれたような衝撃。
心臓が不快なほど激しく脈打ち、体温が一気に上昇する。
彼が長年追い求めていた「至純の理」が、今、目の前で人型をとって微笑んでいるような錯覚さえ覚えた。
「……あ、あの? 大丈夫ですか?」
レオが心配そうに首を傾げ、シリウスの顔を覗き込む。
その瞬間、シリウスの理性が音を立てて崩れ去った。
「……見つけた」
掠れた声で呟くと、シリウスはレオの両肩をがっしりと掴んだ。
長い指先がレオの肩に食い込み、その強引さにレオは微かに身を竦める。
「え……?」
「君……名前は? どこの所属だ? いや、そんなことはどうでもいい。今すぐ、僕と一緒に来てもらう」
「ひゃっ!? ちょっと、何を……っ!」
シリウスの瞳には、先程までの冷徹さは微塵もなかった。
そこにあるのは、飢えた猛獣のようなギラついた独占欲と、狂おしいほどの情熱だ。
彼はレオの返事も待たず、その細い腰に腕を回して自分の方へと引き寄せた。
「おい。その汚らわしい手を離せと言っている」
地響きのような低音が響き、レオの視界がガウルの巨大な背中で覆われた。
ガウルは大剣の柄に手をかけ、シリウスに向けて剥き出しの殺気を放つ。
シリウスは忌々しげに目を細め、ガウルを一瞥した。
「……野蛮な戦士か。この至宝に触れていい器じゃないな。消えてくれないか、僕の視界から」
「抜かせ。レオは俺の主だ。……貴様のような得体の知れない魔法使いに渡すわけがないだろう」
二人の男の間で、火花が散るどころではない、物理的な魔力と殺気の激突が起きる。
周囲の通行人たちが異変に気づき、悲鳴を上げて遠巻きに逃げ出していく。
「二人とも、やめて! 街の中で喧嘩なんてしちゃダメだよ!」
レオが必死に二人の間に割って入る。
ガウルはレオを傷つけないよう咄嗟に殺気を抑えたが、シリウスは逆に、レオの手を強引に取って自分の胸元へと導いた。
「いいかい、レオ。君はまだ、自分の価値を理解していない。……君のその魔力、その瞳、その存在すべてが、僕のために用意されたものだということを」
シリウスはレオの指先に、恭しく、けれど粘りつくようなキスを落とした。
シリウスの熱い唇が肌に触れ、レオの全身にゾクゾクとした戦慄が走る。
「……僕はシリウス。王立魔導院の主席調査官だ。今日から、君のすべてを僕が管理する」
「管理なんて、そんな……! 僕はただの冒険者で……」
「冒険者? ふふ、面白いね。なら、僕もそのパーティに加わろう。君を独占するためなら、栄誉も地位も、喜んで捨ててあげるよ」
シリウスの瞳は、本気だった。
出会って数分。一目惚れという言葉では片付けられないほどの、執着の炎が彼の中で燃え盛っている。
ガウルはシリウスの言葉に、これまでにない危機感を覚えていた。
この男、危険だ。
自分と同じ、レオという光に魅入られ、二度と手放そうとしない「捕食者」の瞳をしている。
「……レオ、行くぞ。こんな狂った奴の相手をする必要はない」
「逃がさないよ。……君が僕を選ばざるを得ないように、じっくりと分からせてあげるからね」
シリウスは優雅に杖を振り、二人の行く手を阻むように華麗な魔術の壁を築いて見せた。
それは、彼がこれからレオに向けるであろう、逃げ場のない愛の牢獄の序章に過ぎなかった。
お人好しな少年レオを巡る、最強の戦士と天才魔導師の、本格的な奪い合い。
聖都の白い街並みを舞台に、レオの日常はさらに激しく、甘く、かき乱されていく。
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