13 / 15
最終章
第13話:継承式
しおりを挟む
入り口のシャッターは、営業時間を過ぎても閉じたままだった。それどころか当の店主は、カウンターの上でやけに忙しそうに荷造りをしている。今日のために作ったというガジェットをつなぎのポケットに押しに押し込み、まるで姿は冬眠前のリスのよう。珍しく流れている店内のテレビではあと二時間で継承式が始まると、キャスターが高らかに宣言する。「もう出なきゃ~」と仕切りに呟く彼女は、未だ顔にファンデーションも塗らず、黄色いつなぎすら身につけずに、ただカウンターに腰掛けてテレビを見ているノードのことを思わず急かす。
「どうしたの? もう行くよ?」
頭に溶接マスクをつけ、背中にはプルのコンテナを背負う。全身がこれから進む未来へと、準備しているような様子。そんな彼女の姿を視界に入れながら、今から自分が一つの選択をしなければいけないというのがノードにとって苦しかった。一度顔を俯かせ、どうせこの部屋のどこかにあるだろう盗聴器に向かって声を上げる。
「……分かった。もう、入ってきていいぞ」
「え? どういうこと……?」
合図と共に、裏口の扉が開く音がした。次にカウンター裏の扉も開かれ、すぐさま店内にぞろぞろと黒服のライクア達が押し寄せてくる。何が起きているのか分からず、隣で咄嗟に銃を構えるアルラ。だが、抵抗する間もなく、彼女は複数の黒服に拘束された。その黒服の雪崩の最後尾にはプロティアの姿が見え、こちらに近づいてくる。
「な、何よこれ! ちょっと! 離しなさいよ!」
必死に四肢を振り解こうとする彼女と、ノードは目を合わせられなかった。目の前に立つプロティアが静かに囁く。
「選んでくれると思ってたよ。これで、契約成立だ」
「……」
「ちょっとノード! どういうことよ! まさかあんた、インスと繋がって……!」
「彼は、君、アルラの命を守ると引き換えに、僕達と一緒にライクアの未来を作る一員となったのさ。今から、彼と共に僕はこの国のビッグコアを破壊する……!」
「嘘……でしょ? だめよノード、そんなことをしてもまた人間とライクアの溝が深まるだけ! 何も意味なんて無い……!」
絶望と受け入れられない現実が蠢き、アルラの顔は必死にノードの方へと向いていた。だが、彼は必死に拳に強く力を込めたまま。ただ、ただひたすらに目を瞑り続け。
「アルラを連れてってくれ」
「……! ねぇ、こっち見てよ! ノード! 嘘って言ってよ! ねぇ、ねぇってば!」
彼女は足を引きずるようにして黒服に連れて行かれ、カウンター裏の扉から外へと出された。倉庫にいる間も壁越しにこもった叫び声が聞こえてきたのが、彼の心を抉る。だが、もうこれしか無いんだ。許してくれ。両手でうなじを触った後、流れで頭を抱える。その手のひらは冷たく、そして確かに争いで汚れている手に思えた。プロティアが指示を出す。他の黒服達が外へと出て、徐々に各々が作戦の準備の雰囲気を纏い始める。ほとんどが出払って空間自体の音が少なくなると、不思議と今の自分の状況を客観的に考えるのに意識が向けられてしまう。慣れ親しんだ店内、恐らく最後であろうという景色。隣に立っているのは、アルラではなく過去の優等生野郎。何の因果だろうか。何かを間違えたのだろうか。こうする以外にもっと選択肢はあったのだろうか。
「彼女は王城地下の、本来国家犯罪者が捕まる牢獄の檻で保護しておく。約束は必ずだ。命は保証する」
「……ありがとう」
彼はカウンターの下に隠して置いていた、黒いコートと黒い帽子を拾い上げて、ノードへ差し出す。
「これで君も僕達の一員だ」
流れるテレビが告げる。継承のその瞬間まであと一時間三十分。
