【完結】「お前を愛する者などいない」と笑われた夜、私は“本物の王子”に拾われた

波依 沙枝

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第十五話

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王妃の居室は、いつも静かだった。
香の匂いも、絨毯の柔らかさも、空気の温度も――すべてが「整えられている」。
その整い方が、かえって息を詰まらせた。

窓辺の椅子に座る王妃は、指先で扇を閉じたまま、何もない場所を見ているようだった。
けれど、その視線は、常に誰かの喉元に届く。

「あなたは、レオハルトがこそこそと何をやっていたか、知ってるかしら?」

唐突な問いだった。
リヒトは、反射で背筋を正す。

「……どういう意味です?」

王妃は、答える代わりに鼻で笑った。
薄い笑い。美しいのに、温度のない音。

「知らないのね」

まるで、確認が済んだと言わんばかりに。

「もう三年も前のことなのに」

呆れたように言って、王妃は扇をわずかに揺らした。
その小さな動きだけで、侍女たちの呼吸が揃うのが分かる。

「少しくらいは調べなさい」

言い方は軽い。
けれど命令だった。

リヒトは喉の奥で唾を飲む。
調べろと言うのは簡単だ。
だが、王宮で「調べる」という行為は、刃物を握るのと同じだ。
握る者の指も、必ず切れる。

王妃は、そんなことを知っている。知ったうえで言う。

(この方は――私を守る気など、最初からない)

そう思うだけで、背中が冷えた。

王妃の視線が、ゆっくりとリヒトに向く。
目を逸らすことすら許さない眼差し。

(……スパイの一人でも置け、と言いたいのだろうな)

口には出さない。
出した瞬間、その“思考”ごと握り潰される。

王妃は、淡々と続けた。

「あなたはね、利用できるものを利用しなさい」

扇の先が、机の上を軽く叩く。
こつ、と乾いた音。

「モンテリオールの娘よ」

リヒトの眉が、わずかに動く。

「……モンテリオールの娘?」

「ええ」

王妃は笑わない。
笑う必要がない、という顔だった。

「あの子は一時期、目が不自由だったのでしょう。療養先で――誰と会っていたと思う?」

リヒトは答えない。答えられない。

王妃は、答えを待たずに言った。

「レオハルトよ」

言葉の端に、侮蔑が混じる。

「仲が良かったと聞いたわ。随分とね」

王妃は扇を閉じたまま、指先でその骨を撫でた。
慈しむように。壊すものを撫でるみたいに。

「目が見えなかったのだから、顔も知らない筈」

王妃は視線を逸らさないまま、ゆっくりと言った。

「レオハルトとあなた、いくつか似てるところがある」

リヒトは息を止める。

王妃は扇を閉じたまま、指先で骨をなぞる。
まるで形の良い計画を撫でるみたいに。

「濃淡の差はあれど、金色の髪。青い系統の瞳。背の高さ。――そして声」

最後の一語を落とすときだけ、王妃の口角がわずかに上がった。
嘲りではない。確信の笑みだ。

「だから、出来るでしょう?」

「……何を、ですか」

リヒトの声は、思ったより低く出た。

王妃は微笑んだまま、はっきり言った。

「セレスティアにとっての“レオハルト”になりなさい。声も、態度も、距離の取り方も――似せるのよ」

扇の先が、机を一度だけ叩く。

「彼女があなたを“あの人”だと思いかけたら成功。そこで彼女の心を掴むの」

リヒトが息を呑む。

王妃は続ける。淡々と、決定事項として。

「そして本物のレオハルトは、あなたの手で消してしまいなさい」

言葉は短い。逃げ道もない。

「モンテリオール侯爵家は、こちらの手で握るの」

「こそこそ動いていたあのネズミに、そんな上等な駒をくれてやる気はないでしょう?」
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