15 / 34
15話
しおりを挟む
聖域での激戦から数日。レオの身体は、覚醒した「加護」の影響でひどく敏感になっていた。
宿のベッドで横になっているだけでも、隣の部屋にいるガウルの力強い鼓動や、シリウスがページをめくる魔力の微かな揺らぎまでが、肌を刺すような熱として伝わってくる。
「……はぁ。なんだか、外の空気を吸いたいな」
二人がギルドの手続きで席を外した隙を見計らい、レオはこっそりと宿を抜け出した。
もちろん、一人で出歩けば二人が激怒するのは分かっている。
けれど、今のレオには、彼らから放たれる圧倒的な「独占欲」という名の熱から、少しだけ逃げ場が必要だった。
聖都の活気ある大通りを避け、裏路地の訓練場近くを歩いていると、威勢のいい声と、金属が激しくぶつかり合う音が聞こえてきた。
「くっ……そぉ! もう一回、もう一回だ!」
声のする方へ目を向けると、そこには一人の少年がいた。
少年、というにはあまりに大きく、逞しい。
黄金色の髪を短く刈り込み、太陽のように明るい瞳を爛々と輝かせている。
身長は、あのガウルと並んでも遜色ないほど高い。
だが、その身に纏っているのは、名門の騎士家を思わせる立派な紋章入りの鎧……のはずだが、今は泥だらけで、あちこちがへこんでいた。
彼は巨大な木刀を振り回し、自動で動く訓練用の人形に挑んでいたが、足元がおぼつかない。
勢い余って自分の足に引っかかり、派手に転倒した。
「わわっ、大丈夫!?」
レオは思わず駆け寄り、少年の前に膝をついた。
「……あいたた。……え?」
少年が顔を上げると、レオと至近距離で目が合った。
レオの琥珀色の瞳に、心配そうに揺れる光。
少年の瞳が、驚愕に大きく見開かれる。
「……天使?」
「え、ええっ!? ち、違うよ! 僕はただの冒険者のレオ。君、すごい音がしたけど、怪我はない?」
レオが少年の額に手を伸ばすと、少年は顔を一気に真っ赤にして、バネのように跳ね起きた。
あまりの勢いに、レオは尻餅をつきそうになる。
「だ、大丈夫っす! 自分、丈夫なことだけが取り柄っすから!」
少年はぶんぶんと首を振り、耳まで赤くしてレオを見つめた。
その仕草は、まるで初めての散歩に大喜びする大型犬のようだ。
「……自分、カイトっていうっす! 騎士の名家の総領なんすけど、新米すぎて、実技が全然ダメで……。みんなに置いていかれて、一人で特訓してたところっす!」
「カイトくんか。……一人で頑張ってるんだね。偉いなあ」
レオがふわりと微笑み、カイトの肩についていた土を払ってやった。
その小さな、けれど温かい手のひらの感触に、カイトの心臓は爆発しそうなほどの音を立てた。
(なんだ……この人。すごくいい匂いがする……。それに、この瞳。……運命だ。運命の出会いっす!)
