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神は、官能の名を呼ぶ
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「……ついてこい」
書店の奥へとずんずん進む醜大男。その背を追う僕は、店主が軽く彼に会釈しているのを横目に見た。
(常連専用の空間ってことかな?)
で、通されたのは、書店の奥にある小さな仕切りスペースだった。カーテンの向こうには静謐な空気が満ちている。
そこには質素ながら丁寧に手入れされた椅子と机。そして壁際には、一般棚によりもさらに過激なタイトルの官能本がずらり。
「ここは我の特別席、官能の祠《かんのうのほこら》である。市場には出回っていない絶版本などが置いてある」
「……絶版本……すごいな」
「ああ。その内容から教会に禁書として指定されたものや、公序良俗を乱すとして焚書処分されたものだな」
「教会っていうと……アセンブラ教会だよね?」
あいつら、焚書なんてしやがって。本を燃やすなんて野蛮人だよ。
「無論だ。我は……アセンブラ教の非常に敬虔な信徒ではあるが、教会のやり方をすべて認めている訳ではない。故に、虐げられた本たちをこうして保護しておる」
腕を組んで彼には小さすぎる椅子をぎしぎし言わせながら、本を見る眼差しには確かな優しさが滲んでいた。
(そっか、アセンブラ教にもこんな風にちゃんとした人がいるんだ)
僕は内心複雑な気持ちを抱えながら周囲の本たちを見る。
木製の机は艶やかで、小口に金箔が施された厚い本たちは見るからに年季の入った名作ばかりだ。
辺りに漂うのはインクと古紙の香り、そしてほのかに漂う……栗の花? いや、まさか。さすがに違って欲しい。これは神聖なムードってやつだ。たぶん。
「さて、座るがいい。お前に、問いたいことがある」
彼が指差した椅子に腰掛ける。
「あ、待って。僕も訊きたいことがあるんだ。さっき読んでたこの本……貴方が書いたの?」
僕はそっと表紙を掲げる。
『濡れるは神の子宮《マトリクス》 ~教会地下の繁殖調書~』
「……ふっ、察しが良いな。著者名にあったであろう、『ネリリン・モンロー』──それこそ我が筆名よ」
どや顔のネリリン。自慢げに鼻息を鳴らしている。
ね、ねりりん……もんろー……っすか。
「す、素晴らしいペンネームだね」
「うむ。神話の時代に存在したとされる本を慈しむ聖女からその名の一部を拝借したのだ。……して、貴様の名前は何という?」
向こうがペンネームなら、こっちもペンネームを使わせてもらおうかな。今考えたけど。
「僕の名は……ケイノー・ウーム。エロいことを考えること以外に、取り立てて取り柄のない男さ」
「うむ……ケイノー・ウームか。よい音韻の並びではないか。では、ケイノー。官能の具現者足る我と貴様、真なるエロスを探るべく対話を始めようぞ」
ネリリンはむふむふと鼻息荒く前屈みになった。
あ、つまり……趣味話をしたかったのね。
ーー
「結論から言うと……君の作品、すごくよかったよ」
僕がそう言うと、目の前の醜男──じゃなかった、“官能小説家”ネリリン・モンローは、フンッと鼻を鳴らした。
「ふはははは、そうであろう! あれは我が魂の結晶、官能と信仰のマトリクス──聖なる交合の福音! 選ばれし者にしか理解されぬ深淵なのだ!」
見開かれた目が潤んでいる。感動してるのか、快感に震えてるのか分からない。これまで直に感想を言われる機会がなかったのかもしれないな。
「いや、ほんとに。たとえば地下での“子宮信仰”の描写とか、斬新だった。
ただのエロじゃなくて、ちゃんと“文化”として描かれてるのがすごいと思った」
「うむ! 母胎こそが祈りの揺籃、肉体こそが神の記録媒体! 我らは性交においてのみ、真に神に触れることができるのだ!」
なるほど、確固たる世界観があるタイプの作家さんだ。常にエロいことを、自分の書くモノを想ってないと、こんな風にスラスラと言葉は出てこない。
きっと本気で官能に向き合っているんだ。
そう考えると嬉しくなった。
「でもさ……」
であれば僕も本気で向かい合わなくては。
「あの場面、神官が“巫女の耳に呼気を吹きかける”ってあるじゃない? あそこ、耳じゃなくて鼻孔だったら、もっと恍惚とした“支配感”が出たと思うんだよね」
「……なにぃ?」
ネリスの顔が止まった。
「鼻孔……?」
「うん。耳は快楽の共有だけど、鼻は存在の介入なんだよ。
呼吸って、生きるってことだから。そこに異物が入るって、“神の侵入”としてすごく映えると思う。そして鼻という一見性感足り得ない部位が、対象になることの背徳性。なんなら鼻に舌を挿入したっていい。第二の秘部に見立てるんだ」
「………………なにぃっ!!」
ネリスの顔がみるみる赤くなる。
「貴様ァ……我が魂の書に、指図をする気かッ!?」
「いや、指図っていうか提案? だってそこ以外はすごく良かったんだし。惜しいと思ったからこそ、さ。君だって……君であれば分かるだろう?
