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序章 スナック〈蓮~ロータス~〉
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カランカラン
入口の年季の入ったベルが軽い音を出す。
「おや、今日はもう店じまいだよ。帰りな」
静加は一瞬だけ入口に目をやり、手に持っていたタバコを口元にやってふかす。
「……ふぅ」
開いた気配のない扉からなにやら文句を言っているような影の気配がうごめく。
「迷ったのかい……仕方ないねぇ」
今夜の客は早い時間に来た二人だけだったので、静加はそろそろ店を閉めて飲みに行こうとしていた。だが客(・)が来てしまったようだ。
静加が受け入れたところで開かないままの扉から何かが入ってきて席に座る。
ギシィ
何か重量のある存在が古いカウンターチェアに座る。
「ほら、どうぞ」
お客として招き入れた以上は普段通りの接客をするのが静加の飲み屋のママとしての矜持だ。
温かいタオルとつきだしを出してやる。
「何か飲めるのかい?」
その存在が少しだけ動いたのか、またカウンターチェアからギシッと軋んだ音がする。
そして静加の脳に冷えた瓶ビールのイメージが湧いた。
「……」
冷えたコップに冷えたビールを注ぐとその存在から「どうぞ」といってくれた気配を感じた。
「いただくよ」
静加は二つめのコップに瓶ビールを注いで、カツンとコップを鳴らす。
「乾杯」
その存在はコップを持ち上げることは出来ないようだがカウンターチェアがミシっと鳴って、コップのビールがわずかに揺れた。
そしてまた頭にイメージが浮かぶ。
私の若い時の姿と真新しいテーブルや棚、そして昔使っていたレーザーディスクのカラオケ……
「そうかい……ああ、懐かしいね。覚えていてくれてありがとう」
その存在は昔の常連だったようだ。
「ああ、そうだ。覚えているよ。あんたは確かマユちゃんが好きだったね」
二十年以上前にウチにいたホステスの顔が思い浮かぶ。
ギシ
「なにさ?照れることはないだろう」
たしかヨウちゃんと呼んでいた少しぽっちゃりしたサラリーマンだ。
「ヨウちゃん、最後にウチで良かったのかい?」
ギギッ
「ヨウちゃんはウィスキーが好きだったね」
静加は昔からの定番のごく普通の角ばった瓶のウィスキーで水割りを作る。
彼はマユちゃんと話すことに軸を置いていたので、手に持ったコップの中の氷が解けて薄くなった状態にしてから飲むのを楽しんでいた。
そっとテーブルに置くとまたギシっと音が鳴る。
「………………」
ヨウちゃんが喜んでいるのか泣いているのかはわからない。シンとした時間を過ごす静加は新しいタバコに火を灯して煙を燻らせる。
水割りは少し融けてコップの水滴がじわり流れる。
「...来たね」
再び、カランと音がして入口に別の気配が訪れた。
「ヨウちゃん、最後にここを選んでくれてありがとう。会えて嬉しかったよ。さぁ迎えが来たよ」
静加は、あの気配を知っている。
まだ学生だったとき少し廃れた繁華街の裏道でアレは静かに立っていた。
あまりにも普通で最初は人だと思って思わず見つめた瞬間、ほんのわずかに姿を認識したら陽炎のように揺らめいて消えた。
一緒にいた友人は女の子がいたように見えたと言う。だが静加には背の高い黒いナニカにしか見えなかった。
そして後日その場所に通りかかった時に忌み中の札が玄関にかけてあった。
そう、ヨウちゃんを迎えに来たのは、死神もしくは神の使いの類いものなのだと思う。宗教や文化によって見え方は違うのだろう。
『マユちゃん……』
静加の脳に響いてきたのは嬉しそうなヨウちゃんの声だった。
(そうかい……彼はずっと彼女を想っていたんだね)
マユちゃんがここを辞めたあとはどうしているのか静加は知らない。だから迎えに来たアレがマユちゃん本人なのか、彼の望む姿のただの幻影なのかはわからないが、ヨウちゃんにとっては救いだろう。
「もう迷わずに、一緒に逝きな」
カランカラン
ヨウちゃんは迎えとともに静かに闇に消えた。
静加は短くなったタバコを一口吸って火を消した。
「まったく……金を落とさない客が年々増えていくのは堪えるね……」
テーブルに出したものを片付けて綺麗にしてから入口に塩を盛る。
