風紀委員 藤堂正道 -最愛の選択-

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蔵屋敷強の願い編 一章

一話 俺も義信さんも楓さんもいつも強の事、想っている その二

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 俺は田島先生に連れられて、体育倉庫までやってきた。
 少しホコリっぽいが、カラーコーンやラインカー、マットなどが綺麗に片付いている。
 田島先生は真剣な顔で俺に尋ねてきた。

「藤堂君は強君とどういった関係か、教えてくれないか?」

 俺は田島先生に、強と知り合った経緯から今の関係まで全て話した。念の為、強の両親が蒸発したことは伏せておいた。
 田島先生は話を聞いてる最中は、目を丸くして驚いていたが、話を終えると、うつむいたまま、黙り込んでいる。
 俺は田島先生が話すまで、黙っていることにした。

「そうか……だから、上春と呼ぶのか……」
「おかしいですか?」

 今の強の保護者は信吾さんだ。ならば、上春強と呼ぶべきだろう。
 田島先生は苦笑いをしながら、俺に説明をしてきた。

「強君は、学校では蔵屋敷で通っているんだ」
「蔵屋敷? 強の両親の名字ですか?」
「両親って……知ってるのか? 強君の両親の事」

 どうやら、田島先生も強の両親の事を隠していたようだ。
 そりゃそうだよな。かなり踏み込んだ話しだし、強のいないところで話すべき内容でもない。
 だが、強の事を……小学校での事情を知っておきたい。そうしないと、強をキズつける可能性があるからだ。
 もう、俺は二度と……強の涙を見たくない。
 ならば、踏み込むしかないんだ。強の暗い過去に。

「ええっ。再婚はともかく、俺は強の兄として、せめて、キズつけないようにしたいんです。強の今の父親である信吾さんなら、強の痛みを癒やしてくれると信じています。だから、その手助けを……いや、足を引っ張りたくないと思っています」

 俺は真っ直ぐに田島先生に自分の想いをぶつけてみる。田島先生も俺を真っ向から見つめてくる。
 俺みたいなガキが誰かを助ける事なんて、きっとできない。ならば、手助けくらいはしてやりたい。
 俺はもう、強の事を知っている。他人だと見捨てることも、見過ごすこともできない。

「そうか……強君のいいお兄さん、やってるんだな」
「そうありたいと願っています」

 俺の気持ちが遊びでないと分かったのか、田島先生はぽつぽつと話してくれた。

「強君の処遇は学校でも持て余しているのが本音だ。生徒には強君の家庭のことは箝口令かんこうれいが敷かれている。俺も分からないんだよ。俺だって強君の両親は許せない。だけど、強君が望んでいるのは両親なんだ。だから、強君の名字は蔵屋敷にした。上春にしてしまうと、両親が帰ってきたとき、また蔵屋敷になるから……というのは建前で、本音は名字が変わってしまうと、不審に思った子供達が強君に問い詰める。強君の家庭の状況がバレてしまったら、それが原因でイジメに発展するのを恐れてっていうのが学校の決定だ。失望したか?」

 田島先生の懺悔のような問いに俺は……。

「いえ……田島先生は両親が帰ってくることを願って蔵屋敷と呼ぶのでしょ? 俺はそう信じています」
「……ありがとう」

 結局、そこなんだよな。
 捨てられても、両親との縁は消えることはない。本当に厄介だよな、親って。

「なあ、藤堂君。強君を保護している上春信吾さんって何者なんだ?」
「何者とは?」
「強君の両親の件で問題になったとき、上春信吾さんが学校に来ていきなり、僕が引き取る、保護者ですって名乗り出てきた。最初は親戚かと思ったけど、話を聞けば、強君の両親と付き合いがあるとはいえ、他人だろ? 心配になったんだけど、ある日突然、校長が認めたんだ。上春さんを強君の保護者であること、名字は蔵屋敷で対処すると。聞いた話、教育長からお達しがあったらしい。教育長と話しをつけるなんて、普通じゃないだろ?」

 上春信吾にそんな力はない。ただのフリーターだ。
 だとしたら、誰が教育長に話をつけたのか?
 朝乃宮だ。
 朝乃宮は京都ではかなり有名な家柄らしい。朝乃宮、藤守、右楯うだての御三家と呼ばれていて、京都では絶大な力があり、政界にも顔が利くと噂されている。
 朝乃宮は強のためでなく、咲のために本家と掛け合ってくれたのだろう。本当にアイツらしい。

「ただの親父ですよ。特別なこと何てありません」

 田島先生は俺の答えに納得はしてくれなかったが、それ以上、追求することはなかった。

「話がそれてしまったけど、強君に何か用か? 藤堂君が来る前に校門で見かけたから、もう家に帰ったと思うが」
「そうですか……」

 強に会うことはできなかったが、学校での立場を聞くことができたので、それはそれでよしとしよう。

「何かあったのか? まさか、喧嘩のことか?」
「喧嘩?」

 田島先生の話だと、始業式前、強は同級生と口論になったらしい。一触即発までいったところで、担任の先生が止めてくれたようだ。
 あの大人しい強が喧嘩か……。

「特に問題ありません。子供らしいじゃないですか」
「流石は藤堂君だね。この青島で喧嘩は挨拶みたいなものだ。俺が子供の頃は日常茶飯事だった喧嘩も、今は保護者がうるさいからな。おっと、今の発言は内緒な」

 教師あるまじき発言だとは思うが、この青島の出身なら納得できるし、人のこといえないからな。
 俺は苦笑しつつ、うなずく。

「ええっ、もちろん」
「喧嘩のことでないと、何の用事だ?」

 俺は強を迎えに来たわけを話した。
 昨日、台所の窓ガラスが割られたこと。強がこの一件、かなり腹を立てていたこと。
 もしかして、犯人を捜すかもと思った事。全て話した。

「なるほどな……強君は野球に思い入れがあるから、犯罪に野球の道具を使われた事に怒っているのも頷ける。分かった。この一件は先生方に報告して、児童にそれとなく注意しておこう。事件が起こっても、犯人を捜すようなことは絶対にしないこと。犯罪を見かけたら、すぐに警察か先生に報告するよう促しておく。けど、今は名探偵なんたらが流行っているから、先生の話を聞くかは微妙だが」
「いえ、それだけでもありがたいです。ご配慮、ありがとうございます」

 注意してもらえるだけでもありがたい。これが抑止力になればいいのだが。
 強がここにいないのなら、もう用はない。家に戻るか。
 俺は田島先生にお礼を言い、帰ろうとした。

「そういえば、藤堂君。強君の夢って知ってるかい?」
「強の夢?」

 なんだ? 強の夢って……。
 田島先生は嬉しそうに俺に教えてくれた。

「プロ野球選手だ」

 プロ野球選手だと? 大きく出たな……。
 けど、夢は大きい方がいい。小学生らしいしな。
 それに、あながち、夢で終わらないのかもしれない。強ならって思う。
 このとき、俺は軽い気持ちで強の夢を聞いていた。



 強が本当に家に帰ったのか? 一応、確認しておくか。
 俺は青島西小から真っ直ぐ家に帰ろうとしたが、シャーペンの芯が切れかかっていたことを思い出した。時間なんてそうかからないし、補充しておくか。
 少し足を伸ばし、百円ショップに向かった。
 店の中に入ると、暖かい空気が迎えてくれる。寒さから解放され、ほっと一息をつき、文具が売っているコーナーへ移動すると。

「おおぅ!」
「……」

 強だ。強が目の前にいた。
 こんなところで強に会うとは思っていなかったので、つい、声が出てしまった。朝乃宮の事といい、今日は驚かされてばかりだ。
 強は無表情だが、少し困った顔をしている。なぜだ?
 俺は先ほど、ちらっと強が手にしていた物を目にした。今は後ろに隠しているが、見られたくない物か?
 だが、なぜだ? あんなもの、隠す意味も、強がそれを買う意味も分からなかった。けど……。

 俺は強の手から商品……雑巾を取り上げた。
 三枚セットで売られているが、いちいち金を出してまで買う必要はない。なぜなら……。

「雑巾が必要なのか?」
「……うん。学校で雑巾を三枚、持ってくるよう先生に言われたから」
「そっか。なら、俺が作ってやるから、そのお金は欲しいものでも買え」
「……分かった」

 俺は雑巾を棚に戻し、シャーペンの芯とお菓子を買った。
 強は何も買わずに店の入り口で待ってくれていた。お菓子を買わなかったのは、きっと、強がいつも読んでいる少年誌を買う為だ。

「待たせたな」
「……いえ」

 俺達は一緒に店を出た。

「強、今日はどうだった?」
「……早く終わった」
「そうか」
「うん」

 会話は終了。
 強とはこんなものだ。それでも、初めて出会ったときよりはかなりマシになった。
 強はいつも無表情だが、少しだけ感情を読めるようになった。
 今は申し訳なさそうにしている。
 理由は雑巾だろう。強は俺達に迷惑を掛けたくなくて、自分で用意しようとした。
 しかし、強には雑巾の作り方が分からないので、百円ショップで買おうとしたわけだ。

 水臭い……とは思わなかった。きっと、俺でもそう思ったからな。
 俺達は強の本当の家族ではない。強は自分のワガママのせいで置いて行かれたと思っている節がある。
 それは全くの誤解なのだが、強がそう思っている以上、これは強の問題だ。
 強が自分を許さない限り、もしくは親が戻ってこないと解決しない問題だろう。

 もどかしいとは思うが、信吾さんが、上春がきっと解決してくれる。もちろん、俺に出来る事があれば手伝う。
 強の様子から見て、犯人捜しをしているわけではなさそうだな。まだ、油断はできないが。
 とりあえず、強と合流できたわけだし、危険はなさそうなので雑巾を作るか。

「……」
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