天井から垂れる雫が、真ん中に大きく流れる溜まり水に落ちる。脇の細い通路をひたすら進むプロティア、その後ろを付いて行くようにノードが黒いコートを揺らしながら足を動かす。ネスメイ南部の裏路地にあるマンホールを開けて梯子を降りたところの下水道を進んでから、もう数十分が経とうとしている。辺りに頼れる光源は無く、唯一足元を照らすのはライクアの体から放たれる青い光。金属製の足と石造りの道がぶつかり合う度に遥か遠くの暗闇まで音が響いてしまう。それがいつまでも止まないものだから、果てしない下水道の広大さを頭に知らしめられたような感覚だった。故に、この下水はほとんど地上と連動している広さに当たる。匂いがきつかったり、道が狭かったりするが、継承式当日に人々で賑わう街を通るよりも断然人目に触れずに移動しやすいという。手に持つ時計を確認すると、プロティアは先ほどより少し足の歩幅が大きくなった。
「実行班としては実質、君と僕の二人だけが任務を遂行する。後の奴らはほとんど中心地区の外周や王城付近の地下で待機し、権力者や兵士の足止めを行ってもらうことになっている」
「二人? 随分少ないんだな」
「ああ。っていうのも理由があってだな。今から向かう中心地区には比較的簡単に入れるんだが、そこから王城に入るのが少し大変なんだ。正面は鍵がかかっているし、僕の知っている裏口から入っても、継承式の会場の一階の大広間までへの距離が遠すぎて、必ず警備にバレてしまう」
「それじゃあ、どうするんだ?」
「答えは極めて簡潔な方法さ。そう、一階の大広間に一瞬で繋がる唯一の道。それが城の中心に高く聳える、煙突さ。丁度そこは人が一人通れるほどの大きさが開いているんだ。まあ、もちろん人間は熱すぎて入れないけど。で、そこに入って一瞬で勝負を決める。僕の刃と君の拳で」
「なんとなくは分かった。だけど、そのやたらと時計を気にしてるのは何なんだ? 何か時間制限でもあるのか?」
「まあ、時間制限と言って良いだろう。実はビッグコアは、本来は常にドーム状の超強力電磁障壁で近づくことすら出来ないようになってるんだ。これが一番難しい問題だ。だが、この障壁が解除される瞬間が五十年で数秒だけある。それが今日のような継承式で、前継承者と現継承者を国王がその手で入れ替える瞬間だ。僕達に残されたのはそのタイミングしか無い。もし失敗したら、また五十年ライクアが虐げられ続ける日々が世界を包み込んでしまう。その重みが、君には分かるはずだ」
「……ああ。ライクアは、俺が救う」
重々しい声が、反響する。下水道の地下通路をひたすら通って、通って、同じ景色を視界に流していく。予定の十二時まであと三十分。また少し経ってから、彼はようやく梯子の前で足を止める。錆びれた取っ手に軋む両手両足を沿わせてなんとか上り、久しぶりに地上へと戻ってきた。建物と建物に挟まれた、太陽の当たらない日陰の小さな土地。目の前には、中心地区ナーリブを囲むように高々と聳え立った石壁がある。軽く殴ってみるが、そりゃあビクともしない。プロティアは壁を触りながら歩き、ある一定の壁の場所で眉を動かすとその表面を爪で剥がして軽く捲る。そこには豆粒ほどのボタンがあり、押すと、アルラの倉庫のボタンの仕組みと同じように、地面についている壁の一部分が開いた。そして、三秒が経つと勝手に閉じる。ノードとプロティアは目を合わせると、プロティアがボタンを押した瞬間、二人共すぐに転がって壁の中に入った。あとコンマ数秒遅ければ潰されていたであろうタイミングで壁が閉まる。壁の間に引っかかったコートの裾を手で引っ張って取り、一度深呼吸をしてからノードはナーリブの大地をその足で感じた。プロティアが時計を見る。
「あと十分……そろそろだ。準備に入るぞ」
ネスメイでは見られないような二階建ての家の影に隠れたまま、二人は足音を消すようにして進む。家の壁に顔を這わせて外の様子を交互に確認してみると、もうすぐ目の前にあの大仰な王城、リオネブルク城が鎮座しているのが見えた。同時に、周囲を甲冑姿で槍を持った護衛隊の人々が多く巡回しているのが見える。かなり警戒態勢のようだ。思わずプロティアは眉を顰める。それでも複数の家々の影を旅し、なんとか体を隠しながら徐々に予定したルートへ二人は近づく。四つ目の家の影へ移った時だった。目の前に、小さな石壁で囲まれ、聳え立つ外側の壁に沿うように箱のような建物。その全長は中心地区を覆う壁の四分の一を占領しているほどであった。淡白な外観。見て、すぐに分かった。
「なあ、あれってもしかして」
「僕達の養成学校だな」
壁に囲まれ、外の世界なんてテキストに書いてある文字面でしか知らなかったあの頃。外から見る学校は、まるで囚人を収監する刑務所のような様相で、酷く閉鎖的なものだと中に入らずとも分かってしまう。そんな状況で居丈高に振る舞っていたノード。そんな状況で誰よりも人間を信じていたプロティア。何も、知らなかったんだ。無垢で根拠の無い理想を真実だと思い込むしかない、あの日のライクア達。その中に確かに、ノードもいた。同じ。同じなんだ。ライクアのために、今自分は。
「黒服……!? おい、お前達一体ここで何をしてる!?」
突然後ろから聞こえてきて振り向く。そこには甲冑に身を包んだ、数人の護衛隊の姿。プロティアはノードの手を引き、駆け出す。
「まずい。行くぞ!」
「あ、待て! おーい! 養成学校側に黒服が逃げたぞ! 護衛隊一同、即座に捕まえろー!」
彼の大きな呼び声で、護衛隊の人々が逃げ出す二人を次々に目線で追うと、それに応じて足を素早い速度で回して距離を詰めようとしてくる。ノードは高速移動をしようとするが、「プルは取っておけ」と走る彼に制止され、両腕を思い切り振って足を必死に動かす。振り返ると、もう数百人の隊列がこちらへ大声をぶつけながら向かってきていた。息を切らしながら、彼は前を走るプロティアに訴えかける。
「おい! このままじゃ、捕まっちまうぞ! 王城の方へ向かったほうがいいんじゃないか!?」
「いや……だめだ。あと三分二十秒。時間はずらせない。学校に入って時間を稼ぐぞ!」
鉄扉を開け、その石壁の中の要塞へ足を踏み入れる。入ってすぐに第一学校の校舎が、視界の横を流れていく。校舎と壁の隙間を走りながらも、護衛隊は更に数を増して追ってきていた。振り返り、その圧を新鮮に感じたプロティアはため息をつくと、懐からあの光る刀の柄を取り出す。付随しているコードを腕で強く引っ張って伸ばし、彼はその先端部分を掴み手首を軸に勢いよく回して、回して、回したら、それを第二校舎の壁へと思い切り投げた。壁にプラグが挿さる。そのまま「掴まれ」と差し伸べられた彼の手を掴むと、柄が瞬時にコードをしまおうとする力を利用し、二人の体が宙に浮いて飛び上がった。第二校舎の屋上に着地し、再び走り出す二人。地上から見上げながら追ってくる護衛隊は双方から矢を放ってくる。体を翻し、跳び、跳ね、攻撃を避けながら第三校舎の屋上、第四、第五というように軽やかに移動する二人は、いよいよ運命に誘われ始めていた。時計を見たプロティアは、ノードに指示を送る。
「あと、一分五秒。ノード、この上の石壁、普通のパンチで壊せるか?」
「おう」
