風紀委員 藤堂正道 -最愛の選択-

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二十一章

二十一話 ハイビスカス -新しい恋- その六

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「ほのか、お友達が来てるわよ!」
「……」

 暗い部屋の中、カーテンを閉めたままで私はベットから動けずにいた。もう、何もしたくなかった。
 どうしたらいいのか分からない。だから、このまま誰にも会わずにじっとしていたい。
 あれから、どうやって帰ってきたのか、さっぱりわからない。きっと、浪花先輩が私の家まで送ってくれたと思う。
 最低だ。浪花先輩は私の事を想って慰めてくれたのに、気を遣ってくれたのに……。
 もう、ダメ。私は周りの人を傷つけてしまう。だったら、もう何もしたくない。
 この暗い部屋の中で、じっとしてやりすごしたい。

「ほのか、いい加減にしなさい! それと、お友達が『古見が来た』って伝えてくれって言ってるけど」
「……部屋の中にいれて」

 部屋の前にいたママが離れていく。
 どうして誰にも会いたくなかったのに、私は呼んでしまったのか。
 以前、古見君が獅子王さんをふったとき、私に会ってくれたから? 違う……私は……私は……。

 足音が聞こえてくる。二人分の足音。
 ドアが開く音がする。私はベットに入ったまま、じっとしていた。
 部屋に入ってきた足音は一つだけ。その足音がベットの近くで止まる。

「伊藤さん……」
「……」
「話したくないのならいいよ。僕が勝手に話すから。ははっ、前にも一度、同じようなことがあったね。そのときは立場が逆だったけど。あのときはごめんね。僕が弱いから、みんなに迷惑をかけた。自分だけが不幸なんだって思って、伊藤さんに八つ当たりした。でもね、僕は伊藤さんに救われたんだ。伊藤さんはこんな弱い僕を見捨てなかったから、獅子王さんと恋人になれた。だから、今度は僕が伊藤さんの力になりたいんだ」
「……力になるなんて、軽々しく言わないで。私と古見君は違う。古見君は両想いになれたけど、私は失恋したんだよ……」

 ああ、最低。きっと、古見君を部屋にいれたのはどうしようもない、このやりきれない想いをぶつけたかったから。八つ当たりしたかったから。人の優しさにつけこんで毒を吐きたかったから。
 でも、止まらなかった。そう、古見君は自分の恋を成就させた。でも、私は成就できなかった。
 なぜ? どうして? そんな自分勝手ないきどおりが止められなかった。

「……どうして、私じゃあダメなの? 先輩の恋人になれないの? 教えてよ……教えてよ、古見君! 力になってくれるんでしょ!」
「……ごめん」

 古見君はベットから出た私をぎゅっと抱きしめる。私はその抱擁ほうようから抜け出そうと暴れる。

「やめてよ! 好きでもないのに! 抱きしめないで!」
「ごめん。僕にも分からないんだ。でも、はじめさんがね、僕が心細くなったとき、抱きしめてくれるんだ。一人じゃないって思えて、心が癒されるんだ」
「一緒にしないで! 古見君は先輩じゃない! 先輩じゃない……先輩じゃ……ない」

 涙がまたこぼれる。何度泣けば気が済むのか。何度泣けば、涙を流さなくてよくなるのか。涙は枯れることなく、流れ続ける。
 どうして、私はこんなにも弱いの。どうして、私はこんなにもみにくいのだろう。

「ごめんね、伊藤さん。僕にできることは話を聞くことくらいしかできないから。だから、何でも話してよ。僕も失恋の経験はある。だから、すべてを話して。きっと楽になれるから」
「……私ね、いろんな人を傷つけた。古見君だけじゃない、押水先輩や彼を好きだった女の子達を傷つけた。取り返しのつかないことをしてしまったの……どうやったら償えるのか、分からないの」
「うん……」

 古見君は優しく私を抱きしめてくれている。それがあたたかくて、寄り添ってしまう。

「私……自分のことだけ考えていた。浅はかな行動をしたばかりにみんなを、先輩さえも傷つけた。そんな私が愛される資格なんてないって思ってた。でも、浪花先輩に告白されてね、新しい恋は先輩と決別してしまうことだって分かってしまったら、もうダメだった。人間って追い詰められると本性が出るって本当だよね。愛される資格なんてないって思っておきながら、愛されない痛みに耐えられなかった……なんで、私はこんなにもみにくいの……嫌になる……」
「伊藤さんは醜くはないよ。それが人だって僕は思えるんだ。一生懸命悩んで、苦しんで、それでももがくことは醜いのかもしれない。スマートではないのかもしれない。でもね、何事もうまくいって、苦悩しないのは寂しいことだって思うんだ。だって、挫折ざせつに苦しむ人の痛みを共感できないから……よりそってあげられないから。伊藤さん、僕に話して。誰にも言えなかったことを、苦しみを。僕が話を聞くから」
「古見君……」

