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八章
八話 シュウカイドウ -未熟- その六
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私は職員室にいた風紀委員の顧問、播磨先生を呼びにいき、男子生徒を引き渡した。
私のクラスは自習だったので、教室に戻らず、播磨先生に事情を説明した。
たまたま、トイレにいったときに彼を見かけたこと。
靴箱に何か入れようとしたので確認したところ、猫だったこと。
そこにたまたま通りがかった御堂先輩が男子生徒を取り押さえたこと。
播磨先生は少し呆れていたが、ちょっとした小言だけで解放された。
私達よりも男子生徒のほうが問題。
今頃、たっぷりと怒られているだろう。少しは自分のしでかしたことを反省してほしい。
放課後、私と御堂先輩は橘先輩に呼び出され、事情を説明すると共に、事の顛末を聞かされた。
「彼なんだけどね、停学処分になったみたい。猫を殺そうとした理由は、学園内でにゃにゃ鳴いてうるさかったから嫌がらせに使えると思ってやったんだって。動物愛護法があるから、警察に届けをだすことになった。播磨先生が罪を償えって言ったら、彼、何て言ったと思う? 保健所は猫を殺しても無罪なのに、なんで俺が殺したら有罪になるのかって」
「救いようがないな」
「ですね」
どこまで自分勝手なの? 保健所だって、好きで猫を殺しているわけではないのに……身勝手な飼い主のしわ寄せをさせられているのに……。
悪いことをしている自覚すらないことに怒りと恐怖を感じる。
「救いがあるとしたら猫が助かったことかな」
「本当ですか!」
「本当だよ。病院から連絡があった。もう少し遅かったら死んでいたかもしれないって」
よかった……よかったよ。
私は嬉しくて口をおさえ、涙がこぼれた。御堂先輩は目頭を押さえて、涙をそっとふいていた。
これも全て、獅子王先輩のおかげ。
私はあのときのことを思い出していた。
男子生徒を播磨先生に引き渡した後、私は猫の墓を作ろうとした。
痛かったよね、ごめんね。
悔やんでも悔やみきれない。やりきれない気持ちに涙を流しながら、心の中で謝罪していると……。
にゃ……。
猫の鳴き声が聞こえた。弱々しい鳴き声だけど、私には聞こえた。
生きている! 生きてるよ!
「み、御堂先輩! 猫、生きてます! 生きてますよ!」
「ほ、本当か!」
「はい……にゃって……鳴いてます」
よかった……よかったよ……。
私は猫が生きていてくれたことが嬉しくて、また涙がこぼれた。
「と、とにかく手当だ! 保健室……じゃなくて、病院か? どこに連絡したら……」
御堂先輩が悩んでいる姿に苛立ちを感じてしまった私は、つい怒鳴ってしまった。
「きゅ、救急車じゃダメなんですか!」
私の意見に播磨先生は首を振る。
「救急車は人でなければ来てくれない。近くの動物病院につれていくべきだ」
「そ、それなら、早くしてください! 死んじゃいますよ、この猫!」
「あ、慌てるな、伊藤。今すぐ調べて……」
私は必死に播磨先生の上着を掴み、この猫を助けてほしいと懇願しかできなかった。
助けてよ! この猫、このままじゃ、死んじゃうよ!
パニックで泣き叫ぶことしかできない私に、鋭い声が耳をつらぬいた。
「うるせえぞ! がたがた泣き叫びやがって! パニクってんじゃねえぞ、こら! 少しは自分で行動しろ!」
し、獅子王先輩?
急に現れた獅子王先輩に私達は唖然としていた。なんで獅子王先輩がここに?
獅子王先輩は服が汚れるのかまわず猫を抱え、スマホを取り出す。
「おい、川端! 今すぐ車を出せ! 動物病院に医者を待機させろ! 俺様の言いたいこと、分かるな!」
そこからはあっという間だった。
いきなりリムジンが来たと思ったら、獅子王先輩はリムジンに乗り込んで、猫を動物病院に連れていった。残された私達は立ち尽くすことしかできなかった。
獅子王先輩、猫を助けてくれたんだ……猫、助かったんだ。本当によかった。でも……。
嬉しい気持ちはすぐさま申し訳ない気持ちになる。罪悪感があった。
もし、私が古見君達に関わらなければ、こんなことにはならなかったのではないか? 私が何もしなければ、男子生徒も猫を殺そうとはしなかったのではないか?