走った勢いをそのまま利用し、飛び上がった彼は宣言通り天井に穴を開ける。校舎に陽光が差し込む中、二人は穴からその体を飛び出させると、石壁の上を走りながらもうすぐそこに見える王城へと視線を固定した。
「残り三十秒。よし、十秒後行くぞ!」
彼の合図。ノードは走りながら全身に稲妻を迸らせる。燃えるように熱い。それゆえに、徐々に体の中でプルの値が高まっていくのを感じずにはいられない彼の体には、まるで青い炎を纏うかのようにエネルギーが外に溢れ出ており、吹き抜ける風が電流が靡かせていた。プロティアは瞳孔を開くと一瞬で全身を青く染め、電流の渦のようなものを四肢に纏わせる。柄から伸びたプラグをうなじに勢いよく挿すと、青を通り越してほとんど白く見える光の刀が構成された。走りながらそれを振った場所の空気が、熱でぐにゃりと曲がり、後方のノードまでその温度が伝わってくるほど。自分達の始まりの地を駆ける、二つの青い閃光。彼らは地面を足で蹴ると、一つの終わりに向かって体を飛び上がらせた。音を超えて移動した彼らは内部の壁にぶつかりながら頭から煙突へと入り、そのまま一階の大広間へと落ちていく。覚悟を決めるためだけの数十秒間。だが、二人のそれぞれの想いはもう揺らぐことは無かった。徐々に拍手の音やオーケストラの音楽のようなものが聞こえてくる。その音量が瞬時に大きくなっていき、それはほとんど目の前だった。煙突の穴の終着点が遂に見える。三秒、二秒、一秒……。
金と朱色で彩られたいかにも王室らしい部屋に投げ出される。周囲には正装をした貴族と思われる人々、式を盛り上げる交響楽団の隊列。目下に見えるは、障壁が無くなったビッグコアと、それを今まさに開けようとしている国王。隣の継承者と腕を組み、歩いてきたであろう彼は、上を見上げるも反応すらする間もなく。
「うおおおおおおおお!」
「おらあああああああ!」
空中で横に並んだ二人が、刃と拳を同時にビッグコアへと振り下ろす。激しい電撃が大広間を白く輝かせ。鉄槌と一閃。それが遂にビッグコアの外殻のガラスへと触れる数秒前。地面の大理石の床が割れ、突然地下から桃色の車体が飛び出してくる。乗っているのは、アルラ。彼女はプロティアへと銃を構え、プラグは吸い込まれるようにノードのうなじへと挿さった。そしてその瞬間、彼は振り下ろしかけていた拳の進行方向を電撃で変えると、プロティアの頬へそれを繰り出す。鉄槌と光弾。目を見開くことしか出来なかったプロティアの体にそれは強く命中し、大きな轟音が城中に響き渡る。
────グオン。
閃光、そして巨大な衝撃により、周囲の人々、そして三人は体を吹っ飛ばされた。背中を打ち付けるプロティア。何が起きたんだと、ざわめき出す王族達。バイク諸共床へと転がったノードとアルラは起き上がると、揃ってビッグコアへ視線を向ける。煙が晴れ、その姿が露わになるとビッグコア自体には傷一つも付いておらず無事だった。「よし!」とアルラが大きな声を漏らすと、ノードは手を彼女の前に掲げる。彼女が目を合わせてお互い笑い合うと、二人は勢いよくハイタッチをした。
「作戦……成功……!」
「どうしたの? もう行くよ?」
頭に溶接マスクをつけ、背中にはプルのコンテナを背負う。全身がこれから進む未来へと、準備しているような様子。そんな彼女の姿を視界に入れながら、今から自分が一つの選択をしなければいけないというのがノードにとって苦しかった。一度顔を俯かせ、どうせこの部屋のどこかにあるだろう盗聴器に向かって声を上げる。
「……分かった。もう、入ってきていいぞ」
「え? どういうこと……?」