 気が付くと、私は古見君に自分の胸の内を話していた。

 獅子王さん達に心配をかけたくないけど、かけたらどうしようと不安に思っていた事。
 劇を提案して、園田先輩の厳しい指導のせいで古見君にまた迷惑をかけてしまったこと。
 先輩にフラれてどうしたらいいのか分からなかったこと、もう一度先輩とやり直したいこと。
 馬淵先輩達に感じる違和感、馬淵先輩達が出し物にあまりやる気がないこと。
 浪花先輩の好意にどうしたらいいのか分からないこと……いろんなことを話した。
 古見君とは全然関係ないことまで話した。

 私の醜い部分を話しても、八つ当たりをしてしまっても、古見君は黙って私の話を聞いてくれる。
 それが、とても安心できて安らぎを覚えていた。

 すべて言葉にすると、何かお腹にたまっていたものが薄れていくような感じがした。少し体が軽くなった気がする。その軽くなったのを補うかのように元気がわいてきた。

 古見君、ありがとね。力が少しわいてきたよ。
 何が一番ベストな行動なのか、どうしたら迷惑をかけた分をとりもどせるのか分からないけど、頑張ってみるから。
 だから、今日だけは弱音をはかせてほしい。明日からは泣かないよう頑張るから。

 ごめんね、古見君。

 心の中で何度も何度も謝った。



「ママ、お腹すいた」
「あんた、いい度胸しているわね。学校サボって、晩御飯もふて寝してたくせに。もう十時よ」

 そんなことを言われてもお腹はすいちゃうんだもん、仕方ない。
 私は古見君に話を聞いてもらい、疲れて眠ってしまった。ママの言うとおり、本当にいい性格してる。
 これは絶対にお返しをしなきゃ、古見君に足を向けて眠れないよ。いや、寝ないけどね。

 あれほどうつだった気分が、今はつきものが落ちたように晴れやかな気分。誰かに話すとこれほど楽になれるなんて知らなかった。
 これからも、何かあったら誰かに話したいけど、自分の都合を押し付けるのはよくないよね。
 だから、たくさんご飯を食べて、元気になって、頑張らないと。

 ママは散々小言を私に叩きつけてきたけど、その後にご飯を用意してくれた。本当にありがたい。
 もつべきものは親だよね。ちょっとうとましいこともあるけど、ご飯が出てくる、寝床を用意してくれる、小遣いをくれる……やだ、理想の彼氏、ATM超えちゃってるよ!
 ありがたや、ありがたやと手を合わせ、ご飯を食べようとしたとき、ママがご飯を取り上げる。

「ほら、まずはそのれた目をなんとかしなさい」

 電子レンジで温めた温冷タオルで優しく顔にあててくれる。じわっと温かさが身にしみる。

「もういい? お腹すいた~」
「はいはい、元気が出たと思ったらすぐに甘えるんだから」
「エヘヘッ」

 私は早速、ママの手作りのホワイトシチューに手を付ける。
 美味しい……。
 ホワイトシチューの甘みと温かさが五臓六腑ごぞうろっぷに染み渡る。

「おかわり!」
「もう、この子は」

 シチューをママがよそってくれている間に、サラダとパンを口にほおばる。お腹の痛みも消えているから、ご飯がおいしい。
 ぱくぱくとご飯を食べていると、ママが呆れたように話しかけてくる。

「ちゃんとお礼を言っておきなさいよ。いろんな人達がほのかのお見舞いにきてくれたんだからね」

 いろんな人達? 古見君だけじゃなかったの?
 だれ……と考えつつ、ご飯を食べる手を止めない。

「それと、ほのかのお友達って変わった人が多いわね。類は友を呼ぶっていうこと?」
「えっ? どういうこと? 私、変じゃないよね?」

 私、ママにそんなふうに思われていたの? 一人娘だよ? ひどくない?
 ママは私の抗議を無視して、ご飯を用意してくれる。

「変よ。男の子同士の恋愛に興奮するなんて。ママ、あのエッチな本を机の上に置くのか元の場所に戻しておくのか、悩んだんだからね。剛ももうすぐエッチな本を持つようになるのかな」
「やめてよ、もう!」

 生々しすぎる! 押入れの天井の上をあけて隠していたのに……なんでバレちゃうの!
 やっぱり、ママはいらんわ~。秘密も何もあったもんじゃない。プライバシーの侵害だわ。

「しょうがないでしょ? 母親って生き物はね、息子や娘の恥ずかしい秘密を捜してしまう、悲しい生き物なのよ」
「いや、そんな演歌歌手のような哀愁あいしゅう漂う顔しなくていいから」

 そんな生き物いらんでしょ。探さないでよ。

「したくもなるわよ。ママ、本当に心配しているんだから。古見さんだっけ? なんで女の子なのにズボン履いてるの? それにイケメンの男の子がスカートを履いているなんて。世の中、どうなってるの?」
「ぶはっ!」

 ママの勘違いに思わずふいてしまった。ママ、服装はあってる。顔立ちが間違っているんだよ。
 古見君はどこにいっても女の子と間違ってしまうよね。つい、同情してしまう。
 イケメンの男の子でスカートといったら浪花先輩だよね。来てくれたんだ……。
 本当に申し訳ない気持ちでいっぱいになる。浪花先輩は私の事、心配してくれているのに……好きだって言ってくれたのに。
 でも、何かが引っかかる。なんだろう? お腹がすいて頭がうまくまわらない。

「こら、ふきださないの。後、携帯の音、なりっぱなしだったわよ」

 明日香とるりかかな? チェックしておこう。
 ううっ、みんなに迷惑かけっぱなし。迷惑をかけた分、返していきたいと思っていたのに、たまる一方でこれじゃあ返せないよ。
 はあ……失恋以外にも悩み事はつきない。

「それと……」
「まだいるの?」
「やくざっぽい人。体格のいい人で、アンタを前に襲った人達かと思ったわよ。でも、口調は丁寧だったし、今どき前のボタンを全部かけている人なんて見たことないわ。でも、ちょっと、ママの好みかも……って、ほのか?」
「えっ?」
「なんで泣いてるの?」

 ママに言われて、涙を流していることに気付いた。なぜ……そんなの簡単なこと。先輩が来てくれたことが嬉しいんだ。ただそれだけなのに、泣くほどうれしいなんて。
 胸の中にあるあたたかい想いに、私は目をつぶってその感覚をかみしめる。
 でも、もとはといえば先輩が原因なんだけどね。私はそっと涙を拭いて、ご飯に口をつける。

「なんでもないよ、ママ」
「……なるほどね。ママが最後に言った男の子の事、好きなのね」
「なんでわかったの!」
「何年アンタのママやってるのか分かってるの? そっか、失恋したのね」
「だからなんでわかっちゃうの!」

 私のママってリアル琴○さんなの? 親だからって私の事、分かり過ぎでしょ! ママは私のファンなの?

「好きな人がいるのに、暗い表情が続いていたらアホでもわかるわよ。そっか、ほのかが失恋をね……」
「……ねえママ。ママが失恋したとき、どうしたの?」
「そうね……一日泣いて、すぐに新しい恋におちたわ」

 えっ? 一日で? 早すぎない? 私の苦労をたった一日で終わりにしたの? うそでしょ?
 思わずご飯を食べる手がとまった。

「ありえないんですけど……好きだったんでしょ? なんですぐ別の人を好きになれちゃうの?」
「なんでって言われてもね……出会った瞬間、恋に落ちんだんだもの。今までの価値観、想いをすべて上書きされちゃったのよ」

 し、信じられない。そんなに簡単に好きになれちゃうの? でも、出会った瞬間、失恋の事を忘れるくらいの恋って何? ちょっと、あこがれるんですけど……。

「そ、そうなんだ……ママってビッチ?」
「アンタ、ママに向かってなんてこと言うの? お仕置きされたいの?」
「ごめんなさいすみませんもう言いません許してください」

 一回、お仕置きを受けたことがあるけど、あれはマジでヤバイ。洒落しゃれになってない。
 でも、ひとめぼれか……先輩を忘れさせるようなひとめぼれってあるのかな? 想像がつかない。でも、ステキな話だよね。

「ねえ、ちなみにその人ってパパの事?」
「さあ? 想像に任せるわ」

 ママはそう言い残して、席を立った。
 これは私の想像だけど、パパじゃない。そう言い切れる。私だってママの子供を十五年している。分かっちゃうよ。パパと結婚したのってもしかして、妥協しての事なのかな?

 そう思いつつ、私はシチューに口をつけた。
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