そう思うと、胃がむかむかとして気持ち悪くなる。
うつむいている私に、橘先輩が優しく諭すような声で話しかけてくれた。
「伊藤さん、もしかして、自分のせいでこんなことになったって思ってる? それは勘違いだよ。彼が悪い。自分のしでかしたことにどんな報いを受けることになるのか、理解できなかった彼が悪い。猫を殺したら動物愛護法に違反して捕まる。当たり前のことだよ」
御堂先輩が少し乱暴に私の頭を撫でてきた。
「橘、もう少し言い方ってもんがあるだろ? その説明だと、法律がなければ猫を殺してもいいってことになる。確かに私達は喰うために、自分の都合の為に生き物を殺してる。けどな、不必要な殺生はするもんじゃねえでいいだろうが。偽善大いに結構。そうだろ?」
私はちょっと笑ってしまった。御堂先輩達らしい考え方だ。もう、こんなことが起きないよう、注意しないと。
それに、私は犯人を捕まえることができても、私は猫を助けることが出来なかった。ただおろおろとしてるだけ。
これが名探偵なら、格好良く助けちゃうんだろうけど。それができない私はやっぱりモブなんだよね……本当、私って迷探偵。事件も授業サボって調査してたし。
へこんでいる私に、橘先輩は気遣うように優しい声で話しかけてくる。
「ねえ、伊藤さん。今回は伊藤さんのせいじゃあないけど、これからは違うのかもしれない。もっと悪意のある行為が古見君を襲うかもしれない。伊藤さんだって、無事じゃすまなくなる可能性もある。そうならないためにも、あの二人に関わるのはもうよさない?」
「おい、橘。今、それを言うのは卑怯だろ?」
御堂先輩の意見に、橘先輩は反論する。
「いや、今だからでしょ? 実際、伊藤さんの顔色悪いじゃない。傷つく前に手を引くのは悪いことじゃないでしょ? それに風紀委員長として、風紀委員である伊藤さんに傷ついてほしくないんだ」
「……ごめんなさい。ちょっと考えさせてくれませんか?」
今の心境で二人の仲を応援したいとは言い切れなかった。人の悪意は私の想像をはるかに超えている。
もしかしたら、次はどんな恐ろしいことがおきるのか分からない。
それに、私は橘先輩に逆らっているのに、橘先輩は私を気遣ってくれている。その想いを無視することなんて出来なかった。
先輩……私、どうしたらいいの?
ここにいない先輩に助けを求める自分の弱さに、唇をかみしめることしかできなかった。
「そっか。そんなことがあったんだ。ごめんね、迷惑かけて」
「古見君が悪いわけじゃないよ。あの男子生徒が悪いんだから」
私は古見君に犯人が捕まったこと、停学になったことを話した。
お昼休みは顧問の事情聴取、放課後は橘先輩の報告があったので部活が終わった後、待ち伏せして古見君に話をした。
あまり聞かれたくない話だったから、以前に獅子王先輩の相談に乗った空き教室を使わせてもらっている。
む、無断で使用しているけど、問題ないよね? ちょっぴり不安だけど、風紀委員にいられない私が使用できる教室なんて限られているし。
古見君の部活が終わるころには日が沈んでいて、少し肌寒い風が窓から入り込んでくる。
ちなみに、真っ先に滝沢さんに真犯人の事を話してあげたけど、
「あっそっ」
と言われただけだった。
えっ? それだけ? もっと何か言うことがあるでしょうが! ごめんなさいとか申し訳ありませんでしたとかさ!
なんなのよ、もう! 謝罪もないわけ! 腹が立つ!
私は滝沢さんの後ろ姿に舌をだして見送った。
結構ショッキングな話をしたのに、古見君の反応はうすい。
ちょっと気になってたんだけど、自分のことなのに他人事のような反応してない? 古見君にとってはどうでもいいことなの?
私一人だけが空回りしているような気分と、猫のこともあったので、ちょっと険のある態度をとってしまう。
「ねえ、古見君が悪いってわけじゃないけど、何かないの? 猫、死にかけたんだよ。胸が痛むとかないのかな?」
「ないよ。もう慣れちゃったよ」
「な、慣れた?」
「うん。よくあることだし」
私は古見君に何て言葉をかけていいのか、わからなかった。古見君は諦めたように笑っている。
「逆に嫌がらせがなかったことのほうが珍しいかな? 幼稚園から高校までずっとだよ。もういい加減、慣れたかな。伊藤さんも見ていたでしょ? 僕がホモだってからかわれていたの。他にもいろいろとあるからさ。獅子王先輩のおかげで嫌がらせは減ったけど、完全になくなったわけじゃないから」
笑い事じゃないよ、古見君……。
失礼な言い方かもしれないけど、古見君の笑顔は、ちょっと前までの私の笑顔と似ている。
理不尽なことを押し付けられることに、諦めてしまい、笑ってごまかそうとしていた私と……。
私は中学の時からだけど、古見君は幼稚園から嫌がらせを受けている。あきらめてしまうのは当然なのかもしれないけど……今の私は、そのことを疑問に思ってしまう。
何か、手はないの? 私にできることはないのかな?