合図と共に、裏口の扉が開く音がした。次にカウンター裏の扉も開かれ、すぐさま店内にぞろぞろと黒服のライクア達が押し寄せてくる。何が起きているのか分からず、隣で咄嗟に銃を構えるアルラ。だが、抵抗する間もなく、彼女は複数の黒服に拘束された。その黒服の雪崩の最後尾にはプロティアの姿が見え、こちらに近づいてくる。
「な、何よこれ! ちょっと! 離しなさいよ!」
必死に四肢を振り解こうとする彼女と、ノードは目を合わせられなかった。目の前に立つプロティアが静かに囁く。
「選んでくれると思ってたよ。これで、契約成立だ」
「……」
「ちょっとノード! どういうことよ! まさかあんた、インスと繋がって……!」
「彼は、君、アルラの命を守ると引き換えに、僕達と一緒にライクアの未来を作る一員となったのさ。今から、彼と共に僕はこの国のビッグコアを破壊する……!」
「嘘……でしょ? だめよノード、そんなことをしてもまた人間とライクアの溝が深まるだけ! 何も意味なんて無い……!」
絶望と受け入れられない現実が蠢き、アルラの顔は必死にノードの方へと向いていた。だが、彼は必死に拳に強く力を込めたまま。ただ、ただひたすらに目を瞑り続け。
「アルラを連れてってくれ」
「……! ねぇ、こっち見てよ! ノード! 嘘って言ってよ! ねぇ、ねぇってば!」
彼女は足を引きずるようにして黒服に連れて行かれ、カウンター裏の扉から外へと出された。倉庫にいる間も壁越しにこもった叫び声が聞こえてきたのが、彼の心を抉る。だが、もうこれしか無いんだ。許してくれ。両手でうなじを触った後、流れで頭を抱える。その手のひらは冷たく、そして確かに争いで汚れている手に思えた。プロティアが指示を出す。他の黒服達が外へと出て、徐々に各々が作戦の準備の雰囲気を纏い始める。ほとんどが出払って空間自体の音が少なくなると、不思議と今の自分の状況を客観的に考えるのに意識が向けられてしまう。慣れ親しんだ店内、恐らく最後であろうという景色。隣に立っているのは、アルラではなく過去の優等生野郎。何の因果だろうか。何かを間違えたのだろうか。こうする以外にもっと選択肢はあったのだろうか。
「彼女は王城地下の、本来国家犯罪者が捕まる牢獄の檻で保護しておく。約束は必ずだ。命は保証する」
「……ありがとう」
彼はカウンターの下に隠して置いていた、黒いコートと黒い帽子を拾い上げて、ノードへ差し出す。
「これで君も僕達の一員だ」
流れるテレビが告げる。継承のその瞬間まであと一時間三十分。
天井から垂れる雫が、真ん中に大きく流れる溜まり水に落ちる。脇の細い通路をひたすら進むプロティア、その後ろを付いて行くようにノードが黒いコートを揺らしながら足を動かす。ネスメイ南部の裏路地にあるマンホールを開けて梯子を降りたところの下水道を進んでから、もう数十分が経とうとしている。辺りに頼れる光源は無く、唯一足元を照らすのはライクアの体から放たれる青い光。金属製の足と石造りの道がぶつかり合う度に遥か遠くの暗闇まで音が響いてしまう。それがいつまでも止まないものだから、果てしない下水道の広大さを頭に知らしめられたような感覚だった。故に、この下水はほとんど地上と連動している広さに当たる。匂いがきつかったり、道が狭かったりするが、継承式当日に人々で賑わう街を通るよりも断然人目に触れずに移動しやすいという。手に持つ時計を確認すると、プロティアは先ほどより少し足の歩幅が大きくなった。
「実行班としては実質、君と僕の二人だけが任務を遂行する。後の奴らはほとんど中心地区の外周や王城付近の地下で待機し、権力者や兵士の足止めを行ってもらうことになっている」
「二人? 随分少ないんだな」
