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間章
間話 クサノオウ -私を見つけて- その一
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△△△
「早く来いよ、古見!」
中学三年生の春、僕は三人の男の子のかばん持ちをさせられていた。
パシリのように扱われ、少しでも嫌がると暴力をふるってくる。
あだ名は女男。それが古見ひなたの日常だった。
男の子なのに、可愛い女の子のような容姿。いつも指をさされ、容姿の事でからかわれた。
僕は自分が嫌いだった。名前も女の子っぽい名前だ。どうして、僕は男の子らしく生まれてこなかったのだろう。男の子らしい体格に、名前にならなかったのだろう。
毎日が苦痛だった。いじめられている僕を助けてくれる人は誰もいない。
こんな毎日がいつまで続くのか。中学を卒業したら、少しはましになるのかな。
高校生になっても変わらないのではないか。救いのない毎日にただ何の希望もなく、僕は生きている。
「いつまでとろとろ歩いてるんだ、古見!」
「友達のいないお前の為に付き合ってやってるのに、荷物ひとつ運べないのか?」
背中を押され、転びそうになると、今度は前から押してくる。
それを何度もされ、膝が地面についた。
「おい、古見! カバン、汚すなよな!」
いつもの暴力が始まる。
なんで、僕を蹴るの? 殴るの?
うずくまって、暴力がやむのを必死で我慢した。草と泥の匂い……いつもの河原で僕は痛みに耐えていた。
黙っていれば、暴力は収まる。僕はそのことを知っている。下手に逆らえば、もっとひどい目にあう。
早く終わって……。
「おい」
聞き慣れない男の人の声に、暴力がやんだ。
誰だろう。
体を動かすと、口の中から血と泥の味が伝わってきて、顔をしかめてしまう。それでも、目を動かすと、大男が立っていた。
ジャージ姿の男の人。
僕達よりも一回り大きい。
大学生? それとも社会人?
「なんっすか?」
「今、忙しいんですけど」
驚くべきことが起きた。誰も言葉を失った。
同級生が……宙を舞ったのだ。
大男はいきなり、僕の同級生を殴り飛ばした。文字通り、殴られた同級生は一回転して地面にたたきつけられる。
人ってあんなに飛んじゃうんだ。
僕はちょっとズレた感想を抱いていた。
「な、何しやがる!」
「いきな……」
バギッ!
一人、また一人、僕の同級生は大男に殴られていく。
僕はぽかんと口を開けたまま、その光景に魅入っていた。あれだけ僕のことを苦しめてきたいじめっ子が難なく吹き飛ばされていく。蹂躙されていく。
この一年、ずっといじめられると思っていた。中学卒業まで続くと思っていた。
それが、今見知らぬ男性の暴力で現実が変わった。
その人は美しかった。
どんな理不尽なことでも吹き飛ばしてくれるような強さ。
ヒーローみたいな人だ。格好いい……。
僕は目の前の男性に憧れた。この人のようになりたいって思った。
暴力は相手を傷つけるだけじゃない。人の価値観を変えてしまうほどの……衝撃的なものだって教えられた。
暴力は誰かの救いになることを僕は知った。
だって、僕が暴力で助けられたから……辛い現実を変えられるって目の前で教えてくれたから……。
先生も親も教えてくれなかったことを、この人は行動で証明してくれたのだ。どんな参考書よりも、シンプルで、理解しやすくて、説得力があった。
大男はいじめっ子を全員殴り倒した後、僕のことなんて視界に入っていないのか、何も声をかけずにその場から離れようとした。
僕はとっさに大男に声をかけた。
「ま、待ってください!」
男性は声をかけた僕を睨みつけた。
こ、怖い。
怖いけど、僕にはこの人が怒っているようには見えなかった。
こんなに強い人が、どうして泣きそうな顔をしているのか。
実際には僕なんかに呼び止められて、大男は苛立ちから僕を睨みつけている。
怒っているんだけど……でも、僕には目の前の男の人が泣いているように見えた。
だから、聞いてみたんだ。
「なんで、泣きそうな顔をしているですか?」
大男は目を大きく開き、まじまじと僕を見つめていた。
どうしたんだろう?
「泣きそう? 俺様が? 最強の俺様が泣くわけねえだろうが!」
大男に怒鳴られてしまい、僕は震えながら言葉を紡ぐ。
「ご、ごめんなさい。でも、そう見えたんです。誰かに気付いてほしいけど、気づいてもらえなくて泣いているように見えたんです……だから、僕にはもがいているように思いました。僕もそうだから」
「ざけるな。てめえみたいな苛められている弱虫と俺様が同じなわけないだろ!」
そうだよね、この人は強い。僕みたいな弱者とは違う。でも、気のせいじゃない。気のせいじゃないけど、怖いからつい謝ってしまう。
「ご、ごめんなさい。僕の勘違いでした」
「今度変なことぬかしやがったらただじゃおかねえからな! さっさとどっかいけ!」
大男は草原に寝そべって、そのまま眠ってしまった。
これが獅子王先輩との出会い。
黄色い菜の花が咲くこの季節に、僕たちは出会った。小さな幸せが僕に訪れた日だった。
僕ね、この日のことを後日獅子王先輩に訊いたんだ。どうして僕の同級生を殴ったのか、理由が知りたくて。
そしたら、獅子王先輩、何て言ったと思う?
うるさかったから、昼寝の邪魔だったから。
それが理由なんだって。傍若無人の獅子王先輩らしい言葉だよね。でも、自分らしいというか、獅子王先輩って感じがする。
ごめん、話を戻すね。
獅子王先輩が昼寝した後、僕はいじめっ子達の荷物を地面に置いて帰った。
それが僕にできる小さい抵抗。久しぶりに理不尽に逆らってみた行動だった。
翌日、同級生の仕返しが怖くて震えていたけど、大男に殴られた同級生は全員、学校を休んでいた。
翌日も学校を休んでしまうほどの威力のあるパンチだなんて、思いもよらなかった。
何日かして同級生は学校に来た。
また僕をパシりに使おうとしたとき、僕は咄嗟にまたあの人に殴られたいのって言った。
あの人のようになりたくて、ちょっとだけ勇気を出して抵抗してみた。他力本願もいいところだ。僕はただ、あの人の名前を出しただけなんだから。
でも、効果は覿面で、いじめっ子たちは顔色を変え、態度が一変した。何も言わずに去って行ったんだ。
凄い。
たった一発のパンチが、後になっても相手を黙らせる威力があるなんて。
僕は興味を持って、大男の事を調べてみた。誰かに興味を持つことなんて生まれて初めての経験だった。
僕の周りは他人で友達なんて一人もいない。他人は僕に害を与えるだけ。人と仲良くなることなんて、諦めていたのに、あの人はわずかな時間で僕の心の中を占めた。
獅子王一。
高校生ボクサー。
無敗のチャンピオンで、ボクシングの大会を一年生で優勝している。どうりで強いわけだ。
僕は一大決心をした。
僕はあの人に弟子入りしよう。僕もあの人のように強くなりたい。
強くなって自分を変えたい。
僕の中で生きる希望がうまれたんだ。
「早く来いよ、古見!」
中学三年生の春、僕は三人の男の子のかばん持ちをさせられていた。
パシリのように扱われ、少しでも嫌がると暴力をふるってくる。
あだ名は女男。それが古見ひなたの日常だった。
男の子なのに、可愛い女の子のような容姿。いつも指をさされ、容姿の事でからかわれた。
僕は自分が嫌いだった。名前も女の子っぽい名前だ。どうして、僕は男の子らしく生まれてこなかったのだろう。男の子らしい体格に、名前にならなかったのだろう。
毎日が苦痛だった。いじめられている僕を助けてくれる人は誰もいない。
こんな毎日がいつまで続くのか。中学を卒業したら、少しはましになるのかな。
高校生になっても変わらないのではないか。救いのない毎日にただ何の希望もなく、僕は生きている。
「いつまでとろとろ歩いてるんだ、古見!」
「友達のいないお前の為に付き合ってやってるのに、荷物ひとつ運べないのか?」
背中を押され、転びそうになると、今度は前から押してくる。
それを何度もされ、膝が地面についた。
「おい、古見! カバン、汚すなよな!」
いつもの暴力が始まる。
なんで、僕を蹴るの? 殴るの?
うずくまって、暴力がやむのを必死で我慢した。草と泥の匂い……いつもの河原で僕は痛みに耐えていた。
黙っていれば、暴力は収まる。僕はそのことを知っている。下手に逆らえば、もっとひどい目にあう。
早く終わって……。
「おい」
聞き慣れない男の人の声に、暴力がやんだ。
誰だろう。
体を動かすと、口の中から血と泥の味が伝わってきて、顔をしかめてしまう。それでも、目を動かすと、大男が立っていた。
ジャージ姿の男の人。
僕達よりも一回り大きい。
大学生? それとも社会人?
「なんっすか?」
「今、忙しいんですけど」
驚くべきことが起きた。誰も言葉を失った。
同級生が……宙を舞ったのだ。
大男はいきなり、僕の同級生を殴り飛ばした。文字通り、殴られた同級生は一回転して地面にたたきつけられる。
人ってあんなに飛んじゃうんだ。
僕はちょっとズレた感想を抱いていた。
「な、何しやがる!」
「いきな……」
バギッ!
一人、また一人、僕の同級生は大男に殴られていく。
僕はぽかんと口を開けたまま、その光景に魅入っていた。あれだけ僕のことを苦しめてきたいじめっ子が難なく吹き飛ばされていく。蹂躙されていく。
この一年、ずっといじめられると思っていた。中学卒業まで続くと思っていた。
それが、今見知らぬ男性の暴力で現実が変わった。
その人は美しかった。
どんな理不尽なことでも吹き飛ばしてくれるような強さ。
ヒーローみたいな人だ。格好いい……。
僕は目の前の男性に憧れた。この人のようになりたいって思った。
暴力は相手を傷つけるだけじゃない。人の価値観を変えてしまうほどの……衝撃的なものだって教えられた。
暴力は誰かの救いになることを僕は知った。
だって、僕が暴力で助けられたから……辛い現実を変えられるって目の前で教えてくれたから……。
先生も親も教えてくれなかったことを、この人は行動で証明してくれたのだ。どんな参考書よりも、シンプルで、理解しやすくて、説得力があった。
大男はいじめっ子を全員殴り倒した後、僕のことなんて視界に入っていないのか、何も声をかけずにその場から離れようとした。
僕はとっさに大男に声をかけた。
「ま、待ってください!」
男性は声をかけた僕を睨みつけた。
こ、怖い。
怖いけど、僕にはこの人が怒っているようには見えなかった。
こんなに強い人が、どうして泣きそうな顔をしているのか。
実際には僕なんかに呼び止められて、大男は苛立ちから僕を睨みつけている。
怒っているんだけど……でも、僕には目の前の男の人が泣いているように見えた。
だから、聞いてみたんだ。
「なんで、泣きそうな顔をしているですか?」
大男は目を大きく開き、まじまじと僕を見つめていた。
どうしたんだろう?
「泣きそう? 俺様が? 最強の俺様が泣くわけねえだろうが!」
大男に怒鳴られてしまい、僕は震えながら言葉を紡ぐ。
「ご、ごめんなさい。でも、そう見えたんです。誰かに気付いてほしいけど、気づいてもらえなくて泣いているように見えたんです……だから、僕にはもがいているように思いました。僕もそうだから」
「ざけるな。てめえみたいな苛められている弱虫と俺様が同じなわけないだろ!」
そうだよね、この人は強い。僕みたいな弱者とは違う。でも、気のせいじゃない。気のせいじゃないけど、怖いからつい謝ってしまう。
「ご、ごめんなさい。僕の勘違いでした」
「今度変なことぬかしやがったらただじゃおかねえからな! さっさとどっかいけ!」
大男は草原に寝そべって、そのまま眠ってしまった。
これが獅子王先輩との出会い。
黄色い菜の花が咲くこの季節に、僕たちは出会った。小さな幸せが僕に訪れた日だった。
僕ね、この日のことを後日獅子王先輩に訊いたんだ。どうして僕の同級生を殴ったのか、理由が知りたくて。
そしたら、獅子王先輩、何て言ったと思う?
うるさかったから、昼寝の邪魔だったから。
それが理由なんだって。傍若無人の獅子王先輩らしい言葉だよね。でも、自分らしいというか、獅子王先輩って感じがする。
ごめん、話を戻すね。
獅子王先輩が昼寝した後、僕はいじめっ子達の荷物を地面に置いて帰った。
それが僕にできる小さい抵抗。久しぶりに理不尽に逆らってみた行動だった。
翌日、同級生の仕返しが怖くて震えていたけど、大男に殴られた同級生は全員、学校を休んでいた。
翌日も学校を休んでしまうほどの威力のあるパンチだなんて、思いもよらなかった。
何日かして同級生は学校に来た。
また僕をパシりに使おうとしたとき、僕は咄嗟にまたあの人に殴られたいのって言った。
あの人のようになりたくて、ちょっとだけ勇気を出して抵抗してみた。他力本願もいいところだ。僕はただ、あの人の名前を出しただけなんだから。
でも、効果は覿面で、いじめっ子たちは顔色を変え、態度が一変した。何も言わずに去って行ったんだ。
凄い。
たった一発のパンチが、後になっても相手を黙らせる威力があるなんて。
僕は興味を持って、大男の事を調べてみた。誰かに興味を持つことなんて生まれて初めての経験だった。
僕の周りは他人で友達なんて一人もいない。他人は僕に害を与えるだけ。人と仲良くなることなんて、諦めていたのに、あの人はわずかな時間で僕の心の中を占めた。
獅子王一。
高校生ボクサー。
無敗のチャンピオンで、ボクシングの大会を一年生で優勝している。どうりで強いわけだ。
僕は一大決心をした。
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