私の困った顔に古見君は優しく笑ってくれた。
「幼稚園のときから男女っていわれて……小学校のときは靴やリコーダ、体操服がよくなくなったよ。中学は……その……無理矢理……キスされそうになって」
「お、男の子からですか!」
トレビアン!
私は期待と希望に満ちた目で古見君を見つめた。鼻息の荒い私に、古見君はちょっぴり引いていた。
「う、うん。無理矢理なのにちょっとドキっとして」
「分かります分かります!」
つい二回いっちゃいました!
でも、本当にすさまじい生き様だね、古見君は! ドラマチックすぎ!
古見君の態度が、他人事みたいに思える気持ちが少し分かったような気がする。古見君は終わらない嫌がらせに、諦めて受けいれてしまっている。
私だって、終わりのない嫌がらせが、どんどんエスカレートしていけば気が滅入るよ。終わりのない嫌がらせなんて地獄じゃない。
だけど、古見君は笑っている。なんでなの?
「古見君はいつも笑ってるよね? 無理してない?」
「今は無理してないよ。中学のときはね、死にたいって思ってた。いいことなんて何もないし、これから先も嫌がらせが続くと思うと、生きていても仕方ないって思ってた。獅子王先輩に会うまでは」
獅子王先輩の名前が出てきたとき、古見君の笑顔に少しの変化があった。人の人生を変えてしまうほどの出会いって、やっぱり恋だと思うんだけど……。
ちょっと、二人の出会いに興味が出てきた。
「そういえば獅子王先輩とはどうやって知り合ったの?」
不思議に思っていた。
獅子王先輩と古見君はどうやって知り合ったのか。
片や財閥の御曹司、片やいじめられっ子。
どんな出会いがあったの?
古見君は目を閉じ、当時のことを思い出すように話してくれた。
私のクラスは自習だったので、教室に戻らず、播磨先生に事情を説明した。
たまたま、トイレにいったときに彼を見かけたこと。
靴箱に何か入れようとしたので確認したところ、猫だったこと。
そこにたまたま通りがかった御堂先輩が男子生徒を取り押さえたこと。
播磨先生は少し呆れていたが、ちょっとした小言だけで解放された。
私達よりも男子生徒のほうが問題。
今頃、たっぷりと怒られているだろう。少しは自分のしでかしたことを反省してほしい。
放課後、私と御堂先輩は橘先輩に呼び出され、事情を説明すると共に、事の顛末を聞かされた。
「彼なんだけどね、停学処分になったみたい。猫を殺そうとした理由は、学園内でにゃにゃ鳴いてうるさかったから嫌がらせに使えると思ってやったんだって。動物愛護法があるから、警察に届けをだすことになった。播磨先生が罪を償えって言ったら、彼、何て言ったと思う? 保健所は猫を殺しても無罪なのに、なんで俺が殺したら有罪になるのかって」
「救いようがないな」
「ですね」
どこまで自分勝手なの? 保健所だって、好きで猫を殺しているわけではないのに……身勝手な飼い主のしわ寄せをさせられているのに……。
悪いことをしている自覚すらないことに怒りと恐怖を感じる。
「救いがあるとしたら猫が助かったことかな」
「本当ですか!」
「本当だよ。病院から連絡があった。もう少し遅かったら死んでいたかもしれないって」
よかった……よかったよ。
私は嬉しくて口をおさえ、涙がこぼれた。御堂先輩は目頭を押さえて、涙をそっとふいていた。
これも全て、獅子王先輩のおかげ。
私はあのときのことを思い出していた。
男子生徒を播磨先生に引き渡した後、私は猫の墓を作ろうとした。
痛かったよね、ごめんね。
悔やんでも悔やみきれない。やりきれない気持ちに涙を流しながら、心の中で謝罪していると……。
にゃ……。
猫の鳴き声が聞こえた。弱々しい鳴き声だけど、私には聞こえた。
生きている! 生きてるよ!