なあ、想像してごらんよ。清らかなる巫女、その白い鼻の奥にはじょりじょりの鼻毛がある……その鼻をフックで持ち上げて歪む顔……でも信仰は歪まない……滴る鼻水……こぼれ落ちる涙……濡れそぼる愛液……これこそまさに三位一体、苦痛、屈辱、性感が織りなす神のトライアングルだよ」
「ぐ、ぐぬぬぬぬぬうううぅ……っ!!! そ、それはぁっ!!!」
ネリリンの額に汗が浮かぶ。
「ねえ、ネリリン。君自身もあの“耳吐息”シーンが最適だとは思っていないんじゃないのかい? 君は、あそこで最適解を出せず妥協として耳を選んだ……違うかな? 君の神に誓って、真実だと言える?」
「……くそがぁっ!!!」
ネリリンは思い切り拳を叩きつけようとして、寸前で止めて拳を下ろした。下を向いてぷるぷると悔しそうに震えている。見た目よりずっと理性的な人みたいだ。
「……ふぅ、認めよう。たしかに貴様の言う通り、我にはあれ以上の描写は思いつかなかった……」
そして陰った顔の奥、その瞳はギラギラと輝いていた。
「ケイノーよ……。やるではないか。よもや我の官能についてくるばかりか、部分的に上回る者がこの世に存在するとは思わなんだ。……よかろう! 貴様の官能と、我の官能をぶつけ合おうではないか! さあ、話すぞ!」
棍棒みたいな腕を広げ、吠えるネリリン。その異形の見た目とは相反して、とても無邪気に、中学生の男子みたいに純粋な笑顔が眩しい。
……なんか僕も楽しくなってきたぞ。
──それからどれほどの時間が経ったのか。
「だから放尿は神性の解放なんだよ!」
僕が声を張り上げると、ネリスは机をバンッと叩いた。
「違う! 放尿は服従の象徴だ! 主の前で無防備に恥を晒すことが、下僕としての極致なのだァッ!!」
「それこそ違う! あれは意思だよ! 自らの意志で放つ“水”こそが──聖性なんだ!」
「それではあまりに神の責任を放棄している! 神の意思は常に絶対であり、
服従という形で体現されねばならん!!」
その瞬間、僕たちの間に強烈なスパーク音が走った(ような気がした)。
だがその後、ほぼ同時にふぅ……と息を吐き、互いに笑った。
「……それもひとつの見方だよね」
「……ふむ、否定はせん。貴様のように“能動的神性”を説く者は少数ながら存在する。興味深い思考だ」
“能動的神性”の意味はまったくわからないけど、悪い気はしない。
ネリスは椅子にもたれかかり、ふと柔らかく目を細めた。
そして──
「次は、乳房だな」
「ああ、おっぱいは最高だ……」
静かに、だが確実に、話題が次なる神域へと進んだ。
「乳房に宿る教義、か……」
僕も息を呑んだ。
「僕はね、左右非対称こそが神性だと思ってる」
「ほう?」
「左は“母性”、右は“加護”──
それぞれの形に、神の役割が宿ってるって考えてるんだ。つまり……パイズリの角度にも意味がある」
「………………」
ネリスは無言で両手を組み、口元にあてた。
「それは、盲点だった……!」
「やっぱり!」
「確かに、書内では乳房を単一機能としてしか扱っていなかった……! 無知、無恥……いや、
神の声を聞き逃していた愚者の所業だ……!!」
「でも、それは誰にでもあることだよ。神性の探求は、常に未完だ。
だから僕たちは、書き続けなきゃいけない。描き続けなきゃいけないんだ」
「……貴様……」
