風紀委員 藤堂正道 -最愛の選択-

Keitetsu003

文字の大きさ
450 / 544
四章

四話 自慢させてくれよな その六

しおりを挟む
「あんちゃん、お帰り」
「おう、ただいま」

 次の日の午後、俺が家に戻ると強が先に帰っていた。
 俺は強に話しかける。

「強、一緒にキャッチボールしないか?」
「……ごめんなさい」

 ピンポーン!

「おら、強! 誘いに来てやったぞ!」
「こら、剛! 近所迷惑でしょ!」
「雅ちゃんも声が大きいよ~」

 玄関先からやかましいガキ達の声が聞こえてくる。
 そっか……そうだよな。
 俺は強の頭を優しく撫でた。

「先約があるんだろ? だったら、行ってこい」
「……うん!」

 強はグローブとボール、バット一式を持ち、玄関へ向かっていく。強は友達に囲まれ、グラウンドへ走って行った。
 ただ、遊びにいっただけなのに、なぜだろうな。目頭が熱くなったのは。
 情けない。バカか、俺は。

「強ちゃん、とられちゃいましたね」

 楓さんは嬉しそうに強の後ろ姿を見送っている。

「……別に。あるべきところにかえっただけですよ」

 そうだ。小学生は友達と遊んでいればいい。いつまでも兄貴と遊んでいても仕方ないだろ?

「……シュナイダーの散歩に行ってきます」
「ああ、シュナイダーちゃんは強ちゃんが連れて行くって言ってましたよ。シュナイダーちゃんにも友達が出来たって」

 おのれ、プードル。
 やることがなくなってしまった。今日は晩ご飯の当番ではない。自由な時間があるのだが、もてあそびそうだ。
 受験勉強とバイクの整備でもするか。

「正道さんは強ちゃんのことになると、過保護になるわね」

 楓さんに笑われてしまった。
 いや、分かってますよ? けど……。

「……変ですか?」
「いえ、素敵なことだわ」

 俺はつい、楓さんから顔をそらした。
 俺はただ、強に問題があったから訂正しただけだ。見て見ぬ振りはもう嫌なんだ。

 俺はイジメにあっていた。
 誰もが俺を見て見ぬフリをして助けてくれなかった。俺が弱かったから、親友けんじを失った。

 だから、強にはそんな目にあわせたくない。見て見ぬ振りをしたくなかった。
 強が抱える問題があるのなら、手助けをしたい。家族として……強と同じ境遇にある同士として……。

 ツヨシハスクワレタノニ、オマエハスクワレナインダナ? ナゼダ?

 胸の中にある痛みを我慢し、俺は部屋に戻っていった。



 次の日。
 俺はゴミトングとゴミ袋を手に、町内の清掃活動に勤しんでいた。当たり前だが、風紀委員は不良を取り締まるのがメインの仕事ではない。
 町内会の手伝い、清掃も含まれている。去年は隣に相棒いとうがいたが、今は誰もいない。
 俺は黙々と清掃活動を続ける。

 寒風に身が縮むが、終わった後に支給される温かいミルクティーは格別だ。
 疲れた体に甘くて暖かい飲み物は疲労を和らげてくれる。
 俺は自分の担当地域を全て回り、ゴミの集積場に戻った。

「お疲れ様、藤堂君」
「お疲れ様です、田島先生」

 強の小学校の体育教師、田島先生に挨拶する。
 青島の町内清掃は近くの小、中、高の学生と先生方が協力して活動しているので田島先生とはよく顔を合わせる。
 俺は手袋を後ろのポケットに突っこみ、手を洗った後、田島先生から缶ジュースを受け取った。

「寒いね」
「寒いですね」

 お決まりの言葉を交わし、真冬の寒空の下、清掃がどれだけ大変か、お互いねぎらっていると。

「「「田島先生」」」

 田島先生に話しかけてきたのは、強達だった。
 野球の帰りなのか、服が少し汚れている。けれども、強達の顔は笑顔だ。
 強達は田島先生とおしゃべりしたあと、そのまま帰ると思ったが、意外にも俺に話しかけてきた。