「み、御堂先輩! 猫、生きてます! 生きてますよ!」
「ほ、本当か!」
「はい……にゃって……鳴いてます」
よかった……よかったよ……。
私は猫が生きていてくれたことが嬉しくて、また涙がこぼれた。
「と、とにかく手当だ! 保健室……じゃなくて、病院か? どこに連絡したら……」
御堂先輩が悩んでいる姿に苛立ちを感じてしまった私は、つい怒鳴ってしまった。
「きゅ、救急車じゃダメなんですか!」
私の意見に播磨先生は首を振る。
「救急車は人でなければ来てくれない。近くの動物病院につれていくべきだ」
「そ、それなら、早くしてください! 死んじゃいますよ、この猫!」
「あ、慌てるな、伊藤。今すぐ調べて……」
私は必死に播磨先生の上着を掴み、この猫を助けてほしいと懇願しかできなかった。
助けてよ! この猫、このままじゃ、死んじゃうよ!
パニックで泣き叫ぶことしかできない私に、鋭い声が耳をつらぬいた。
「うるせえぞ! がたがた泣き叫びやがって! パニクってんじゃねえぞ、こら! 少しは自分で行動しろ!」
し、獅子王先輩?
急に現れた獅子王先輩に私達は唖然としていた。なんで獅子王先輩がここに?
獅子王先輩は服が汚れるのかまわず猫を抱え、スマホを取り出す。
「おい、川端! 今すぐ車を出せ! 動物病院に医者を待機させろ! 俺様の言いたいこと、分かるな!」
そこからはあっという間だった。
いきなりリムジンが来たと思ったら、獅子王先輩はリムジンに乗り込んで、猫を動物病院に連れていった。残された私達は立ち尽くすことしかできなかった。
獅子王先輩、猫を助けてくれたんだ……猫、助かったんだ。本当によかった。でも……。
嬉しい気持ちはすぐさま申し訳ない気持ちになる。罪悪感があった。
もし、私が古見君達に関わらなければ、こんなことにはならなかったのではないか? 私が何もしなければ、男子生徒も猫を殺そうとはしなかったのではないか?
そう思うと、胃がむかむかとして気持ち悪くなる。
うつむいている私に、橘先輩が優しく諭すような声で話しかけてくれた。
「伊藤さん、もしかして、自分のせいでこんなことになったって思ってる? それは勘違いだよ。彼が悪い。自分のしでかしたことにどんな報いを受けることになるのか、理解できなかった彼が悪い。猫を殺したら動物愛護法に違反して捕まる。当たり前のことだよ」
御堂先輩が少し乱暴に私の頭を撫でてきた。
「橘、もう少し言い方ってもんがあるだろ? その説明だと、法律がなければ猫を殺してもいいってことになる。確かに私達は喰うために、自分の都合の為に生き物を殺してる。けどな、不必要な殺生はするもんじゃねえでいいだろうが。偽善大いに結構。そうだろ?」
私はちょっと笑ってしまった。御堂先輩達らしい考え方だ。もう、こんなことが起きないよう、注意しないと。
それに、私は犯人を捕まえることができても、私は猫を助けることが出来なかった。ただおろおろとしてるだけ。
これが名探偵なら、格好良く助けちゃうんだろうけど。それができない私はやっぱりモブなんだよね……本当、私って迷探偵。事件も授業サボって調査してたし。
へこんでいる私に、橘先輩は気遣うように優しい声で話しかけてくる。
「ねえ、伊藤さん。今回は伊藤さんのせいじゃあないけど、これからは違うのかもしれない。もっと悪意のある行為が古見君を襲うかもしれない。伊藤さんだって、無事じゃすまなくなる可能性もある。そうならないためにも、あの二人に関わるのはもうよさない?」
「おい、橘。今、それを言うのは卑怯だろ?」
御堂先輩の意見に、橘先輩は反論する。
「いや、今だからでしょ? 実際、伊藤さんの顔色悪いじゃない。傷つく前に手を引くのは悪いことじゃないでしょ? それに風紀委員長として、風紀委員である伊藤さんに傷ついてほしくないんだ」
「……ごめんなさい。ちょっと考えさせてくれませんか?」
今の心境で二人の仲を応援したいとは言い切れなかった。人の悪意は私の想像をはるかに超えている。
もしかしたら、次はどんな恐ろしいことがおきるのか分からない。
それに、私は橘先輩に逆らっているのに、橘先輩は私を気遣ってくれている。その想いを無視することなんて出来なかった。
先輩……私、どうしたらいいの?
