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3章 引退を考える今日この頃
36.将来の事
しおりを挟む俺は尚輝くんが大人しくしてるのを良い事に、顔をベタベタと触っていると、その手を掴まれて止められた。
あ、やり過ぎたか。尚輝くんは少し不機嫌そうに俺を見た。
「伊吹さん、あまり触られると困ります」
「ごめん!肌綺麗だなぁってつい」
「ただ隣にいるだけでもギリギリなのに、それ以上誘惑しないで下さい」
「誘惑?顔を触るのが?」
「そうですよ。俺、今伊吹さんにエロい事したいのめちゃくちゃ我慢してます」
「エロッ!?嘘!?」
「嘘じゃありませんよ。好きな人とこうしてたらそう思うのは当然でしょ?」
「そうだけど……へー、尚輝くんもエロい事考えたりするんだ~」
真面目だからそういうのには奥手って言うか、尚輝くんがエロい事を考えてるとは思わなかった。
いや、男だし考えるのは当たり前か。
「じゃあ例えばエロい事って何?尚輝くんは何を我慢してるの?」
「…………」
「おーい?尚輝くん?」
俺の質問に固まる尚輝くん。
ちょっと気になったんだ。俺はゲイに出会った事がないから、男相手にそう言う感情が湧くのがイマイチ分からないんだ。
客のおっさんで体の関係を求めて来る人ならいたけど、それは趣味とかそういうのだろ?金を払うとか言ってたし、尚輝くんの感情はそれとは違うと思うんだ。
多分、俺が女の子に対して抱く感情と同じやつだと思う。
それならどこまで男である俺としたいと思って、どこまで出来るのか知りたかった。
「俺は伊吹さんを抱き締めたいです。そしてキスをしたいと思ってます」
「……普通だ」
思わず声に出しちまった。
それなら男が女に対する感情と変わらない。
俺のポロっと出た言葉に尚輝くんは微笑んで、体ごとこっちを向いて言葉を続けた。
「普通ですよ。俺は伊吹さんの時間をお金で買ってますけど、それ以外は全て普通に20歳の男として伊吹さんの事が好きなんです。だから、こうして同じベッドにいると手を出したくなります」
「手を出す……」
俺が少し身構えると、困ったように笑った。
そして優しい笑顔になって、真っ直ぐに俺を見て言った。
「今は手を出しませんよ。ちゃんと伊吹さんも俺の事を好きになってくれるまで、その時まで楽しみに取っておくんです♪だから添い寝が今の俺の精一杯のワガママです。叶えてくれてありがとうございます」
「尚輝くん……君って子はぁ~!良い子過ぎる!!」
本当にどっかの青いうるさい20歳の男とは大違いだ!あいつなら添い寝なんかしたら間違いなく襲ってくるな!
あ!また俺は他の客の事を!
俺は首を振って嫌な思い出を振り払い、目の前の尚輝くんに向き直って、心からの笑顔を浮かべる。
「こんなおじさんと過ごしてくれて、俺の方こそありがと♪尚輝くんといると楽しいよ。なんか若返った気持ちになる」
「おじさんて……伊吹さんはお兄さんです!あの、伊吹さんは年齢を気にされてますか?」
「え?別に気にしてないけど……あ、そりゃ尚輝くんみたいに若い子と話す時は気にするよ?話しててやっぱ若いなぁって思う事あるし」
「例えばどんな時でしょうか?」
「多いのは、やりたい事とかが多いなって思うかな。ほら、俺なんてただのフリーターだから趣味もなければやりたい事もないからさ~。いろいろやりたい事があって、楽しそうにしてるの見るといいなぁって思うかな」
「伊吹さんから見てそんな風に思われていたんですね。俺は何もない方ですよ?周りはバイトとかサークルとかでもっと忙しそうにしてます。俺はしても勉強ばかりなので、伊吹さんの想像の大学生とか違いますよ」
「勉強好きなんだ?」
「普通ですね。卒業したら父の会社を継ぐ予定なので多少は頑張らないとって思ってます」
「うへ!?尚輝くんって社長になんの!?」
「まぁいずればなるでしょうね。一人息子なので。でもいきなりはなりませんよ?まずは父の会社で一から学んでゆくゆくはって感じですかね」
「ちなみに何の会社やってんの?」
「大手玩具メーカーです。子供向けから大人向けまで幅広く展開していて、父はいつも忙しそうにしています」
「すげぇね!それを継ぐんだ~」
「息子の俺から見ても父は凄いと思います。父は社交的で、明るい性格なのですが、俺はこの通り人付き合いが苦手なので、そこも勉強しなくてはいけません。意外と一番の難問だったりもします」
困ったように笑う尚輝くんの話を聞いて改めてしっかりしてんなぁって思った。
俺とは違ってちゃんと将来の事を考えて勉強してんだな。
「大丈夫だよ。尚輝くんなら立派な社長になれるよ。俺で良ければ対人スキル磨くのに使ってよ♪接客は得意な方だからさ♪」
「嬉しいです♪伊吹さんと話すのは楽しくて、普段は出ないような言葉も出てくるのでとても勉強になります♪」
「そんじゃこれからもよろしくって事で♪」
「はい♪よろしくお願いします♪」
その後も俺と尚輝くんはベッドの上で寝転がりながらお互いの話をして過ごした。
まるでとても仲の良い友達のように。
俺にもいたなこんな友達が。時間を忘れて語り合ったり、馬鹿騒ぎしたり、時には真面目な話したり。
久しぶりに味わった懐かしいこの楽しい時間をくれた尚輝くんに、逆に俺がありがとうと言いたい気分だった。
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