「ああ。っていうのも理由があってだな。今から向かう中心地区には比較的簡単に入れるんだが、そこから王城に入るのが少し大変なんだ。正面は鍵がかかっているし、僕の知っている裏口から入っても、継承式の会場の一階の大広間までへの距離が遠すぎて、必ず警備にバレてしまう」
「それじゃあ、どうするんだ?」
「答えは極めて簡潔な方法さ。そう、一階の大広間に一瞬で繋がる唯一の道。それが城の中心に高く聳える、煙突さ。丁度そこは人が一人通れるほどの大きさが開いているんだ。まあ、もちろん人間は熱すぎて入れないけど。で、そこに入って一瞬で勝負を決める。僕の刃と君の拳で」
「なんとなくは分かった。だけど、そのやたらと時計を気にしてるのは何なんだ? 何か時間制限でもあるのか?」
「まあ、時間制限と言って良いだろう。実はビッグコアは、本来は常にドーム状の超強力電磁障壁で近づくことすら出来ないようになってるんだ。これが一番難しい問題だ。だが、この障壁が解除される瞬間が五十年で数秒だけある。それが今日のような継承式で、前継承者と現継承者を国王がその手で入れ替える瞬間だ。僕達に残されたのはそのタイミングしか無い。もし失敗したら、また五十年ライクアが虐げられ続ける日々が世界を包み込んでしまう。その重みが、君には分かるはずだ」
「……ああ。ライクアは、俺が救う」
重々しい声が、反響する。下水道の地下通路をひたすら通って、通って、同じ景色を視界に流していく。予定の十二時まであと三十分。また少し経ってから、彼はようやく梯子の前で足を止める。錆びれた取っ手に軋む両手両足を沿わせてなんとか上り、久しぶりに地上へと戻ってきた。建物と建物に挟まれた、太陽の当たらない日陰の小さな土地。目の前には、中心地区ナーリブを囲むように高々と聳え立った石壁がある。軽く殴ってみるが、そりゃあビクともしない。プロティアは壁を触りながら歩き、ある一定の壁の場所で眉を動かすとその表面を爪で剥がして軽く捲る。そこには豆粒ほどのボタンがあり、押すと、アルラの倉庫のボタンの仕組みと同じように、地面についている壁の一部分が開いた。そして、三秒が経つと勝手に閉じる。ノードとプロティアは目を合わせると、プロティアがボタンを押した瞬間、二人共すぐに転がって壁の中に入った。あとコンマ数秒遅ければ潰されていたであろうタイミングで壁が閉まる。壁の間に引っかかったコートの裾を手で引っ張って取り、一度深呼吸をしてからノードはナーリブの大地をその足で感じた。プロティアが時計を見る。
「あと十分……そろそろだ。準備に入るぞ」
ネスメイでは見られないような二階建ての家の影に隠れたまま、二人は足音を消すようにして進む。家の壁に顔を這わせて外の様子を交互に確認してみると、もうすぐ目の前にあの大仰な王城、リオネブルク城が鎮座しているのが見えた。同時に、周囲を甲冑姿で槍を持った護衛隊の人々が多く巡回しているのが見える。かなり警戒態勢のようだ。思わずプロティアは眉を顰める。それでも複数の家々の影を旅し、なんとか体を隠しながら徐々に予定したルートへ二人は近づく。四つ目の家の影へ移った時だった。目の前に、小さな石壁で囲まれ、聳え立つ外側の壁に沿うように箱のような建物。その全長は中心地区を覆う壁の四分の一を占領しているほどであった。淡白な外観。見て、すぐに分かった。
「なあ、あれってもしかして」
「僕達の養成学校だな」
壁に囲まれ、外の世界なんてテキストに書いてある文字面でしか知らなかったあの頃。外から見る学校は、まるで囚人を収監する刑務所のような様相で、酷く閉鎖的なものだと中に入らずとも分かってしまう。そんな状況で居丈高に振る舞っていたノード。そんな状況で誰よりも人間を信じていたプロティア。何も、知らなかったんだ。無垢で根拠の無い理想を真実だと思い込むしかない、あの日のライクア達。その中に確かに、ノードもいた。同じ。同じなんだ。ライクアのために、今自分は。
