風紀委員 藤堂正道 -最愛の選択-

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番外編 その一

私が正道を幸せにしてあげる! その四

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 この声は……。
 私は首を声の主に向けると……。

「お、おじいちゃん!」

 おじいちゃんがいた! でも、助かったの、コレ?
 おじいちゃんは警察官だけど、現役を退いている。確か、指導員として警察署に勤めているはず。
 しかも、数はあっちの方が多い。だとしたら、おじいちゃんが危ない!

「に、逃げて、おじいちゃん!」

 私は大声で逃げるようおじいちゃんに叫んだけど……。

「げぇ! 藤堂!」
「お、おじいちゃんって……まさか……」
「そうだ。二人は私の孫だ。お前達、大人しく投降しろ。二度言わせるな」
「……」

 す、凄い……。
 おじいちゃんの目力は全く衰えていない。ここにいる不良全員をビビらせている。
 真っ直ぐで全く揺るがない。まるで大木だわ。根をしっかりと地面に下ろし、台風だろうがなんだろうがびくともしない強さがそこにあった。

「くそっ! やってやる!」
「バカ! やめろ!」

 一人の不良がおじいちゃんに襲いかかるけど、目にもとまらぬ早業でおじいちゃんが不良を投げ飛ばした。
 ……全然見えなかったんですけど。何をしたの?

「おい! 藤堂さんが襲われてるぞ! 我々も続け!」
「「「了解!」」」

 な、なにこれ……。
 突然現れた警察官達が一斉に不良達に押しかけてきて、不良達は一目散に逃げた。
 まるでテレビの出来事みたい。

「麗子!」
「任せてくださいませ!」

 警棒女が何かを地面に落とした瞬間。

「くそ! 煙幕か!」
「バルサンじゃねえよな、これ!」

 大量の煙の中、金髪女も警棒女もあっという間に逃げていった。しかも、投げ飛ばした不良も忽然と消えている。
 あの金髪女が回収したのかな?
 でも、た、助かったんだ……よかった……。

「菜乃花! 大丈夫か!」
「ありがとう、おじいちゃん。でも、どうして襲われているって分かったの? しかも、この場所まで……」
「ブザーが鳴っただろ? あのブザーが鳴ると、携帯のメールにSOSが飛ぶ仕組みになっているんだ。総次郎が木刀を持って出ていくものだから、私が代わりに来たんだ」
「す、凄いわね、このブザー」

 お父さん特製ブザーとか言ってたけど、特製過ぎない? 助かったからいいけど。
 それはさておき、やるべきことはやっておかないと。

「おじいちゃん。あの人、私達を見捨てた。くたばれって言って、不良達をけしかけていたの」

 私は正道と私を見捨てようとしたムカつく大人を指さした。

「署まで来てくれますか?」
「ちょっと待て! 俺だって被害者だぞ!」

 男は警察に連れて行かれた。いい気味。
 確かに不良や私達のこと、厄介者だっていうのは分かるけど、見捨てたって事は不良達と同列ってこと。
 だったら、被害者である私は文句を言う権利はあるよね? そもそも、私達だって被害者だし。悪いのはあの金髪女達だし。
 それに男の行動が正しいのなら、警察も認めてくれるでしょ。まあ、壁の掃除は私と正道がしなきゃいけないけど。
 それにしても、壁についた防犯用の蛍光塗料、とれるのかな?



 騒動が落ち着き、私は正道が殴られた箇所に濡れたハンカチをそっと撫でる。
 私のリュックには防犯グッズだけでなく、水やタオルも入っている。何かあったとき用にお母さんの言いつけで持たされているのだ。
 過保護だって思ったけど、本当に役立つとは思わなかったわね。流石は青島。デンジャラスな田舎だわ。
 正道は疲れ切った顔で地面に座っていた。
 正月なのに、空は曇りで一層肌寒い。

「全く、こんなに顔が腫れるまで殴るなんて……あの金髪女、絶対に地獄を見せてやる!」
「……ほっとけ。アイツが悪いわけじゃない。悪いのは弱い俺だ。だから、ボコボコにされるんだ……」

 はぁ? 正道が悪い? 寝言ぬかしてるんじゃないわよ!

「そんなわけないでしょ! あんた、高校生が小学生からカツアゲするのは間違っていないって言うの? だったら、どうして立ち向かったのよ! 負けると分かっていて、なぜ立ち向かったの、アンタは! アイツらが間違っているからと思ったからでしょ!」
「……納得いかないだけだ」
「納得?」
「そうだ。俺はもう、見て見ぬふりは出来ないんだ……目の前で理不尽な目にあっている人がいるのなら助けたい……何もしないようなヤツにはなりたくないんだ……」

 バカじゃないの! 人を助けるために自分が傷ついてどうするのよ!
 そんなもん、騎士道精神でもなんでもない。ただの自虐癖じゃない!
 ああっ、もう! なぜ、私がこんなバカを気にしなきゃいけないの! でも、放っておけないのよ!

「はっきり言ってあげる。アンタには無理。少年Aのときはたまたまうまくいったみたいだけど、この青島まちではあんたはただの高校生なの! 見捨てるな、とまでは言わないけど、もっと自分を大事にしなさいよ!」
「……どうして、少年Aが俺だと知っている?」

 あっ……つい口をすべった。
 でも、バレたらな仕方ない。言いたいことを言うだけ。そうしないと気が済まない。

「……お父さんに聞いたのよ。ねえ、どうして、そこまで誰かを助けようとするの? 誰も助けてくれなんて正道には頼んでないでしょ? それに正道が傷つくと、悲しい想いや心配する人もいるでしょうが」
「だから、言ってるだろ。納得いかないからだ。見捨てると言うことは、悪さに加担するということだ。そんなこと、納得出来るか。だから、俺は戦う。それだけだ」

 はぁ……。
 私はため息をついた。この石頭、トンカチでかち割りてぇ……。
 納得いかないから? バカじゃないの?

 自分の信念で戦っているのなら、笑いなさいよ……もっと胸を張って、堂々と自慢しなさいよ……どうして、泣きそうな顔をしているのよ……辛そうな表情をしないでよ……。
 でなきゃ……あんた……一生心の底から笑えないでしょ……そんなの寂しすぎるじゃない。

 あの兄妹は正道に感謝していた。正道のやったことは褒められるべき。認められるべきなのよ。

「それに俺にはもう……何も失うものはない。俺には両親も友達もいないし、心配する人もいない。後、頼りにされなくて結構だ」

 何なの、この後ろ向きネガティブ男は! 本当に根暗! 鬱陶しい!
 何も失うモノがない? 笑わせる。おじいちゃんやおばあちゃんがいるじゃない! 私だって心配してあげてるのに! ああっ、本当にムカついてきた!
 はぁ……仕方ないわね。乗りかかった船だし、私がこの石頭をなんとかしてあげますか。

「正道、大丈夫だよ」
「何が大丈夫なんだ。ふざけるな」

 本当に世話が焼けるわ、この男。いいでしょう、私がその根性をたたき直してあげる!
 だから、私は笑顔で高らかに宣言した。

「正道、大丈夫だから」

 そう、正道は大丈夫!
 誰にどんなことを言われても……。

「何の根拠があってそんなこと言えるのかって聞いてるんだ。理由をさっさと言え」
「だって、私には分かるから。正道にはきっと明るい未来が待ってるよ。なぜなら……」
「なぜなら?」

 私が肯定してあげる。正道がどんなに自分を責めても、否定しても、私が肯定してあげる!
 あなたは不幸でないことを……幸せな未来が待っていることを……一人じゃないって事を……。

 心配する人がいないですって? 私が心配してあげる!
 頼りにされなくて結構ですって? 私が期待してあげるわよ!

 アンタがいいことをしたら褒めてあげる! 間違った事をしたら怒ってあげる! あんたはやれば出来る子ってことを期待してあげる!
 あんたがその気になれば、いろんな人があんたを慕ってくれるようになる。それを私が教えてあげるわ!
 私は胸を張って真っ直ぐに正道に伝えた。

「私が正道を幸せにしてあげる!」



 このお正月、私は力の限り、正道を振り回した。トラウマをうえつけるくらい、振り回し、命令し、脅迫し、目一杯正道の日常を掻き乱してやったわ。
 自分が不幸だってことを忘れるくらい、私があんたを見ているってことをトラウマになるくらいにその石頭に叩きつけてやったわ。

 もちろん、これで終わりじゃないわよ。来年も再来年も、私は正道を振り回す。根を上げて、辛い過去も、お母さんに捨てられた痛みも、抱えているものも……全て綺麗さっぱり忘れさせてあげる!
 正道を立ち直らせる役目はこの私ですから! 覚悟しなさい、正道!



 と、思っていたんだけど、私の計画は次の年で終わってしまった。
 だって、ねぇ……。

「正道! おせえぞ!」
「今日の立役者が遅れてきてるんじゃねえ! とりあえず、乾杯だ! ほれ!」
「いや、俺は別に立役者では……それに、それはお酒では?」
「なんだ、正道! 俺の酒が飲めない……ってあ痛ぁ!」
「こら! そこのバカ! 未成年に酒を飲ませようとするな!」
「そうだぞ! 正道君は僕の弟子なんだ! 弟子には健やかに、健全に、この店の跡取りになってもらうんだぞ、こら!」
「いえ……勝手に就職先を決めないでください」
「とにかく、飲め。これは命令だ」
「仙石、酔うの早すぎ」

 親善試合の祝勝会で正道はチームメイトに囲まれていた。みんなが正道を認め、称えている。

「正道君! よくやった! 流石は僕の息子だ!」
「私の兄さんです!」
「あんちゃん……すごい」
「……俺は信吾さんの息子でもなければ、上春の兄でもない」
「そこで強の事は何も言わないんだ。都合がいいわよね、我が息子は」
「まあまあ。正道さんもちゃんとみんなが家族だって分かってますから」
「それなら、ウチも家族なんやろうか?」
「強以外、お断りだ」
「正道。少しは優しくしてあげなさい」

 家族に包まれ、正道は笑顔の中心にいる。
 これを見せつけられるとねぇ……私の入り込む隙間、ないじゃん。よかったじゃない、正道。

 私がなんとかしなければと思った。
 私が正道を導けると信じていた。幸せに出来ると確信していた。
 でも、もう……私は……。

「あんたにはもう……私は必要ないみたいね」

 とても寂しいことだけど……でも……正道が幸せなら……。
 私はその役をあのバカ騒ぎしている人達に預けた。きっと上春家ならなんとかしてくれるでしょ。それにあの女……上春咲。
 あの女は抜け目がない。

 わざとおちゃらけてみせるし、演じている。まるで誰かのものまねをしているよう……。
 とにかく、アイツは正道を気遣い、支えようとしている。正道は気づいていないようだけどね。

 それにカツ丼を提案したのは咲だ。
 おじいちゃんがおばあちゃんに精がつくものを作って欲しいと依頼した。おばあちゃんがどんな料理にしようか悩んでいたのを、咲が提案したのだ。

 カツ丼にした方がいいと。目に見えて分かるような応援をした方がいいと。

 全ては正道の為に……。

 咲の行動がきっかけで、正道はみんなの輪に入ることが出来た。あの女こそ、影のMVPね。
 咲に譲るのはしゃくだけど、もし、正道を悲しませるようなことがあれば、すぐにでも交代するから。
 だから、そのときまで……バイバイ、正道。



 こうして私のお節介は幕を閉じたわけ。
 もう、二度と青島には来るつもりはなかった……んだけど、毎年来ちゃってるんだよね。
 私って本当、面倒見がいいわよね。どうして、あんな唐変木の相手をしているのやら……。
 友達は初恋の相手だからじゃないって言うけど、断じて違うわよ。
 そう……違うんだから……。



 十年後。
 私は正道に会いに、また元旦に青島にやってきた。
 私は正道に、近況を報告する。

「どう、正道。私、成長したでしょ? 胸もお尻も身長も大人っぽくなったよね? 私ね、モデルのバイト、しているんだよ。もちろん、女の子向けの雑誌のね。もう、下心満載の男の子達が私に声を掛けてきて、大変なんだから。私を口説いておかなくて後悔してるでしょ?」

 ほんと、バカよね、あんたは。私も青島もみんな変わっていくのに、正道だけは変わらない。
 私は鼻をすすりながら、ニッコリと微笑む。

「正道はどう? そっちで元気にやってる? 私は元気にやってるからね」

 私はそっと墓石に水を掛けた。
 

 ★★★


         ーNANOKA TURE END ー
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