ネリスの目がうるんでいる。
「なんということだ……我は……我は……神に祈る以外で、もっとも、今がもっとも充実した時間を過ごせている……」
「僕だって、こんなに鼻フックと放尿とパイズリについて真剣に語り合える人間に、出会えるなんて思わなかったよ」
「……ケイノー……貴様を、その、友と呼んでもいいだろうか?」
ネリリンは巨体に似合わないもじもじとした素振りで僕の様子を伺う。はっきりいってなかなかSAN値を削られる光景だったが、彼のエロに対する生真面目さ、真剣さを知った今では、大したことではない。
「ネリリン。とっくに僕たちは友達だと思っていたよ」
「……ぐふっ、そうだな。そうであるな……」
醜悪な笑みをネリリンは浮かべ、僕もネチャ顔で微笑み返す。きっと僕たちはキモいだろう。この場面を見た女性は生理的嫌悪感で吐いてしまうかもしれない。それでもいい。この世界に来て、初めて男友達ができた瞬間だった。
気づけば、時計の針はもうすぐ正午を指そうとしていた。
「む……そろそろか。我は正午を過ぎると背後から刺客が来る身でな……」
「えっ、ほんとに? 大丈夫なのそれ」
「冗談だ。だがまあ、昼食抜きで怒られるのは確かなのでな」
ネリスはむっくりと立ち上がると、お店のカウンターに向かって官能小説を山ほど抱えていった。
大判のマガジンから薄いZINE形式の同人誌まで、タイトルはどれも怪しかった。
『雌穴連結五段活用』『男の娘の子』『奴隷マリアの受難~背徳の乳房~』『淫獣の森で交わったら世界が滅びました』
机の上が彼の手によって官能のフルコースと化している。
「これは?」
「我推薦の名作官能本だ。暇な時に読むといい。昂るぞ」
「ネリリン……ありがとう」
「ふっ。貴様のような者と語らい、得た知見の価値は何十冊にも勝る。礼には及ばん」
清算を終えたネリスが袋を抱えてこちらに戻ってくる。
「なあ、ネリリン。また話せるよな? よかったら、君の家まで伺うよ」
僕の問いかけに、ネリリンは少しばかり黙ったあと──ゆっくりと首を横に振った。
「すまぬ。実のところ我は、立場ある身。そうそう身元を明かすわけにはいかぬ。
よって貴様が我に会いたくば……我が直々に、貴様の元へ足を運んでやろうではないか」
自信たっぷりに言い放つネリリン。
(とはいえ、さすがに教会にこの大男を連れていくわけにも……)
アセンブラ教徒をジオス教会に招くのはさすがにやばい。
「ごめん、ネリリン。僕もね、ちょっとだけ立場のある人間でさ。簡単に誰かを招ける場所じゃないんだ。
だからさ──また時間があるときに、ここに集まろうよ」
「ここ?」
「うん。ここで。……そうだ! ここを僕たちの秘密基地にしよう!」
「…………」
ネリスは怪訝な顔をした。だが、ほんの数秒の沈黙のあと。
「ふ、ふんっ……まあ、かまわぬ。よかろう。ここを“官能秘密基地”とする!
ただし次に来るときは、我の“新刊”を見てもらうぞ! そして再び議論をするのだ!」
「もちろん。官能とエロス、背徳が交錯する、唯一無二の秘密基地でね」
どゅふどゅふと、僕たちの笑い声が古びた書店の薄暗い空間に小さく響いた。
書店の奥へとずんずん進む醜大男。その背を追う僕は、店主が軽く彼に会釈しているのを横目に見た。
(常連専用の空間ってことかな?)