カイトは一瞬で確信した。
今まで、厳格な家柄の中で「総領」として期待され、重圧に押し潰されそうになっていた彼にとって、レオの無垢な優しさは、暗闇に差し込んだ救いの光だった。
「あの! レオさん! 自分、レオさんと一緒にいたいっす! 何でもするっす、荷物持ちでも盾でも、雑用でも!」
「ええっ!? でも、君は騎士の跡取りなんでしょう? 僕みたいなのと一緒にいたら……」
「関係ないっす! 自分、レオさんに一目惚れ……じゃなくて、一生ついていくって決めたんす!」
カイトはレオの手を力一杯握りしめた。
その掌は熱く、若さゆえの真っ直ぐな情熱がレオの身体に流れ込んでくる。
お人好しなレオは、そんなキラキラとした瞳で頼み込まれて、断る術を知らなかった。
「……じゃあ、もしよかったら、僕たちのパーティに来る? ちょうど、新しい仲間を探していたところなんだ」
「本当っすか!? やった――っ!」
カイトはレオを抱き上げ、そのままぐるぐると回った。
高い視界に驚くレオ。
カイトのガッシリとした腕の中にすっぽりと収まり、その胸の鼓動がダイレクトに伝わってくる。
「わわっ、カイトくん、降ろして……っ」
「あ、すみませんっす! 嬉しくてつい……」
カイトが照れくさそうにレオを降ろした、その瞬間。
訓練場の空気が、一気にマイナス百度まで冷え込んだ。
「……ほう。少し目を離した隙に、妙な雑種犬に懐かれているようだな」
冷徹な、殺気を孕んだ声。
シリウスが、杖の先から青白い燐光を散らしながら、影の中から現れた。
「レオ、離れろ。……その汚らわしい手で、あんたに触れさせるな」
逆側からは、地響きのような足音とともにガウルが歩み寄ってくる。
彼の大剣はすでに半分抜かれており、その瞳にはレオを奪われようとしていることへの、狂気じみた怒りが宿っていた。
「ガ、ガウル! シリウスさん! 待って、この子はカイトくん。僕、この子をパーティに誘ったんだ!」
レオが慌てて二人の間に割って入るが、ガウルとシリウスの視線は、レオの背後にいるカイトを射殺さんばかりに捉えていた。
カイトも負けてはいない。
彼はレオを守るようにその背中に隠し、ガウルに劣らぬ巨躯で二人を睨みつけた。
「あんたたちがレオさんの仲間っすか? ……レオさんに怖がられるような態度は、自分、許さないっすよ!」
「……何だと、ガキが」
ガウルの額に青筋が浮かぶ。
「やれやれ。教育の行き届いていない若輩者は、言葉も理解できないらしい。……レオ、この子は不採用だ。今すぐ、僕が次元の彼方に消してあげよう」
シリウスが優雅に杖を構え、膨大な魔力が凝縮されていく。
「二人とも、やめてってば! カイトくんは僕の大切な、新しい仲間なんだから!」
レオが必死に叫ぶと、二人の男は苦々しげに、けれど渋々と殺気を収めた。
レオの「お願い」にだけは、彼らはどうしても逆らえない。
こうして、レオを巡る争奪戦に、大型犬のような懐き方をする年下攻め・カイトが加わった。
最強の盾、最強の魔法、そして未来の騎士。
三人の大男たちに囲まれ、レオの身体は常に誰かの視線と体温に晒されることになる。
「レオさん! 自分、絶対にレオさんを守ってみせるっす!」
カイトがレオの腕に抱きつき、頬をすり寄せる。
その天真爛漫な愛着に、ガウルの拳が震え、シリウスの瞳が氷のように冷え切っていく。
お人好しな少年レオの受難は、さらに激しく、そして甘く、加速していくのだった。
宿のベッドで横になっているだけでも、隣の部屋にいるガウルの力強い鼓動や、シリウスがページをめくる魔力の微かな揺らぎまでが、肌を刺すような熱として伝わってくる。
「……はぁ。なんだか、外の空気を吸いたいな」
二人がギルドの手続きで席を外した隙を見計らい、レオはこっそりと宿を抜け出した。
もちろん、一人で出歩けば二人が激怒するのは分かっている。
けれど、今のレオには、彼らから放たれる圧倒的な「独占欲」という名の熱から、少しだけ逃げ場が必要だった。
聖都の活気ある大通りを避け、裏路地の訓練場近くを歩いていると、威勢のいい声と、金属が激しくぶつかり合う音が聞こえてきた。
「くっ……そぉ! もう一回、もう一回だ!」
声のする方へ目を向けると、そこには一人の少年がいた。