「ご苦労ご苦労! あんちゃん!」
「お疲れ様です、お兄さん!」
「お掃除、お疲れ様です、お兄さん」
「……あんちゃん言うな」

 剛、雅、奏が俺に元気よく挨拶をしてきた、強だけが不満げに強にツッコミを入れている。
 相変わらず騒がしいヤツらだ。まあ、小学生だし、これくらい元気があったほうがいいか。

「おう。今日も野球か?」

 俺の問いに、剛はあからさまに顔をしかめてみせる。

「何が悲しくてこんな寒い時に野球しなきゃならんのかね~」
「アンタは下手くそなんだから、練習しておきなさいよ。今日も打てなかったでしょ」
「うるせえ、ブス! お前だって打てなかっただろうが!」
「なによ!」
「んだよ!」

 お前ら、よく飽きないよな、そのテンプレ。微笑ましくなるわ。

「亀の方が才能ある」

 強がぼそっとした声で雅をフォローする。
 眉毛が逆ハの字につり上がっていた雅の表情が一気にしおらしくなる。

「えっ? そ、そうかな?」
「てめえ! いつからそんな軟弱な性格になった! 女の肩なんて持つなよな!」

 いや、お前、朝乃宮に尻尾振りまくりだろうが。清々しいほど自分の事は棚に上げるな、剛は。

 俺は目を細め、三人のやりとりを見守る。
 俺が知る限り、強はいつも一人だった。
 一人で壁にボールを当て、野球選手を目指していた強。
 けど、シュナイダーが我が家にやってきて、剛達が現れた。
 少しずつだが、強の周りに人が集まっている。孤独でなくなっていく。
 そのことが嬉しくて、胸に熱い想いがこみ上げてくる。
 よかったな、強……。

「ありがとうございます、お兄さん」

 いつの間にか奏が俺の隣に立っていた。もう、いちいち驚かないからな。

「なにがだ?」
「蔵屋敷君のことです。お兄さんですよね? リトルに呼び戻したのは?」

 ほんと、奏はさとい子だ。この子は一歩下がったところで強達を見守っている。
 もしかすると、強がみんなから離れていた後、彼女が剛と雅に強の復帰を諦めないよう説得していたのかもしれない。
 でなきゃ、剛が強を気にかける理由が説明つかない。
 俺は目を閉じ、淡々と告げる。

「強が決めたことだ」
「けど、お兄さんが蔵屋敷君の背中、押したんじゃないんですか?」

 俺は何も答えない。黙秘権くらい許されていいだろ?
 大切な事は今、強があそこにいることだ。友達の輪にいるあの場所に。

「一つ聞いてもいいですか?」
「なんだ?」
「どうして、そこまで蔵屋敷君の事、気に掛けるんですか? 蔵屋敷君、言っていました。お兄さんに救われたって。血のつながりがないのに、どうして強君を助けるんですか?」

 救われたか……。
 その一言でこっちが救われた気分だ。
 俺の行動は間違っていなかったんだな。俺みたいなヤツでも誰かの救いになれるんだな。
 俺が強の事を助ける理由か……。
 そんなこと……。

「だから、どうした」
「はい?」
「強は藤堂家で預かっている。だから、面倒を見る。それだけだ」

 血のつながりとか、そんな面倒な事じゃないんだ。
 助けたいから助けた。強に自分の姿を重ねていたとしても、強の事を助けたい気持ちに嘘はない。嘘はないんだ。
 だから、行動する。
 だよな、相棒いとう

「……少し、お兄さんの事、分かった気がします」
「そうか?」
「ええっ」

 奏はこれ以上、俺に尋ねることはなかった。
 俺は奏に礼を言う。

「ありがとな、奏」
「何がですか?」
「最初に俺のこと、強の兄貴だって認めてくれただろ?」
「さあ? なんのことでしょう」

 今度は奏がすっとぼけている。けど、俺は忘れてない。
 俺が強を連れて、三人にグラウンドへ行こうと提案したときだ。
 雅が何言っているんだコイツって顔をしていたとき、奏が。


