風紀委員 藤堂正道 -最愛の選択-

Keitetsu003

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六章

六話 負けるのが嫌いなんです その一

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 青島西グラウンドにつくと、すでにアップを始めている者が何人か見られた。
 普段の練習は時間ギリギリに人数が集まってくるが、明日試合になると、気合いが入るのだろう。相手があの『青島ブルーオーシャン』なら尚更だ。
 商店街の親父達のチームなので、俺達のように子連れが多い。

「義信さん、挨拶してきます」

 俺は義信さんと強、菜乃花と別れ、チームメイトに声を掛ける。

「あけましておめでとうございます、あがたさん、井戸さん」
亜怪魔死手悪女泥斗憂あけましておめでとう、正道!」
「今年も夜露死苦よろしく!」

 気合いの入った挨拶をされてしまった。
 流石は元ヤン。現役を引退しても、迫力がそこいらの不良とは比べものにならない。
 明日の交流戦への意気込みもあるのだろうな。
 仇敵『青島ブルーオーシャン』に勝てば、今年一年いい年になるといった願掛けにもなっている。
 リリーフ捕手の俺に、チームの為に何が出来るのか分からないが、力になりたいと思っている。
 試合をするのであれば、勝ちたいのは俺だって同じだ。
 残りのメンバーにも挨拶しておくか。
 そう思ったとき。

「あけましておめでとうございます、『青島ブルーフェザー』のみ~な~さ~ま~」

 この猫なで声は……。
 周りの雰囲気が一変する。皆が殺気立っているのが分かる。
 なるべくなら、会いたくなかった。菜乃花がいる前でいざこざを見せたくなかった。
 けど、無理なんだろうな。アイツは俺以上に空気の読めないヤツだから。
 招かれざる客、『青島ブルーオーシャン』の監督である夜子沢よごさわは俺のようなガキなど眼中になく、真っ直ぐ井戸さんの元へとやってきた。

「井戸さ~ん。土地の件、考えていただけましたか?」
「アンタもしつこいな。売らないと言ってるだろうが。あの土地は先祖代々受け継いできた大事な土地なんだ。手放す気はねえよ」

 きっぱりと断る井戸さんを、夜子沢は鼻で笑い飛ばした。

「先祖代々受け継いだ土地ですか……報われませんね」
「なんだと?」
「井戸さん、あなたも青島の住人なら私達の計画に協力するべきでしょ」
「青島全体を一大リゾート地にする計画か? バカか? 青島の自然を壊してやることかよ。リゾート地ならどこにでもあるだろうが! わざわざこんな辺鄙へんぴな田舎に来る物好きはいねえよ。お前らの計画は絵に描いた餅だ」

 井戸さんの言うとおりだ。この青島には特産品があるわけでもなく、世界遺産といった見所もない。
 隕石騒ぎがあったが、そのピークも終わっている。
 青島の北区が現在、リゾート地として運営されているが、年々観光客は減っていると聞いたことがある。
 どんなご大層な計画があるか知らないが、青島全体がリゾート地になったとしても、それだけでやっていくのは不可能だろう。
 そもそも、青島なんて島、どこにあるの? っていうのが、一般人の認識だ。

「では、このまま青島の過疎化を許すおつもりですか? はっきり言わせてもらいますが、過疎化が続いている原因の一端はアナタ達にもあるのですよ? アナタ達がやんちゃを続けてきたから、青島は今も『不良の聖地』などとバカな呼ばれ方を許しているんです。ただでさえ、アナタ達は目障りな存在なのに、青島を活性化する計画まで足を引っ張るとは、救いようのない人達ですね。島の住人として言わせていただきます。さっさと出て行け、屑共が!」

 夜子沢の怒鳴り声に一触即発の空気が流れる。ピリピリとした空気を肌で感じる。
 夜子沢の高圧的な態度に皆が怒っている。

「ああん? ふざけるなよ! てめえが住人代表みたいな顔するな! それとシルバーカラーにくれてやるものはねえ! 偉そうに見下してるんじゃねえぞ、こら! さっさと消え失せやがれ!」

 井戸さんはツバをつきつける勢いで夜子沢に食ってかかる。
 よくは知らないのだが、夜子沢と井戸さんは同い年で青島高等学校のOBらしい。

 みんなには悪いが、夜子沢の言うことも少しは理解できるんだよな。
 青島はいいところだと思う。この青島でかけがえのない人達と出会うことが出来たからな。
 まだ二年ほどしかこの青島に住んでいないが、それでも、この街が好きだ。
 青島をよくしたいって気持ちは分かるし、不名誉な二つ名、不良の聖地など返上したいに決まっている。
 聖地なんてご大層な名前がなくたって、意地も面子も張ることは可能だからな。

「そうですか……なら、仕方ありませんね。分かりました。ここは引かせていただきます。あっ、そうそう、言い忘れていました。井戸さんのご両親が経営している会社の融資、今期で打ち切りにさせていただきますので」
「なんだと!」

 井戸さんの顔色が変わる。
 太刀の悪いことに、夜子沢は青島で展開している冨士山銀行、青島中央支店の支店長だ。支店長の立場なら融資を打ち切る事など簡単な事だ。
 井戸さんの両親は小さな町工場を経営している。
 もし、融資が切られたら経営が立ち行かなくなる。最悪、倒産までありえるのだ。
 冗談ではなく、リアル池○彰ワールドだ。ちなみに名台詞を残した有名な銀行員のドラマの続編制作が決定したらしい。
 今はどうでもいいが。

「価値のない、生産性のない会社に融資するのは金の無駄遣いだって言っているんです。銀行も慈善事業ではありませんからね」
「ふざけるな! メインバンクであるアンタんところの融資が止まったら、親父達はやっていけないだろ! 三十年以上も付き合いがあるんだぞ!」
「だから? 他の銀行に融資をお願いすればいいではありませんか。私のお願いは聞けなくて、あなたのお願いは聞けとは、虫がよすぎでしょ?」

 言っていることは一応正論だ。ただし、脅迫だがな。
 土地を売らなければ融資を断ると言われたら、頷くしかない。俺達では何の役にも立たない。
 悔しいが、井戸さんの両親の命運を握っているのは目の前にいる夜子沢だ。
 だが、やり方が汚い。
 夜子沢のやり方に口出しする者が現れた。義信さんだ。

「夜子沢さん、それまでだ。これ以上は私も黙ってはいられない」
「藤堂さん……でしたね。退職者再雇用制度で指導員になったアナタに何が出来るんですか? 年寄りは縁側でお茶でもすすっていたほうがお似合いだと思いますよ。それに、私は法を犯しているわけではありません。現に、あの工場は採算がとれていませんし、融資を打ち切る対象になっていますからね。責める相手は私ではなく、経営者として無能な社長の方でしょう」
「てめえ!」

 井戸さんが夜子沢に殴りかかろうとしたが、みんなで取り押さえる。
 ここで夜子沢を殴れば、相手の思うつぼ。事態が悪くなるだけだ。

「今日のところは帰らせていただきます。また明日、グラウンドで会いましょう。気が変わったらいつでも連絡をください。相場の倍は出させていただきます。そしたら、会社の資金難なんてすぐに解決するでしょ」

 夜子沢は満足げな笑みを残し、その場を去って行った。
 重苦しくて苦いものがこみ上げてくる。
 そして、追い打ちがやってくる。

「ねえ、アレなに?」

 だよな。
 菜乃花はフフフッと笑っているが、目がヤバい。そして、何を言っても俺が蹴られる未来しか見えない。
 俺はため息をついた。

「見たまんまだ。悪質な地上げだ」
「地上げね……」

 夜子沢の言う通り、青島には新たなリゾート開発が進んでいる。その開発に必要な土地をあの男が買いあさっているのだ。
 噂では、かなり強引に土地を買収しているらしい。
 法律スレスレのあくどい方法なので、バイト先で井戸さんが愚痴っているのを聞いたことがある。
 バイト先にも午後九時頃に夜子沢がやってきて、今のように土地の売買の話を井戸さんにしていたので、俺や客も正直うんざりしていた。

 一応客なので、風紀委員として取り締まることもできない。そもそも、一般人には手を出せないのだが。
 菜乃花は夜子沢が去って行った後をずっと睨んでいたが、突然、俺のふくらはぎにローキックをかました。

 ……痛い。

 菜乃花に理屈も道理も求めてはいけないのだ。これは天災だ。
 だから、文句を言うつもりはない。一言で倍返しされるのが目に見えているからな。
 菜乃花は大股で去って行った。

「いい子じゃないか。俺達の事で怒ってくれて」

 バイト先の店長で同じチームメイトの榊原さんが声を掛けてきた。
 身長は俺と同じ百九十代で、レスラー並みの筋肉が服に上から盛り上がっている。
 きっと、先ほどのやりとりで気を遣って声を掛けてくれたのだろう。
 榊原さんとはそういう人だ。

「……俺に八つ当たりしなきゃ感動できたんですがね。それより、井戸さん。大丈夫ですか?」

 井戸さんは俺達子供に情けないところを見せてしまったと思っているのか、申し訳なさそうに頷く。

「まあ、そのうち、ガチでアイツとは喧嘩するかもな。けど、負ける気はしねえよ。俺はこの緑豊かな青島が好きだ。それに思い出もある。時代は変わっても、かえちゃいけない景色ってあるよな?」
 
 確かに。
 リゾート地など、世界中に腐るほどある。逆に自然は少なくなっている。
 海の綺麗な田舎の島があってもバチは当たらないだろう。
 井戸さんは他のメンバーにも迷惑を掛けたことを謝罪して回っている。

「おい、藤堂の孫。どけ」
「あけましておめでとうございます、仙石さん」
「おう、おめでとう」

 俺は横に移動し、今やってきたピッチャーの仙石さんに挨拶をする。
 ベリーショットであごひげは剃っていて、鼻の下に髭を清潔感に整えている。
 三十代後半になっても、鋭い目つきと肉体は衰えることなく、引き締まっていた。
 仙石さんはぶっきらぼうなので、口の悪さは特に気にしていない。
 とりあえず、まだ挨拶していない人のところへまわろう。
 俺は残りのメンバーに挨拶しにいった。



「みんな、グラウンドに集まってくれ」

 監督の義信さんの一声で全員がグラウンドに集まるが、まだ一人、メンバーが来ていない。

「監督、三田村が来てないっすけど」
「あの野郎、遅刻か? 正月ボケとはいい度胸だ」
「いや、三田村に限ってありえないだろ。明日の試合を誰よりも望んでいたからな」

 俺も同意見だ。
 昨日青島神社で会ったとき、三田村さんはリベンジに燃えていた。彼が寝坊することなどありえない。

「三田村だが、怪我をして試合に出れなくなった」
「「「はあ?」」」

 三田村さんが怪我? 何があったんだ?
 昨日はピンピンして甘酒を配っていたのに……。

「たかが怪我だろ? それくらいで休んでるんじゃねえよ」

 仙石さんが舌打ちしながら、グラウンドを離れようとした。きっと、見舞いも兼ねて直接三田村さんの家にいくつもりだろう。
 義信さんが仙石さんを呼び止める。

「待て。どこに行く。三田村の家に行っても無駄だぞ」
「無駄?」
「三田村は今、青島中央病院で入院している」
「「「はあぁ?」」」

 またもや俺達の声がかぶった。
 入院? 嘘だろ?
 これには仙石さんも呆然としている。

「昨日の午後、青島神社の裏手に積んでいた木材がくずれ、その下敷きになった。そのとき、骨折して病院に搬送された」
「おいおい、備品の管理はどうなってるんだ?」
「しかも、新年早々怪我するとは、呪われてるのか、アイツは」

 全くだ。
 本当にツイてないな、三田村さんは。お見舞い品は破魔矢にしておこう。

「問題は正捕手である三田村が試合に出れない事だ」
「「「あっ」」」

 今日はよくみんなと声が被るな。
 だが、大問題だ。
 正捕手である三田村さんが試合に出れないとなると……。

「正道。頼めるか」

 だよな。リリーフ捕手である俺にお鉢が回ってくるよな。
 『青島ブルーフェザー』は投手も捕手も二人しかいない。趣味で集まった草野球チームだからな。層が厚いわけではない。
 今まで『青島ブルーフェザー』は試合を複数こなしてきたが、俺が試合に出たことはない。あくまで保険として呼ばれていたからだ。
 初めての試合。負けられない試合。
 プレッシャーを感じて、すぐに返事ができない。

「無理だ。藤堂の孫は野球の経験がないだろ? ロクに練習してこなかったヤツに俺の球をとれるかよ」

 仙石さんが容赦なく俺にダメだししてくる。
 耳の痛い話だ。
 仙石さんの言う通り、俺では力不足だ。ここは迷惑を掛けないよう、俺から辞退するべきか?
 だが、それだと……。

「おいおい、ちょっと待った。それだと、試合が出来なくなるだろ? 喧嘩売られているのに不戦勝なんて、俺は認めねえぞ。それに、ウチの正道君は優秀株だ。ナメたら一升瓶で殴るよ?」

 榊原さんが仙石さんに絡んできた。お互いガンを飛ばし合い、一発即発の雰囲気が出ている。
 まあ、元ヤン同士の挨拶みたいなものだから、誰も何も言わない。
 そう思っていたのだが。

「お前……藤堂の孫を巻き込むつもりか? 三田村の怪我ももしかして……」
「それは……」

 なんだ? 榊原さんの態度が変だ。
 巻き込む? 何の事だ?
 俺は仙石さんに尋ねようとしたら。

「仙石、一つ勘違いしている。正道は毎日キャッチャーの練習をしてきた。正道は必ずチームの役に立つと、私は確信している。それに何かあれば、私が全力で護る」

 義信さんのこの一言に、視線が俺に集中する。
 練習? 何の事だ? 護る? 何に対して?
 俺は義信さんの言葉に軽く混乱する。
 そもそも、俺は練習をしていない……いや、待て。まさか……強とのキャッチボールの事を言っているのか?
 あれはほぼ趣味の領域であって、練習なんてものじゃないぞ。

「本当か、藤堂の孫?」
「……それは」
「言葉よりも実際に確認した方がいいだろう」

 俺は何の言い訳もされてもらえず、義信さんの指示でテストをするハメになった。しかも、ぶっつけ本番で。
 俺の実力は通用するのか? 義信さんは本当に俺のことを信じてくれているのか?
 不安を押し殺し、俺は準備を始めた。
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