少年、というにはあまりに大きく、逞しい。
黄金色の髪を短く刈り込み、太陽のように明るい瞳を爛々と輝かせている。
身長は、あのガウルと並んでも遜色ないほど高い。
だが、その身に纏っているのは、名門の騎士家を思わせる立派な紋章入りの鎧……のはずだが、今は泥だらけで、あちこちがへこんでいた。
彼は巨大な木刀を振り回し、自動で動く訓練用の人形に挑んでいたが、足元がおぼつかない。
勢い余って自分の足に引っかかり、派手に転倒した。
「わわっ、大丈夫!?」
レオは思わず駆け寄り、少年の前に膝をついた。
「……あいたた。……え?」
少年が顔を上げると、レオと至近距離で目が合った。
レオの琥珀色の瞳に、心配そうに揺れる光。
少年の瞳が、驚愕に大きく見開かれる。
「……天使?」
「え、ええっ!? ち、違うよ! 僕はただの冒険者のレオ。君、すごい音がしたけど、怪我はない?」
レオが少年の額に手を伸ばすと、少年は顔を一気に真っ赤にして、バネのように跳ね起きた。
あまりの勢いに、レオは尻餅をつきそうになる。
「だ、大丈夫っす! 自分、丈夫なことだけが取り柄っすから!」
少年はぶんぶんと首を振り、耳まで赤くしてレオを見つめた。
その仕草は、まるで初めての散歩に大喜びする大型犬のようだ。
「……自分、カイトっていうっす! 騎士の名家の総領なんすけど、新米すぎて、実技が全然ダメで……。みんなに置いていかれて、一人で特訓してたところっす!」
「カイトくんか。……一人で頑張ってるんだね。偉いなあ」
レオがふわりと微笑み、カイトの肩についていた土を払ってやった。
その小さな、けれど温かい手のひらの感触に、カイトの心臓は爆発しそうなほどの音を立てた。
(なんだ……この人。すごくいい匂いがする……。それに、この瞳。……運命だ。運命の出会いっす!)
カイトは一瞬で確信した。
今まで、厳格な家柄の中で「総領」として期待され、重圧に押し潰されそうになっていた彼にとって、レオの無垢な優しさは、暗闇に差し込んだ救いの光だった。
「あの! レオさん! 自分、レオさんと一緒にいたいっす! 何でもするっす、荷物持ちでも盾でも、雑用でも!」
「ええっ!? でも、君は騎士の跡取りなんでしょう? 僕みたいなのと一緒にいたら……」
「関係ないっす! 自分、レオさんに一目惚れ……じゃなくて、一生ついていくって決めたんす!」
カイトはレオの手を力一杯握りしめた。
その掌は熱く、若さゆえの真っ直ぐな情熱がレオの身体に流れ込んでくる。
お人好しなレオは、そんなキラキラとした瞳で頼み込まれて、断る術を知らなかった。
「……じゃあ、もしよかったら、僕たちのパーティに来る? ちょうど、新しい仲間を探していたところなんだ」
「本当っすか!? やった――っ!」
カイトはレオを抱き上げ、そのままぐるぐると回った。
高い視界に驚くレオ。
カイトのガッシリとした腕の中にすっぽりと収まり、その胸の鼓動がダイレクトに伝わってくる。
「わわっ、カイトくん、降ろして……っ」
「あ、すみませんっす! 嬉しくてつい……」
カイトが照れくさそうにレオを降ろした、その瞬間。
訓練場の空気が、一気にマイナス百度まで冷え込んだ。
「……ほう。少し目を離した隙に、妙な雑種犬に懐かれているようだな」
冷徹な、殺気を孕んだ声。
シリウスが、杖の先から青白い燐光を散らしながら、影の中から現れた。
「レオ、離れろ。……その汚らわしい手で、あんたに触れさせるな」
逆側からは、地響きのような足音とともにガウルが歩み寄ってくる。
彼の大剣はすでに半分抜かれており、その瞳にはレオを奪われようとしていることへの、狂気じみた怒りが宿っていた。
「ガ、ガウル! シリウスさん! 待って、この子はカイトくん。僕、この子をパーティに誘ったんだ!」
レオが慌てて二人の間に割って入るが、ガウルとシリウスの視線は、レオの背後にいるカイトを射殺さんばかりに捉えていた。
カイトも負けてはいない。
彼はレオを守るようにその背中に隠し、ガウルに劣らぬ巨躯で二人を睨みつけた。
「あんたたちがレオさんの仲間っすか? ……レオさんに怖がられるような態度は、自分、許さないっすよ!」
「……何だと、ガキが」
