神様、ちょっとチートがすぎませんか?

ななくさ ゆう

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第二部 少年と王女と教皇と 第二章 決意の時

14.旅立ちの時

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 半壊した小屋の中、僕とリラの前には、アル王女、教皇、レイクさん、枢機卿ラミサルさんがいた。
 ちなみにお母さんは僕が作った小屋にいる。アボカドさんが気をつかって見守ってくれているようだ。
 キラーリアさんは小屋の外で直立不動。
 警備ということだろうか。

 彼曰く『情報は商人の武器だけど、あまりにも強烈すぎる武器は自分の首を絞める』だそうで、僕らの話し合いに口を挟むつもりはないらしい。

 僕は小屋に戻ってくるなり、開口一番こう言った。

「僕らはアル王女に協力します。ですから、女王就任の折りにはお母さんの治療をお願いします」

 そんな僕に、アル王女は冷ややかな視線を向ける。

「協力か。一体何を協力すると言うんだ? アラブシ・カ・ミランテは確かに役に立ちそうだった。だがヤツはもういない。お前達2人に何ができる?」
「僕らの力は見たはずです」
「ああ、見たぞ。馬鹿力と謎の炎か。まあ戦力としてはそれなりだな。
 ……で、それがなんだというんだ?」

 そう、単なる馬鹿力だけでは――魔法も含めても――僕らがアル王女に役立てるかは微妙だ。
 それでも、アル王女がここに残っていたということは何かある。
 僕らを捨て置かなかった理由が。
 その理由さえ分かれば。

 ――僕にはお師匠様みたいな胆力や話力や交渉力はない。
 たぶん、お師匠様が生きていれば代わりにやってくれたであろうことを、これからやらなくちゃいけない。

『少しは自分で考えな、馬鹿弟子』

 何故か、お師匠様の声が聞こえた気がした。

「だったら何故、王女はここに来たんですか?」

 アル王女の左眉がピクンと動く。

「どういう意味だ?」
「直接の理由は神託だとして、アル王女が神託の子どもと会いたがった理由は何ですか? 200倍の力と魔力、それを欲した理由があるはずです。
 そもそも、このままでは王女が王位を継ぐのは難しそうだってことくらい、僕にだってなんとなく分かります。でも、勝算があるからこそ活動しているはずです。
 他の王子の暗殺ではないとおっしゃられました。
 じゃあ、その方法とは何ですか? その為に、200倍の力と魔力がお役に立つんじゃないんですか?」

 アル王女の視線が細くなる。
 どういう感情が彼女の中で働いているのか。

 しばしの沈黙。
 時間にしたらほんの数秒。
 だけど、何分にも何10分にも感じる緊張感。

 やがて、アル王女はしかめっ面をくずした。

「ま、ギリギリ合格、か」

 ――合格?

 僕がいぶかしがると、レイクさんがクククと笑う。

「アル王女もお人が悪い。パドくんを試したんですね」
「1日考えてそのくらい思いつかないようなら、本当に役に立たないからな。教会に引き渡すなり、ここに捨て置くなりするつもりだった。
 が、少なくともキラーリアよりは馬鹿ではないようだ」

 なにげにキラーリアさんのことを思いっきりディスりながら、頷く。

「人族の中だけの権力争いなら、私に勝ち目はない。
 王子達を殺すことは不可能ではないが、その先に私が王位につく道はあるまい。
 ならば発想を変えて、人族以外の支援を受ける。私はこれから、エルフ族に会いに行くつもりだ」

 アル王女の言葉に、まず1番に反応したのは教皇だった。

「アル王女、貴女はまさか龍族に……」
「そのつもりだ」

 アル王女が頷くと、教皇は「ううむぅ」とうなる。

「確かに、龍族を味方につけられれば逆転の一手になりえるかもしれません。
 ですが、彼らは獣人などとは次元が違う。人族を相手にするとは思えません」
「かもな。だが、それでも王城のヤツラたちよりはマシだ。
 それに教皇、お前はエルフ達へのをもっているはずだ」

 その言葉に、教皇はさらにうなる。

「何故それを……いえ、テノールですか。まさか、貴女がここに来て本当に会いたかったのは私?」
「教会総本山に行ってもなかなか面会できなかったからな。教皇自らが神託の子どもの元へと来てくれて助かった」

 これはどうなっている?
 アル王女はエルフや龍族との伝手を欲していた。
 そして、教皇はそれを持っている。
 だが、教皇には簡単に会えない。
 教皇が(ほとんどお忍びで)ここに来ると知り、アル王女は先回りをした。

 細かいところはともかく、一応筋は通っている……か?
 だが、だとしたら。

 アル王女の目的は教皇との接触であって、本来僕はどうでもよかった?
 だとしたら、根本が狂う。狂ってしまう。

 ――いや、違う。
 それでは筋が通らないことがある。
 もしも教皇と交渉したいだけならば、異端審問官を殺す理由がない。
 やはり、アル王女は僕も利用したいのだ。

「なるほど、それでパドくんですか」

 教皇が頷く。

 ――いや、どうしてそういう言葉が出てくるの?

 僕の疑問を見て取ったのか、教皇が言う。

「エルフや龍族は、人間の価値を魔力で量るんですよ」

 ――そういう、ことか。
 そこで、人族としてはあり得ない魔力を持つ僕。

「そうだ、教皇の伝手と200倍の魔力。この2つがあれば、少なくとも見込みは0ではない」

 教皇は天井を仰ぐ。

「……テノールは、何故そこまで?」
「むしろ、彼女は言っていたぞ。何故お前は自分の孫が殺されて平気な顔をしているのかとな」

 その言葉に、教皇は目をつぶる。

 今までの話を思い出せば、国王第2妃テノール・テオデウス・レオノルは教皇の娘。彼女の子どもが諸侯連立派の王子に殺されたというならば、それはつまり教皇は孫を殺されたことになる。

「私は教皇です。私情で動くわけにはいきません」
「ならば、教会は諸侯連立派の王子が国王になることを支持するのか?」
「それは……そういうわけではありません。
 ……しかし、今、諸侯連立と全面対立することもできません」
「そうだろうな。だから公式には傍観でいい。なぜ、総本山で待つのではなく、ここで会うことにしたと思っている?」
「ここでの話は、公式な記録に残らない、ですか」

 正直なところ、僕はアル王女と教皇の言葉の半分くらいは理解できていなかった。
 それでも、アル王女にとって僕の200倍の魔力が必要で、教皇が対応を迷っていることは理解できた。
 ならば、僕が教皇の背を押そう。

「わかりました。僕はアル王女に協力させてもらいます。エルフでも龍族でも、僕の魔力でなんとかしてみせます」
「うむ。よろしく頼む」

 どうやら、アル王女との交渉は成功したらしい。
 いや、もともとアル王女はこうするつもりだったのだろう。

 残る問題は――

「しかし、神託は見過ごせません。世界が滅んでしまっては、王位も、諸侯連立も、教会も、さらに言えばパドくんのお母様の治療も、何の意味もないでしょう」

 そう。
 そこだ。

  =====================
 エーペロス大陸の南西、ゲノコーラ地方、ペドラー山脈にあるラクルス村。
 その地に神の手違いにより転生しせりパド少年。
 その者、200倍の力と魔力を持ち、闇との契約に至れり。
 放置すれば世界が揺らぎ、やがて滅びるであろう。
  =====================

 僕はすでに闇――ルシフと契約してしまった。
 教会として、神の声を無視しておくことはできない。

 だが、教皇も迷っているはずだ。
 そうでなければ、ここに共に座ってはいない。

「猊下、少しよろしいでしょうか?」

 枢機卿ラミサルさんが言った。

「なんでしょうか?」
「そもそもあの神託は、パドくんをどうするべきだと述べているのでしょうか?」
「それは……やはり、今のうちに……ということなのでは?」

 言葉を濁しているのは、目の前に僕自身がいるからだろう。

「本当にそうでしょうか? 神託を何度見返しても、殺せとはありません。
 ただ、放置するなとそれだけです。
 そして、現に我々はここに来て、アル王女が引き受けると言っています。すでに放置している状態ではないのでは?」
「それは……そうかもしれませんが」
「アラブシ先生が亡くなられた今、魔法に関しては猊下と私、そしてレイクがこの大陸では最も知識深い。ここはレイクにパドくんを任せるのも一興かと」

 その言葉に、教皇は目をつぶる。
 じっと考え込んでいるようだ。

「確かに、龍族のこと、諸侯連立のことなども考慮すれば、それも1つのみちかもしれませんね。
 ただ、パドくん、あなたに1つお尋ねしたい」
「なんでしょうか?」

 どんな厳しい質問が来るんだろう。
 そう思ったが、教皇の口から出てのは意外な問いかけだった。

「アル王女と共に旅立つ、それはいいとしましょう。
 が、それでお母さんはどうするおつもりですか?」
「えっ……」

 瞬間絶句する。
 馬鹿みたいな話だが、教皇に指摘されるまで考えてもいなかった。
 確かに、あの状態のお母さんに旅なんてできるわけがない。
 ラクルス村からここにくるだけでも大変だったのだ。

「そこで、1つ提案があります。お母さんを我々に預けてはもらえませんか?」

 僕は自分の顔が引きつるのを意識した。
 この提案は、つまり。

「私は飛行魔法でここまできました。あと1人くらいなら連れて行けます。お約束しましょう。あなたが世界を滅ぼそうとしない限り、お母さんを護ると。ご希望があれば、王家の解呪法以外にも治療方法もさぐってみましょう。この世界に教会総本以上の治癒技術を持つ存在はないと自負しています」

 一見すると良いことだらけだ。 
 だが。

『あなたが世界を滅ぼそうとしない限り』

 もちろん、僕にそんなつもりはない。
 そんなつもりはないが。

「人質ってことですか?」

 僕の問いかけに、教皇は笑ったままだ。

「とんでもない。あくまでも貴方やアル王女のこれからのために、我々でお母さんの介護をさせてほしいという提案です」

 白々しい話だ。
 だけど。

「……わかりました」

 僕は頷いた。
 リラが驚いた顔をする。

「パド、いいの?」
「お母さんに、旅は無理だよ」

 それはリラにも分かっているのだろう。
 彼女はそれ以上は何も言わなかった。

「では、最後に、私から1つ情報を与えましょう」

 教皇が言う。

「龍族のことか?」
「それとは別……いえ、無関係でもないですが……
 ……リラさん」

 突然名前を呼ばれ、リラは驚いた顔をする。

「あなたはおそらく、龍族の因子を持つ獣人でしょう」
「……は?」

 リラの目が点になった。

 ---------------

 獣人は産まれながらに獣の因子を持つ。
 その因子が10歳を超えた頃から発現し、獣の力を持つようになる。

 リラはその発現が遅かった。
 それは人族とのハーフのためだと思われたし、事実そうなのだろう。
 それでも、お腹に鱗がある以上、蛇か蜥蜴の因子を持つと思われていたが。
 教皇曰く、リラは龍族の因子を持つと言う。

「いやいやいや、龍族の因子を持つ獣人なんて、そんなの聞いたことないわよ」

 相手が教皇だということも忘れ、ものすごい不躾な口調のリラ。
 そのくらい驚いたのだろう。

「ですが、浄化の炎を使えるのは龍族だけです。彼らには鱗もありますしね」

 昨日、戦いの中でリラの鱗が目に入っていたらしい。

「……そんな……私……」
「これはあくまでも推測です。が、龍族とコンタクトを取る上で、あるいは役に立つかもしれません」

 なにやら、話がうますぎる気がする。
 本当に何某ルシフかの掌の上で踊っているような気もしてくる。
 だが。

「ふむ。覚えておこう。リラよ、お前も私達と一緒に来るがいい」

 アル王女はそう言ってくれた。
 今はその事実に満足しておくべきだろう。

 ---------------

 翌日の昼頃。
 別れの時、僕はお母さんに抱きついて言った。
 今のお母さんは痛みを訴えることもできないから、力は極力弱く。

「お母さん、いつか、いっしょに帰ろうね」

 お母さんは何も語らない。
 だけど。
 お母さんの掌が、僕の後頭部をなでた。

「おかあさん?」

 僕は慌ててお母さんの顔を見上げる。
 お母さんは相変わらず、焦点の定まらない目で笑い続けている。

 ――ただの偶然か。それとも……

「それでは、お母さんのことはお任せください」

 教皇が言って、僕はお母さんから離れた。
 その後、教皇はお母さんやラミサルさんと共に空に昇る。
 レイクさん曰く、飛行魔法は歴代教皇にだけ伝わる秘伝の大魔法らしい。

 昨日、アボカドさんにはジラとお父さん、それに村長宛の手紙を預けた。
 内容は差し障りのないことだ。
 僕らが旅に出るけど、何年かしたら戻ってくるつもりだってことだけ。
 それ以上の説明は、たぶんラクルス村を無意味に巻き込むことになってしまうから。

「我々も行くぞ。目指すはエインゼルの森林、そしてドラゴンレイクだ」

 そう宣言したアル王女を先頭に、僕、リラ、レイクさん、キラーリアさんが続く。

 このみちの先に何があるのか、僕はまだ知らない。
 でも、1歩1歩進んで行こう。
 お師匠様が護ってくれたこの命のために。
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