半竜皇女〜父は竜人族の皇帝でした!?〜

侑子

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第一章

娘が可愛すぎる件について

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「はぁ……」
 
 世界の南方に位置する大陸において、最大の国土を誇るバルドゥーラ帝国。
 
 その頂点であり最高権力者である皇帝、ディオルグ・ヴァン・バルドゥーラは、ある一枚の紙を見つめながら、執務室で思わず深いため息を吐いていた。
 
「どうかされたのですか、陛下?」
 
 すかさず、腹心の部下であり弟でもあるオルディンが、隣から心配そうに声をかけた。
 長い眠りから目覚めた皇帝の仕事は山積みではあるが、自分たち側近ができる細々としたものなどは常に対処していたため、重要な案件はここ数日ですでにあらかた片付いているはずだ。
 
 それなのに、何がそれほど彼を悩ませているのかと、オルディンは皇帝の手元を覗いた。
 
「……え?」
 
 しかし、仕事の書類があると思われていた皇帝の机上の真ん中には、何やら拙い字で書かれた、手紙のようなものがあるだけだった。
 
「こ、これは?」
「……キアラからもらった。字と文法の練習として書いた、私に宛てた手紙だそうだ……」
 
 確かに、冒頭には『おとうさんへ』と書いてあるようだ。文字の大きさが所々異なり、バランスが悪くて少し読みにくい文字ではあるが、きちんと手紙の体は成している。
 
「……皇女殿下は、一生懸命勉強に励んでおられるようですね」
「そう思うだろう!? キアラはまだ教育を始めたばかりなのに、もうこんなに綺麗な文字が書けるんだ。しかもほら、ここを見てみろ。『おとうさんも、お仕事を頑張ってください』と書いてある。近ごろは慣れないことばかりで大変だろうに、私の心配までしてくれるなんて。あぁ、キアラはなんて優しい子なんだろう!!」
「お、落ち着いてください、陛下」
 
 重大な事案に頭を悩ませているのかと思いきや、娘からの手紙が嬉しすぎて、思わずため息が出ただけのようだった。
 そういえば、今日は朝からずっと機嫌が良かったが、どうやらこのせいだったらしい。
 
 確かに、手習いを始めて間もないと考えればよく書けているとは思うが、綺麗かと訊かれれば、頷くのを躊躇ってしまう。どう見ても、親バカな父親目線であると言わざるを得なかった。
 
 今まで見たことがなかった兄のそんな姿に、オルディンは多少困惑した。
 
「キアラは、本当に可愛くていい子だ。そう思わないか?」
「そうですね。さすが陛下のお子様です」
 
 それでも、一切動揺を見せることなく、生涯仕えると決めた主の臣下として、しっかりと話を合わせるオルディンだった。
 
「全く、お前は。二人の時は畏まる必要はないと、いつも言っているだろう? 今は兄上と呼べ、オルディン」
「……はい、兄上」
 
 苦笑して頷いたオルディンに、ディオルグは満足の笑みを浮かべながら、さらに言い募る。
 
「キアラは、本当にすごい子だ。あの小さな体で、サーシャをずっと守ってくれていた。それに、信じられないほど可愛い。お前も叔父として、そう思うだろう?」
「そうですね。皇女殿下は、兄上のつがい様に似て可愛らしい容姿をしていらっしゃいますが、色合いや雰囲気から兄上の面影をも感じさせる、しっかり者で魅力的な方です」
「感想が固いぞ、オルディン。だが、その意見には同意せざるを得ない。キアラは一体、どうしてあんなに可愛いんだ? 寝顔なんて、この世のものとは思えない愛らしさだったぞ!」
 
 ディオルグはつい先日、娘と二人きりで話をするため、一日だけ一緒に寝ることにした。その時の娘の姿といったら、まさに天使だった。世界中のどこを探しても、あんなに愛くるしい子供は他にいないに違いない。
 
「しかも寝言で、お父さんの手は安心する、などとムニャムニャ呟くのだ。本当に、思考が数秒完全停止したぞ。あの時ならば、暗殺者も私を殺せたかもしれないな」
「縁起でもないことを言わないでください!」
「ははっ」
 
 冗談だとわかっていても、肝が冷える言葉だ。やっと健康を取り戻したというのに、娘可愛さに動きが鈍って暗殺者に殺されるなど、目も当てられない。
 
「そうだな。少なくともキアラが一人前になるまでは、絶対に死ぬわけにはいかない。それに、私はその後も、まだまだサーシャと一緒に過ごしたいしな……」
 
 そう言って緩めていた表情を、ディオルグがフッと引き締めた。

 和やかな空気が一変する。
 
「……ところで、私の愛しいつがいと娘に害をなした愚か者の地方領主の処分が、ようやく完了したそうだな?」
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