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第10話 Bar〈Latimeria〉
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静加はなんとなく気分がすっきりしないからと友人の店に行くことにした。
繁華街の隅にあるOkamaBar〈Latimeria〉。
〈蓮~ロータス~〉や〈camellia〉より古くからある老舗の飲み屋だ。
なんというか、〈Latimeria〉という店名を華やかに飾っている店の看板にばっちりOkamaBarと入れている。今どき稀有な店だろう。
「あら、いらっしゃい」
チーママのムッコが迎え入れてくれる。
ここは昭和の香りが漂っていて少し華やかでありつつ、店主のママ五月のモダンさを合わせもつ、落ち着く店だ。
ただし、従業員はにぎやかで愉快な子が多い。五月の雇う子を見てきたが、入れ替わり立ち代わり、おおよそこの店向きではない、賑やかの性格の子ばかりだ。
「静加ちゃん、今日はなんか機嫌悪いのぉ?」
ムッコは歴代の中でも長くここに居ついている稀有な存在だ。着ているものは身体のラインが出るぴっちりした派手なドレス。性格も見た目も華やかだ。
「そう見えるかい?」
ムッコが私をいつものボックス席に引っ張りながら、私の眉間をつついてくる。
「静加ちゃんが渋い顔をしているのはいつものことたけどねぇ、なんか違うのよ」
「渋い顔とはなんだい。ま、嫌な客に当たっちまっただけだよ」
金を落とさない客でも私が受け入れたなら客だけどね、今日のは紛れ込んできただけの迷惑なヤツだったから。酒を飲みたいわけでも話したいわけでもないただの異物。まったく迷惑なもんだ。
「ムッコ、浅ちゃんが呼んでるよ」
五月が静加のボトルとつきだしを持ってやってきた。ムッコは「あらぁ、寂しがりね」と浅ちゃんの席に向かった。
「あんた、生臭いわね」
「は?」
いくら連れだって一応客なのにあんまりな言いぐさに静加は顔をしかめる。いくら年くっていても臭いと言われたら穏やかな気持ちでいられない。
「まったく……また変なものを店に入れたんだろう」
呆れたように言う五月はブランデーをコップに注ぐ。シックなデザインの着物姿でクラシカルなアップスタイルの結い髪の五月、その仕草はとても上品だ。
「入れたんじゃないわよ。客についてきた雑多なもんだよ」
自分の体臭ではないことにホッとしつつも、あの気持ち悪いねばついた気配が自分についていたことを不快に思う。
「静加がいらない客に入られるのは珍しいね」
静加は五月の分のブランデーを注いでやる。
「……執念とか執着は人間らしいものだけど、めんどくさいったらないよ」
通常、店に不快なものは招かないけど、ごくまれに普通の客に埃のようについてきてしまうものがいる。静加は店に特別な仕掛けをできるわけでもないので防ぐということは出来ないのだ。
「めんどくさくない人間なんていないと思うけどね」
二人は乾杯をしてブランデーを飲む。
「今日のはしつこくて人間の澱みの塊のようなヤツだったんだよ」
「わかってるよ。そりゃ、相当臭いもの」
静加は顔をしかめる。自分が臭いものになったような気になって落ち着かない。
「で、どうしたの。それ」
「追い出したわよ。生霊なんて始末に負えないから、死霊と一緒に向こうに行ってもらったよ」
「生霊に死霊?」
五月はシガレットケースを袂から取り出してタバコに火をつける。それを見て静加も自分のタバコを出して吸い始めた。
「生霊を送っていたヤツ……その死霊の子を追い詰めて死なせておいて、さらに魂になったその子を捕まえて次のターゲットを見張るのに使っていたらしいのよね」
あのジジイは意識してやっていたわけではないだろう。ただ出来てしまっただけ。そして死霊になってしまった彼女は、本当に運が悪かっただけ。あのジジイに出会ってしまったのが運の尽き。割り切れない気持ちになる。
「なんだか気の毒になるけど、その子の生まれ持った命運ってやつかしらね」
「運命だとか宿命だとか知らないけどさ、底意地の悪いやつに出会うのはやっぱ悪運っていうか、運がないっていうか……理不尽だね」
二人で「「ふぅー」」と煙を吐く。モクモクと広がる紫雲が静加の周りを包み込んだ。
「やっだー、ママたち、二人でそんなに吸ってたらくっさいじゃないですかぁ」
別の席についていた、マルコがメニュー表で煙を追い払う。
「マル、うちは喫煙可なんだからうるさいこと言うんじゃないよ」
「モー……」
もちろん、客が苦手だと言えば控えはするが、他の客が吸う分には席を離すが吸うなとは強制しない。客はタバコが吸える店とわかっていて来るのだから。
「湿気た顔で話していないで一緒に飲みましょうよぉ」
マルコはお笑い担当で頬紅をしっかり塗ってオールディーズの女の子のような恰好をしているかわいらしい丸顔の子だ。髪はボブでカールさせている。
「じゃマルちゃんが楽しい歌でもうたっておくれよ」
静加はマルコにウィスキーの水割りを作ってやってリクエストする。
「今のうちは静かに飲める店じゃないねぇ……」