「ふぅ。今夜はアカネに遭いに行こうかね」
静加は店の明かりを落として街に向かった。
入口の年季の入ったベルが軽い音を出す。
「おや、今日はもう店じまいだよ。帰りな」
静加は一瞬だけ入口に目をやり、手に持っていたタバコを口元にやってふかす。
「……ふぅ」
開いた気配のない扉からなにやら文句を言っているような影の気配がうごめく。
「迷ったのかい……仕方ないねぇ」
今夜の客は早い時間に来た二人だけだったので、静加はそろそろ店を閉めて飲みに行こうとしていた。だが客(・)が来てしまったようだ。
静加が受け入れたところで開かないままの扉から何かが入ってきて席に座る。
ギシィ
何か重量のある存在が古いカウンターチェアに座る。
「ほら、どうぞ」
お客として招き入れた以上は普段通りの接客をするのが静加の飲み屋のママとしての矜持だ。
温かいタオルとつきだしを出してやる。
「何か飲めるのかい?」
その存在が少しだけ動いたのか、またカウンターチェアからギシッと軋んだ音がする。
そして静加の脳に冷えた瓶ビールのイメージが湧いた。
「……」
冷えたコップに冷えたビールを注ぐとその存在から「どうぞ」といってくれた気配を感じた。
「いただくよ」
静加は二つめのコップに瓶ビールを注いで、カツンとコップを鳴らす。
「乾杯」
その存在はコップを持ち上げることは出来ないようだがカウンターチェアがミシっと鳴って、コップのビールがわずかに揺れた。
そしてまた頭にイメージが浮かぶ。
私の若い時の姿と真新しいテーブルや棚、そして昔使っていたレーザーディスクのカラオケ……
「そうかい……ああ、懐かしいね。覚えていてくれてありがとう」
その存在は昔の常連だったようだ。
「ああ、そうだ。覚えているよ。あんたは確かマユちゃんが好きだったね」
二十年以上前にウチにいたホステスの顔が思い浮かぶ。
ギシ
「なにさ?照れることはないだろう」
たしかヨウちゃんと呼んでいた少しぽっちゃりしたサラリーマンだ。
「ヨウちゃん、最後にウチで良かったのかい?」
ギギッ
「ヨウちゃんはウィスキーが好きだったね」
静加は昔からの定番のごく普通の角ばった瓶のウィスキーで水割りを作る。
彼はマユちゃんと話すことに軸を置いていたので、手に持ったコップの中の氷が解けて薄くなった状態にしてから飲むのを楽しんでいた。
そっとテーブルに置くとまたギシっと音が鳴る。
「………………」
ヨウちゃんが喜んでいるのか泣いているのかはわからない。シンとした時間を過ごす静加は新しいタバコに火を灯して煙を燻らせる。
水割りは少し融けてコップの水滴がじわり流れる。
「...来たね」
再び、カランと音がして入口に別の気配が訪れた。
「ヨウちゃん、最後にここを選んでくれてありがとう。会えて嬉しかったよ。さぁ迎えが来たよ」
静加は、あの気配を知っている。
まだ学生だったとき少し廃れた繁華街の裏道でアレは静かに立っていた。
あまりにも普通で最初は人だと思って思わず見つめた瞬間、ほんのわずかに姿を認識したら陽炎のように揺らめいて消えた。
一緒にいた友人は女の子がいたように見えたと言う。だが静加には背の高い黒いナニカにしか見えなかった。
そして後日その場所に通りかかった時に忌み中の札が玄関にかけてあった。
そう、ヨウちゃんを迎えに来たのは、死神もしくは神の使いの類いものなのだと思う。宗教や文化によって見え方は違うのだろう。
『マユちゃん……』
静加の脳に響いてきたのは嬉しそうなヨウちゃんの声だった。
(そうかい……彼はずっと彼女を想っていたんだね)
マユちゃんがここを辞めたあとはどうしているのか静加は知らない。だから迎えに来たアレがマユちゃん本人なのか、彼の望む姿のただの幻影なのかはわからないが、ヨウちゃんにとっては救いだろう。
「もう迷わずに、一緒に逝きな」
カランカラン
ヨウちゃんは迎えとともに静かに闇に消えた。
静加は短くなったタバコを一口吸って火を消した。
「まったく……金を落とさない客が年々増えていくのは堪えるね……」
テーブルに出したものを片付けて綺麗にしてから入口に塩を盛る。
「ふぅ。今夜はアカネに遭いに行こうかね」
静加は店の明かりを落として街に向かった。
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