ここにいない先輩に助けを求める自分の弱さに、唇をかみしめることしかできなかった。
「そっか。そんなことがあったんだ。ごめんね、迷惑かけて」
「古見君が悪いわけじゃないよ。あの男子生徒が悪いんだから」
私は古見君に犯人が捕まったこと、停学になったことを話した。
お昼休みは顧問の事情聴取、放課後は橘先輩の報告があったので部活が終わった後、待ち伏せして古見君に話をした。
あまり聞かれたくない話だったから、以前に獅子王先輩の相談に乗った空き教室を使わせてもらっている。
む、無断で使用しているけど、問題ないよね? ちょっぴり不安だけど、風紀委員にいられない私が使用できる教室なんて限られているし。
古見君の部活が終わるころには日が沈んでいて、少し肌寒い風が窓から入り込んでくる。
ちなみに、真っ先に滝沢さんに真犯人の事を話してあげたけど、
「あっそっ」
と言われただけだった。
えっ? それだけ? もっと何か言うことがあるでしょうが! ごめんなさいとか申し訳ありませんでしたとかさ!
なんなのよ、もう! 謝罪もないわけ! 腹が立つ!
私は滝沢さんの後ろ姿に舌をだして見送った。
結構ショッキングな話をしたのに、古見君の反応はうすい。
ちょっと気になってたんだけど、自分のことなのに他人事のような反応してない? 古見君にとってはどうでもいいことなの?
私一人だけが空回りしているような気分と、猫のこともあったので、ちょっと険のある態度をとってしまう。
「ねえ、古見君が悪いってわけじゃないけど、何かないの? 猫、死にかけたんだよ。胸が痛むとかないのかな?」
「ないよ。もう慣れちゃったよ」
「な、慣れた?」
「うん。よくあることだし」
私は古見君に何て言葉をかけていいのか、わからなかった。古見君は諦めたように笑っている。
「逆に嫌がらせがなかったことのほうが珍しいかな? 幼稚園から高校までずっとだよ。もういい加減、慣れたかな。伊藤さんも見ていたでしょ? 僕がホモだってからかわれていたの。他にもいろいろとあるからさ。獅子王先輩のおかげで嫌がらせは減ったけど、完全になくなったわけじゃないから」
笑い事じゃないよ、古見君……。
失礼な言い方かもしれないけど、古見君の笑顔は、ちょっと前までの私の笑顔と似ている。
理不尽なことを押し付けられることに、諦めてしまい、笑ってごまかそうとしていた私と……。
私は中学の時からだけど、古見君は幼稚園から嫌がらせを受けている。あきらめてしまうのは当然なのかもしれないけど……今の私は、そのことを疑問に思ってしまう。
何か、手はないの? 私にできることはないのかな?
私の困った顔に古見君は優しく笑ってくれた。
「幼稚園のときから男女っていわれて……小学校のときは靴やリコーダ、体操服がよくなくなったよ。中学は……その……無理矢理……キスされそうになって」
「お、男の子からですか!」
トレビアン!
私は期待と希望に満ちた目で古見君を見つめた。鼻息の荒い私に、古見君はちょっぴり引いていた。
「う、うん。無理矢理なのにちょっとドキっとして」
「分かります分かります!」
つい二回いっちゃいました!
でも、本当にすさまじい生き様だね、古見君は! ドラマチックすぎ!
古見君の態度が、他人事みたいに思える気持ちが少し分かったような気がする。古見君は終わらない嫌がらせに、諦めて受けいれてしまっている。
私だって、終わりのない嫌がらせが、どんどんエスカレートしていけば気が滅入るよ。終わりのない嫌がらせなんて地獄じゃない。
だけど、古見君は笑っている。なんでなの?
「古見君はいつも笑ってるよね? 無理してない?」
「今は無理してないよ。中学のときはね、死にたいって思ってた。いいことなんて何もないし、これから先も嫌がらせが続くと思うと、生きていても仕方ないって思ってた。獅子王先輩に会うまでは」
獅子王先輩の名前が出てきたとき、古見君の笑顔に少しの変化があった。人の人生を変えてしまうほどの出会いって、やっぱり恋だと思うんだけど……。
ちょっと、二人の出会いに興味が出てきた。
「そういえば獅子王先輩とはどうやって知り合ったの?」
不思議に思っていた。
獅子王先輩と古見君はどうやって知り合ったのか。
片や財閥の御曹司、片やいじめられっ子。
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