「黒服……!? おい、お前達一体ここで何をしてる!?」
突然後ろから聞こえてきて振り向く。そこには甲冑に身を包んだ、数人の護衛隊の姿。プロティアはノードの手を引き、駆け出す。
「まずい。行くぞ!」
「あ、待て! おーい! 養成学校側に黒服が逃げたぞ! 護衛隊一同、即座に捕まえろー!」
彼の大きな呼び声で、護衛隊の人々が逃げ出す二人を次々に目線で追うと、それに応じて足を素早い速度で回して距離を詰めようとしてくる。ノードは高速移動をしようとするが、「プルは取っておけ」と走る彼に制止され、両腕を思い切り振って足を必死に動かす。振り返ると、もう数百人の隊列がこちらへ大声をぶつけながら向かってきていた。息を切らしながら、彼は前を走るプロティアに訴えかける。
「おい! このままじゃ、捕まっちまうぞ! 王城の方へ向かったほうがいいんじゃないか!?」
「いや……だめだ。あと三分二十秒。時間はずらせない。学校に入って時間を稼ぐぞ!」
鉄扉を開け、その石壁の中の要塞へ足を踏み入れる。入ってすぐに第一学校の校舎が、視界の横を流れていく。校舎と壁の隙間を走りながらも、護衛隊は更に数を増して追ってきていた。振り返り、その圧を新鮮に感じたプロティアはため息をつくと、懐からあの光る刀の柄を取り出す。付随しているコードを腕で強く引っ張って伸ばし、彼はその先端部分を掴み手首を軸に勢いよく回して、回して、回したら、それを第二校舎の壁へと思い切り投げた。壁にプラグが挿さる。そのまま「掴まれ」と差し伸べられた彼の手を掴むと、柄が瞬時にコードをしまおうとする力を利用し、二人の体が宙に浮いて飛び上がった。第二校舎の屋上に着地し、再び走り出す二人。地上から見上げながら追ってくる護衛隊は双方から矢を放ってくる。体を翻し、跳び、跳ね、攻撃を避けながら第三校舎の屋上、第四、第五というように軽やかに移動する二人は、いよいよ運命に誘われ始めていた。時計を見たプロティアは、ノードに指示を送る。
「あと、一分五秒。ノード、この上の石壁、普通のパンチで壊せるか?」
「おう」
走った勢いをそのまま利用し、飛び上がった彼は宣言通り天井に穴を開ける。校舎に陽光が差し込む中、二人は穴からその体を飛び出させると、石壁の上を走りながらもうすぐそこに見える王城へと視線を固定した。
「残り三十秒。よし、十秒後行くぞ!」
彼の合図。ノードは走りながら全身に稲妻を迸らせる。燃えるように熱い。それゆえに、徐々に体の中でプルの値が高まっていくのを感じずにはいられない彼の体には、まるで青い炎を纏うかのようにエネルギーが外に溢れ出ており、吹き抜ける風が電流が靡かせていた。プロティアは瞳孔を開くと一瞬で全身を青く染め、電流の渦のようなものを四肢に纏わせる。柄から伸びたプラグをうなじに勢いよく挿すと、青を通り越してほとんど白く見える光の刀が構成された。走りながらそれを振った場所の空気が、熱でぐにゃりと曲がり、後方のノードまでその温度が伝わってくるほど。自分達の始まりの地を駆ける、二つの青い閃光。彼らは地面を足で蹴ると、一つの終わりに向かって体を飛び上がらせた。音を超えて移動した彼らは内部の壁にぶつかりながら頭から煙突へと入り、そのまま一階の大広間へと落ちていく。覚悟を決めるためだけの数十秒間。だが、二人のそれぞれの想いはもう揺らぐことは無かった。徐々に拍手の音やオーケストラの音楽のようなものが聞こえてくる。その音量が瞬時に大きくなっていき、それはほとんど目の前だった。煙突の穴の終着点が遂に見える。三秒、二秒、一秒……。