で、通されたのは、書店の奥にある小さな仕切りスペースだった。カーテンの向こうには静謐な空気が満ちている。
そこには質素ながら丁寧に手入れされた椅子と机。そして壁際には、一般棚によりもさらに過激なタイトルの官能本がずらり。
「ここは我の特別席、官能の祠《かんのうのほこら》である。市場には出回っていない絶版本などが置いてある」
「……絶版本……すごいな」
「ああ。その内容から教会に禁書として指定されたものや、公序良俗を乱すとして焚書処分されたものだな」
「教会っていうと……アセンブラ教会だよね?」
あいつら、焚書なんてしやがって。本を燃やすなんて野蛮人だよ。
「無論だ。我は……アセンブラ教の非常に敬虔な信徒ではあるが、教会のやり方をすべて認めている訳ではない。故に、虐げられた本たちをこうして保護しておる」
腕を組んで彼には小さすぎる椅子をぎしぎし言わせながら、本を見る眼差しには確かな優しさが滲んでいた。
(そっか、アセンブラ教にもこんな風にちゃんとした人がいるんだ)
僕は内心複雑な気持ちを抱えながら周囲の本たちを見る。
木製の机は艶やかで、小口に金箔が施された厚い本たちは見るからに年季の入った名作ばかりだ。
辺りに漂うのはインクと古紙の香り、そしてほのかに漂う……栗の花? いや、まさか。さすがに違って欲しい。これは神聖なムードってやつだ。たぶん。
「さて、座るがいい。お前に、問いたいことがある」
彼が指差した椅子に腰掛ける。
「あ、待って。僕も訊きたいことがあるんだ。さっき読んでたこの本……貴方が書いたの?」
僕はそっと表紙を掲げる。
『濡れるは神の子宮《マトリクス》 ~教会地下の繁殖調書~』
「……ふっ、察しが良いな。著者名にあったであろう、『ネリリン・モンロー』──それこそ我が筆名よ」
どや顔のネリリン。自慢げに鼻息を鳴らしている。
ね、ねりりん……もんろー……っすか。
「す、素晴らしいペンネームだね」
「うむ。神話の時代に存在したとされる本を慈しむ聖女からその名の一部を拝借したのだ。……して、貴様の名前は何という?」
向こうがペンネームなら、こっちもペンネームを使わせてもらおうかな。今考えたけど。
「僕の名は……ケイノー・ウーム。エロいことを考えること以外に、取り立てて取り柄のない男さ」
「うむ……ケイノー・ウームか。よい音韻の並びではないか。では、ケイノー。官能の具現者足る我と貴様、真なるエロスを探るべく対話を始めようぞ」
ネリリンはむふむふと鼻息荒く前屈みになった。
あ、つまり……趣味話をしたかったのね。
ーー
「結論から言うと……君の作品、すごくよかったよ」
僕がそう言うと、目の前の醜男──じゃなかった、“官能小説家”ネリリン・モンローは、フンッと鼻を鳴らした。
「ふはははは、そうであろう! あれは我が魂の結晶、官能と信仰のマトリクス──聖なる交合の福音! 選ばれし者にしか理解されぬ深淵なのだ!」
見開かれた目が潤んでいる。感動してるのか、快感に震えてるのか分からない。これまで直に感想を言われる機会がなかったのかもしれないな。
「いや、ほんとに。たとえば地下での“子宮信仰”の描写とか、斬新だった。
ただのエロじゃなくて、ちゃんと“文化”として描かれてるのがすごいと思った」
「うむ! 母胎こそが祈りの揺籃、肉体こそが神の記録媒体! 我らは性交においてのみ、真に神に触れることができるのだ!」
なるほど、確固たる世界観があるタイプの作家さんだ。常にエロいことを、自分の書くモノを想ってないと、こんな風にスラスラと言葉は出てこない。
きっと本気で官能に向き合っているんだ。
そう考えると嬉しくなった。
「でもさ……」
であれば僕も本気で向かい合わなくては。
「あの場面、神官が“巫女の耳に呼気を吹きかける”ってあるじゃない? あそこ、耳じゃなくて鼻孔だったら、もっと恍惚とした“支配感”が出たと思うんだよね」
「……なにぃ?」
ネリスの顔が止まった。
「鼻孔……?」
「うん。耳は快楽の共有だけど、鼻は存在の介入なんだよ。
呼吸って、生きるってことだから。そこに異物が入るって、“神の侵入”としてすごく映えると思う。そして鼻という一見性感足り得ない部位が、対象になることの背徳性。なんなら鼻に舌を挿入したっていい。第二の秘部に見立てるんだ」
「………………なにぃっ!!」
ネリスの顔がみるみる赤くなる。
「貴様ァ……我が魂の書に、指図をする気かッ!?」
「いや、指図っていうか提案? だってそこ以外はすごく良かったんだし。惜しいと思ったからこそ、さ。君だって……君であれば分かるだろう?
