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18話
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飛竜討伐の熱狂が冷めやらぬ、月明かりの夜。
聖都の宿屋の中庭で、レオは一人、夜風に当たっていた。
昼間の激戦で酷使した『加護』の余韻か、身体が微かに火照って眠れなかったのだ。
ふと、庭の隅にある訓練用の木人に寄りかかる、大きな影を見つけた。
「カイトくん……?」
声をかけると、影がビクリと跳ねた。
振り返ったのは、昼間の勇猛な姿とは裏腹に、どこか寂しげな表情を浮かべたカイトだった。
金色の髪が月光に透け、いつもは太陽のように明るい瞳が、今は深く沈んでいる。
「……レオさん。自分、また迷惑をかけちゃったっすね」
カイトの声は低く、掠れていた。
レオは彼に歩み寄り、その大きな手の甲にそっと自分の手を重ねた。
熱い。
若さゆえの体温というより、何かを耐え忍んでいるような、重苦しい熱だ。
「迷惑なんて一度も思ってないよ。……カイトくんがいなかったら、僕たち、あの炎を防げなかった」
「……違うっす。自分、名門・アーヴィング家の総領失格っす。あんなところで足がすくむなんて……」
カイトは自嘲気味に笑い、視線を落とした。
アーヴィング家。それは聖都でも指折りの騎士の名門だ。
代々、王国の「盾」として英雄を輩出してきた家柄。
「自分、小さい頃からずっと言われてきたんす。『お前は英雄の血を引いている』『完璧でなければならない』って。でも、自分は不器用で、実技も座学も及第点ギリギリ……。父上からは『一族の恥』だと、ずっと疎まれてきたっす」
カイトの大きな肩が、微かに震える。
いつも明るく振る舞っていた彼が抱えていた、重すぎる「血」の呪縛。
レオは胸を締め付けられるような思いで、カイトを見上げた。
「……だから、家を飛び出してきたんす。誰の期待も背負わない、ただの冒険者になりたくて。でも、結局、レオさんの力に頼りっぱなしで……」
「そんなことないよ!」
レオは思わず、カイトの腰を力一杯抱きしめた。
逞しい胴体。レオの腕が回しきれないほど厚い胸板から、カイトの激しい鼓動が伝わってくる。
「カイトくんは、カイトくんだよ。アーヴィング家の総領じゃなくて、僕が勧誘した、大切な仲間。……僕は、君が必死に木を叩いてたあの日から、君の真っ直ぐなところが大好きなんだ」
レオの琥珀色の瞳が、真っ直ぐにカイトを射抜く。
その瞳に、一点の曇りもない全肯定の光を見つけた瞬間、カイトの堪えていたものが決壊した。
「……あ、う……っ」
カイトはレオの肩に顔を埋め、子供のように声を上げて泣き始めた。
大きな身体を丸め、レオという小さな拠り所に縋りつく。
レオはカイトの背中を、あどけない少年のあやすように、優しく、何度も撫で続けた。
「……レオさん、自分……っ。あんたのために、生きたいっす」
カイトが顔を上げた。
その瞳には、涙に濡れた情熱と、一人の「男」としての烈しい覚悟が宿っていた。
カイトはレオの腰をがっしりと引き寄せ、自分の身体に密着させた。
さっきまでの弱々しさは消え、支配的な執着がレオを包み込む。
「名誉も、家も、全部いらないっす。自分を『自分』として見てくれたのは、世界でレオさんだけっす。……だから、一生、自分を飼い殺してほしいっす」
カイトがレオの首筋に鼻を押し付け、深く、深く息を吸い込む。
レオの甘い魔力の香りが、カイトの理性を白く塗りつぶしていく。
カイトの唇が、レオの鎖骨に熱く押し付けられた。
「あ……カイト、くん……っ。苦しいよ……」
「離さないっす。絶対に。……ガウルさんにも、シリウスさんにも、譲りたくないっす」
カイトの腕の力が強まる。
若さゆえの加減を知らない独占欲。
その熱に浮かされたような告白に、レオの心拍数は跳ね上がった。
「……やれやれ。少し目を離すと、これだ」
冷ややかな声が、月夜の静寂を切り裂いた。
中庭の入り口に、シリウスが立っていた。
その青い瞳は、獲物を奪われかけた猟師のように、鋭く、冷酷にカイトを捉えている。
「雑種犬の遠吠えが聞こえると思えば、主人に甘えていたのかい? ……不快だね。レオ、その子から離れなさい」
シリウスが杖を鳴らすと、周囲の空気が一気に凍りついた。
「……まったくだ。家出少年の悩み相談にしては、手が込みすぎているぞ」
反対側の影から、ガウルがゆっくりと姿を現した。
大剣こそ携えていないが、剥き出しの殺気がカイトを威嚇する。
ガウルはレオの腕を掴み、カイトの胸元から強引に引き剥がした。
「わっ、ガウル! シリウスさん!」
「レオ、あんたは優しすぎる。……こんな餓鬼の泣き言に付き合う必要はない」
ガウルがレオを背後に隠し、カイトを見下ろす。
カイトもまた、涙を拭い、ガウルに負けぬ鋭い視線で立ち上がった。
「……自分、本気っすよ。あんたたちから、レオさんを奪ってみせるっす」
「ほう。面白いことを言う。……君にその資格があるか、じっくりと試してあげようか?」
シリウスが不敵に微笑み、杖の先をカイトに向けた。
三人の男たちの間で、レオを巡る静かな、けれど苛烈な火花が散る。
レオは、左右と前から向けられる三つの「熱」に翻弄されながら、夜空を見上げた。
カイトの秘密を知ったことで、彼らの関係はもはや、ただのパーティの域を完全に超えてしまった。
「(……みんな、すごく怖い顔してる。でも……)」
自分を求めて止まない彼らの執念。
それが、お人好しなレオの心の空洞を、甘く、苦しく、埋め尽くしていく。
聖都の夜は、彼らの愛欲と誓いを飲み込みながら、さらに深く更けていった。
聖都の宿屋の中庭で、レオは一人、夜風に当たっていた。
昼間の激戦で酷使した『加護』の余韻か、身体が微かに火照って眠れなかったのだ。
ふと、庭の隅にある訓練用の木人に寄りかかる、大きな影を見つけた。
「カイトくん……?」
声をかけると、影がビクリと跳ねた。
振り返ったのは、昼間の勇猛な姿とは裏腹に、どこか寂しげな表情を浮かべたカイトだった。
金色の髪が月光に透け、いつもは太陽のように明るい瞳が、今は深く沈んでいる。
「……レオさん。自分、また迷惑をかけちゃったっすね」
カイトの声は低く、掠れていた。
レオは彼に歩み寄り、その大きな手の甲にそっと自分の手を重ねた。
熱い。
若さゆえの体温というより、何かを耐え忍んでいるような、重苦しい熱だ。
「迷惑なんて一度も思ってないよ。……カイトくんがいなかったら、僕たち、あの炎を防げなかった」
「……違うっす。自分、名門・アーヴィング家の総領失格っす。あんなところで足がすくむなんて……」
カイトは自嘲気味に笑い、視線を落とした。
アーヴィング家。それは聖都でも指折りの騎士の名門だ。
代々、王国の「盾」として英雄を輩出してきた家柄。
「自分、小さい頃からずっと言われてきたんす。『お前は英雄の血を引いている』『完璧でなければならない』って。でも、自分は不器用で、実技も座学も及第点ギリギリ……。父上からは『一族の恥』だと、ずっと疎まれてきたっす」
カイトの大きな肩が、微かに震える。
いつも明るく振る舞っていた彼が抱えていた、重すぎる「血」の呪縛。
レオは胸を締め付けられるような思いで、カイトを見上げた。
「……だから、家を飛び出してきたんす。誰の期待も背負わない、ただの冒険者になりたくて。でも、結局、レオさんの力に頼りっぱなしで……」
「そんなことないよ!」
レオは思わず、カイトの腰を力一杯抱きしめた。
逞しい胴体。レオの腕が回しきれないほど厚い胸板から、カイトの激しい鼓動が伝わってくる。
「カイトくんは、カイトくんだよ。アーヴィング家の総領じゃなくて、僕が勧誘した、大切な仲間。……僕は、君が必死に木を叩いてたあの日から、君の真っ直ぐなところが大好きなんだ」
レオの琥珀色の瞳が、真っ直ぐにカイトを射抜く。
その瞳に、一点の曇りもない全肯定の光を見つけた瞬間、カイトの堪えていたものが決壊した。
「……あ、う……っ」
カイトはレオの肩に顔を埋め、子供のように声を上げて泣き始めた。
大きな身体を丸め、レオという小さな拠り所に縋りつく。
レオはカイトの背中を、あどけない少年のあやすように、優しく、何度も撫で続けた。
「……レオさん、自分……っ。あんたのために、生きたいっす」
カイトが顔を上げた。
その瞳には、涙に濡れた情熱と、一人の「男」としての烈しい覚悟が宿っていた。
カイトはレオの腰をがっしりと引き寄せ、自分の身体に密着させた。
さっきまでの弱々しさは消え、支配的な執着がレオを包み込む。
「名誉も、家も、全部いらないっす。自分を『自分』として見てくれたのは、世界でレオさんだけっす。……だから、一生、自分を飼い殺してほしいっす」
カイトがレオの首筋に鼻を押し付け、深く、深く息を吸い込む。
レオの甘い魔力の香りが、カイトの理性を白く塗りつぶしていく。
カイトの唇が、レオの鎖骨に熱く押し付けられた。
「あ……カイト、くん……っ。苦しいよ……」
「離さないっす。絶対に。……ガウルさんにも、シリウスさんにも、譲りたくないっす」
カイトの腕の力が強まる。
若さゆえの加減を知らない独占欲。
その熱に浮かされたような告白に、レオの心拍数は跳ね上がった。
「……やれやれ。少し目を離すと、これだ」
冷ややかな声が、月夜の静寂を切り裂いた。
中庭の入り口に、シリウスが立っていた。
その青い瞳は、獲物を奪われかけた猟師のように、鋭く、冷酷にカイトを捉えている。
「雑種犬の遠吠えが聞こえると思えば、主人に甘えていたのかい? ……不快だね。レオ、その子から離れなさい」
シリウスが杖を鳴らすと、周囲の空気が一気に凍りついた。
「……まったくだ。家出少年の悩み相談にしては、手が込みすぎているぞ」
反対側の影から、ガウルがゆっくりと姿を現した。
大剣こそ携えていないが、剥き出しの殺気がカイトを威嚇する。
ガウルはレオの腕を掴み、カイトの胸元から強引に引き剥がした。
「わっ、ガウル! シリウスさん!」
「レオ、あんたは優しすぎる。……こんな餓鬼の泣き言に付き合う必要はない」
ガウルがレオを背後に隠し、カイトを見下ろす。
カイトもまた、涙を拭い、ガウルに負けぬ鋭い視線で立ち上がった。
「……自分、本気っすよ。あんたたちから、レオさんを奪ってみせるっす」
「ほう。面白いことを言う。……君にその資格があるか、じっくりと試してあげようか?」
シリウスが不敵に微笑み、杖の先をカイトに向けた。
三人の男たちの間で、レオを巡る静かな、けれど苛烈な火花が散る。
レオは、左右と前から向けられる三つの「熱」に翻弄されながら、夜空を見上げた。
カイトの秘密を知ったことで、彼らの関係はもはや、ただのパーティの域を完全に超えてしまった。
「(……みんな、すごく怖い顔してる。でも……)」
自分を求めて止まない彼らの執念。
それが、お人好しなレオの心の空洞を、甘く、苦しく、埋め尽くしていく。
聖都の夜は、彼らの愛欲と誓いを飲み込みながら、さらに深く更けていった。
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