金と朱色で彩られたいかにも王室らしい部屋に投げ出される。周囲には正装をした貴族と思われる人々、式を盛り上げる交響楽団の隊列。目下に見えるは、障壁が無くなったビッグコアと、それを今まさに開けようとしている国王。隣の継承者と腕を組み、歩いてきたであろう彼は、上を見上げるも反応すらする間もなく。
「うおおおおおおおお!」
「おらあああああああ!」
空中で横に並んだ二人が、刃と拳を同時にビッグコアへと振り下ろす。激しい電撃が大広間を白く輝かせ。鉄槌と一閃。それが遂にビッグコアの外殻のガラスへと触れる数秒前。地面の大理石の床が割れ、突然地下から桃色の車体が飛び出してくる。乗っているのは、アルラ。彼女はプロティアへと銃を構え、プラグは吸い込まれるようにノードのうなじへと挿さった。そしてその瞬間、彼は振り下ろしかけていた拳の進行方向を電撃で変えると、プロティアの頬へそれを繰り出す。鉄槌と光弾。目を見開くことしか出来なかったプロティアの体にそれは強く命中し、大きな轟音が城中に響き渡る。
────グオン。
閃光、そして巨大な衝撃により、周囲の人々、そして三人は体を吹っ飛ばされた。背中を打ち付けるプロティア。何が起きたんだと、ざわめき出す王族達。バイク諸共床へと転がったノードとアルラは起き上がると、揃ってビッグコアへ視線を向ける。煙が晴れ、その姿が露わになるとビッグコア自体には傷一つも付いておらず無事だった。「よし!」とアルラが大きな声を漏らすと、ノードは手を彼女の前に掲げる。彼女が目を合わせてお互い笑い合うと、二人は勢いよくハイタッチをした。
「作戦……成功……!」
0
あなたにおすすめの小説
サイレント・サブマリン ―虚構の海―
来栖とむ
SF
彼女が追った真実は、国家が仕組んだ最大の嘘だった。
科学技術雑誌の記者・前田香里奈は、謎の科学者失踪事件を追っていた。
電磁推進システムの研究者・水嶋総。彼の技術は、完全無音で航行できる革命的な潜水艦を可能にする。
小与島の秘密施設、広島の地下工事、呉の巨大な格納庫—— 断片的な情報を繋ぎ合わせ、前田は確信する。
「日本政府は、秘密裏に新型潜水艦を開発している」
しかし、その真実を暴こうとする前田に、次々と圧力がかかる。
謎の男・安藤。突然現れた協力者・森川。 彼らは敵か、味方か——
そして8月の夜、前田は目撃する。 海に下ろされる巨大な「何か」を。
記者が追った真実は、国家が仕組んだ壮大な虚構だった。 疑念こそが武器となり、嘘が現実を変える——
これは、情報戦の時代に問う、現代SF政治サスペンス。
【全17話完結】
17歳男子高生と32歳主婦の境界線
MisakiNonagase
恋愛
32歳主婦のカレンはインスタグラムで20歳大学生の晴人と知り合う。親密な関係となった3度目のデートのときに、晴人が実は17歳の高校2年生だと知る。
カレンと晴人はその後、どうなる?
熟女愛好家ユウスケの青春(熟女漁り)
MisakiNonagase
恋愛
高校まで勉強一筋で大学デビューをしたユウスケは家庭教師の教え子の母親と不倫交際するが、彼にとって彼女とが初の男女交際。そこでユウスケは自分が熟女好きだと自覚する。それからユウスケは戦略と実戦を重ねて、清潔感と聞き上手を武器にたくさんの熟女と付き合うことになるストーリーです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる