259 / 544
二十一章
二十一話 ハイビスカス -新しい恋- その六
しおりを挟む
「ほのか、お友達が来てるわよ!」
「……」
暗い部屋の中、カーテンを閉めたままで私はベットから動けずにいた。もう、何もしたくなかった。
どうしたらいいのか分からない。だから、このまま誰にも会わずにじっとしていたい。
あれから、どうやって帰ってきたのか、さっぱりわからない。きっと、浪花先輩が私の家まで送ってくれたと思う。
最低だ。浪花先輩は私の事を想って慰めてくれたのに、気を遣ってくれたのに……。
もう、ダメ。私は周りの人を傷つけてしまう。だったら、もう何もしたくない。
この暗い部屋の中で、じっとしてやりすごしたい。
「ほのか、いい加減にしなさい! それと、お友達が『古見が来た』って伝えてくれって言ってるけど」
「……部屋の中にいれて」
部屋の前にいたママが離れていく。
どうして誰にも会いたくなかったのに、私は呼んでしまったのか。
以前、古見君が獅子王さんをふったとき、私に会ってくれたから? 違う……私は……私は……。
足音が聞こえてくる。二人分の足音。
ドアが開く音がする。私はベットに入ったまま、じっとしていた。
部屋に入ってきた足音は一つだけ。その足音がベットの近くで止まる。
「伊藤さん……」
「……」
「話したくないのならいいよ。僕が勝手に話すから。ははっ、前にも一度、同じようなことがあったね。そのときは立場が逆だったけど。あのときはごめんね。僕が弱いから、みんなに迷惑をかけた。自分だけが不幸なんだって思って、伊藤さんに八つ当たりした。でもね、僕は伊藤さんに救われたんだ。伊藤さんはこんな弱い僕を見捨てなかったから、獅子王さんと恋人になれた。だから、今度は僕が伊藤さんの力になりたいんだ」
「……力になるなんて、軽々しく言わないで。私と古見君は違う。古見君は両想いになれたけど、私は失恋したんだよ……」
ああ、最低。きっと、古見君を部屋にいれたのはどうしようもない、このやりきれない想いをぶつけたかったから。八つ当たりしたかったから。人の優しさにつけこんで毒を吐きたかったから。
でも、止まらなかった。そう、古見君は自分の恋を成就させた。でも、私は成就できなかった。
なぜ? どうして? そんな自分勝手な憤りが止められなかった。
「……どうして、私じゃあダメなの? 先輩の恋人になれないの? 教えてよ……教えてよ、古見君! 力になってくれるんでしょ!」
「……ごめん」
古見君はベットから出た私をぎゅっと抱きしめる。私はその抱擁から抜け出そうと暴れる。
「やめてよ! 好きでもないのに! 抱きしめないで!」
「ごめん。僕にも分からないんだ。でも、一さんがね、僕が心細くなったとき、抱きしめてくれるんだ。一人じゃないって思えて、心が癒されるんだ」
「一緒にしないで! 古見君は先輩じゃない! 先輩じゃない……先輩じゃ……ない」
涙がまたこぼれる。何度泣けば気が済むのか。何度泣けば、涙を流さなくてよくなるのか。涙は枯れることなく、流れ続ける。
どうして、私はこんなにも弱いの。どうして、私はこんなにも醜いのだろう。
「ごめんね、伊藤さん。僕にできることは話を聞くことくらいしかできないから。だから、何でも話してよ。僕も失恋の経験はある。だから、すべてを話して。きっと楽になれるから」
「……私ね、いろんな人を傷つけた。古見君だけじゃない、押水先輩や彼を好きだった女の子達を傷つけた。取り返しのつかないことをしてしまったの……どうやったら償えるのか、分からないの」
「うん……」
古見君は優しく私を抱きしめてくれている。それがあたたかくて、寄り添ってしまう。
「私……自分のことだけ考えていた。浅はかな行動をしたばかりにみんなを、先輩さえも傷つけた。そんな私が愛される資格なんてないって思ってた。でも、浪花先輩に告白されてね、新しい恋は先輩と決別してしまうことだって分かってしまったら、もうダメだった。人間って追い詰められると本性が出るって本当だよね。愛される資格なんてないって思っておきながら、愛されない痛みに耐えられなかった……なんで、私はこんなにも醜いの……嫌になる……」
