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第15話『女神の嫉妬!「彼は私のもの」』
しおりを挟む「地下迷宮の魔物を一掃し、『月の欠片』を発見された英雄、レオン・グレイ殿!」
宮廷伝令官の声が王宮の大広間に響き渡った。百名を超える貴族や高官たちが一斉に拍手を送る中、レオンは恐縮した様子で前に進み出た。
地下迷宮での活躍から二日後、国王バイロンの命で盛大な宴が開かれたのだ。レオンは王家から特別に仕立てられた紺色の礼服に身を包み、首には「星のルーン」と「月の欠片」を下げていた。
「レオン・グレイ殿」国王バイロンが威厳のある声で呼びかけた。「汝の勇気と力は我が王国の誇りである。今宵はその功績を称え、明日からの『星降りの神殿』への旅の無事を祈って宴を催した」
レオンは深々と頭を下げた。「身に余るご厚意です、陛下」
国王は満足げに頷くと、周囲に向かって声を上げた。「さあ、宴の始まりだ!」
華やかな音楽が流れ始め、料理人たちが次々と豪華な料理を運び込んできた。レオンはそんな華やかな光景に少し圧倒されていた。
「緊張してる?」横から声がかけられ、振り返るとシルヴィアが立っていた。彼女は品のある緑色のドレスに身を包み、髪を美しく上げていた。
「ああ、少し」レオンは正直に答えた。「こんな場には慣れていなくて」
「私も最初は緊張したわ」シルヴィアは微笑んだ。「でも大丈夫よ。あなたは英雄なんだから」
「英雄か…そんな大げさな」
「大げさなんかじゃないわ」彼女は真剣な表情で言った。「王都中があなたの噂で持ちきりよ。『勇者より強い賢者』って」
レオンは苦笑した。「単に『神託解析』のおかげだよ」
二人が話している間にも、次々と貴族たちがレオンに挨拶に来た。彼らの中には、かつて一般職の冒険者だったレオンを見下していた者たちもいたが、今や態度は一変していた。
「レオン殿、次の狩猟会にぜひご参加を」
「我が領地にもお越しいただければ」
「息子の剣術の指南を頼めないだろうか?」
レオンはできる限り丁寧に応対したが、内心では少し辟易していた。
「大変そうね」
新たな声に振り返ると、そこにはフィオナ王女が立っていた。彼女は純白のドレスに身を包み、金の冠をつけている。まるで月の光を纏ったように神々しい美しさだった。
「フィオナさ…いえ、王女殿下」レオンは慌てて頭を下げた。
「私の前では、フィオナでいいわ」彼女は微笑んだ。「明日から一緒に旅をするのだから、堅苦しくしないで」
「はい、フィオナ」
彼女は満足げに頷くと、レオンの手を取った。「踊りましょう」
「え?いや、私は踊りが…」
「教えるわ」
断る間もなく、フィオナはレオンを広間の中央へと導いた。宮廷楽団の奏でる優雅な曲に合わせ、他の貴族たちも次々とダンスを始めていた。
「こうよ」フィオナはレオンの手を取り、もう一方の手を彼の肩に置いた。「私の動きに合わせて」
レオンは緊張しながらもフィオナの指示に従った。最初はぎこちなかったが、「全知識吸収」のスキルのおかげか、徐々に動きがスムーズになっていった。
「上手ね」フィオナは嬉しそうに言った。「さすが『神域の賢者』ね」
「いや、全くの初心者ですよ」レオンは照れくさそうに答えた。
二人が踊る姿を見て、周囲の貴族たちがざわめいた。王女と親密に踊る様子は、二人の間に特別な関係があるのではと思わせるに十分だった。
「気にしないで」フィオナは周囲の視線に気づいたレオンに囁いた。「彼らの噂なんて」
ダンスが進むにつれ、二人の距離はより近くなっていった。レオンはフィオナの瞳の中に、何か特別な感情が浮かんでいるのを感じた。
「レオン」彼女は声を落として言った。「あなたは本当に特別な人ね」
「そんなことはないですよ」
「違うわ」フィオナは真剣な表情で見つめた。「あなたは女神に選ばれた『神域の賢者』。そして…私にとっても特別な存在」
レオンは言葉に詰まった。彼女の言葉に込められた感情を感じ取りながらも、どう応えるべきか迷った。
その時、突然広間の窓から強い風が吹き込んできた。外では雲一つなかった夜空に、瞬く間に黒い雲が集まり始めていた。
「何だ?」
音楽が止まり、宴会の参加者たちが不安そうに窓の外を見る。雲の間から青白い光が漏れ、まるで雷のように空を照らし始めた。
「これは…」レオンの「智慧の輝き」が強く反応している。「まさか」
