半竜皇女〜父は竜人族の皇帝でした!?〜

侑子

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第一章

皇帝とわたしと謎の声

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 母を残してロドルバンさんと皇帝の部屋を出ると、わたしは後ろを振り返った。すでに閉ざされた分厚い扉からはもう何も聞こえないけれど、まだきっと、母は皇帝を想って泣いているのだろう。
 
 そう思うと、わたしの心も痛かった。
 
 まだ皇帝が自分の父親だという認識が持てないので、わたし自身はそれほど悲しいわけではない。ずっと起きられないなんてかわいそうだなと思うが、あそこで眠っていた人に対してどういう感情を持てばいいのか、わたしにはまだわからなかった。
 
 ……でも、お母さんがすごく悲しそうだから、皇帝が早く起きてくれたらいいな。
 
 しょんぼりと肩を落としていると、クロのふわふわの毛並みが、わたしの頬をそろりと撫でた。驚いて肩の上のクロを見ると、心配そうにわたしを見つめるクロと目が合う。
 
「心配してくれてるの? ありがとう、クロ」
 
 ロドルバンさんがいるので今は喋らないが、クロの気持ちを感じて少し元気が出た。
 
 いつもわたしを助けてくれる、優しくて賢い、大好きなクロ。クロがいてくれて、本当に良かったなと思う。
 
「そのプーニャと、ずいぶん仲が良いようですね」
 
 ロドルバンさんが、後ろを振り向いてそう話しかけてきた。
 
「うん! わたしの一番のお友達なの。すごく賢くて強いのよ!」
「ほう? 賢いはともかく、強いプーニャとは聞いたことがありませんね。しかし、我々竜人族を恐れないところからして、確かに普通のプーニャとは違うようです」
 
 ロドルバンさんはクロをまじまじと見つめながら、うんうんと頷いている。
 
「えっ! もしかして、竜人族はプーニャに怖がられるものなの!?」
「はい。大概の小動物は、強者である我々を本能的に恐れるものですから。皇女殿下は、身に覚えがありませんか? 妙に小動物から嫌われるとか、逃げられるとか」
「……あ」
 
 ものすごくある。わたしが昔からやけに小さな動物から嫌われていたのは、わたしが竜人族だったかららしい。
 
 わたしがなるほどと納得していると、ロドルバンさんはフッと表情を緩めて、嬉しそうに笑った。
 
「まさか、陛下にこれほど可愛らしいお子様がいらっしゃったとは。いやはや、喜ばしいことです」
「……わたし、陛下の子供に見えるかな?」
「もちろんです! 一目見た瞬間、間違いなく陛下のお子様だと確信致しました。なぜ、そのようなことを訊かれるのです?」
「うーん……。だって、わたしには陛下やロドルバンさんみたいなツノも爪もないわ。髪の色は一緒だったけど、似ているのはそれくらいでしょ?」
 
 母がそう言うのだからそうなのだろうけれど、わたしにとって、皇帝はまだ父親ではなく見知らぬ男の人であり、皇帝という偉い立場にいる、遠い存在の人だ。
 
 急にそんな人の娘だとわかって、皇女だと言われて、大人の人から敬語で話されるようになったからか、すごく変な感じがするのだ。
 
 わたしがそうなのに、どうしてみんながすんなりとそれを受け入れているのか、よくわからない。
 わたしは母が嘘をついているなんて少しも思わないが、母のことを知らない人は、こんなすごい城に住むために嘘をついていると、少しくらいは思うのではないだろうか。
 
「皇女殿下は陛下に面差しが似ておられますから、疑う者はほとんどいないと思われますよ」
「でもわたし、お母さんにそっくりだってよく言われるよ?」
 
 ……だから、皇帝とは似ていないと思うけどな?
 
「顔立ちは母君に似ておりますが、恐らく性格は、彼女にあまり似ておられないのではないですか? 雰囲気や眼差しから、私は皇女殿下に陛下の面影を感じました。あなたは間違いなく、私の尊敬する陛下の娘であり、仕えるべき皇女であられるのです」
「……そっか」
 
 ロドルバンさんに嬉しそうにそう言われて、わたしは少しだけ、自分がさっきの人の娘なのだという実感が湧いてきた。
 
 ……早く、目を覚ましたあの人に会ってみたいな。

 そう思いながら、再び二人を残してきた部屋の扉を見つめると、ロドルバンさんがわたしを慰めるように優しい声を出した。
 
「ご心配なさらずとも、陛下はきっとすぐに目を覚まされますよ。先ほどはああ言いましたが、あれほどつがい様が悲しまれ、陛下を求めていらっしゃるのですから」
「……つがいが求めたら、寝ていてもわかるものなの?」
「つがいとは、竜人族にとって自分の命と同じくらい大切な存在なのです。つがいを失うのは、心臓を失うのと同じこと。ですから、彼女が呼びかければきっと届くと、私は信じております」

 そう言って、ロドルバンさんがニッと笑った時だった。

『グオオオオォォオオォォ……』

「わっ!? なに!?」

 突然、どこかから獣が苦しんでいるかのような声が聞こえてきた。たぶん、それほど離れていない場所からだ。
 
 ロドルバンさんを見上げると、彼は「またか」と言ってため息を吐いた。
 
「申し訳ございません、皇女殿下。我が帝国は、陛下の状態以外にも少々厄介な事案をいくつか抱えておりまして、あの声の主はその最たるものと言えます。しかし、あれは厳重に隔離しておりますから、殿下に危害を及ぼすことはありません。ご安心ください」
 
 危害を及ぼすということは、危険な生き物でも飼っているのだろうか。でも、ドラゴンにも乗れる竜人族が厄介だと言う生き物だなんて、ちょっと想像がつかない。
 
「しかし、念の為、あちらに見える尖塔にはできるだけお近づきになりませんようお願い致します」
 
 ロドルバンさんはそう言って、廊下の窓から見える細長い建物に視線を向けた。
 さっきの苦しそうな声は、あそこから聞こえていたようだ。
 
 ……あそこに、一体何があるのかしら?
 
 わたしが単純にそう考えていたすぐそばで、クロが険しい顔で塔を見つめていたことに、わたしは気がついていなかった。



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