神様、ちょっとチートがすぎませんか?

ななくさ ゆう

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26 / 201
第一部 ラクルス村編 第二章 禁忌の少女

10.魔法の知識、そして獣人の歴史

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 ひとしきり感情を吐露した後。
 ブシカさんは僕の瞳を真剣な顔で見つめて言った。

「大人としての話はここまでとして、次は魔法使いとしてパドに忠告する。
 例の闇のなにがし――ルシフとかいう存在と契約した魔法は2度と使うな。もちろん、新たな契約もしちゃいけない」

 実のところ、僕もそのつもりだった。
 ルシフは信用できない相手だと思う。
 これはもう、直感としか言い様がない。アイツのしゃべり方の軽薄や、稔をはじめとする僕の知人に姿を変えて僕の心をえぐるような態度などなど。
 とても信頼できるとは思えない。

 だが、魔女――魔法使いであるブシカさんが改めて忠告するというのは、僕の直感よりもずっと根拠があるからではないか。
 そう考え、僕はその理由を尋ねた。

「理由をお聞きしても良いですか?」
「そもそも、魔法とは精霊との契約によって成り立つ。神との契約というのも話としては聞いたことがあるが、あくまでも伝説上のことだ。それこそ、賢者ブランドの逸話のようなね。
 そして、精霊と契約するには、なんらかの取引が必要になる。
 例えばリラに使った回復魔法を得るためには、ある種の動物のつのを教会の祭壇に捧げる必要がある。あるいは炎の魔法ならば一般に酒や肉を、氷の魔法なら特殊な花を捧げる」

 なるほど。

「もっとも、それだけでなく教会への寄付も必要になるが、これは厳密には精霊との契約には無関係だ。がめつい坊主どのも懐にはいるだけだからね。まあ、そこは今はどうでも良い。
 問題なのは……」

 ブシカさんはそこで言葉を切った。

「……そのルシフという神だか精霊だかもわからない存在が、自らパドに話しかけたということだよ」
「それが問題なんですか?」
「大問題だね。精霊との契約は、あくまでもこちら側からの儀式と呼びかけによっておいで願うもの。向こうから話しかけてくるなんてありえない」

 うーん、でも……

「ですが、あの時、僕は『誰か助けて』と思っていたので、その呼びかけに答えたということでは?」
「精霊を呼び出す儀式はそんな曖昧な願いとは無縁のものだよ。魔法円といって特殊な図形を書いたり、特殊な香草を焚いたり……とにかく、ただなんとなく『助けて』と思ったから精霊やら神様やらが助けに来るわけじゃない」

 そりゃあそうか。
 確かにそんなうまい話あるわけないよなぁ。
 その程度で精霊がやってくるというなら、ラクルス村にだって魔法使いの1人や2人いそうなもんだ。

「ルシフとやらはパドの前に姿を現し、あまつさえ供物も受け取らずに2つの魔法を授けた。それも、私ですら見たことがない強力な魔法をね」
「ルシフが親切だから……ってわけじゃないですよね?」
「パドはそう思ったのかい?」
「まさか。むしろスゴイうさんくさいヤツって思いました」

 ブシカさんは『そうだろう』とうなずき、続ける。

「正直、私にもルシフが何を狙ったのかは不明だ。
 おそらく、転生や200倍の魔力に関係あるのだろうけれど、それ以上は推測すらできない。だが、ヤツは言ったのだろう? 『を払ってもらう』と」
「はい」
「私に言わせれば、まさに詐欺師の手法だ。最初に無償で手を貸し、次は代償を求める。その代償がだんだんだんだん増えていき、最後は裏切る。
 王城でなんどもそういう輩をみてきたよ。人族同士ですら、そういう詐欺に遭えば命すら危うい。ましてや、闇の世界の神とも精霊とも、あるいは悪魔ともわからない存在に、むやみに頼ってはいけない。絶対にだ」
「わかりました」

 後から考えてみれば、このときの僕はブシカさんの忠告を、もっと深刻に受け止めておくべきだったのだと思う。
 この時だって聞き流していたわけじゃない。
 だけど。
 もっともっと、ずっと真剣に考えるべきだったんだ。

 ---------------

「ところで、獣人と人族のハーフはなぜここまで禁忌とされているんですか?」

 リラから何度説明されても、どうしても分からないことだった。
 感情的嫌悪感だけで、リラの父親を殺し、リラをあそこまで追い詰めたとはどうしても思えない。
 もしかすると、リラ自身よく分かっていないのかもしれない。

 だが、ブシカさんはそれなりに詳しそうだ。
 リラにはつらい話かもしれないが、聞いておくべきことだとも思えた。

「そうさね。まず、大前提として人族と獣人とのハーフを禁忌としているのは、獣人側の考え方だ。
 人族にも忌避感を持つ者はいるかもしれないが、少なくとも問答無用で殺そうなどとはしない」

 それはそうだろう。
 リラは獣人の里に行く前、人族の街――テルグスとかいったか――で人族と一緒に暮らしていたみたいだし、そうでなければブシカさんもラクルス村の村長がリラをかばってくれたはずなどと言うわけがない。

「簡単に言えば、かつて人族は獣人を奴隷として扱っていた歴史がある」

 奴隷か。
 いい気持ちのしない言葉だ。

「それは聞いたことがあるわ。いまでも里では子ども達に、人族に浚われないように気をつけろって教えていたし」

 リラの言葉にブシカさんは頷く。

「先代王の時代に、表向きは獣人を奴隷にすることは禁じられたけどね」
「だから、獣人達は人族を嫌っているってことですか」
「それもそうだが話はそう簡単じゃない」

 そこから、ブシカさんによる、人族と獣人――いや、亜人種との長い歴史の話が始まった。

 大前提として、このエーペロス大陸全土は聖テオデウス王国の支配下にある……
 何故そういう表現になるかといえば、あくまでも名目上のことだからだ。

 森の里に住み独自の文化を持つ獣人、地底を主な活動拠点とするドワーフ、大陸中央に住む龍族、龍族を守護するエルフ族など、亜人種達の領域まで統治しているわけではない。
 人族についても、王家が直接支配しているというよりは、王家に任じられた領主がそれぞれの地方を治めているのが実態だ。

 領主達はそれぞれの地域の住民を管理し、税金を納めさせる権利を持っている。
 そして、もしも税金の滞納が続けば、住民を奴隷化する権限すら手にしていた。

 だが、それはあくまでも人族の理屈。
 亜人種達にしてみれば、何故人族に税を納めなければならないのかという話になる。
 長年、相互不干渉ということでになってきたのだが、100年ほど前から人族の領主が、税金不払いを理由に亜人種を奴隷化する事例が発生した。

 王家としては止めようとしたらしい。
 なにしろ、亜人種とは暗黙の不干渉を貫いていたからこそ、これまで大きな争いがなかったのだ。
 このままでは亜人種と人族の戦争になりかねない。

 だが、領主達にも言い分があった。

 曰く――

『我らは王家より領民から税金を取得する権限を与えられている。それを否定されれば領内の統治は成り立たない。彼らは長年税金の支払いを拒否し続けており、ならば奴隷とするのも王家より許された権限である』

 そして、さらにこう続けた。

『あるいは亜人種を人間と認めないのであれば、確かに税金を納める必要はなくなる。牛や豚から税金を取得する権限までは我らも有していない。だが、相手が牛や豚と同じならば、そもそも領主がどう扱おうと勝手なはずだ』

 無茶苦茶である。
 が、王家にはそれ以上強く言えない事情があった。

『それとも、まさかとは思うが、王家は大陸全土を統治下においているという大前提を覆すおつもりか? もしそうであるならば、我ら諸侯連立としても王家に対し、独自の権限の解放を求めなければならなくなる』

 ちなみに、諸侯連立とは複数の領主が集まった団体。
 領主1人1人では王家に対抗できないが、連立を組むことで対抗しようというわけだ。

 やや難しい言い回しだが、要するに――

『ようよう、王様。もし獣人達が王家の支配下にないっていうなら、俺らも独立しちゃうよ。それが嫌なら、獣人達から搾取するのもみとめてくれよ』

 ――と、まあ、こういうことらしい。

 屁理屈にしか聞こえない。が、実際には支配権が及ばない相手がいるにもかかわらず、大陸全土を統治していると言い張っている王家の主張も、そもそも詭弁に近い。
 詭弁に対して屁理屈で反論されてしまっては、それ以上議論にならない。

 あるいは、諸侯連立の目的は亜人種の奴隷化や税金の搾取というよりも、王家からの独立した権限を勝ち取ることだったのかもしれない。

 そこまで説明を聞き、リラは顔をゆがめる。

「つまり、人族の政治問題で獣人がひどい目にあったってこと?」
「端的に言えばその通りだね」

 リラの問いにブシカさんが頷く。

 中々に不愉快な話だ。
 リラにとってはもちろん、僕だって聞いていて気持ちがいい話じゃない。

「王家としては、大陸全体に統治が及んでいないと認めることはできない。
 かといって、亜人種と戦争を起こすわけにもいかない。
 それから50年、様々なことがあったが、いよいよ戦争が避けられない状態になって、ようやく先代国王が重要な政治判断をした」
「政治判断?」
「亜人種への不干渉を暗黙の了解から法律に明記する方針への転換。
 あくまでも、大陸の統治は王家が行っているが、そのなかで亜人種には自治権を認め、領主といえどそれを犯してはならないと法律に書き込んだのさ。
 それを条件として亜人種との戦争は回避された」

 妥協案としてはそのくらいか。

「さて、ここで最初の疑問に戻ろう。なぜ、獣人達は人族と獣人のハーフを禁忌としているか」

 あ、そうだ。元々はそういう話だった。

「今までの話を知れば、その答えは見えてくる。
 もちろん、奴隷時代の人族への嫌悪感もある。
 だが、それ以上に問題なのは、亜人種への自治権は、あくまでも人族の血が混じっていないことが大前提だということだ」

 ――あ。
 僕は目を見開く。

 そうだ。
 人族には納税の義務がある。
 先代国王の判断で亜人種からはその義務がなくなった。

 ならば、人族と獣人のハーフには?
 あるいは、さらにその子孫には?

 50年前、ようやく法律上も保証された不干渉と自治権。
 だが、もしも獣人の里に住むのもが純粋な亜人種ではなく、人族の血が混じったとしたら。

 まず間違いなく、再び揉めるだろう。
 獣人にとって悪夢の歴史が再来しかねない。

「獣人にとって、自分たちに人族の血が混じることは、自分たちの自治を危うくし、奴隷時代の再来をもたらしかねない。ゆえにこその禁忌なんだよ」

 僕が想像している以上に根の深い問題だった。
 前世の世界でもあった人種差別のようなものだと思っていたのだけど――そして、事実そうではあるのだけど――それが感情論だけでなく、法律論にまでまたがった大きな問題だった。
 これはもう、僕やリラが個人でどうこう主張したところで解決する話をはるかに超えている。

「……というのが、歴史と政治の話だ。一個人としてはリラの立場には心から同情するし、獣人達の所業への憤りも感じる。
 だが、現実論としてリラが獣人達に受け入れられる可能性は現状0だと思った方が良い。
 それを望むならば、王家をも動かす政治の大改革が必要になるだろう」

 ただの子どもの僕らにできるわけがなかった。
 リラは悲しみと憤りが溢れる声で言う。

「じゃあ、私はどうしたらいいのよ……」

 僕はその言葉に応える術を持っていなかった。
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