彼がそう思った瞬間、青白い光が大広間の中央に集中し、眩い閃光と共に一人の女性の姿が現れた。
長い青い髪、星のように輝く青い瞳、そして純白の衣をまとった神々しい存在——女神アステリアだった。
「ア、アステリア様…!」レオンは思わず声を上げた。
広間は静寂に包まれた。貴族たちは恐れと畏敬の念から膝をつき、国王でさえも表情を引き締めていた。
「レオン」女神アステリアの声は優しくも、どこか冷たさを帯びていた。「随分と楽しそうね」
「なぜここに?」レオンは困惑しながら尋ねた。
アステリアは周囲を見回し、特にフィオナに冷たい視線を向けた。
「あなたを見守っていたの。そしたら…」彼女の表情が険しくなった。「あの王女と仲良くしているのが見えたわ」
フィオナは震えながらも、勇敢にも一歩前に出た。
「女神アステリア様」彼女は丁重に頭を下げた。「私はフィオナ・ラグナロク。レオン様と共に『月の門』の封印を探る任務を」
「知っているわ」アステリアは言葉を遮った。「王家の末裔、『月の門』の守護者。でもね」
女神は一瞬でフィオナの目の前に移動し、彼女を見下ろすように立った。
「レオンは私が選んだ者。彼は私のもの」
アステリアの言葉に、広間全体がざわめいた。フィオナは一歩も引かずに女神と対峙していた。
「レオン様は王国の守護者です」彼女は毅然と答えた。「そして私は彼と共に任務を遂行します」
二人の間に緊張が走る。アステリアの周りに青白い光のオーラが漂い始め、フィオナもまた、王家の血筋の証である星型の印が手のひらで輝き始めた。
「待ってくれ、二人とも!」レオンは慌てて二人の間に割って入った。「何が起きているんだ?」
アステリアはレオンを見て、表情が柔らかくなった。
「レオン…」彼女は一瞬迷うような表情を見せたが、すぐに決意を固めたように言った。「あなたに真実を話す時が来たのかもしれない」
女神は手を広げ、大広間全体に青白い光のドームを形成した。時間が止まったように、ドームの外の人々の動きが止まる。
「アステリア様?」
「心配しないで。外の人たちには、ほんの数秒の出来事に感じるだけよ」彼女は優しく微笑んだ。「あなたとフィオナ王女だけに話しておきたいことがあるの」
レオンとフィオナは互いに視線を交わし、頷いた。
「『神域の賢者』の真の役割について話すわ」アステリアは真剣な表情で続けた。「レオン、あなたが『全知識吸収』や『神託解析』の力を持つのは偶然ではない。それは『神域の賢者』に与えられた特別な使命のため」
「使命…?」
「『月の門』を守ることよ」彼女は答えた。「そして…それだけではない」
アステリアの表情に複雑な感情が浮かんだ。
「あなたは私の"伴侶"となる運命なの」
「伴…侶?」レオンは驚きのあまり言葉に詰まった。
「そういうことだったのね」フィオナは静かに呟いた。「だから『神域の賢者』に特別な力を…」
アステリアは頷いた。「2000年前、『大災厄』の後、私は世界の均衡を保つため、特別な人間を選ぶことにしたの。その魂は時を超えて転生し、いつか真の力に目覚める時が来る…」
彼女はレオンの前に歩み寄り、彼の頬に手を添えた。「あなたはその選ばれた魂の持ち主。そして私にとっては、ただの勇者や賢者ではなく、共に世界を守る伴侶となるべき存在」
レオンは混乱していた。女神の言葉は彼の理解を超えていた。「でも、なぜ私が…」
「あなたの魂が特別だから」アステリアは微笑んだ。「そしてあなたの心の純粋さが、私の心を動かしたから」
フィオナは悲しそうな表情で二人を見つめていた。「そうですか…レオン様は女神の伴侶…」
「だから」アステリアはフィオナに向き直り、少し高圧的な口調で言った。「彼に余計な感情を抱くのはやめなさい。彼は私のもの」
フィオナは一瞬たじろいだが、すぐに気を取り直した。
「レオン様への私の気持ちは変わりません」彼女は堂々と宣言した。「たとえ相手が女神様であっても」
アステリアの表情が曇り、彼女の周りのオーラが激しく揺れ始めた。外の空では、青い雷が闇の空を切り裂いた。
「あなたはわかっていない…」アステリアの声が低く、威圧的になる。「レオンは2000年の時を超えて、私が待ち続けた人。人間ごときが介入することではないわ」
「人間ごとき…?」フィオナの表情に怒りが浮かんだ。「私たち王家は代々『月の門』を守ってきました。その責務を果たすことは私の使命です!」
「フィオナ、落ち着いて」レオンは彼女の肩に手を置いた。
「でも、レオン様…」
「二人とも」レオンは毅然とした態度で両者の間に立った。「私は自分の役割を果たすつもりだ。『月の門』の封印を守り、『闇の眷属』から世界を守る。それが『神域の賢者』としての使命だと思う」
彼は真っ直ぐにアステリアを見つめた。「アステリア様、私はあなたに選ばれたことに感謝しています。あなたの力のおかげで、私は多くの人を救うことができた」
次にフィオナに向き直る。「そしてフィオナ、あなたの勇気と献身にも感謝している。共に戦えることを誇りに思う」
レオンの言葉に、二人の女性は少し落ち着いたようだった。しかし、アステリアの不満そうな表情はまだ残っていた。
「レオン…」アステリアは少し子供っぽい口調で言った。「あなたは私の気持ちを理解していないのね」
突然、彼女は両手を広げた。ドームの外の空から、青い雷が激しく降り注ぎ始めた。王都全体が青白い光に包まれる。
「アステリア様!」レオンは慌てて叫んだ。「やめてください!街の人々が!」
「心配しないで」彼女は少し拗ねたように言った。「人には害はないわ。ただ…私の気持ちを表現しているだけ」
雷が城塞の尖塔を直撃し、轟音が響いた。レオンは「智慧の輝き」を通して、アステリアの感情が天候を乱していることを感じ取った。
「アステリア様」レオンは真剣な表情で彼女に歩み寄った。「私はあなたの気持ちを大切にします。ただ、今はまだ全てを理解できていない。もう少し時間をください」
彼はゆっくりと手を伸ばし、アステリアの手を取った。「私はあなたを裏切りません。約束します」
女神の表情が和らぎ、外の嵐も徐々に収まっていった。
「本当?」彼女は少し疑わしそうにレオンを見つめた。
「ええ。私が『神域の賢者』である限り、あなたとの絆は変わりません」
アステリアは満足げに頷き、フィオナに挑戦的な視線を送った。
「わかったわ、レオン。あなたの言葉を信じる」彼女は微笑み、フィオナには冷たく言い添えた。「でもあなた、王女。覚えておきなさい。彼は最終的に私のもの」
フィオナは何も言わなかったが、その瞳には決意の炎が燃えていた。
アステリアは再び青白い光に包まれ始めた。「『星降りの神殿』での任務、見守っているわ」彼女はレオンに優しく微笑んだ。「そしていつでもあなたを助けるために来るわ、私の『賢者』」
彼女の姿が光の中に消え、青白いドームも同時に消滅した。時間が再び流れ始め、宮廷の人々は混乱した様子で周囲を見回していた。
「今の光は何だったんだ?」
「雷が鳴っていたような…」
「王女様とレオン殿は無事か?」
国王バイロンが前に進み出て、冷静に声を上げた。「皆の者、心配するな。これは神の祝福の印だ。我らの英雄レオン・グレイと王女フィオナの旅の安全を祈るものだ」
巧みな言葉で場を収めた国王は、レオンとフィオナに近づき、小声で尋ねた。
「何があった?」
フィオナは父親に簡潔に状況を説明した。「女神アステリアが現れました。『神域の賢者』の真の役割について」
国王は深刻な面持ちで頷いた。「そうか…予想していたことだが、ここまで早く動くとは」
レオンは困惑していた。「陛下、これはどういう…」
「後で詳しく話そう」国王は周囲を見回し、宴会の再開を宣言した。「今は宴を楽しみなさい。明日からの旅に備えて」
音楽が再び流れ始め、貴族たちも徐々に通常の宴会の雰囲気に戻っていった。しかし、レオンとフィオナの心に残ったのは、女神の言葉と、それがもたらした新たな緊張関係だった。
レオンは「智慧の輝き」に触れ、静かに考え込んだ。
「女神の伴侶か…」
彼の心には混乱と戸惑いがあったが、同時に新たな使命感も芽生えていた。そして、フィオナの方を見ると、彼女もまた複雑な表情で彼を見つめていた。
二人の間に生まれた特別な絆と、それを妬む女神の存在。「神域の賢者」としての道は、レオンが想像していたよりもはるかに複雑になっていくようだった。
その夜、王都の空には青く輝く不思議な雲が漂い続けた。市民たちは「神の目」と呼び、明日から始まる旅の成功を祈るものだと噂した。
しかし真実は、嫉妬に燃える女神の視線が、彼女の「伴侶」を見守り続けているということだった。
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