「伊藤さんは醜くはないよ。それが人だって僕は思えるんだ。一生懸命悩んで、苦しんで、それでももがくことは醜いのかもしれない。スマートではないのかもしれない。でもね、何事もうまくいって、苦悩しないのは寂しいことだって思うんだ。だって、挫折に苦しむ人の痛みを共感できないから……よりそってあげられないから。伊藤さん、僕に話して。誰にも言えなかったことを、苦しみを。僕が話を聞くから」
「古見君……」
気が付くと、私は古見君に自分の胸の内を話していた。
獅子王さん達に心配をかけたくないけど、かけたらどうしようと不安に思っていた事。
劇を提案して、園田先輩の厳しい指導のせいで古見君にまた迷惑をかけてしまったこと。
先輩にフラれてどうしたらいいのか分からなかったこと、もう一度先輩とやり直したいこと。
馬淵先輩達に感じる違和感、馬淵先輩達が出し物にあまりやる気がないこと。
浪花先輩の好意にどうしたらいいのか分からないこと……いろんなことを話した。
古見君とは全然関係ないことまで話した。
私の醜い部分を話しても、八つ当たりをしてしまっても、古見君は黙って私の話を聞いてくれる。
それが、とても安心できて安らぎを覚えていた。
すべて言葉にすると、何かお腹にたまっていたものが薄れていくような感じがした。少し体が軽くなった気がする。その軽くなったのを補うかのように元気がわいてきた。
古見君、ありがとね。力が少しわいてきたよ。
何が一番ベストな行動なのか、どうしたら迷惑をかけた分をとりもどせるのか分からないけど、頑張ってみるから。
だから、今日だけは弱音をはかせてほしい。明日からは泣かないよう頑張るから。
ごめんね、古見君。
心の中で何度も何度も謝った。
「ママ、お腹すいた」
「あんた、いい度胸しているわね。学校サボって、晩御飯もふて寝してたくせに。もう十時よ」
そんなことを言われてもお腹はすいちゃうんだもん、仕方ない。
私は古見君に話を聞いてもらい、疲れて眠ってしまった。ママの言うとおり、本当にいい性格してる。
これは絶対にお返しをしなきゃ、古見君に足を向けて眠れないよ。いや、寝ないけどね。
あれほど鬱だった気分が、今はつきものが落ちたように晴れやかな気分。誰かに話すとこれほど楽になれるなんて知らなかった。
これからも、何かあったら誰かに話したいけど、自分の都合を押し付けるのはよくないよね。
だから、たくさんご飯を食べて、元気になって、頑張らないと。
ママは散々小言を私に叩きつけてきたけど、その後にご飯を用意してくれた。本当にありがたい。
もつべきものは親だよね。ちょっと疎ましいこともあるけど、ご飯が出てくる、寝床を用意してくれる、小遣いをくれる……やだ、理想の彼氏、ATM超えちゃってるよ!
ありがたや、ありがたやと手を合わせ、ご飯を食べようとしたとき、ママがご飯を取り上げる。
「ほら、まずはその腫れた目をなんとかしなさい」
電子レンジで温めた温冷タオルで優しく顔にあててくれる。じわっと温かさが身にしみる。
「もういい? お腹すいた~」
「はいはい、元気が出たと思ったらすぐに甘えるんだから」
「エヘヘッ」
私は早速、ママの手作りのホワイトシチューに手を付ける。
美味しい……。
ホワイトシチューの甘みと温かさが五臓六腑に染み渡る。
「おかわり!」
「もう、この子は」
シチューをママがよそってくれている間に、サラダとパンを口にほおばる。お腹の痛みも消えているから、ご飯がおいしい。
ぱくぱくとご飯を食べていると、ママが呆れたように話しかけてくる。
「ちゃんとお礼を言っておきなさいよ。いろんな人達がほのかのお見舞いにきてくれたんだからね」
いろんな人達? 古見君だけじゃなかったの?
だれ……と考えつつ、ご飯を食べる手を止めない。
「それと、ほのかのお友達って変わった人が多いわね。類は友を呼ぶっていうこと?」
「えっ? どういうこと? 私、変じゃないよね?」
私、ママにそんなふうに思われていたの? 一人娘だよ? ひどくない?
ママは私の抗議を無視して、ご飯を用意してくれる。
「変よ。男の子同士の恋愛に興奮するなんて。ママ、あのエッチな本を机の上に置くのか元の場所に戻しておくのか、悩んだんだからね。剛ももうすぐエッチな本を持つようになるのかな」
「やめてよ、もう!」
生々しすぎる! 押入れの天井の上をあけて隠していたのに……なんでバレちゃうの!
やっぱり、ママはいらんわ~。秘密も何もあったもんじゃない。プライバシーの侵害だわ。
「しょうがないでしょ? 母親って生き物はね、息子や娘の恥ずかしい秘密を捜してしまう、悲しい生き物なのよ」
「いや、そんな演歌歌手のような哀愁漂う顔しなくていいから」
そんな生き物いらんでしょ。探さないでよ。
「したくもなるわよ。ママ、本当に心配しているんだから。古見さんだっけ? なんで女の子なのにズボン履いてるの? それにイケメンの男の子がスカートを履いているなんて。世の中、どうなってるの?」
「ぶはっ!」
ママの勘違いに思わずふいてしまった。ママ、服装はあってる。顔立ちが間違っているんだよ。
古見君はどこにいっても女の子と間違ってしまうよね。つい、同情してしまう。
イケメンの男の子でスカートといったら浪花先輩だよね。来てくれたんだ……。
本当に申し訳ない気持ちでいっぱいになる。浪花先輩は私の事、心配してくれているのに……好きだって言ってくれたのに。
でも、何かが引っかかる。なんだろう? お腹がすいて頭がうまくまわらない。
「こら、ふきださないの。後、携帯の音、なりっぱなしだったわよ」
明日香とるりかかな? チェックしておこう。
ううっ、みんなに迷惑かけっぱなし。迷惑をかけた分、返していきたいと思っていたのに、たまる一方でこれじゃあ返せないよ。
はあ……失恋以外にも悩み事はつきない。
「それと……」
「まだいるの?」
「やくざっぽい人。体格のいい人で、アンタを前に襲った人達かと思ったわよ。でも、口調は丁寧だったし、今どき前のボタンを全部かけている人なんて見たことないわ。でも、ちょっと、ママの好みかも……って、ほのか?」
「えっ?」
「なんで泣いてるの?」
ママに言われて、涙を流していることに気付いた。なぜ……そんなの簡単なこと。先輩が来てくれたことが嬉しいんだ。ただそれだけなのに、泣くほどうれしいなんて。
胸の中にあるあたたかい想いに、私は目をつぶってその感覚をかみしめる。
でも、もとはといえば先輩が原因なんだけどね。私はそっと涙を拭いて、ご飯に口をつける。
「なんでもないよ、ママ」
「……なるほどね。ママが最後に言った男の子の事、好きなのね」
「なんでわかったの!」
「何年アンタのママやってるのか分かってるの? そっか、失恋したのね」
「だからなんでわかっちゃうの!」
私のママってリアル琴○さんなの? 親だからって私の事、分かり過ぎでしょ! ママは私のファンなの?
「好きな人がいるのに、暗い表情が続いていたらアホでもわかるわよ。そっか、ほのかが失恋をね……」
「……ねえママ。ママが失恋したとき、どうしたの?」
「そうね……一日泣いて、すぐに新しい恋におちたわ」
えっ? 一日で? 早すぎない? 私の苦労をたった一日で終わりにしたの? うそでしょ?
思わずご飯を食べる手がとまった。
「ありえないんですけど……好きだったんでしょ? なんですぐ別の人を好きになれちゃうの?」
「なんでって言われてもね……出会った瞬間、恋に落ちんだんだもの。今までの価値観、想いをすべて上書きされちゃったのよ」
し、信じられない。そんなに簡単に好きになれちゃうの? でも、出会った瞬間、失恋の事を忘れるくらいの恋って何? ちょっと、憧れるんですけど……。
「そ、そうなんだ……ママってビッチ?」
「アンタ、ママに向かってなんてこと言うの? お仕置きされたいの?」
「ごめんなさいすみませんもう言いません許してください」
一回、お仕置きを受けたことがあるけど、あれはマジでヤバイ。洒落になってない。
でも、ひとめぼれか……先輩を忘れさせるようなひとめぼれってあるのかな? 想像がつかない。でも、ステキな話だよね。
「ねえ、ちなみにその人ってパパの事?」
「さあ? 想像に任せるわ」
ママはそう言い残して、席を立った。
これは私の想像だけど、パパじゃない。そう言い切れる。私だってママの子供を十五年している。分かっちゃうよ。パパと結婚したのってもしかして、妥協しての事なのかな?
そう思いつつ、私はシチューに口をつけた。
「……」
暗い部屋の中、カーテンを閉めたままで私はベットから動けずにいた。もう、何もしたくなかった。
どうしたらいいのか分からない。だから、このまま誰にも会わずにじっとしていたい。
あれから、どうやって帰ってきたのか、さっぱりわからない。きっと、浪花先輩が私の家まで送ってくれたと思う。
最低だ。浪花先輩は私の事を想って慰めてくれたのに、気を遣ってくれたのに……。
もう、ダメ。私は周りの人を傷つけてしまう。だったら、もう何もしたくない。
この暗い部屋の中で、じっとしてやりすごしたい。
「ほのか、いい加減にしなさい! それと、お友達が『古見が来た』って伝えてくれって言ってるけど」
「……部屋の中にいれて」
部屋の前にいたママが離れていく。
どうして誰にも会いたくなかったのに、私は呼んでしまったのか。
以前、古見君が獅子王さんをふったとき、私に会ってくれたから? 違う……私は……私は……。
足音が聞こえてくる。二人分の足音。
ドアが開く音がする。私はベットに入ったまま、じっとしていた。
部屋に入ってきた足音は一つだけ。その足音がベットの近くで止まる。
「伊藤さん……」
「……」
「話したくないのならいいよ。僕が勝手に話すから。ははっ、前にも一度、同じようなことがあったね。そのときは立場が逆だったけど。あのときはごめんね。僕が弱いから、みんなに迷惑をかけた。自分だけが不幸なんだって思って、伊藤さんに八つ当たりした。でもね、僕は伊藤さんに救われたんだ。伊藤さんはこんな弱い僕を見捨てなかったから、獅子王さんと恋人になれた。だから、今度は僕が伊藤さんの力になりたいんだ」
「……力になるなんて、軽々しく言わないで。私と古見君は違う。古見君は両想いになれたけど、私は失恋したんだよ……」
ああ、最低。きっと、古見君を部屋にいれたのはどうしようもない、このやりきれない想いをぶつけたかったから。八つ当たりしたかったから。人の優しさにつけこんで毒を吐きたかったから。
でも、止まらなかった。そう、古見君は自分の恋を成就させた。でも、私は成就できなかった。
なぜ? どうして? そんな自分勝手な憤りが止められなかった。
「……どうして、私じゃあダメなの? 先輩の恋人になれないの? 教えてよ……教えてよ、古見君! 力になってくれるんでしょ!」
「……ごめん」
古見君はベットから出た私をぎゅっと抱きしめる。私はその抱擁から抜け出そうと暴れる。
「やめてよ! 好きでもないのに! 抱きしめないで!」
「ごめん。僕にも分からないんだ。でも、一さんがね、僕が心細くなったとき、抱きしめてくれるんだ。一人じゃないって思えて、心が癒されるんだ」
「一緒にしないで! 古見君は先輩じゃない! 先輩じゃない……先輩じゃ……ない」
涙がまたこぼれる。何度泣けば気が済むのか。何度泣けば、涙を流さなくてよくなるのか。涙は枯れることなく、流れ続ける。
どうして、私はこんなにも弱いの。どうして、私はこんなにも醜いのだろう。
「ごめんね、伊藤さん。僕にできることは話を聞くことくらいしかできないから。だから、何でも話してよ。僕も失恋の経験はある。だから、すべてを話して。きっと楽になれるから」
「……私ね、いろんな人を傷つけた。古見君だけじゃない、押水先輩や彼を好きだった女の子達を傷つけた。取り返しのつかないことをしてしまったの……どうやったら償えるのか、分からないの」
「うん……」
古見君は優しく私を抱きしめてくれている。それがあたたかくて、寄り添ってしまう。
「私……自分のことだけ考えていた。浅はかな行動をしたばかりにみんなを、先輩さえも傷つけた。そんな私が愛される資格なんてないって思ってた。でも、浪花先輩に告白されてね、新しい恋は先輩と決別してしまうことだって分かってしまったら、もうダメだった。人間って追い詰められると本性が出るって本当だよね。愛される資格なんてないって思っておきながら、愛されない痛みに耐えられなかった……なんで、私はこんなにも醜いの……嫌になる……」
「伊藤さんは醜くはないよ。それが人だって僕は思えるんだ。一生懸命悩んで、苦しんで、それでももがくことは醜いのかもしれない。スマートではないのかもしれない。でもね、何事もうまくいって、苦悩しないのは寂しいことだって思うんだ。だって、挫折に苦しむ人の痛みを共感できないから……よりそってあげられないから。伊藤さん、僕に話して。誰にも言えなかったことを、苦しみを。僕が話を聞くから」
「古見君……」
気が付くと、私は古見君に自分の胸の内を話していた。
獅子王さん達に心配をかけたくないけど、かけたらどうしようと不安に思っていた事。
劇を提案して、園田先輩の厳しい指導のせいで古見君にまた迷惑をかけてしまったこと。
先輩にフラれてどうしたらいいのか分からなかったこと、もう一度先輩とやり直したいこと。
馬淵先輩達に感じる違和感、馬淵先輩達が出し物にあまりやる気がないこと。
浪花先輩の好意にどうしたらいいのか分からないこと……いろんなことを話した。
古見君とは全然関係ないことまで話した。
私の醜い部分を話しても、八つ当たりをしてしまっても、古見君は黙って私の話を聞いてくれる。
それが、とても安心できて安らぎを覚えていた。
すべて言葉にすると、何かお腹にたまっていたものが薄れていくような感じがした。少し体が軽くなった気がする。その軽くなったのを補うかのように元気がわいてきた。
古見君、ありがとね。力が少しわいてきたよ。
何が一番ベストな行動なのか、どうしたら迷惑をかけた分をとりもどせるのか分からないけど、頑張ってみるから。
だから、今日だけは弱音をはかせてほしい。明日からは泣かないよう頑張るから。
ごめんね、古見君。
心の中で何度も何度も謝った。
「ママ、お腹すいた」
「あんた、いい度胸しているわね。学校サボって、晩御飯もふて寝してたくせに。もう十時よ」
そんなことを言われてもお腹はすいちゃうんだもん、仕方ない。
私は古見君に話を聞いてもらい、疲れて眠ってしまった。ママの言うとおり、本当にいい性格してる。
これは絶対にお返しをしなきゃ、古見君に足を向けて眠れないよ。いや、寝ないけどね。
あれほど鬱だった気分が、今はつきものが落ちたように晴れやかな気分。誰かに話すとこれほど楽になれるなんて知らなかった。
これからも、何かあったら誰かに話したいけど、自分の都合を押し付けるのはよくないよね。
だから、たくさんご飯を食べて、元気になって、頑張らないと。
ママは散々小言を私に叩きつけてきたけど、その後にご飯を用意してくれた。本当にありがたい。
もつべきものは親だよね。ちょっと疎ましいこともあるけど、ご飯が出てくる、寝床を用意してくれる、小遣いをくれる……やだ、理想の彼氏、ATM超えちゃってるよ!
ありがたや、ありがたやと手を合わせ、ご飯を食べようとしたとき、ママがご飯を取り上げる。
「ほら、まずはその腫れた目をなんとかしなさい」
電子レンジで温めた温冷タオルで優しく顔にあててくれる。じわっと温かさが身にしみる。
「もういい? お腹すいた~」
「はいはい、元気が出たと思ったらすぐに甘えるんだから」
「エヘヘッ」
私は早速、ママの手作りのホワイトシチューに手を付ける。
美味しい……。
ホワイトシチューの甘みと温かさが五臓六腑に染み渡る。
「おかわり!」
「もう、この子は」
シチューをママがよそってくれている間に、サラダとパンを口にほおばる。お腹の痛みも消えているから、ご飯がおいしい。
ぱくぱくとご飯を食べていると、ママが呆れたように話しかけてくる。
「ちゃんとお礼を言っておきなさいよ。いろんな人達がほのかのお見舞いにきてくれたんだからね」
いろんな人達? 古見君だけじゃなかったの?
だれ……と考えつつ、ご飯を食べる手を止めない。
「それと、ほのかのお友達って変わった人が多いわね。類は友を呼ぶっていうこと?」
「えっ? どういうこと? 私、変じゃないよね?」
私、ママにそんなふうに思われていたの? 一人娘だよ? ひどくない?
ママは私の抗議を無視して、ご飯を用意してくれる。
「変よ。男の子同士の恋愛に興奮するなんて。ママ、あのエッチな本を机の上に置くのか元の場所に戻しておくのか、悩んだんだからね。剛ももうすぐエッチな本を持つようになるのかな」
「やめてよ、もう!」
生々しすぎる! 押入れの天井の上をあけて隠していたのに……なんでバレちゃうの!
やっぱり、ママはいらんわ~。秘密も何もあったもんじゃない。プライバシーの侵害だわ。
「しょうがないでしょ? 母親って生き物はね、息子や娘の恥ずかしい秘密を捜してしまう、悲しい生き物なのよ」
「いや、そんな演歌歌手のような哀愁漂う顔しなくていいから」
そんな生き物いらんでしょ。探さないでよ。
「したくもなるわよ。ママ、本当に心配しているんだから。古見さんだっけ? なんで女の子なのにズボン履いてるの? それにイケメンの男の子がスカートを履いているなんて。世の中、どうなってるの?」
「ぶはっ!」
ママの勘違いに思わずふいてしまった。ママ、服装はあってる。顔立ちが間違っているんだよ。
古見君はどこにいっても女の子と間違ってしまうよね。つい、同情してしまう。
イケメンの男の子でスカートといったら浪花先輩だよね。来てくれたんだ……。
本当に申し訳ない気持ちでいっぱいになる。浪花先輩は私の事、心配してくれているのに……好きだって言ってくれたのに。
でも、何かが引っかかる。なんだろう? お腹がすいて頭がうまくまわらない。
「こら、ふきださないの。後、携帯の音、なりっぱなしだったわよ」
明日香とるりかかな? チェックしておこう。
ううっ、みんなに迷惑かけっぱなし。迷惑をかけた分、返していきたいと思っていたのに、たまる一方でこれじゃあ返せないよ。
はあ……失恋以外にも悩み事はつきない。
「それと……」
「まだいるの?」
「やくざっぽい人。体格のいい人で、アンタを前に襲った人達かと思ったわよ。でも、口調は丁寧だったし、今どき前のボタンを全部かけている人なんて見たことないわ。でも、ちょっと、ママの好みかも……って、ほのか?」
「えっ?」
「なんで泣いてるの?」
ママに言われて、涙を流していることに気付いた。なぜ……そんなの簡単なこと。先輩が来てくれたことが嬉しいんだ。ただそれだけなのに、泣くほどうれしいなんて。
胸の中にあるあたたかい想いに、私は目をつぶってその感覚をかみしめる。
でも、もとはといえば先輩が原因なんだけどね。私はそっと涙を拭いて、ご飯に口をつける。
「なんでもないよ、ママ」
「……なるほどね。ママが最後に言った男の子の事、好きなのね」
「なんでわかったの!」
「何年アンタのママやってるのか分かってるの? そっか、失恋したのね」
「だからなんでわかっちゃうの!」
私のママってリアル琴○さんなの? 親だからって私の事、分かり過ぎでしょ! ママは私のファンなの?
「好きな人がいるのに、暗い表情が続いていたらアホでもわかるわよ。そっか、ほのかが失恋をね……」
「……ねえママ。ママが失恋したとき、どうしたの?」
「そうね……一日泣いて、すぐに新しい恋におちたわ」
えっ? 一日で? 早すぎない? 私の苦労をたった一日で終わりにしたの? うそでしょ?
思わずご飯を食べる手がとまった。
「ありえないんですけど……好きだったんでしょ? なんですぐ別の人を好きになれちゃうの?」
「なんでって言われてもね……出会った瞬間、恋に落ちんだんだもの。今までの価値観、想いをすべて上書きされちゃったのよ」
し、信じられない。そんなに簡単に好きになれちゃうの? でも、出会った瞬間、失恋の事を忘れるくらいの恋って何? ちょっと、憧れるんですけど……。
「そ、そうなんだ……ママってビッチ?」
「アンタ、ママに向かってなんてこと言うの? お仕置きされたいの?」
「ごめんなさいすみませんもう言いません許してください」
一回、お仕置きを受けたことがあるけど、あれはマジでヤバイ。洒落になってない。
でも、ひとめぼれか……先輩を忘れさせるようなひとめぼれってあるのかな? 想像がつかない。でも、ステキな話だよね。
「ねえ、ちなみにその人ってパパの事?」
「さあ? 想像に任せるわ」
ママはそう言い残して、席を立った。
これは私の想像だけど、パパじゃない。そう言い切れる。私だってママの子供を十五年している。分かっちゃうよ。パパと結婚したのってもしかして、妥協しての事なのかな?
そう思いつつ、私はシチューに口をつけた。
0
あなたにおすすめの小説
【R18】幼馴染がイケメン過ぎる
ケセラセラ
恋愛
双子の兄弟、陽介と宗介は一卵性の双子でイケメンのお隣さん一つ上。真斗もお隣さんの同級生でイケメン。
幼稚園の頃からずっと仲良しで4人で遊んでいたけど、大学生にもなり他にもお友達や彼氏が欲しいと思うようになった主人公の吉本 華。
幼馴染の関係は壊したくないのに、3人はそうは思ってないようで。
関係が変わる時、歯車が大きく動き出す。
俺を振ったはずの腐れ縁幼馴染が、俺に告白してきました。
true177
恋愛
一年前、伊藤 健介(いとう けんすけ)は幼馴染の多田 悠奈(ただ ゆうな)に振られた。それも、心無い手紙を下駄箱に入れられて。
それ以来悠奈を避けるようになっていた健介だが、二年生に進級した春になって悠奈がいきなり告白を仕掛けてきた。
これはハニートラップか、一年前の出来事を忘れてしまっているのか……。ともかく、健介は断った。
日常が一変したのは、それからである。やたらと悠奈が絡んでくるようになったのだ。
彼女の狙いは、いったい何なのだろうか……。
※小説家になろう、ハーメルンにも同一作品を投稿しています。
※内部進行完結済みです。毎日連載です。
【完結】16わたしも愛人を作ります。
華蓮
恋愛
公爵令嬢のマリカは、皇太子であるアイランに冷たくされていた。側妃を持ち、子供も側妃と持つと、、
惨めで生きているのが疲れたマリカ。
第二王子のカイランがお見舞いに来てくれた、、、、
美人四天王の妹とシテいるけど、僕は学校を卒業するまでモブに徹する、はずだった
ぐうのすけ
恋愛
【カクヨムでラブコメ週間2位】ありがとうございます!
僕【山田集】は高校3年生のモブとして何事もなく高校を卒業するはずだった。でも、義理の妹である【山田芽以】とシテいる現場をお母さんに目撃され、家族会議が開かれた。家族会議の結果隠蔽し、何事も無く高校を卒業する事が決まる。ある時学校の美人四天王の一角である【夏空日葵】に僕と芽以がベッドでシテいる所を目撃されたところからドタバタが始まる。僕の完璧なモブメッキは剥がれ、ヒマリに観察され、他の美人四天王にもメッキを剥され、何かを嗅ぎつけられていく。僕は、平穏無事に学校を卒業できるのだろうか?
『この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません』
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる