​「触れると死ぬ」呪われた公爵閣下、死にたがりの俺が触れたら蕩けるような声を出し始めました~解呪の条件は愛の肌重ねだなんて聞いてません!〜

たら昆布

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3話

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 公爵邸での僕の生活は、驚くほど穏やかに始まった。
 僕に与えられた部屋は、村の家よりも広くて清潔で、ヘンリックさんという優しい執事さんが、僕のために新しい服を何着も用意してくれた。

「ノア様、お加減はいかがですか?」
「あ、ヘンリックさん。とっても元気です! あ、様なんてつけなくていいですよ、僕、ただの生贄だったんですから」
「いいえ。閣下をあそこまで落ち着かせた方は、あなたが初めてです。私たち使用人にとっても、あなたは恩人なのですよ」

 ヘンリックさんはニコニコしながら、僕に温かい紅茶とスコーンを出してくれた。
 城の人たちは、みんなヴァルター様を恐れているけれど、同時に深く愛しているんだ。呪いのせいで誰にも触れられず、一人で苦しんでいる閣下を、みんな心配していたらしい。

「閣下は今、執務室ですか?」
「ええ。ですが、あまり根を詰めすぎると、また呪いの疼きが……」

 その言葉を聞いて、僕は居ても立ってもいられなくなった。
 僕はスコーンを一つ口に放り込むと、「行ってきます!」と部屋を飛び出した。

 ヴァルター様の執務室は、城の二階の奥にあった。
 大きな扉の前で、僕は深呼吸をする。昨夜のことはまだ恥ずかしいけれど、お仕事なんだから。

 トントン、と扉を叩く。

「……入れ。ヘンリックか?」
「失礼します! ノアです。……お邪魔してもいいですか?」

 扉を開けると、そこは壁一面が本棚に囲まれた、厳かな空間だった。
 巨大なデスクに向かってペンを走らせていたヴァルター様は、僕の姿を見るなり、あからさまに嫌そうな顔をした。

「……なぜここへ来た。お前には、夜まで休んでいろと言ったはずだ」
「だって、閣下がまた痛い思いをしてるんじゃないかと思って。……あ、お仕事の邪魔なら、隅っこで座ってますから!」

 僕は勝手に、部屋の隅にあるソファにちょこんと腰を下ろした。
 ヴァルター様は呆れたように大きな溜息をついたが、「好きにしろ」とだけ言って、再び書類に目を落とした。

 一時間、二時間。
 部屋にはカリカリというペンの音だけが響く。
 ヴァルター様は、本当にずっと仕事をしている。時折、右腕を不快そうに摩っているのが見えて、僕は胸がキュッとした。

(……相当、痛いのかな。……昨日より紋様が濃くなってる気がする)

 僕は意を決して立ち上がり、彼のデスクの横まで歩いて行った。

「……何だ。何か用か」
「閣下。……少しだけ、失礼します」

 僕は彼が返事をする前に、机の上に置いてあった彼の右手を、そっと両手で包み込んだ。
 一瞬、ヴァルター様の体が硬直する。

「っ……、おま……、いきなり何を……」
「じっとしててください。……僕、閣下が元気じゃないと、悲しいんです」

 僕は魔力を集中させて、彼の腕から這い出ようとする黒い瘴気を、ゆっくりと僕の中へ引き抜いていく。
 じわじわとした熱が僕の腕を通って全身に広がるけれど、それは少しも苦しくない。
 むしろ、ヴァルター様の冷え切った心が少しずつ溶けていくのが伝わってきて、優しい気持ちになる。

「……はぁ、……っ、ん……。……ノア……」

 ヴァルター様の声が、掠れた。
 彼はペンを落とし、僕に手を握られたまま、ぐったりと椅子に背を預けた。
 氷の瞳が少しだけ潤み、僕を見上げる。

「……お前は、……本当に、変な奴だ。……私の呪いを、こんな……こんな気持ちいいものにするなんて……」
「気持ちいいなら、よかったです」

 僕は微笑んで、彼の手を優しく撫でた。
 ヴァルター様は、自分から僕の指を絡めるように握り直すと、小さく「……バカが」と呟いて目を閉じた。

 まだ恋なんて呼べるものじゃない。
 けれど、この冷たい執務室に、小さな灯がともったような。
 そんな予感がした。
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