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最終章 願い
最終話 願い
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雲の隙間から淡い陽の光がさしこんできた。
その弱々しい光の中を一人の女子が俺に向かって駆けてくる。
あれは……。
「うわあああああああ~~~~~~ん! せんぱ~い!」
伊藤だった。
伊藤が大泣きしながら俺の元へと走り寄ってきた。
何事だ?
伊藤が泣く理由……まさか、俺のことでとばっちりを受けたのか? それとも、酷い目にあったのか?
伊藤はほんの少し手前で止まり、泣きじゃくっている。
俺はすぐさまその距離を詰め、伊藤の肩を両手で掴む。
「何があった! どこの誰に泣かされた!」
もし、伊藤を傷つけるヤツがいるのなら、徹底的にたたきのめしてやる! そして、二度とふざけた真似をさせるものか!
「ああ~~~ん! うわああああああああ~~~~~~~ん! あああああああ~~ん!」
「何々……御堂の指導がキツいから、仕返しに悪戯をしたら……殴られただと? アホか、己は!」
「ぎゃぁああああああああああああああああああああああああああ!」
俺はあまりにも馬鹿らしくて伊藤の顔にアイアンクローで掴み、持ち上げる。
伊藤は何度もタップしてくるが、しばらくの間、お仕置きを実行する。心配して損した。
伊藤を地面に下ろし、手を離してやると、伊藤は涙目で俺に文句をぶっ放してきた。
「何をするんですか、先輩! 可愛い相棒に向かって! 暴力反対!」
「自分で可愛いって言うな。どこぞやのコスプレ戦士か」
「いや~流石の私でも自称美少女戦士って名乗れるほど勇者じゃないですから。名乗っている本人達は美少女だから許されますけど、私が言ったらクレームの電話が殺到しそうですし……って、そんなことはどうでもいいんですよ! 仇をとってくださいよ、せんぱ~い!」
なんで俺が御堂に喧嘩を売らなければならんのだ。しかも、自業自得だろうが、お前の場合は。
あの元総長である御堂に悪戯を仕掛けるとは、コイツ、大物になるかもな。そんなことを考えていたら、ふとある事を思い出した。
青島西中に訪問する一日前に、御堂が激怒しながら伊藤を探していたな。この件だったとは……。
伊藤は御堂に何をしたのか……ちょっと気になるが、君子危うきに近寄らず。
俺は伊藤の要求を却下した。
「自分でやれ」
「酷い! 御堂先輩の妹分である黒井さんが酷い目にあったら、絶対御堂先輩はやり返してくれるのに! ウチの先輩は何て薄情なの~。信じられないんですけど! けどぉ!」
「うっさい」
「うううっ……」
涙目で睨んできてもダメだ。無意味で勝ち目のない喧嘩はしない主義なんだ、俺は。
だが、意味があるのなら……おふざけではなく、伊藤を本気で泣かせるヤツがいるのなら……。
「……もし、伊藤を本気で泣かせるヤツがいたら、やり返してやる。たとえ、俺よりも何倍も強い相手でもだ」
「えっ?」
伊藤は呆然としたまま、俺を見つめている。
俺はその視線に耐えられなくなって、そっぽを向いて歩き出した。
「ねえねえねえねえねえ、先輩先輩先輩先輩! 今、何て言いました! 私の聞き間違いじゃなかったら命をかけてやりかえしてくれるって言いましたよね! そうですよね! それって私のこと、好きなんですか! ねえ、先輩! 答えてくださいよ!」
本当にやかましいヤツだ。呆れて反論する気にもなれない。
いつの間にか、太陽を覆っていた雲は消え去り、暖かい日差しが降り注いでいる。
俺の隣には相棒がいる。それだけで心に何か暖かいものがうまれる。
俺はふと、平村に言ったことを思い出した。
「人は意外にも一人にはなれないんだ。必ずどこかで自分を誰かが見てくれている。それに気づけないから一人だと感じるんだ。たとえ、全てを失っても、一人になることはない」
自分で言っておいて、忘れてしまっているとはな。情けない話だ。
「そういえば、先輩。事件の方はどうでした? 私のお願い、ちゃんと叶えてくれました?」
「……ああっ。決して褒められた内容ではないけれど、それでも、やりきったよ」
伊藤はじっと俺を見つめている。まるで真意を推し量ろうとしているかのように。
俺は伊藤の願い通り、白部と平村の仲を取り持った。二人には嫌われてしまったが、それでも、約束は果たした。
伊藤はまるで俺の心の声を聞こえたかのような反応をする。
少し悲しげな、呆れた顔をしつつも、笑顔で俺を見つめてくる。
「伊藤はどうなんだ? 御堂に認められたか?」
「はい! たいした度胸だって言われました!」
「そうか……」
俺は何もツッコまないからな。きっと、別の意味で御堂は伊藤を認めたのだが、それでも、認めたことには変わりない。それでいいだろう。
何も小言を言わない俺に、伊藤は不思議そうな顔をしている。
「あれ? 何もツッコんでくれないんですか? ボケが回収されないじゃないですかー」
「伊藤が言っていただろ? 結果をすぐに求めるのはブラック企業のやることだって。俺達風紀委員はホワイトな委員会だからな。長い目で見るさ」
「それってブラックジョークですか? 笑えないんですけど」
やかましい。
伊藤がゆっくりと成長してくれたらそれでいい。いきなり何でも出来てしまっては、先輩としての立場がないだろうが。お前もちょっとは空気を読め。
「それで、これからどうする?」
「事件を解決したわけですし、もうコンビを復活してもいいですよね? また一緒にお勤めに励みましょう!」
伊藤の天真爛漫な笑顔に、俺は悪戯心がわいてきた。いつもからかってくるし、たまにはこっちからからかってみるか。
「そっか……残念だな」
「ざ、残念って何ですか! どうして、残念なんですか! 私より、サッキーをとるつもりなんですか! この浮気者!」
プンプン怒りながらも、不安で泣きそうな伊藤に、俺は言ってやった。
「今日は伊藤の頑張ったご褒美に森山屋のコロッケとミンチカツをおごろうと思ったが、仕事がしたいのなら仕方ないな。また今度に……」
「はいはいは~~~い! 行きます行きますから! もう! 先輩のい・け・ず! どこまでもついて行きますから!」
調子のいいヤツだな、お前は。でも、伊藤の笑顔を見ていると、なぜだろうな。心が安らぐ気持ちになるのは。孤独じゃないって実感できる。
認めてもいいのかもしれない。伊藤は俺にとって近しい存在になった。
伊藤と喧嘩したときのことを思い出す。伊藤は俺のことを想って意見してくれたのに、俺は素直になれず、反論してしまった。
なぜか? いろいろと理由はあるが、そのなかで一番の理由をあげるとしたら、伊藤が俺を肯定してくれなかった事への反発だ。
伊藤には認めて欲しかった。俺のやり方は……考えは間違っていなかったと。相棒として肯定して欲しかったのだ。
俺だって伊藤の事を想って自分の意見をぶつけた。
けど、伊藤に認めてもらえず、分かってもらえないことに、だだをこねていただけなのかもしれない。
度量の小さい男だと自分でも思う。他の誰かに、俺のことを分かって欲しいとは思わないが、伊藤には理解してもらいたかった。
これから先も、俺は伊藤と何度もぶつかるのだろう。伊藤を泣かせてしまうかもしれない。
でも、だからといって伊藤を避けるのではなく、いいパートナーとして付き合っていきたい。
それに、もし伊藤に危機が迫ったり、悩んでいることがあれば、先輩として力になりたい。伊藤を元気づけたい。伊藤の笑顔を見て、そう思ったんだ。
いつか別れはやってくるだろう。それでも、その瞬間までは……。
そんな想いを胸に秘め、俺達はゆっくりと歩き出す。
暖かい日だまりの中、ちょっとした幸せな想いをかみしめながら、この時間が長く続くことを祈っていた。
- True End -
その弱々しい光の中を一人の女子が俺に向かって駆けてくる。
あれは……。
「うわあああああああ~~~~~~ん! せんぱ~い!」
伊藤だった。
伊藤が大泣きしながら俺の元へと走り寄ってきた。
何事だ?
伊藤が泣く理由……まさか、俺のことでとばっちりを受けたのか? それとも、酷い目にあったのか?
伊藤はほんの少し手前で止まり、泣きじゃくっている。
俺はすぐさまその距離を詰め、伊藤の肩を両手で掴む。
「何があった! どこの誰に泣かされた!」
もし、伊藤を傷つけるヤツがいるのなら、徹底的にたたきのめしてやる! そして、二度とふざけた真似をさせるものか!
「ああ~~~ん! うわああああああああ~~~~~~~ん! あああああああ~~ん!」
「何々……御堂の指導がキツいから、仕返しに悪戯をしたら……殴られただと? アホか、己は!」
「ぎゃぁああああああああああああああああああああああああああ!」
俺はあまりにも馬鹿らしくて伊藤の顔にアイアンクローで掴み、持ち上げる。
伊藤は何度もタップしてくるが、しばらくの間、お仕置きを実行する。心配して損した。
伊藤を地面に下ろし、手を離してやると、伊藤は涙目で俺に文句をぶっ放してきた。
「何をするんですか、先輩! 可愛い相棒に向かって! 暴力反対!」
「自分で可愛いって言うな。どこぞやのコスプレ戦士か」
「いや~流石の私でも自称美少女戦士って名乗れるほど勇者じゃないですから。名乗っている本人達は美少女だから許されますけど、私が言ったらクレームの電話が殺到しそうですし……って、そんなことはどうでもいいんですよ! 仇をとってくださいよ、せんぱ~い!」
なんで俺が御堂に喧嘩を売らなければならんのだ。しかも、自業自得だろうが、お前の場合は。
あの元総長である御堂に悪戯を仕掛けるとは、コイツ、大物になるかもな。そんなことを考えていたら、ふとある事を思い出した。
青島西中に訪問する一日前に、御堂が激怒しながら伊藤を探していたな。この件だったとは……。
伊藤は御堂に何をしたのか……ちょっと気になるが、君子危うきに近寄らず。
俺は伊藤の要求を却下した。
「自分でやれ」
「酷い! 御堂先輩の妹分である黒井さんが酷い目にあったら、絶対御堂先輩はやり返してくれるのに! ウチの先輩は何て薄情なの~。信じられないんですけど! けどぉ!」
「うっさい」
「うううっ……」
涙目で睨んできてもダメだ。無意味で勝ち目のない喧嘩はしない主義なんだ、俺は。
だが、意味があるのなら……おふざけではなく、伊藤を本気で泣かせるヤツがいるのなら……。
「……もし、伊藤を本気で泣かせるヤツがいたら、やり返してやる。たとえ、俺よりも何倍も強い相手でもだ」
「えっ?」
伊藤は呆然としたまま、俺を見つめている。
俺はその視線に耐えられなくなって、そっぽを向いて歩き出した。
「ねえねえねえねえねえ、先輩先輩先輩先輩! 今、何て言いました! 私の聞き間違いじゃなかったら命をかけてやりかえしてくれるって言いましたよね! そうですよね! それって私のこと、好きなんですか! ねえ、先輩! 答えてくださいよ!」
本当にやかましいヤツだ。呆れて反論する気にもなれない。
いつの間にか、太陽を覆っていた雲は消え去り、暖かい日差しが降り注いでいる。
俺の隣には相棒がいる。それだけで心に何か暖かいものがうまれる。
俺はふと、平村に言ったことを思い出した。
「人は意外にも一人にはなれないんだ。必ずどこかで自分を誰かが見てくれている。それに気づけないから一人だと感じるんだ。たとえ、全てを失っても、一人になることはない」
自分で言っておいて、忘れてしまっているとはな。情けない話だ。
「そういえば、先輩。事件の方はどうでした? 私のお願い、ちゃんと叶えてくれました?」
「……ああっ。決して褒められた内容ではないけれど、それでも、やりきったよ」
伊藤はじっと俺を見つめている。まるで真意を推し量ろうとしているかのように。
俺は伊藤の願い通り、白部と平村の仲を取り持った。二人には嫌われてしまったが、それでも、約束は果たした。
伊藤はまるで俺の心の声を聞こえたかのような反応をする。
少し悲しげな、呆れた顔をしつつも、笑顔で俺を見つめてくる。
「伊藤はどうなんだ? 御堂に認められたか?」
「はい! たいした度胸だって言われました!」
「そうか……」
俺は何もツッコまないからな。きっと、別の意味で御堂は伊藤を認めたのだが、それでも、認めたことには変わりない。それでいいだろう。
何も小言を言わない俺に、伊藤は不思議そうな顔をしている。
「あれ? 何もツッコんでくれないんですか? ボケが回収されないじゃないですかー」
「伊藤が言っていただろ? 結果をすぐに求めるのはブラック企業のやることだって。俺達風紀委員はホワイトな委員会だからな。長い目で見るさ」
「それってブラックジョークですか? 笑えないんですけど」
やかましい。
伊藤がゆっくりと成長してくれたらそれでいい。いきなり何でも出来てしまっては、先輩としての立場がないだろうが。お前もちょっとは空気を読め。
「それで、これからどうする?」
「事件を解決したわけですし、もうコンビを復活してもいいですよね? また一緒にお勤めに励みましょう!」
伊藤の天真爛漫な笑顔に、俺は悪戯心がわいてきた。いつもからかってくるし、たまにはこっちからからかってみるか。
「そっか……残念だな」
「ざ、残念って何ですか! どうして、残念なんですか! 私より、サッキーをとるつもりなんですか! この浮気者!」
プンプン怒りながらも、不安で泣きそうな伊藤に、俺は言ってやった。
「今日は伊藤の頑張ったご褒美に森山屋のコロッケとミンチカツをおごろうと思ったが、仕事がしたいのなら仕方ないな。また今度に……」
「はいはいは~~~い! 行きます行きますから! もう! 先輩のい・け・ず! どこまでもついて行きますから!」
調子のいいヤツだな、お前は。でも、伊藤の笑顔を見ていると、なぜだろうな。心が安らぐ気持ちになるのは。孤独じゃないって実感できる。
認めてもいいのかもしれない。伊藤は俺にとって近しい存在になった。
伊藤と喧嘩したときのことを思い出す。伊藤は俺のことを想って意見してくれたのに、俺は素直になれず、反論してしまった。
なぜか? いろいろと理由はあるが、そのなかで一番の理由をあげるとしたら、伊藤が俺を肯定してくれなかった事への反発だ。
伊藤には認めて欲しかった。俺のやり方は……考えは間違っていなかったと。相棒として肯定して欲しかったのだ。
俺だって伊藤の事を想って自分の意見をぶつけた。
けど、伊藤に認めてもらえず、分かってもらえないことに、だだをこねていただけなのかもしれない。
度量の小さい男だと自分でも思う。他の誰かに、俺のことを分かって欲しいとは思わないが、伊藤には理解してもらいたかった。
これから先も、俺は伊藤と何度もぶつかるのだろう。伊藤を泣かせてしまうかもしれない。
でも、だからといって伊藤を避けるのではなく、いいパートナーとして付き合っていきたい。
それに、もし伊藤に危機が迫ったり、悩んでいることがあれば、先輩として力になりたい。伊藤を元気づけたい。伊藤の笑顔を見て、そう思ったんだ。
いつか別れはやってくるだろう。それでも、その瞬間までは……。
そんな想いを胸に秘め、俺達はゆっくりと歩き出す。
暖かい日だまりの中、ちょっとした幸せな想いをかみしめながら、この時間が長く続くことを祈っていた。
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