五月がそんな独り言をつぶやいたが、静加がここ〈Latimeria〉に通うようになってから、静かに飲める店だったことは一度もない。
繁華街の隅にあるOkamaBar〈Latimeria〉。
〈蓮~ロータス~〉や〈camellia〉より古くからある老舗の飲み屋だ。
なんというか、〈Latimeria〉という店名を華やかに飾っている店の看板にばっちりOkamaBarと入れている。今どき稀有な店だろう。
「あら、いらっしゃい」
チーママのムッコが迎え入れてくれる。
ここは昭和の香りが漂っていて少し華やかでありつつ、店主のママ五月のモダンさを合わせもつ、落ち着く店だ。
ただし、従業員はにぎやかで愉快な子が多い。五月の雇う子を見てきたが、入れ替わり立ち代わり、おおよそこの店向きではない、賑やかの性格の子ばかりだ。
「静加ちゃん、今日はなんか機嫌悪いのぉ?」
ムッコは歴代の中でも長くここに居ついている稀有な存在だ。着ているものは身体のラインが出るぴっちりした派手なドレス。性格も見た目も華やかだ。
「そう見えるかい?」
ムッコが私をいつものボックス席に引っ張りながら、私の眉間をつついてくる。
「静加ちゃんが渋い顔をしているのはいつものことたけどねぇ、なんか違うのよ」
「渋い顔とはなんだい。ま、嫌な客に当たっちまっただけだよ」
金を落とさない客でも私が受け入れたなら客だけどね、今日のは紛れ込んできただけの迷惑なヤツだったから。酒を飲みたいわけでも話したいわけでもないただの異物。まったく迷惑なもんだ。
「ムッコ、浅ちゃんが呼んでるよ」
五月が静加のボトルとつきだしを持ってやってきた。ムッコは「あらぁ、寂しがりね」と浅ちゃんの席に向かった。
「あんた、生臭いわね」
「は?」
いくら連れだって一応客なのにあんまりな言いぐさに静加は顔をしかめる。いくら年くっていても臭いと言われたら穏やかな気持ちでいられない。
「まったく……また変なものを店に入れたんだろう」
呆れたように言う五月はブランデーをコップに注ぐ。シックなデザインの着物姿でクラシカルなアップスタイルの結い髪の五月、その仕草はとても上品だ。
「入れたんじゃないわよ。客についてきた雑多なもんだよ」
自分の体臭ではないことにホッとしつつも、あの気持ち悪いねばついた気配が自分についていたことを不快に思う。
「静加がいらない客に入られるのは珍しいね」
静加は五月の分のブランデーを注いでやる。
「……執念とか執着は人間らしいものだけど、めんどくさいったらないよ」
通常、店に不快なものは招かないけど、ごくまれに普通の客に埃のようについてきてしまうものがいる。静加は店に特別な仕掛けをできるわけでもないので防ぐということは出来ないのだ。
「めんどくさくない人間なんていないと思うけどね」
二人は乾杯をしてブランデーを飲む。
「今日のはしつこくて人間の澱みの塊のようなヤツだったんだよ」
「わかってるよ。そりゃ、相当臭いもの」
静加は顔をしかめる。自分が臭いものになったような気になって落ち着かない。
「で、どうしたの。それ」
「追い出したわよ。生霊なんて始末に負えないから、死霊と一緒に向こうに行ってもらったよ」
「生霊に死霊?」
五月はシガレットケースを袂から取り出してタバコに火をつける。それを見て静加も自分のタバコを出して吸い始めた。
「生霊を送っていたヤツ……その死霊の子を追い詰めて死なせておいて、さらに魂になったその子を捕まえて次のターゲットを見張るのに使っていたらしいのよね」
あのジジイは意識してやっていたわけではないだろう。ただ出来てしまっただけ。そして死霊になってしまった彼女は、本当に運が悪かっただけ。あのジジイに出会ってしまったのが運の尽き。割り切れない気持ちになる。
「なんだか気の毒になるけど、その子の生まれ持った命運ってやつかしらね」
「運命だとか宿命だとか知らないけどさ、底意地の悪いやつに出会うのはやっぱ悪運っていうか、運がないっていうか……理不尽だね」
二人で「「ふぅー」」と煙を吐く。モクモクと広がる紫雲が静加の周りを包み込んだ。
「やっだー、ママたち、二人でそんなに吸ってたらくっさいじゃないですかぁ」
別の席についていた、マルコがメニュー表で煙を追い払う。
「マル、うちは喫煙可なんだからうるさいこと言うんじゃないよ」
「モー……」
もちろん、客が苦手だと言えば控えはするが、他の客が吸う分には席を離すが吸うなとは強制しない。客はタバコが吸える店とわかっていて来るのだから。
「湿気た顔で話していないで一緒に飲みましょうよぉ」
マルコはお笑い担当で頬紅をしっかり塗ってオールディーズの女の子のような恰好をしているかわいらしい丸顔の子だ。髪はボブでカールさせている。
「じゃマルちゃんが楽しい歌でもうたっておくれよ」
静加はマルコにウィスキーの水割りを作ってやってリクエストする。
「今のうちは静かに飲める店じゃないねぇ……」
五月がそんな独り言をつぶやいたが、静加がここ〈Latimeria〉に通うようになってから、静かに飲める店だったことは一度もない。
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