〈蓮~ロータス~〉夜譚

紫楼

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第1話 普通の一日

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 ここはとある田舎のスナック〈蓮~ロータス~〉。繁華街から離れた場所にある。

 私はユリカ。短大を出て一瞬就職してすぐ退職しちゃった21歳の乙女。
 お父さんがたまに飲みに行っていた地元のスナックのバイトが辞めたと聞いて興味本位で雇ってもらった。
 
 スナックの静加ママに「バイト代は安いよ、やめておきな」と断られたけど何とか雇ってもらった。「いいとこ見つけたらいつでもやめていい」なんて言われつつ、早二週間。
 SNSで見ているような煌びやかさはないし、綺麗な格好もしないけど、私はこの〈蓮~ロータス~〉で過ごす日々をわりと気に入っている。

 静加ママはお母さんより年上でちょっとやさぐれたハスキーボイスのいかにもなママだ。
 お父さんは任侠ドラマに出てくる派手な女優さんみたいって言ってたけど、確かにそんな感じ。
 格好もドレスとかではなくて少し派手なスーツだ。高校生が躍ってたバブルダンスで着ていたような。
「アタシが夜の店に働くようになってラウンジのママがプレゼントしてくれたのがこんな感じのものでね。それ以来これがアタシの戦闘服ってわけ」
 戦闘服……後で検索してみようっと。

 お店はアパートの一階五店舗のうちの一店舗。両隣も飲食店だったらしいけど、かなり前に廃業しているらしい。五店舗のうち三店舗は空室だ。築年数も古く、上の階の住人も少ない。
 みんな出ていったらオーナーは壊すんだろうってママとお父さんは言ってる。
 
 私は夜七時に出勤だ。田舎なのでお客が来るのは早い日が多い。基本暇なのでバイトの私が入るのはこの時間からになっている。私も早い時間に入った方が良い気もするけど、ママの決めたことだ。

 店のまわりには、街灯が少なくて店の看板だけちょっと明るい。
 風が吹くと、看板の「蓮~ロータス~」のプレートがかすかに揺れていて、カンと小さな音を立てる。
 この音が、私はけっこう好きだ。

 スナックの中はカウンター七席とボックス席二つのそれなりの広さのお店。
 カウンターでは、静加ママがいつものようにボトルを拭いている。
「おはようございます」
「ユリカ、今日も暇だよ。暇な日は暇なりに、しっかり働きな」
 お客はいない。
 お客は基本的に早い時間か逆にかなり遅い時間に来ることが多い。来ない日は本当に来ないのだけど。
 でも、ママと他愛もない話をしながら、掃除をする時間はわりと好き。
「いいかい。こういう商売はしっかり掃除しておかないと変なものが居つくよ」
 掃除しろはママの口癖。ただ変なものが何かはわからない。聞いたら「変なものは変なものだよ」って返された。
 ママは毎日隅々まで掃除をしていて、古いながらも清潔感を保っていて綺麗な状態なのになんでこんなに口を酸っぱくして言うのかと疑問に思っていた。

 カラン

 入り口にかけてあるベルの音がする。
「いらっしゃい」
「いらっしゃいませ」
 常連のいっちゃんさんが入ってきた。常連って言っても週三回くらいだけどね。
「いやー、今日も疲れたよぉ」
 ワハハと笑ういっちゃんさんはちょっとくたびれたスーツの上着を脱いでママが渡したタオルで顔をふく。私は預かった上着の埃を軽く払ってからハンガーで壁に掛ける。
「いっちゃん、今日もくたびれているねぇ」
 ママはいっちゃんと呼ぶけど、私は「さん」をつける。最初にママからいっちゃんだよって紹介されて「いっちゃんさん……」ってつぶやいたのを面白がってくれてそのまま「いっちゃんさん」で定着した。

 ママがそっと出したつきだしは日替わりで、手作りの煮物や漬物だ。うちの常連さんたちはつきだしを目当てに通っているといっても過言ではない。とても美味しいので私も休憩の時にいただくのを楽しみにしている。
「おー、今日はサバ煮だ。嬉しいね」
 ちなみにさつま揚げと酢の物もあるよ。大体三品でる。

「今日はやたら肩が凝ってねぇ」
 いっちゃんさんは肩を竦めたり腕を回してほぐす。
 ママはいっちゃんさんをじっと見つめたまま、手に取った煙草に火をつける。
 その煙が、古い店の天井にゆっくり溶けていく。
「ふぅ……仕方ないね」
 ママがカウンターを出て、咥えタバコのまま、いっちゃんさんの肩をパンパンっと叩いてから軽く揉んであげる。
「あぁ~、なんでかママの肩もみは一瞬で楽になるから不思議だよ」
 いっちゃんさんが嬉しそうに肩をゆらす。
「いっちゃん、あんたはよく凝るんだからしっかり寝て体を整えな」
「あはは、ママに怒られるのはうれしいからねぇ」
 ママがふぅーっと煙を吐くとき、いっちゃんさんの周りに煙がブワッと囲んだ気がする。ずいぶん変な風の流れだったと思うんだけど、空調の関係かな。

 肩もみを終えるとママは冷蔵庫から瓶ビールをだして、いっちゃんさんの前に置く。
「ふん、ユリカ、コップをとって」

「ああ、すまんね、ママ、ユリカちゃん、乾杯しよう」
 いっちゃんさんはセットの一杯は瓶ビールで、その他とはキープボトルでブランデーの水割りの流れ。
 ここに来る人はわりとその流れが多いかも。

「「「カンパーイ」」」

 来た時より元気になったいっちゃんさんはカラオケで陽気な曲を歌ったあと、失った初恋をおもいだしてる歌を歌う。とても切なそう。何か切ない記憶があるのかな。
 歌の途中で、近所の大倉さんがやってきた。
「いらっしゃいませ」
 いっちゃんさんの気がそれないように席にご案内。
 常連さんは自分の席を大体決めている。空いていたらそこに座るとママが初日に教えてくれた。

「おお、ジュンー」
「いっちゃん、こんばんは」
 常連さん同士はありがたいことに仲がいい。
 ちなみに大倉さん、顔がめっちゃ濃い。若いころは「モテてモテて」と冗談めかしに言っているけど、確かにモテてきたんだろうな感じ。おシャレで話しやすくて、明るいので親しみやすい感じ。
 私にはちょっとオジサンすぎるけどね。

 いっちゃんさんと大倉さんが帰って。伝票を覗くと今夜のお客は早い時間に来てた人を合わせて四人だけだった。赤字じゃないかなって心配になる。

「さて、今日はもう閉めて飲みに行こうかね」
 ママは、人のつながりは大事だ、持ちつ持たれつだよって、暇な日はお友達のお店に行く。そして私も社会勉強だって連れて行ってくれる。オゴリなので申し訳なくなるけど、一人で行くより二人だよって。

 店を閉めて二人でタクシーに乗った。





 
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