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1237 生きる世界
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翌日は朝から風が吹き、昨晩降り積もった雪を空へと巻き上げていた。
空は陽の光を遮る灰色の雲で覆われ、今日一日は悪天候になりそうだと感じさせていた。
インターバウルの宿舎から出たアラタ達は、拠点の外で待っている大勢の兵士達の元へと足を進ませていた。
「くっそ寒(さみ)ぃな!まったくよぉ、こんな日に出発なんて遭難しに行くようなもんだぜ」
いかに寒いかをアピールするように、リカルドは両腕で自分の体を抱きしめ、忙しなく足をバタつかせる。
「おいおい、そこまでじゃないだろ?そりゃ寒いけど、吹雪って程の風じゃないし、雪国育ちならこのくらい大丈夫だろ?」
アラタは祖父母の出身が東北地方だったため、子供の頃は年始の挨拶などでよく顔を見せに行っており、雪には慣れていた。クインズベリーは確かに豪雪地帯であり、今朝もそれなりの雪は積もっている。
だが東北地方の雪を知っているアラタからすれば、このくらいの雪や寒さは見慣れたものであり、文句を言う程ではなかった。
「チッ、んだよ兄ちゃん、俺は繊細なんだよ。ったく、あーあ、お日様が恋しいぜ」
面白くなさそうに舌を打つと、リカルドは風を防ぐようにカーキ色のフードを目深に被った。
「そう言えばアラタは、クインズベリーの雪を見ても、特に驚いたりしなかったよね?ニホンでは雪が多いのかな?」
近くでやりとりを見ていたジーンが、アラタの隣に来て尋ねる。
「ん、そうだな、地域によって全く降らないところもあるけど、降る所は本当にすごい振るよ。家が埋まるくらい降るところもあるし。クインズベリーもけっこう雪が多いけど、このくらいなら日本でも見るからね。けっこう積もってると思うけど、驚く程じゃないかな」
そう言ってアラタは辺りを見回した。
実際今日はかなり雪が積もっている。50cmくらいはあるだろう。
足首は完全に埋まるし、除雪しなければまともには歩けない積雪量だ。
雪の対策として、ほとんどの兵達がサイドジッパーのロングブーツを履いている。着用している衣類も防寒と防水性のある素材を使っている事から、やはりクインズベリーの兵達は雪の戦いに慣れている事が伺える。迎え撃つ側の帝国は、地形では有利な場所を確保する事はできた。
しかし決戦の時期は選ぶ事ができない。冬の戦いなら、雪に慣れているクインズベリーに分がある。
「そうなんだ。ニホンか、どんなところか想像が難しいけど、環境は似ているみたいだね」
アラタの隣を歩きながら、ジーンも辺りを見回して頷いた。
「う~ん・・・そうでもないぞ。俺も最初は帰りたいって思ってたけど、今はもうこっちの方が暮らしやすいと思う。日本は便利な物が沢山あるけど、なんだか毎日が慌ただしいって感じる。こっちは空気が綺麗だし、なんて言うか・・・心が豊になるって感じがするな」
アラタの心からの感想だった。
日本に帰りたくないわけではない。父と母と弟に会いたいという気持ちもある。
けれどもう日本での暮らしは考えられなくなっていた。
結婚した事を除いても、自然が豊かで時間がゆっくり流れるクインズベリーでの暮らしは、現代日本とは真逆の生活である。馴染めない者はいつまでも馴染めないだろう。だがアラタにはその暮らしが合っていたのだ。
「そう言ってくれると嬉しいよ。アラタもすっかりこの世界の人間になったね」
ジーンからすればそれは歓迎の言葉であり、それ以上の意味はなかった。
だがこことは違う世界から来たアラタからすれば、それはある種の決別を突き付けられたようにも捉えられた。
もう自分は日本人ではないのだと・・・・・
そう、もう帰る事はできないだろう。今では日本で過ごしたあの日々が、本当に現実だったのかと感じる事さえある。
プライズリング大陸のクリンズベリー国、ここが今の自分の生きる場所であり、自分はクインズベリー国の坂木新という人間なのだ。
日本との決別・・・一度意識すると、それが現実となって感じられた。
「・・・うん、そうだな」
曖昧に笑って言葉を返す。ジーンはそんなアラタを見て、どうかしたの?と尋ねるが、アラタは首を横に振って、先へ行こうと促した。
いつか受け入れなければならない事だった。
それが今この時だった。それだけの事だ・・・・・
言葉では言い表せない喪失感がある。けれど大きなショックは無かった。
それはきっと、こっちでもっと大きなものを得たからだろう。
「アラタ君」
後ろから背中をポンと叩かれ、振り返るとカチュアが笑顔で立っていた。
「カチュア」
自然と顔がほころぶ。そう、今の自分には守るべき最愛の妻の人がいる。
大切な仲間達がいるんだ。
「またなにか考え事してたでしょ?」
「・・・うん、俺この世界に来れて良かったなって思ってた」
そう答えると、カチュアは一瞬驚いたように目を瞬かせた後、すぐにニコリと笑ってアラタの手を取った。
「うん、私もね、アラタ君がこの世界に来てくれて良かったって、心から思ってるよ」
「カチュア・・・絶対にみんなで一緒に帰ろうな、俺達のレイジェスに」