ガウルの額に青筋が浮かぶ。
「やれやれ。教育の行き届いていない若輩者は、言葉も理解できないらしい。……レオ、この子は不採用だ。今すぐ、僕が次元の彼方に消してあげよう」
シリウスが優雅に杖を構え、膨大な魔力が凝縮されていく。
「二人とも、やめてってば! カイトくんは僕の大切な、新しい仲間なんだから!」
レオが必死に叫ぶと、二人の男は苦々しげに、けれど渋々と殺気を収めた。
レオの「お願い」にだけは、彼らはどうしても逆らえない。
こうして、レオを巡る争奪戦に、大型犬のような懐き方をする年下攻め・カイトが加わった。
最強の盾、最強の魔法、そして未来の騎士。
三人の大男たちに囲まれ、レオの身体は常に誰かの視線と体温に晒されることになる。
「レオさん! 自分、絶対にレオさんを守ってみせるっす!」
カイトがレオの腕に抱きつき、頬をすり寄せる。
その天真爛漫な愛着に、ガウルの拳が震え、シリウスの瞳が氷のように冷え切っていく。
お人好しな少年レオの受難は、さらに激しく、そして甘く、加速していくのだった。
32
あなたにおすすめの小説
龍は精霊の愛し子を愛でる
林 業
BL
竜人族の騎士団団長サンムーンは人の子を嫁にしている。
その子は精霊に愛されているが、人族からは嫌われた子供だった。
王族の養子として、騎士団長の嫁として今日も楽しく自由に生きていく。
運悪く放課後に屯してる不良たちと一緒に転移に巻き込まれた俺、到底馴染めそうにないのでソロで無双する事に決めました。~なのに何故かついて来る…
こまの ととと
BL
『申し訳ございませんが、皆様には今からこちらへと来て頂きます。強制となってしまった事、改めて非礼申し上げます』
ある日、教室中に響いた声だ。
……この言い方には語弊があった。
正確には、頭の中に響いた声だ。何故なら、耳から聞こえて来た感覚は無く、直接頭を揺らされたという感覚に襲われたからだ。
テレパシーというものが実際にあったなら、確かにこういうものなのかも知れない。
問題はいくつかあるが、最大の問題は……俺はただその教室近くの廊下を歩いていただけという事だ。
*当作品はカクヨム様でも掲載しております。
姉の代わりに舞踏会に行ったら呪われた第三王子の初恋を奪ってしまった
近井とお
BL
幼少期、ユーリは姉によく似ていることから彼女の代わりに社交の場に出席することが多々あった。ある舞踏会の夜、中庭に姿を眩ませたユーリに誰かがぶつかってくる。その正体は呪われていると噂の第三王子であったが、ぶつかられたことに腹を立てたユーリは強気に接し、ダンスを踊った後、彼を捜している気配を感じてからかいながら立ち去る。
それから数年後、第三王子は初恋の令嬢を探し始めたが、それはユーリに違いなく……。
初恋の相手を捜す第三王子×軽口令息
悪役会計様に転生した俺は、生徒会長に媚び売って生き残る
桜城 寧
BL
処刑された記憶とともに、BLゲームに登場する悪役会計に転生したことに気付く。処刑されないために、チャラ男としての仮面を被り、生徒会長に媚び売ったり、どうにか能力を駆使したりして生きてたら、色々な人に構われる話。
【完結】僕がハーブティーを淹れたら、筆頭魔術師様(♂)にプロポーズされました
楠結衣
BL
貴族学園の中庭で、婚約破棄を告げられたエリオット伯爵令息。可愛らしい見た目に加え、ハーブと刺繍を愛する彼は、女よりも女の子らしいと言われていた。女騎士を目指す婚約者に「妹みたい」とバッサリ切り捨てられ、婚約解消されてしまう。
ショックのあまり実家のハーブガーデンに引きこもっていたところ、王宮魔術塔で働く兄から助手に誘われる。
喜ぶ家族を見たら断れなくなったエリオットは筆頭魔術師のジェラール様の執務室へ向かう。そこでエリオットがいつものようにハーブティーを淹れたところ、なぜかプロポーズされてしまい……。
「エリオット・ハワード――俺と結婚しよう」
契約結婚の打診からはじまる男同士の恋模様。
エリオットのハーブティーと刺繍に特別な力があることは、まだ秘密──。
⭐︎表紙イラストは針山糸様に描いていただきました
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる