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四章
四話 自慢させてくれよな その五
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「義信さん、少しいいですか?」
家に帰ってきた後、俺は食事の準備をする前に、非番だった義信さんに確認したいことがあり、話しかける。
「なんだ?」
「青島ブルーリトルの監督は三田村さんでしたか?」
「そうだが……強君の事か?」
流石は義信さん。察しがいい。
俺はすぐに本題に入る。
「はい。強は昔、青島ブルーリトルに所属していたのですが、今は顔も見せていないと強のチームメイトから聞きました」
「そうか……」
多分、強が青島ブルーリトルから遠ざかったのは、経済的な理由だ。
信吾さんは住んでいたアパートを賃貸料遅延で立ち退きされ、生活が苦しかった。家すらなかった。
後で聞いた話だが、上春達が藤堂家に転がり込むまで、朝乃宮のマンションと女のマンションで分かれて過ごしていたらしい。
女の借りていたアパートに五人住むのは流石に狭かったらしくて、苦労したと信吾さんから聞いたことがある。
もし、入院している上春陽菜が退院したとき、どこに住む気だ? 部屋がねえぞ。
まさか、俺がリビングで寝るのか? ちょっとキツいな。
話がそれたが、強は諦めるしかなかったのかもな。
少年野球は金がいるし、そんな金があるのなら、生活費の足しにするべきと考えたのだろう。
強と初めてキャッチボールをしたとき、使い古されたグローブを使っていた。
俺は最初、大切にしているからだと思っていた。大切なものはたとえボロでも愛着がある。そういうことだと思っていた。
ただ単に金がなかったんだな。
「あの……俺は強にもう一度、青島ブルーリトルに戻って欲しいと思っています」
俺は今日、強の友達と出会ったこと、強を青島ブルーリトルに戻すことで、疎遠になった友達と仲良くなって欲しいこと、もっと野球に打ち込める環境を用意したい事を話した。
それがきっと、強のためになると信じて。
強が今、野球をしている理由は悲しいものだけれど、友達と一緒に過ごすことで、孤独と辛い過去を和らげてあげたい。
それに、強の事を想っている人が近くにいることを強は知るべきだ。
友達をクラスメイトだなんて言い切るなんて、寂しいだろ。アイツらは強の事を想っているんだぞ。
アイツらのためにもなんとかしてやりたいんだ。
「……」
義信さんは考え込んでいる。やはり、金の問題があるか。
それならば……。
「月謝なら俺がバイト代から出します。お願いします。強を青島ブルーリトルに戻してもらえませんか?」
俺は頭を下げてお願いした。少年野球でかかる費用は月謝だけではない。
入会費、連盟登録費は以前に払っているはずだから……スポーツ保険入金は、また払う可能性があるし、ユニフォームやスパイク、靴下等といった用具一式、父母会費等、様々な金額がかかる。
痛い出費だが、強は今年で六年生。公式試合は十月か十一月で終わるとして、半年と少しくらい払い続けるのか……。
バイクのメンテ費用やお菓子とか我慢すればなんとか払うことは出来るはずだ。
俺の提案に義信さんは……。
「ダメだ」
とりつく島すらなかった。義信さんに逆らうのは気が引けるが、はいそうですかと引き下がるわけにもいかない。
「ですが……」
「子供がお金の心配などしなくていい。この件は一度、信吾君と話し合った後、結論を伝える。それでいいな?」
「はい……」
まあ、当たり前だよな。
高校生の俺が金の話しなんてしたところで、大人の義信さん達は困るだけだろう。
世間体からしてみれば、子供に金を出させて親は何をしているんだって話しになるしな。
自分の為ならまだセーフかもしれないが、血の繋がらない弟の為に金を出すなんてネットで叩かれそうな案件だ。
俺の案は否定されたわけではない。義信さんなら公平にジャッジしてもらえるはずだ。
今、俺に出来る事は晩ご飯の準備くらいだ。
「正道」
「なんですか?」
「……咲君にも優しくてあげなさい。強に贔屓してると思われるぞ」
強を贔屓にしている? そんなことでアイツは……怒るかもな。
仕方ない。気にとめておくか。
「うわ……いい匂いがしますね」
晩ご飯を準備していると、必ず現れる女、上春咲がやってきた。コイツ、皆勤賞を目指しているのかと言いたくなる。
上春が目をつけたのは、豚汁だ。この寒い季節、体が温まる汁物は美味いからな。
さりげなくおかずをつまみ食いする盗賊のような手癖の悪さを俺は忘れていないぞ。
朝乃宮は喜んで上春におかずを食べさせているが、俺は断固反対派だ。
作る方はあと少しで食えるだろうがと思うのだが、食う方は待てないようだ。
ここでゲンコツでも落としたいところだが、義信さんや強の事もある。
ここは寛大になるべきだろう。
「……つまみ食いやめろ。そのかわり、上春の分は豚肉多めに入れてやる」
「えええっ! 本当ですか! 兄さん、明日死ぬんですか!」
こ、この女。太平洋に沈めてやりたい。
俺は悟りの心境で平常心を保つ。自分で何を言っているのか分からなくなってきた。
「今日の晩ご飯、楽しみにしてますね、兄さん」
上春は上目遣いでウインクしながら、満足げにリビングに戻っていく。
世の男性に問いただしたいのだが、あんなあざとい……いや厚かましい妹のどこがいいのか問いたい。顔か?
押水がなぜモテたのかバリに、きっと誰にも解けない難問であろうと思うことにした。
ああっ、朝乃宮の視線が痛い。
いつもは上春のつまみ食いをとがめている俺が優遇させたことに、キレているのかもしれない。
次の稽古は私刑に早変わりだな。やはり、女子と関わるとロクなことがない。
俺はため息をつきつつ、朝乃宮と視線を合わさないよう飯を作ることにした。
「咲には優しいんやね」
許してくれなかった……。
「みんな、話がある。家族会議だ」
晩ご飯終了後、義信さんのこの一言で全員の動きが止まる。話の内容はきっと強の事だ。
俺は緊張を押し隠し、座り直す。
今から話し合う議題を知らないのは、上春と強だけか。朝宮は察しがいいし、義信さんは楓さんと信吾さん、女に話しをつけているはずだ。
その話し合いで何が決まったのか?
俺は期待していた。
もし、強の少年野球復帰を断念しろと言うのなら、わざわざ俺達を集めはしないだろう。
そんなことを強に話せば、強が傷つくだけだ。
いちいち家族会議で話すはずがない。そうに決まっている。
義信さんは気遣いが出来る人だ。楓さんは優しい人だ。だから、強の悲しむことを言うはずがない。
それでも、緊張してのどが渇いてきた。
もしもだ。もしも、ダメなら……抗議してやる。
けど、それを強が望むのだろうか?
今回の件は強には内緒で進めていた話だ。強の意思を全く無視している。俺の独善だ。
たとえ、OKをもらえても、強がその気でなければ意味がない。
はあ……胃が痛い……。
緊張が漂う中、義信さんの話が始まった。
「今日、みんなを集めたのは強君の事だ」
「……俺?」
強は不安そうな顔をしている。自分が何か悪い事をしたのではないか、そう思っているのだろう。
俺もそうだが、両親から捨てられた後の強はネガティブ志向が強い。何かあれば自分が悪いと思ってしまう。
もちろん、強が悪いわけではない。両親の勝手な都合だ。
いい加減、そう思うのはやめてもらいたいものだと思うが、こればかりは心の問題だからな。
でも、それでも、俺は……。
「強君は以前、青島ブルーリトルに所属していたな?」
「……はい」
「戻る気はないか?」
強はぽかんとした顔で義信さんを見つめている。リトルの話しをされるとは思ってもいなかったのだろう。
戻る気はないか、ということは……。
「許可が出たんですね!」
俺はつい、口を挟んだ。
やった! やったぞ!
俺はガッツポーズをとったが、全員の視線に晒され、俺は耳が熱くなるのを感じながら、座り直した。朝乃宮が呆れたように笑っていた。
いや、仕方ないだろ? 嬉しかったんだから。
さて、ここからだ。
強が素直に受け入れるかどうか? ここが一番の難問だ。
強の答えは……。
「でも、お金がかかるから……」
やはりな。
子供っていうのはお金のことに敏感で、貧乏だということを肌で感じ、節約しなければという想いがわきあがる。
だから、遠慮してしまう。
俺は一息つき……。
バン!
「!」
俺は強の背中をパーで思いっきり叩いた。
強だけでなく、ここにいる全員が何事かと俺を見ている。
ふん! しょうがないだろ? 開き直ってやるよ。
「ガキが生意気言うなって言っただろ? お金の問題なら解決している。だから、復帰したいのかしたくないのか、それだけを言ってくれ。もし、お金を出してもらっていることが後ろめたいのなら、プロになってから返してくれればいい。これは投資だ。有望株に投資するのは当たり前だろ? それに強がプロになったら自慢できるしな。俺の弟はプロ野球選手だって。自慢させてくれよな」
俺は早口で強に伝えた。気恥ずかしいからだ。臭い台詞は一度で充分だ。
別に俺が金を出したわけでもなく、今回は何もしていない。
だけど、背中を押すことはできる。
俺はもちろん、強がプロになって欲しいとは思うが、世の中、そんなに甘くない。挫折することだってあるだろう。
それでも、強には野球を続けて欲しい。
「あっ、正道君! また、フライングした! 今度は僕が強を説得しようと思っていたのに!」
「早い者勝ちだ」
みんなを呆れさせてしまったが、しょうがないだろ? 後悔はしたくない。
あのとき、ああ言えばよかった、ああすればよかった等と惨めな言い訳をしたくない。
「……僕はどうしたらいいの……」
強は大粒の涙をこぼしながら、俺を見上げてくる。
「あんちゃんは僕のために……僕なんかの為にいつも助けてくれるのに……僕は……何も恩返しができない……それなのに……どうして……どうして……優しくしてくれるの? どうしたら……恩返しができるの?」
恩返しだと? バカ言うなよ。俺達は兄弟だろ? 家族だろ?
だったら……。
「バカ……俺達家族の間に見返りとか恩返しとか、必要ないだろうが。強が引け目に感じているのなら……何かしたいって思ってくれるなら……どうか、自分の気持ちに素直になってくれ。強が笑顔でいてくれたら、家族はそれで満足なんだ」
だから、手助けをさせてくれ。
お前の幸せの役に立たせてくれ……。
「ずるい! それ、僕の台詞! 大黒柱ですから!」
「私の台詞です!」
やかましい。父親だろうが、姉だろうが、関係ねえ。言ったもん勝ちだって言ってるだろうが。
「正道が言ってくれたが、お金のことなら信吾君と澪と相談し、解決済みだ。それに私もキミを大切な家族だと思っている。後は強君の意思次第だ。もちろん、断ってくれてもいい。だが、一度しか聞かない。正直に答えてくれ。キミは青島ブルーリトルに戻りたいか? それとも、辞めてしまうか? どっちだ?」
義信さんの問いに、強は……。
家に帰ってきた後、俺は食事の準備をする前に、非番だった義信さんに確認したいことがあり、話しかける。
「なんだ?」
「青島ブルーリトルの監督は三田村さんでしたか?」
「そうだが……強君の事か?」
流石は義信さん。察しがいい。
俺はすぐに本題に入る。
「はい。強は昔、青島ブルーリトルに所属していたのですが、今は顔も見せていないと強のチームメイトから聞きました」
「そうか……」
多分、強が青島ブルーリトルから遠ざかったのは、経済的な理由だ。
信吾さんは住んでいたアパートを賃貸料遅延で立ち退きされ、生活が苦しかった。家すらなかった。
後で聞いた話だが、上春達が藤堂家に転がり込むまで、朝乃宮のマンションと女のマンションで分かれて過ごしていたらしい。
女の借りていたアパートに五人住むのは流石に狭かったらしくて、苦労したと信吾さんから聞いたことがある。
もし、入院している上春陽菜が退院したとき、どこに住む気だ? 部屋がねえぞ。
まさか、俺がリビングで寝るのか? ちょっとキツいな。
話がそれたが、強は諦めるしかなかったのかもな。
少年野球は金がいるし、そんな金があるのなら、生活費の足しにするべきと考えたのだろう。
強と初めてキャッチボールをしたとき、使い古されたグローブを使っていた。
俺は最初、大切にしているからだと思っていた。大切なものはたとえボロでも愛着がある。そういうことだと思っていた。
ただ単に金がなかったんだな。
「あの……俺は強にもう一度、青島ブルーリトルに戻って欲しいと思っています」
俺は今日、強の友達と出会ったこと、強を青島ブルーリトルに戻すことで、疎遠になった友達と仲良くなって欲しいこと、もっと野球に打ち込める環境を用意したい事を話した。
それがきっと、強のためになると信じて。
強が今、野球をしている理由は悲しいものだけれど、友達と一緒に過ごすことで、孤独と辛い過去を和らげてあげたい。
それに、強の事を想っている人が近くにいることを強は知るべきだ。
友達をクラスメイトだなんて言い切るなんて、寂しいだろ。アイツらは強の事を想っているんだぞ。
アイツらのためにもなんとかしてやりたいんだ。
「……」
義信さんは考え込んでいる。やはり、金の問題があるか。
それならば……。
「月謝なら俺がバイト代から出します。お願いします。強を青島ブルーリトルに戻してもらえませんか?」
俺は頭を下げてお願いした。少年野球でかかる費用は月謝だけではない。
入会費、連盟登録費は以前に払っているはずだから……スポーツ保険入金は、また払う可能性があるし、ユニフォームやスパイク、靴下等といった用具一式、父母会費等、様々な金額がかかる。
痛い出費だが、強は今年で六年生。公式試合は十月か十一月で終わるとして、半年と少しくらい払い続けるのか……。
バイクのメンテ費用やお菓子とか我慢すればなんとか払うことは出来るはずだ。
俺の提案に義信さんは……。
「ダメだ」
とりつく島すらなかった。義信さんに逆らうのは気が引けるが、はいそうですかと引き下がるわけにもいかない。
「ですが……」
「子供がお金の心配などしなくていい。この件は一度、信吾君と話し合った後、結論を伝える。それでいいな?」
「はい……」
まあ、当たり前だよな。
高校生の俺が金の話しなんてしたところで、大人の義信さん達は困るだけだろう。
世間体からしてみれば、子供に金を出させて親は何をしているんだって話しになるしな。
自分の為ならまだセーフかもしれないが、血の繋がらない弟の為に金を出すなんてネットで叩かれそうな案件だ。
俺の案は否定されたわけではない。義信さんなら公平にジャッジしてもらえるはずだ。
今、俺に出来る事は晩ご飯の準備くらいだ。
「正道」
「なんですか?」
「……咲君にも優しくてあげなさい。強に贔屓してると思われるぞ」
強を贔屓にしている? そんなことでアイツは……怒るかもな。
仕方ない。気にとめておくか。
「うわ……いい匂いがしますね」
晩ご飯を準備していると、必ず現れる女、上春咲がやってきた。コイツ、皆勤賞を目指しているのかと言いたくなる。
上春が目をつけたのは、豚汁だ。この寒い季節、体が温まる汁物は美味いからな。
さりげなくおかずをつまみ食いする盗賊のような手癖の悪さを俺は忘れていないぞ。
朝乃宮は喜んで上春におかずを食べさせているが、俺は断固反対派だ。
作る方はあと少しで食えるだろうがと思うのだが、食う方は待てないようだ。
ここでゲンコツでも落としたいところだが、義信さんや強の事もある。
ここは寛大になるべきだろう。
「……つまみ食いやめろ。そのかわり、上春の分は豚肉多めに入れてやる」
「えええっ! 本当ですか! 兄さん、明日死ぬんですか!」
こ、この女。太平洋に沈めてやりたい。
俺は悟りの心境で平常心を保つ。自分で何を言っているのか分からなくなってきた。
「今日の晩ご飯、楽しみにしてますね、兄さん」
上春は上目遣いでウインクしながら、満足げにリビングに戻っていく。
世の男性に問いただしたいのだが、あんなあざとい……いや厚かましい妹のどこがいいのか問いたい。顔か?
押水がなぜモテたのかバリに、きっと誰にも解けない難問であろうと思うことにした。
ああっ、朝乃宮の視線が痛い。
いつもは上春のつまみ食いをとがめている俺が優遇させたことに、キレているのかもしれない。
次の稽古は私刑に早変わりだな。やはり、女子と関わるとロクなことがない。
俺はため息をつきつつ、朝乃宮と視線を合わさないよう飯を作ることにした。
「咲には優しいんやね」
許してくれなかった……。
「みんな、話がある。家族会議だ」
晩ご飯終了後、義信さんのこの一言で全員の動きが止まる。話の内容はきっと強の事だ。
俺は緊張を押し隠し、座り直す。
今から話し合う議題を知らないのは、上春と強だけか。朝宮は察しがいいし、義信さんは楓さんと信吾さん、女に話しをつけているはずだ。
その話し合いで何が決まったのか?
俺は期待していた。
もし、強の少年野球復帰を断念しろと言うのなら、わざわざ俺達を集めはしないだろう。
そんなことを強に話せば、強が傷つくだけだ。
いちいち家族会議で話すはずがない。そうに決まっている。
義信さんは気遣いが出来る人だ。楓さんは優しい人だ。だから、強の悲しむことを言うはずがない。
それでも、緊張してのどが渇いてきた。
もしもだ。もしも、ダメなら……抗議してやる。
けど、それを強が望むのだろうか?
今回の件は強には内緒で進めていた話だ。強の意思を全く無視している。俺の独善だ。
たとえ、OKをもらえても、強がその気でなければ意味がない。
はあ……胃が痛い……。
緊張が漂う中、義信さんの話が始まった。
「今日、みんなを集めたのは強君の事だ」
「……俺?」
強は不安そうな顔をしている。自分が何か悪い事をしたのではないか、そう思っているのだろう。
俺もそうだが、両親から捨てられた後の強はネガティブ志向が強い。何かあれば自分が悪いと思ってしまう。
もちろん、強が悪いわけではない。両親の勝手な都合だ。
いい加減、そう思うのはやめてもらいたいものだと思うが、こればかりは心の問題だからな。
でも、それでも、俺は……。
「強君は以前、青島ブルーリトルに所属していたな?」
「……はい」
「戻る気はないか?」
強はぽかんとした顔で義信さんを見つめている。リトルの話しをされるとは思ってもいなかったのだろう。
戻る気はないか、ということは……。
「許可が出たんですね!」
俺はつい、口を挟んだ。
やった! やったぞ!
俺はガッツポーズをとったが、全員の視線に晒され、俺は耳が熱くなるのを感じながら、座り直した。朝乃宮が呆れたように笑っていた。
いや、仕方ないだろ? 嬉しかったんだから。
さて、ここからだ。
強が素直に受け入れるかどうか? ここが一番の難問だ。
強の答えは……。
「でも、お金がかかるから……」
やはりな。
子供っていうのはお金のことに敏感で、貧乏だということを肌で感じ、節約しなければという想いがわきあがる。
だから、遠慮してしまう。
俺は一息つき……。
バン!
「!」
俺は強の背中をパーで思いっきり叩いた。
強だけでなく、ここにいる全員が何事かと俺を見ている。
ふん! しょうがないだろ? 開き直ってやるよ。
「ガキが生意気言うなって言っただろ? お金の問題なら解決している。だから、復帰したいのかしたくないのか、それだけを言ってくれ。もし、お金を出してもらっていることが後ろめたいのなら、プロになってから返してくれればいい。これは投資だ。有望株に投資するのは当たり前だろ? それに強がプロになったら自慢できるしな。俺の弟はプロ野球選手だって。自慢させてくれよな」
俺は早口で強に伝えた。気恥ずかしいからだ。臭い台詞は一度で充分だ。
別に俺が金を出したわけでもなく、今回は何もしていない。
だけど、背中を押すことはできる。
俺はもちろん、強がプロになって欲しいとは思うが、世の中、そんなに甘くない。挫折することだってあるだろう。
それでも、強には野球を続けて欲しい。
「あっ、正道君! また、フライングした! 今度は僕が強を説得しようと思っていたのに!」
「早い者勝ちだ」
みんなを呆れさせてしまったが、しょうがないだろ? 後悔はしたくない。
あのとき、ああ言えばよかった、ああすればよかった等と惨めな言い訳をしたくない。
「……僕はどうしたらいいの……」
強は大粒の涙をこぼしながら、俺を見上げてくる。
「あんちゃんは僕のために……僕なんかの為にいつも助けてくれるのに……僕は……何も恩返しができない……それなのに……どうして……どうして……優しくしてくれるの? どうしたら……恩返しができるの?」
恩返しだと? バカ言うなよ。俺達は兄弟だろ? 家族だろ?
だったら……。
「バカ……俺達家族の間に見返りとか恩返しとか、必要ないだろうが。強が引け目に感じているのなら……何かしたいって思ってくれるなら……どうか、自分の気持ちに素直になってくれ。強が笑顔でいてくれたら、家族はそれで満足なんだ」
だから、手助けをさせてくれ。
お前の幸せの役に立たせてくれ……。
「ずるい! それ、僕の台詞! 大黒柱ですから!」
「私の台詞です!」
やかましい。父親だろうが、姉だろうが、関係ねえ。言ったもん勝ちだって言ってるだろうが。
「正道が言ってくれたが、お金のことなら信吾君と澪と相談し、解決済みだ。それに私もキミを大切な家族だと思っている。後は強君の意思次第だ。もちろん、断ってくれてもいい。だが、一度しか聞かない。正直に答えてくれ。キミは青島ブルーリトルに戻りたいか? それとも、辞めてしまうか? どっちだ?」
義信さんの問いに、強は……。
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