そう、今はこの世界が自分の生きる世界なんだ。
絶対に生きて帰る。そう心に固く誓った。
空は陽の光を遮る灰色の雲で覆われ、今日一日は悪天候になりそうだと感じさせていた。
インターバウルの宿舎から出たアラタ達は、拠点の外で待っている大勢の兵士達の元へと足を進ませていた。
「くっそ寒(さみ)ぃな!まったくよぉ、こんな日に出発なんて遭難しに行くようなもんだぜ」
いかに寒いかをアピールするように、リカルドは両腕で自分の体を抱きしめ、忙しなく足をバタつかせる。
「おいおい、そこまでじゃないだろ?そりゃ寒いけど、吹雪って程の風じゃないし、雪国育ちならこのくらい大丈夫だろ?」
アラタは祖父母の出身が東北地方だったため、子供の頃は年始の挨拶などでよく顔を見せに行っており、雪には慣れていた。クインズベリーは確かに豪雪地帯であり、今朝もそれなりの雪は積もっている。
だが東北地方の雪を知っているアラタからすれば、このくらいの雪や寒さは見慣れたものであり、文句を言う程ではなかった。
「チッ、んだよ兄ちゃん、俺は繊細なんだよ。ったく、あーあ、お日様が恋しいぜ」
面白くなさそうに舌を打つと、リカルドは風を防ぐようにカーキ色のフードを目深に被った。
「そう言えばアラタは、クインズベリーの雪を見ても、特に驚いたりしなかったよね?ニホンでは雪が多いのかな?」
近くでやりとりを見ていたジーンが、アラタの隣に来て尋ねる。
「ん、そうだな、地域によって全く降らないところもあるけど、降る所は本当にすごい振るよ。家が埋まるくらい降るところもあるし。クインズベリーもけっこう雪が多いけど、このくらいなら日本でも見るからね。けっこう積もってると思うけど、驚く程じゃないかな」
そう言ってアラタは辺りを見回した。
実際今日はかなり雪が積もっている。50cmくらいはあるだろう。
足首は完全に埋まるし、除雪しなければまともには歩けない積雪量だ。
雪の対策として、ほとんどの兵達がサイドジッパーのロングブーツを履いている。着用している衣類も防寒と防水性のある素材を使っている事から、やはりクインズベリーの兵達は雪の戦いに慣れている事が伺える。迎え撃つ側の帝国は、地形では有利な場所を確保する事はできた。
しかし決戦の時期は選ぶ事ができない。冬の戦いなら、雪に慣れているクインズベリーに分がある。
「そうなんだ。ニホンか、どんなところか想像が難しいけど、環境は似ているみたいだね」
アラタの隣を歩きながら、ジーンも辺りを見回して頷いた。
「う~ん・・・そうでもないぞ。俺も最初は帰りたいって思ってたけど、今はもうこっちの方が暮らしやすいと思う。日本は便利な物が沢山あるけど、なんだか毎日が慌ただしいって感じる。こっちは空気が綺麗だし、なんて言うか・・・心が豊になるって感じがするな」
アラタの心からの感想だった。
日本に帰りたくないわけではない。父と母と弟に会いたいという気持ちもある。
けれどもう日本での暮らしは考えられなくなっていた。
結婚した事を除いても、自然が豊かで時間がゆっくり流れるクインズベリーでの暮らしは、現代日本とは真逆の生活である。馴染めない者はいつまでも馴染めないだろう。だがアラタにはその暮らしが合っていたのだ。
「そう言ってくれると嬉しいよ。アラタもすっかりこの世界の人間になったね」
ジーンからすればそれは歓迎の言葉であり、それ以上の意味はなかった。
だがこことは違う世界から来たアラタからすれば、それはある種の決別を突き付けられたようにも捉えられた。
もう自分は日本人ではないのだと・・・・・
そう、もう帰る事はできないだろう。今では日本で過ごしたあの日々が、本当に現実だったのかと感じる事さえある。
プライズリング大陸のクリンズベリー国、ここが今の自分の生きる場所であり、自分はクインズベリー国の坂木新という人間なのだ。
日本との決別・・・一度意識すると、それが現実となって感じられた。
「・・・うん、そうだな」
曖昧に笑って言葉を返す。ジーンはそんなアラタを見て、どうかしたの?と尋ねるが、アラタは首を横に振って、先へ行こうと促した。
いつか受け入れなければならない事だった。
それが今この時だった。それだけの事だ・・・・・
言葉では言い表せない喪失感がある。けれど大きなショックは無かった。
それはきっと、こっちでもっと大きなものを得たからだろう。
「アラタ君」
後ろから背中をポンと叩かれ、振り返るとカチュアが笑顔で立っていた。
「カチュア」
自然と顔がほころぶ。そう、今の自分には守るべき最愛の妻の人がいる。
大切な仲間達がいるんだ。
「またなにか考え事してたでしょ?」
「・・・うん、俺この世界に来れて良かったなって思ってた」
そう答えると、カチュアは一瞬驚いたように目を瞬かせた後、すぐにニコリと笑ってアラタの手を取った。
「うん、私もね、アラタ君がこの世界に来てくれて良かったって、心から思ってるよ」
「カチュア・・・絶対にみんなで一緒に帰ろうな、俺達のレイジェスに」
そう、今はこの世界が自分の生きる世界なんだ。
絶対に生きて帰る。そう心に固く誓った。
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