なあ、想像してごらんよ。清らかなる巫女、その白い鼻の奥にはじょりじょりの鼻毛がある……その鼻をフックで持ち上げて歪む顔……でも信仰は歪まない……滴る鼻水……こぼれ落ちる涙……濡れそぼる愛液……これこそまさに三位一体、苦痛、屈辱、性感が織りなす神のトライアングルだよ」
「ぐ、ぐぬぬぬぬぬうううぅ……っ!!! そ、それはぁっ!!!」
ネリリンの額に汗が浮かぶ。
「ねえ、ネリリン。君自身もあの“耳吐息”シーンが最適だとは思っていないんじゃないのかい? 君は、あそこで最適解を出せず妥協として耳を選んだ……違うかな? 君の神に誓って、真実だと言える?」
「……くそがぁっ!!!」
ネリリンは思い切り拳を叩きつけようとして、寸前で止めて拳を下ろした。下を向いてぷるぷると悔しそうに震えている。見た目よりずっと理性的な人みたいだ。
「……ふぅ、認めよう。たしかに貴様の言う通り、我にはあれ以上の描写は思いつかなかった……」
そして陰った顔の奥、その瞳はギラギラと輝いていた。
「ケイノーよ……。やるではないか。よもや我の官能についてくるばかりか、部分的に上回る者がこの世に存在するとは思わなんだ。……よかろう! 貴様の官能と、我の官能をぶつけ合おうではないか! さあ、話すぞ!」
棍棒みたいな腕を広げ、吠えるネリリン。その異形の見た目とは相反して、とても無邪気に、中学生の男子みたいに純粋な笑顔が眩しい。
……なんか僕も楽しくなってきたぞ。
──それからどれほどの時間が経ったのか。
「だから放尿は神性の解放なんだよ!」
僕が声を張り上げると、ネリスは机をバンッと叩いた。
「違う! 放尿は服従の象徴だ! 主の前で無防備に恥を晒すことが、下僕としての極致なのだァッ!!」
「それこそ違う! あれは意思だよ! 自らの意志で放つ“水”こそが──聖性なんだ!」
「それではあまりに神の責任を放棄している! 神の意思は常に絶対であり、
服従という形で体現されねばならん!!」
その瞬間、僕たちの間に強烈なスパーク音が走った(ような気がした)。
だがその後、ほぼ同時にふぅ……と息を吐き、互いに笑った。
「……それもひとつの見方だよね」
「……ふむ、否定はせん。貴様のように“能動的神性”を説く者は少数ながら存在する。興味深い思考だ」
“能動的神性”の意味はまったくわからないけど、悪い気はしない。
ネリスは椅子にもたれかかり、ふと柔らかく目を細めた。
そして──
「次は、乳房だな」
「ああ、おっぱいは最高だ……」
静かに、だが確実に、話題が次なる神域へと進んだ。
「乳房に宿る教義、か……」
僕も息を呑んだ。
「僕はね、左右非対称こそが神性だと思ってる」
「ほう?」
「左は“母性”、右は“加護”──
それぞれの形に、神の役割が宿ってるって考えてるんだ。つまり……パイズリの角度にも意味がある」
「………………」
ネリスは無言で両手を組み、口元にあてた。
「それは、盲点だった……!」
「やっぱり!」
「確かに、書内では乳房を単一機能としてしか扱っていなかった……! 無知、無恥……いや、
神の声を聞き逃していた愚者の所業だ……!!」
「でも、それは誰にでもあることだよ。神性の探求は、常に未完だ。
だから僕たちは、書き続けなきゃいけない。描き続けなきゃいけないんだ」
「……貴様……」
ネリスの目がうるんでいる。
「なんということだ……我は……我は……神に祈る以外で、もっとも、今がもっとも充実した時間を過ごせている……」
「僕だって、こんなに鼻フックと放尿とパイズリについて真剣に語り合える人間に、出会えるなんて思わなかったよ」
「……ケイノー……貴様を、その、友と呼んでもいいだろうか?」
ネリリンは巨体に似合わないもじもじとした素振りで僕の様子を伺う。はっきりいってなかなかSAN値を削られる光景だったが、彼のエロに対する生真面目さ、真剣さを知った今では、大したことではない。
「ネリリン。とっくに僕たちは友達だと思っていたよ」
「……ぐふっ、そうだな。そうであるな……」
醜悪な笑みをネリリンは浮かべ、僕もネチャ顔で微笑み返す。きっと僕たちはキモいだろう。この場面を見た女性は生理的嫌悪感で吐いてしまうかもしれない。それでもいい。この世界に来て、初めて男友達ができた瞬間だった。
気づけば、時計の針はもうすぐ正午を指そうとしていた。
「む……そろそろか。我は正午を過ぎると背後から刺客が来る身でな……」
「えっ、ほんとに? 大丈夫なのそれ」
「冗談だ。だがまあ、昼食抜きで怒られるのは確かなのでな」
ネリスはむっくりと立ち上がると、お店のカウンターに向かって官能小説を山ほど抱えていった。
大判のマガジンから薄いZINE形式の同人誌まで、タイトルはどれも怪しかった。
『雌穴連結五段活用』『男の娘の子』『奴隷マリアの受難~背徳の乳房~』『淫獣の森で交わったら世界が滅びました』
机の上が彼の手によって官能のフルコースと化している。
「これは?」
「我推薦の名作官能本だ。暇な時に読むといい。昂るぞ」
「ネリリン……ありがとう」
「ふっ。貴様のような者と語らい、得た知見の価値は何十冊にも勝る。礼には及ばん」
清算を終えたネリスが袋を抱えてこちらに戻ってくる。
「なあ、ネリリン。また話せるよな? よかったら、君の家まで伺うよ」
僕の問いかけに、ネリリンは少しばかり黙ったあと──ゆっくりと首を横に振った。
「すまぬ。実のところ我は、立場ある身。そうそう身元を明かすわけにはいかぬ。
よって貴様が我に会いたくば……我が直々に、貴様の元へ足を運んでやろうではないか」
自信たっぷりに言い放つネリリン。
(とはいえ、さすがに教会にこの大男を連れていくわけにも……)
アセンブラ教徒をジオス教会に招くのはさすがにやばい。
「ごめん、ネリリン。僕もね、ちょっとだけ立場のある人間でさ。簡単に誰かを招ける場所じゃないんだ。
だからさ──また時間があるときに、ここに集まろうよ」
「ここ?」
「うん。ここで。……そうだ! ここを僕たちの秘密基地にしよう!」
「…………」
ネリスは怪訝な顔をした。だが、ほんの数秒の沈黙のあと。
「ふ、ふんっ……まあ、かまわぬ。よかろう。ここを“官能秘密基地”とする!
ただし次に来るときは、我の“新刊”を見てもらうぞ! そして再び議論をするのだ!」
「もちろん。官能とエロス、背徳が交錯する、唯一無二の秘密基地でね」
どゅふどゅふと、僕たちの笑い声が古びた書店の薄暗い空間に小さく響いた。
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