「雅ちゃん、お兄さんが言っているのは、強君とみんなで野球で遊ぼうって言ってるだけだよ」


 そう言ってくれた。
 奏は朝乃宮に似ていると思った。人をからかうが、いざってときは正しい道へと修正してくれる。
 本当に厄介なヤツだよ。

「おい、奏! 行くぞ!」
「奏! いくわよ!」
「うん!」

 奏は剛と雅に呼ばれ、強達と合流する。

「あんちゃん。また後で。シュナイダーの散歩は俺がいくから」
「ああっ。頼む」
「あんちゃん、またな!」
「さよなら、お兄さん!」
「失礼します、お兄さん」

 強達は去って行った。俺は四人の姿が見えなくなるまでずっと見送った。
 本当によかったな、強。

「いい兄貴なんだな、藤堂君」

 田島先生の言葉に、俺は目を閉じ、答えた。

「……最高の褒め言葉です、田島先生」



 強とのエピソードはこれで終わり……かと思っていた。だが、違った。
 この一件があらたな二つの試練の幕開けとなる。その名の通り、俺は強を巻き込んで事件に発展するのだが……。
 それと、もう一つの試練は……どうでもいいな。バカバカしいが、面倒な事に巻き込まれるのは確かだ。
 それはもう少し先になって判明するのだが、このときは想像すらしていなかった。

「……」











――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 ここまでお読みいただきました読者様、今年一年、ありがとうございました。
 今年の投稿はこれにて終了です。
 次の投稿は未定です。
 よいお年を。  恵鉄

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

幼馴染

ざっく
恋愛
私にはすごくよくできた幼馴染がいる。格好良くて優しくて。だけど、彼らはもう一人の幼馴染の女の子に夢中なのだ。私だって、もう彼らの世話をさせられるのはうんざりした。

【R18】幼馴染がイケメン過ぎる

ケセラセラ
恋愛
双子の兄弟、陽介と宗介は一卵性の双子でイケメンのお隣さん一つ上。真斗もお隣さんの同級生でイケメン。 幼稚園の頃からずっと仲良しで4人で遊んでいたけど、大学生にもなり他にもお友達や彼氏が欲しいと思うようになった主人公の吉本 華。 幼馴染の関係は壊したくないのに、3人はそうは思ってないようで。 関係が変わる時、歯車が大きく動き出す。

俺を振ったはずの腐れ縁幼馴染が、俺に告白してきました。

true177
恋愛
一年前、伊藤 健介(いとう けんすけ)は幼馴染の多田 悠奈(ただ ゆうな)に振られた。それも、心無い手紙を下駄箱に入れられて。 それ以来悠奈を避けるようになっていた健介だが、二年生に進級した春になって悠奈がいきなり告白を仕掛けてきた。 これはハニートラップか、一年前の出来事を忘れてしまっているのか……。ともかく、健介は断った。 日常が一変したのは、それからである。やたらと悠奈が絡んでくるようになったのだ。 彼女の狙いは、いったい何なのだろうか……。 ※小説家になろう、ハーメルンにも同一作品を投稿しています。 ※内部進行完結済みです。毎日連載です。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

【完結】16わたしも愛人を作ります。

華蓮
恋愛
公爵令嬢のマリカは、皇太子であるアイランに冷たくされていた。側妃を持ち、子供も側妃と持つと、、 惨めで生きているのが疲れたマリカ。 第二王子のカイランがお見舞いに来てくれた、、、、

美人四天王の妹とシテいるけど、僕は学校を卒業するまでモブに徹する、はずだった

ぐうのすけ
恋愛
【カクヨムでラブコメ週間2位】ありがとうございます! 僕【山田集】は高校3年生のモブとして何事もなく高校を卒業するはずだった。でも、義理の妹である【山田芽以】とシテいる現場をお母さんに目撃され、家族会議が開かれた。家族会議の結果隠蔽し、何事も無く高校を卒業する事が決まる。ある時学校の美人四天王の一角である【夏空日葵】に僕と芽以がベッドでシテいる所を目撃されたところからドタバタが始まる。僕の完璧なモブメッキは剥がれ、ヒマリに観察され、他の美人四天王にもメッキを剥され、何かを嗅ぎつけられていく。僕は、平穏無事に学校を卒業できるのだろうか? 『この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません』

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

処理中です...